死神の祝福





弔いの炎が、死者の魂を天へと運ぶかのように空高く立ち昇る。

炎を取り囲むハイランド兵士達は誰もが沈鬱な面持ちで、加えて理解し難いと言いたげな難しい表情で燃えゆく遺体の山を見つめていた。

「いったい何があったのだろうな」

困惑を隠せない様子でクルガンが呟いた。
唯一人その声を聞き取ったシードは、答えを返せずに沈黙したままだ。
端正な顔が苦渋に満ち、爆ぜる炎をただ見守る。



ルカ・ブライトがある一つの村を滅ぼしたという報告を受けた後、クルガンとシードは隊を編成して現場へと向かった。
狂皇子のことだ。村人達を惨殺した後、動くものがないならば用はないとばかりに惨状を放置したまま帰還するだろう。
クルガンやシードはこうしていつも後片付けに向かう。ルカの凶行を止められない自分達に出来ることは、これくらいなのだと。それが自己満足の供養でしかないと解ってはいても、何かしなければ気が済まなかった。

そうして訪れた死と静寂の世界。
斬り裂かれた村人達と、流れた血に染まった大地。もう何度見たか知れない光景だが、今回はいつもと様子が違っていた。
死の大地に横たわっていたのは、村人だけではなかったのだ。
自分達の同胞で、ルカ・ブライトに従って村の焼き討ちに向かった兵士もが大勢死んでいた。

時に村人の激しい抵抗によって手傷を負ったり、下手をすれば命を落とす兵士もざらに居たが、今回はそんなレベルではなかった。

一部隊の全滅――。

信じ難い事実に、誰もがしばらく言葉を失くした。

ようやく我に返って遺体を取り調べてみて、さらに彼等は当惑した。
村人達の死はいつものようにハイランド兵の剣によって引き裂かれたものだった。
だが兵士達は違った。


何の外傷もなく、兵士全員の心臓が突然停まったとしか言いようがない死に方だ。

馬鹿な考えだと一笑に伏すべきなのだろうが、他に説明がつかない。


そんな死の世界で、シードは村中をくまなく走り回っていた。
部下によって集められていくものや所々に点在する村人の死体を一つ一つ確認し、壊された家の中をも丹念に調べゆく。
しかし、どんなに探し回っても、彼は目的のそれを見つけることができなかった。



「・・・あいつ、どこに行ったんだ・・・」

立ち昇る炎を見つめながら、ぽつりと呟く。

まさか焼け焦げた家の中で火に巻かれたのではないだろうか。
そう考えて心が凍りつきそうなほどの恐怖を覚えた。焼死体であれば判別はほぼ不可能だ。

「事前に村を出たのかも知れんぞ。死体はなかったのだろう? 希望を持て」

シードの言う“あいつ”について話を聞いていたクルガンは、項垂れる年下の同僚に励ましの言葉を掛ける。単なる気休めにしかならないかも知れないが・・・。


こんなことになるなら、すぐにハイランドの地を発つよう進言すれば良かった。
今更ながら後悔の念が渦巻くシードの脳裏には、短い時間だったが共に時を過ごした少年の姿が鮮やかに思い浮かぶ。

手を伸ばしても届かない存在の儚さが、胸を抉る。


あの時、確かに彼は存在し、共に語り合ったというのに。
こんなにもあっけなく終わりはくるのか――。



ハイランドを出て二日。無残に命を絶たれた村人達を全て火葬し終えた後、クルガンとシードは部下達と共に滅びの村を後にした。





■■■■■





ルルノイエ城に帰還するや、シード達は疲れを癒すために早々に隊を解散させた。
そして責任者であるクルガンとシードの二人は、上層部へ報告に向かう。


広間の奥に在る玉座にアガレス王の姿はなかったが、一段下がった所に立つルカ・ブライトが二人を待っていた。
玉座に座らずとも王者の風格が漂う存在感に、クルガンとシードは一瞬圧倒される。
やはり彼は人の上に立つ者だ。黒髪の向こうから覗く眼が、気弱な人間ならば簡単に射殺せそうなほど冷たく鋭いものであっても。


「わざわざ掃除に赴くとは、いつもご苦労なことだ」

嘲笑を含ませたルカの言葉に、シードはきつく拳を握り締めて込み上げてくる怒りを抑える。
シードよりも遥かに冷静なクルガンは、相棒の様子を横目で見て取ると一歩前に進み出た。

「ルカ様、村で何があったのかお訊きしても宜しいでしょうか?」

ニヤリ、とルカ・ブライトの口角が持ち上がった。

「愚問だな。あの村には死神の鎌が振り下ろされた。ただそれだけのこと」

常に無表情なクルガンの表情が険しく歪み、傲慢な笑みを浮かべながらもルカは意外そうに眉を上げた。

「真面目に答えて下さい。一部隊が全滅など、尋常ではありません! しかもあの死に方は異常でした」

「くっくっ、だから言っただろう。あの村は死神の祝福を受けたのだ。見事なものだろう?」


埒が明かない。

楽しんでいるとしか思えないルカ皇子への苛立ちに、二人の武将は歯噛みする。

だが一方で、考えられないようなあの状況を、“死神の祝福”と称するのは言い得て妙である、と納得しそうになる自分もいた。



これ以上の追求は無駄だと諦め、クルガンとシードは下がった。

燻る怒りや不満は消しようもないほど膨れ上がっているが、自分達にはどうしようもない。


「とにかく今日は疲れを癒すことにしよう」

重い足取りで廊下を進みながら、クルガンは半歩後ろを歩くシードにそう言った。

「・・・俺は、眠れそうにない」

本心からの言葉だった。
心身は疲れきっているが、村人の末路や彼の少年を思うと眠りが救いとはなりそうにない。

痛々しいその姿に、クルガンは何も言えなかった。


「クルガン、シード」

後方から呼び止められ、振り向いた二人に向かって一人の武将が歩み寄って来る。

「ソロン・ジー様」

二人は姿勢を正し、上官への礼を取る。

ソロン・ジーと呼ばれた武将は、クルガンとシードの直接の上司であり、ルカ・ブライトの直属の部下でもある。
ルカの膝下に屈しているものの、性格はどちらかというと温厚だ。
クルガンとシードがルカ皇子の暴挙の後始末に部隊を率いても、黙認してくれている。


「村で何があった? ルカ様の言っておられた“死神の祝福”とはいったい?」

二人は滅びた村で見たことをソロン・ジーに語った。
村人はまだしも、兵士の不自然な死についてはソロン・ジーもすぐには信じられないように眉を顰める。


「ルカ様は、何かを知っておられるのではないでしょうか」

自分と共に村を襲った部下達が全員変死しても、動揺する素振りもなかったルカ・ブライト。あの現場で生き残ったのが彼一人ならば、全てを知っているのもまた彼だけだ。

何より、クルガンの問いに返した意味深な言葉が誰も知らぬ真実の片鱗を窺わせる。


「成る程、確かに不可解だな。そのルカ様だが・・・キバ将軍によると村を襲った翌朝、一人の女性を連れて帰って来たらしい」

「女性を?」

思い掛けない言葉に二人は驚きを隠せない。
見ればソロン・ジーの表情も困惑に彩られていた。彼もどう受け止めて良いのか解らないようだ。

「もしもその娘があの村から連れて来られたのだとすると、話が聞けるかも知れんな。会う機会があればの話だが・・・」

そう言い残すと、ソロン・ジーは踵を返して来た道を引き返していった。

彼の姿が廊下の奥に消えると、堪えきれないとばかりにシードの拳が壁に叩きつけられた。


「あれだけの命を奪っておきながら、自分は女を連れ込んだだと!?」


ルカ・ブライトは性に対しても冷酷だ。
生娘であろうと男であろうと、気分次第で蹂躙して飽きれば殺す。自分の欲求さえ満たされれば、相手のことなどどうでもいい。
己の春を売り物とする娼婦や男娼さえ、ルカ・ブライトの夜の相手を恐れるほどだ。


あれほどの殺戮を繰り広げておきながら、その村の娘をさらに地獄に叩き落そうと言うのか。





■■■■■





時間は少々遡り、クルガンとシード率いる行軍が城内に帰還しようという頃、天流はその様子を書庫の窓から眺めていた。

風に髪が乱され、読んでいた本のページが捲れるのも構わず、熱心に外を見続けるその横顔に惹かれ、偶然居合わせた少年がゆっくりと近づく。

「行軍が珍しいですか?」

問われてようやく現実に立ち返った双眸が戸惑うように少年に向けられる。
一見して文官と解る出で立ちの少年は、穏やかな面立ちに優しげな笑みを浮かべて天流を見ていた。 年の頃は十七、八位だろうか。天流の実年齢とそう変わらない。

雰囲気が、どこかマッシュに似ている。

ふいに浮かんだ懐かしい記憶が胸に痛くて、天流は瞳を伏せた。
その様子に少年は焦ったような声を上げた。

「ああ、済みません。驚かせてしまいましたか? 私はクラウスと申します。決して怪しい者ではありませんからっ」

「いえ、こちらこそ済みません。失礼な態度を取りました」

貴方を警戒したわけではありませんから、と続けるとクラウスと名乗った少年はようやく安堵したように微笑んだ。

「お名前を伺っても構いませんか?」

「・・・。リウ・・・と呼んで下さい」

一瞬言葉に詰まった天流だが、ルカに与えられた名前を思い出して口にする。これが今の自分の名前だ。

「リウ殿ですか。しかし珍しいですね。女性が行軍に興味を示すとは」


ピシリ、と空気が凍りついた。


不穏な沈黙にクラウスはおや?と首を傾げる。
まだ状況が理解できていないようだ。



「・・・・・・・・・・・・僕は男です」


「え?」


数秒経ってから天流の口から漏れた声は先程までの澄んだものではなく、絶対零度の冷たさを含んでいた。
その声音と紡がれた言葉に、文字通り凍りつくクラウス。
言葉を理解するや、サーッと蒼褪めた。

「うわわ、も、申し訳ありません!」

慌てて頭を下げるクラウスを見つめる瞳の、何と冷たいことか。

「ほ、本当に失礼しましたっ。お、怒ってます・・・よね?」

「・・・いえ、よく間違われますから」

自分で言った言葉に情けなくなって遠くを眺める天流。
本人はもはや怒りを通り越して諦めの境地なのだが、大軍を率いることのできる覇者たる人間の場合、解る者には解る独特で強力な威圧感というものを備えている。
儚げな少年の姿を象る天流の正体を知らないクラウスには、天流が本気で怒っているように見えても仕方が無かった。

実際には自尊心を傷つけられて落ち込んでいるだけなのだが。


天流は気付いていない。
紅い胴着と緑のバンダナという姿ならば中性的ながらも少年ぽさが滲み出てはいたものの、現在はゆったりとした白い服に身を包み、頭にバンダナはなく長めの横髪がさらさらと風に靡いて、いつも以上に少女めいているということに。


その後、何とか努力して互いに打ち解け合ったものの、書庫には何とも言えない微妙な空気が漂っていたという。





■■■■■





「午後、行軍の帰還を見た」

日が落ちた頃、宛がわれた部屋で書庫で借りた本を読んでいた天流は、部屋を訪れたルカ・ブライトに前置きもなくそう言った。

「ああ、クルガンとシードの部隊だろう」

あっさりと返る答えにも淀みはない。想定していたのだろう。

“シード”の名前にピクリと天流が反応する。
数日前、泉のそばで出会った青年の名だ。

「お前の紋章が暴れ回った村の掃除に行っていたのだ。明日には大量の棺を持って兵の回収をするようだな」

村人の遺体はその村で火葬するが、兵士達は家族の元に返すのが一般的だ。
あの村では今、大勢の兵士の遺体が焼かれることなく並べられている。


まるで他人事のような口調のルカとは対照的に、天流の表情は硬い。

「あいつらの顔を見せてやりたかったぞ。何があったのかわけが解らないという表情。愉快なものを見せてもらった」

「で? どうやって誤魔化したんだ?」

「誤魔化す? ふん、事実をそのまま伝えたぞ。死神の祝福を受けた、とな」

くくくと押し殺した笑い声が聞こえる。
睨みつけると笑顔を返してくる傲慢さが憎たらしい。

せめてもの仕返しとばかりに、天流は手にしていた分厚い本の角でルカの頭を容赦なく殴った。

「・・・・・・っ」

さすがのルカも痛かったらしい。
殴られた辺りに手を当てて身を屈めて痛みを堪える。

「お前いつか反旗翻されるんじゃないか?」

ルカ・ブライトの“説明”とやらはどう聞いても他人を馬鹿にしている。“死神の祝福”などと言われて「あ、そうなんだ」などと納得できるわけがない。

天流の冷ややかな視線にも動じず、ルカは殴られた場所を擦りながら皮肉った。

「内乱か。望むところだ」

「出てけ」

吐き捨てると同時にルカの背中に後ろから蹴りを入れて部屋から追い出すと、バタンッと音を立てて扉を閉めた。


部屋から追い出されたルカは鼻先で閉じられた扉を見つめ、やがて肩を震わせて笑い始めた。


「恐ろしいものだな、“死神の祝福”とは」


本気とも冗談ともつかない口調だが、もしも偶然その言葉を耳にした者が居たならば、ハイランドの民に恐れられる狂皇子に脅威を抱かせるとは、と腰を抜かす程驚いたことだろう。



狂皇子曰く“死神の祝福”――


その波紋は次第に広がりを見せ、徐々にハイランドを覆い尽くしていく滅びの音を運ぶ。



END


しりあすとぎゃぐはかみひとえ。(何故ひらがな・・・)
一歩間違えばシードの苦悩はギャグですよね・・・。
坊ちゃんは知らないところで女性やら娘やら言われてるし。
ルカ様命名“死神の祝福”から、話は膨らんでいく・・・予定です(汗)



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