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罪と罰
鋭い一閃が早朝の澄んだ空気を斬り裂き、風圧に耐え切れなかった木の葉がハラハラと舞い散る。
剣を模る木刀を自在に操りながら、天流の細い肢体は優美な流れで様々に型を決めていく。
漏れる息遣いと木刀を振るう音だけの静けさの中で、流麗なる剣舞は人目のない庭の一角で密かに繰り広げられていた。
やがて動きを止め、静かに一礼する天流の後ろから待っていたかのように拍手が送られる。
天流が振り向く先には家の壁に背を預けて笑みを浮かべながら彼を見つめるシードの姿があった。
相当集中していたため、彼が来たことに気がつかなかった。
だがそれは毎度のことなので、今では驚くこともない。
「いつ見ても綺麗だな」
声には感嘆が込められているが、軍人である彼にしてみれば綺麗な剣術はあくまで観賞ものでしかない。実際の戦場では役に立たないのだ。
そんな彼の考えを知っている為、天流は苦笑交じりに「ありがとう」とだけ答えた。
そして、ゆっくりと近づいて来るシードの手に模擬戦用の剣が二本握られているのを見て首を傾げる。
「たまには手合わせでもしてみるか?」
「僕ではシードさんの相手になるとは思えませんけど」
帝国軍に入隊してから目覚しく成長しているとはいえ、記憶にある限り天流の武術の腕はまだまだ未熟だ。あらゆる武術の基礎は学んでいるものの、腕を磨く時間はあまり過ごしていない。失った三年間でどこまで強くなったか、彼には知る由もないのだ。
「んなことないって。お前は反射神経良いし、スピードもある。普段は力馬鹿ばかり相手しているから、お前のような奴と手合わせしてみたいと思っていたんだ」
ハイランド軍屈指の剣豪にそう言われてしまうと、武人の端くれとして内心胸が弾む。
自分の実力が如何ほどのものなのか、確かめてみるのも良いかも知れない。
木刀を、差し出された模擬戦用の剣に持ち替え、天流はシードと対峙した。
向かい合った瞬間から、二人を取り巻く空気は一変した。
穏やかなものから、ピンと張り詰めた細い糸のような緊張感へ。
余裕すら感じられるシードの姿勢だが、天流の目にも一分の隙すら窺えない。
どう動くべきか。
考え込んでいると、内側からじわじわと不可思議なものが湧き上がってきた。
それを正しく認識する前に、シードが素早く動く。
上段から振り下ろされた剣を素早く避け、続いて横から薙ぎ払おうとする切っ先をかわす。
続けざまに繰り出される切っ先を最小限の動きでかわしながら、天流は反撃の機会を窺っていた。
しかし、それを許さないほどシードの攻撃は速く、鋭い。
一方、シードも天流のスピードに内心舌を巻いていた。
ここまで完璧に、繰り出す攻撃の総てを避けられたのは初めてだ。掠り傷一つ負わせられないとは。
(やっぱりこいつ只者じゃないな)
数日間、天流の早朝訓練を見守っているうちに、綺麗な剣舞の中に秘められた底知れない力を感じていた。
失った三年間の中、彼はいったいどんな武人だったのか興味が湧いた。今、その片鱗を目の当たりにしているのだろう。
「おいテッド、少しは反撃しろ」
一度くらいは剣を交わしたい。
その感情のままにシードは当初の軽い手合わせなど忘れ去り、容赦ない一閃を振り下ろした。
瞬間、天流の意識は別次元の現象を捉えたかのように色を失った。
鋭く閃く剣の軌跡を正確に捕らえ、紙一重でかわした一瞬に間合いを詰め、相手の喉下目掛けて剣の切っ先を突き上げる。
「!?」
一連の動作を無意識のうちにやってのけた刹那、ハッと我に返った。
その隙にシードはすぐさま体制を立て直し、次の瞬間には振り上げられたシードの剣が天流の剣を弾いていた。
音を立てて剣が地面に落ち、天流とシードは互いに驚いたように動きを止めた。
(――何だ、今のイメージは)
「おい、どうした?」
先に我に返ったシードが硬直したままの天流の肩を掴んで揺さぶる。
すると、天流の中の時間もようやく正常な時を刻み始めた。
「いえ、突然目の前が真っ白になって・・・」
「え! どこか悪くしたか!? 済まない、俺が無理に相手させたから・・・」
先程までの好戦的な武人の表情は何処へやら、おろおろとうろたえるシード。
天流は何と言って良いのか解らず、ただ首を傾げた。
「何処かが痛いというわけじゃないけれど・・・」
例えて言うならば頭の中で凪いだ水面が得体の知れない力によって突如波打ったかのような感覚だった。
剣を弾き落とされた右手を見つめ、この手が行こうとしていた先を思い浮かべると背筋が寒くなる。
あの時、確かに自分はシードを殺す意図を抱いていた。無意識の中で、迫ってくる敵を容赦なく屠ろうとする力が働いたのだ。それが当然であるかのように、躊躇いも無く。
他人の息の根を止める手段は確かに幼い頃から身に付けていた。
テオ・マクドールの子息というだけで命を狙われることが多かった為、懐に忍ばせた短剣で瞬時に相手の喉を切り裂く技術は身に付けていた。だがそれは、容赦の無い殺意を向けられ、自身が命の危険を認識したが故の条件反射によって為せる業。
その条件反射が、何故シードを相手に働いたのだろう。
(それが当たり前になる程の日々を過ごしたせいだろうか)
失った三年間に自分が歩んだという“解放軍の軍主”という道。
それは想像を絶する程に辛く、険しいものだっただろう。
“軍主”という立場に立ったのならば、我が身は我がものではなく軍のものである以上、何を犠牲にしてでも“軍主”である自分の身は守らねばならない。
だからこそ、僅かでもこの身に害為す者があれば排除しようとする。
そんな自分が、どこか恐ろしく感じた。
■■■■■
天流の様子を心配しながらも、当の天流にせっつかれてシードが仕事に行った後、天流はいつものようにシードの家の掃除、洗濯をし終えると、夕飯の買出しに出掛けた。
シードの家での家事の一切を担うようになってから毎日のように(時にはシードと共に)足を運んでいるからか、商店街ではいつの間にやら顔が知られてしまっていた。
「よー、シード様とこのおじょーちゃん、見てってくれよ!」
「あらシードさんとこのおじょーさん、今日も良い天気だねえ」
「おー、シー坊の嫁さんか、新鮮な鮭が上がってるぜー」
「あ、シード様の奥さん、野菜は如何ですか?」
「・・・・・・ありがとうございます」
――すでに反論する気も起きない。
何をどう解釈したのか、彼らの中で天流は“シード様の嫁(もしくは婚約者)”と決定付けられているようだ。
いつそうなったのか解らず、天流もシードも完全に誤解を正す時期を逸してしまった。
そして、一部の娘さん達の視線は非常に厳しい・・・。
買い物客の中に、以前シードに恋心を抱くパティという少女と共に天流達を糾弾した少女の姿があった。その眼差しは天流への敵意に満ち満ちている。
さっさと買い物を済ませて帰ろう。
気さくに声を掛けてくる店の人達にいちいち丁寧に言葉を返しながら、天流は素早く目的の店で目的のものを買い集めていった。
買い物袋を手に帰路に着く天流だったが、人気の無い路地に入った途端に数人の男達に囲まれた。
「何か?」
物々しい雰囲気。
だが天流の表情に一切の動揺もないことに、逆に男達の方が戸惑ってしまう。
「ず、随分と胆の据わったお嬢さんだな」
「・・・」
ピクッと天流の眉が僅かに上がる。
「あんた、シード様と同棲しているんだってな」
「・・・・・・」
ピクピクッと口の端が震える。
「しかもクルガン様と二股掛けてるんだって?」
「・・・・・・・・・」
ピキッと額に青筋が立った。
「あのお二人が嵌まってるくらいなんだから、相当イイんだろ? 俺達も相手してくれよ」
「―――」
プチッとどこかで何かが切れた。
他人の命を奪い兼ねない条件反射?
そんなの知ったことか。
お空の向こうでカラスがカァと鳴いた頃、路上には男達の苦痛に満ちた呻き声が流れていた。
「望み通り相手しましたが、良かったですか?」
自身は傷一つ負わず、さらに買い物袋にも一切の被害も無く、涼しい顔で足元に蠢く敗者の群れに毒を吐く天流。
「くっそ〜、こんな小娘が強いなんて訊いていないぞ・・・っ」
心底悔しげに吐き出された言葉に、天流はおや?と声の主を見下ろした。
よく見れば全員どこか単なるゴロツキという雰囲気ではない。今は見るも無残だが、身だしなみも汚くはなかったし、筋肉や手に出来たマメを見ても、正規の訓練を受けたものであることが解る。むしろ天流には見慣れたものだ。
「もしかして、軍人ですか?」
ギクッと男達の肩が揺れる。解りやすい。
「軍人がたった一人の一般市民を取り囲むとは、ハイランド軍も見下げ果てたものですね」
一般市民は普通、何人もの軍人を地面に転がしたりはしないのだが・・・。
だが、そんな突っ込みができるほどの余裕は彼らにはなかった。
地面に伏しながらも、先程悔しさを吐露した男が真っ青な表情で声を上げる。
「ま、待て、これは軍は関係ないぞ! 全部俺の一存だっ!」
「理由は?」
「・・・言えん」
スウッと琥珀の瞳が細められた。
男達の背筋を悪寒が走る。
「シードさんとクルガンさんはどう思われるでしょうね? ハイランド皇国の軍人ともあろう者が複数でよってたかってか弱い市民一人に襲い掛かったと知れば」
「・・・くっ」
だからか弱い市民は普通、(以下略)。
「貴方一人の一存でここに倒れ伏す全員が処分を受けることは間違いないですね」
「ううっ」
男達の表情が一様に青褪める。
「軍からの除名処分は必至、もしかすると家名に傷が付くばかりか家族にまで汚名が被せられてしまいますね。当然ですが」
「わ、解った! 済まない!! 理由を話す!!」
耐えられないとばかりに彼は地面に額を擦り付けて謝罪の言葉を叫んだ。
さすがにやり過ぎたかな、と思いながらも顔には出さず、天流は冷たく彼を見下ろした。
「・・・あんたが、邪魔だったんだ。あんたが居るせいで、俺のレベッカが泣くから・・・」
「???」
さっぱり話が見えない。
見ると、彼以外の男達もまた辛そうに俯いている。
何人かの手が慰めるように彼の背を撫でる。
何だろう、妙に罪悪感が・・・。
「あの、レベッカって誰ですか?」
問いにガバッと顔を上げた男の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「レベッカは俺の妹だ! あいつ、親友のパティの恋人であるシード様があんたに奪われたって毎日親友のために泣いているんだぞ! それなのにあんたはシード様とこれ見よがしに腕を組んで商店街にやって来て自分達の仲を見せびらかしているそうじゃないか!! 妹が怒るのは当然で、大事な妹のために卑怯な手でも何でも使ってあんたをシード様から引き離したかったんだよ!!」
「このレイフとレベッカちゃんは早くに両親を亡くし、ずっと兄妹二人で頑張ってきたんだ。俺達は友人としてこいつのために力を貸してやりたかったんだ!」
「あんたさえ、その可愛らしさでシード様を骨抜きになんてしなければ!!」
「しかもレベッカちゃんの友達の一人のマリーちゃんが憧れるクルガン様まで・・・っ」
「総てあんたの可愛さと可憐さと溢れ出す魅力が悪いんだーっ!!」
血を吐くような叫びはやがて、慟哭の嗚咽となって男達は涙を流した。
「・・・・・・・・・・・・」
言葉も無い、とはこのことだ。
誤解と勘違いが巡り巡ってこの有様か。
しかも女性にとっては褒め言葉でも、天流からしてみればかなり酷いことを言われた。
(こっちが泣きたいくらいだ・・・)
むせび泣く男達を眺めながら、天流は遠くに視線をやって深くため息をついた。
■■■■■
その夜、天流とシードとクルガンはシードの家でレイフ以下強襲者達と鍋を突付きながら誤解を一つ一つ解いていった。
天流は怪我をしてシードの世話になっただけで、決してシードともクルガンとも彼らが考えているような関係ではないこと。シードとパティは恋人でも何でもないこと。シードと天流が腕を組んで歩いたこともなければ、夫婦や恋人だなどと言った覚えは無いこと。そもそも天流―テッドは“男”であること。
最後の一言で男達は数秒間固まってしまったのは言うまでもなく、すでに傷だらけだった天流の男としてのプライドは崩壊寸前となってしまった。
かくて、無事(?)誤解が解けて男達は天流に謝罪し、互いに理解を深めることができた。
――その後、天流の強さに惚れこんだ男達が何かにつけて天流の周りをうろちょろし始めたのは、また別の話――。
END
本当はもう少しシリアスな話になるはずでした(笑)。
どこをどう間違ってこんな話になったのでしょうね。
坊ちゃんの“条件反射”は、ガン○ムWのゼロシステム、
もしくはSEEDの種割れをイメージしていただければ宜しいかと(笑)。
スーパーサ○ヤ人の類ではありませんv
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