名のない贈り物





グレッグミンスターの名所は何処かと訊かれれば、おそらく城の次に名前が上がるのが、ここ――マクドール邸だろう。

かつて赤月帝国と呼ばれていた頃、皇帝バルバロッサの信頼厚く、帝国最強と謳われた鉄甲騎兵団将軍テオ・マクドールと、その息子――赤月帝国を滅ぼした解放軍軍主、後にトラン共和国建国の英雄と謳われる天流・マクドールが暮らした邸。

輝かしい功績を立てた二人の親子の家を一目見たいと訪れる人は後を断たず、戦争が終結して落ち着いた頃よりしばらくの間は邸の周りを見渡すほどに人が取り囲んでいたこともあったが、国やグレッグミンスターの人々によって現在はようやく落ち着きを取り戻していた。

今はどこか遠くを旅している英雄が、いつでも自分の家に帰って来ることが出来るように。

クレオは仲間達や人々の温かさに感謝しながら、広大なマクドール邸に一人住んでいた。

今はもう、少年達の笑い声も、美味しそうなシチューの匂いも、数年前までは当たり前だったものがなくなってしまった静かな空間。


そんな邸に、名の無い贈り物が届き始めたのはいつ頃からだったろうか。

ほぼ一月毎に届けられる、小さな贈り物。
流麗な字で宛先を記した封筒の中にはいつも、押し花の栞が一枚だけ入っている。
行く先々で咲く花を摘んで作ったのであろう手作りの栞は、毎月一枚ずつ増えていく。

自分の無事を知らせるように。
何より、一人残した家族を気遣うように。
言葉のない贈り物はいつもとても優しい。


(ありがとうございます、坊ちゃん)


この日も届いたそれを大切そうに胸に抱き、クレオはそっと呟いた。

クレオが常に彼の身を案じるように、きっと彼もクレオのことを案じているだろう。
一人で寂しくはないか。辛い思いをしていないか。泣いて、いないか・・・。
そうして心を痛める少年を思うと、クレオは居た堪れない。

(坊ちゃん、私のことはどうか心配しないで下さい。私は大丈夫ですから・・・)

彼に、この言葉を伝えられればいいのに。
そうすれば、心の負担も少しは軽くなるのに。
一ヶ所に長く留まることなく旅をする彼に、伝える術はないことがもどかしい。



誰か、もしも坊ちゃんに会えたなら伝えてくれないだろうか・・・。

私は大丈夫だと。寂しくはないと。



というより。



寂しさを感じる暇なんぞ、無い―――と。



クレオの瞳が乾いた憂いを帯びて窓の外に広がる真っ青な空を見上げた。



戦争終結からもう随分と時間が経つが、マクドール邸への客足は留まることを知らない。

すべてが観光客―――というわけではなく、大方が元解放軍の面々である。

近所に住むソニア・シューレンが時折訪ねて来るのはまだ解る。
彼女とのテオや天流を始め、幸せだった頃の思い出を共有する時間はクレオにとっても至福だ。

が。


一国の大統領やら将軍やらが三日と空けずに訪ねて来るのは如何なものだろうか。


やれ手紙は届いていないか、彼の行方の情報は入っていないか、本人が帰ってはいないかと、いい加減諦めれば良いものを飽きもせず懲りもせず彼らはやって来る。

彼らが訪ねる度にクレオは「何もありません」と苦笑交じりに答えるが、栞についてはあまり伝えてはいなかった。特にレパントの執念を見ていると栞に咲く小さな花から、何処に咲いているか、摘み取った時期はいつ頃かということから事細かに情報を集めて天流の足取りを追い兼ねない。

だから極僅かの天流と親しかった者にのみ伝え、毎月1枚ずつ増えるそれを限られた人に譲っている。
1番最初に届いた栞は自分が大切に持っている。それからソニア・シューレンやアレン、グレンシールに渡した。


先月届いた栞の行方は、シーナの元だ。
ちょうどその日訪ねて来た彼は、クレオが手にしている封筒を見るや、いつもの飄々とした態度は何処へやら。驚き、慌て、うろたえた。

『そ、それってティルの字だよね!? ティルから? ティルから手紙!!??』

見てもいい?見たい!見せて!見せて下さいぃぃ!!!とばかりに食い入るように手紙を凝視するシーナに、クレオはそれを渡した。
どうにか落ち着こうと努力しながらも震える手で中身を一目見た瞬間、目を点にした彼の顔を思い出すと今でも笑いがこみ上げてくる。

『何なわけ!? 散々心配させといて旅先から送ってくるのが栞一枚ってどゆこと!? あいつってそんなに筆不精なの?? 一言くらいあってもいいじゃんか!! な、クレオさんもそう思うだろ?』

『一言なら裏にあるよ』

えっ!!?? ・・・・・・て、これ花の名前書いてるだけじゃねえか!!』

ぷりぷりと怒っていたシーナだが、受け取った栞を何よりも大切な宝物のように見ていた。



そしてやはり外せないのが、ルックだ。

彼は今も時々邸に訪れる。
その訪ね方は人とは違い、ある日ふいに天流の部屋に現れるというものだ。
素直に“天流に会いたい”とは口にせず、彼は邸の書庫が目当てだと言い張って数冊の本を借りて行く。そのまま天流の部屋で過ごすこともあるルックに、クレオは今や天流の部屋の掃除は彼に一任しているくらいだ。

そんなルックが読む本には、きっと押し花の栞が挟まれていることだろう。

栞を渡された瞬間、無表情なルックの頬がわずかに赤みを帯びていた。


たった一枚の小さな栞が、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれる。

遥か遠い空の下を一人旅する少年とを繋ぐ確かな絆。
天流を愛する人達にとって、小さな栞は何物にも代え難い宝物となる。


「本当に、坊ちゃんは愛されてますね」


今もたくさんの人達が天流の帰りを待っている。
そして、天流の居なくなった邸に残されたクレオを気遣ってくれる。
天流は本当にたくさんのものをクレオに残してくれた。



だから坊ちゃん、私は寂しくなんてないんですよ。
これからも坊ちゃんの家であり、たくさんの思い出の詰まったこの邸を守り続けますから、疲れた時にはいつでも帰ってきて下さいね。

私は、ずっとここで待っています。


名の無い贈り物を楽しみにしながら―――。





そして今日もまた、マクドール邸の扉を誰かが叩く音がする。



END


マクドール邸の日常。皆そんなに暇なんですかね(笑)
坊ちゃんが居ても居なくてもマクドール邸にはいつも客が来ます。
クレオさん、寂しさに浸る時間もなし(笑)



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