触れ合う唇の甘さに、優しい幸せとほんの少しの切なさが胸を満たす。
込み上げる感情のままに深く交わす口付け。抱き合った互いのぬくもりに酔う。


――永遠にこの時が続けばいいのに・・・。


ささやかな願いは心の奥に閉じ込め、ぬくもりを手放した二人はその手に武器を取った。





「もうすぐ終わる」

少年から青年へ。短い旅の間にも、随分と成長した彼は誠実さ宿す藍色の瞳に少女だけを映す。

「勝ちましょうね」

旅の始まりに怒りと哀しみに曇っていた青い瞳は今、清風抱く青空の如く澄み渡る。


深い愛情は今しばらく眠りにつき、二人の間には強き信頼が通う。

愛し合う恋人の時間は、互いに背を預け合う仲間のそれと代わり、二人はもう一人の仲間と共に駆け出した。



いざ、最後の戦いの場へ――。






幸せのはじまり







世界の運命をその肩に背負う聖剣の勇者達―デュラン、リース、アンジェラは、激しい戦いの末に竜帝を倒した。

永き眠りについたマナの聖域を後に、彼等はそれぞれの帰る場所へと戻る。


デュランの故郷である草原の王国フォルセナ、リースの故郷である風の王国ローラント、そしてアンジェラの故郷である魔法王国アルテナで主君や家族、仲間達に勝利の報告をした三人は、現在アルテナにて旅の終わりの夜を迎えようとしていた。


共に背を預けて戦ってきた仲間との最後の夜。

――のはずだったのだが、ある一人の宣言によって別れの夜の物悲しさは吹き飛んだ。



デュラン、リース! 私、結婚するわ!!


「「はあ!?」」







と、いうわけでデュランとリースはアンジェラによって強引に数日間アルテナに足止めされ、結婚式の手伝いをさせられた上に出席を強要されたのである。


あまりにも慌しく準備に追われた為、デュランとリースは祝いの品も結婚式に出席するための衣装も何も用意できなかった。

何とか暇を見つけてフラミーに手紙を託し、フォルセナの英雄王とローラントのエリオット等に帰還が遅れることとアンジェラの結婚式について報告することはできたが、その余波でフォルセナとローラントも一時大騒ぎになったとかならないとか・・・。
数日後にはフォルセナとローラントからアルテナに祝いの品と、結婚式に間に合わなかった詫び状が送られることとなる。が、すべてはアンジェラの我侭から起きた騒動なため、国のトップからの詫び状に居た堪れなくなったアルテナからフォルセナとローラントに詫び状の詫び状が届けられたのは言うまでもない。
後年、この時の騒動は三国間の間で笑い話として語り継がれることとなる。


最後まで人騒がせなカップルだ。

デュランはしみじみとそう思ったが、口には出さなかった。

彼の格好は聖域での戦いの時と同じ姿である。
礼服がないので仕方なく武装のまま出席するはめになったデュランとリースだが、パラディンの装備“英雄の鎧”とヴァナディースの装備“女神の鎧”は充分に美しく気品があるため、却って華やかな結婚式によく映えた。


急ごしらえなりにも、アンジェラ達の結婚式は素晴らしいものとなった。

アンジェラの夫となる、かつて紅蓮の魔導師と呼ばれていた青年にはアルテナの民も複雑な思いを隠せなかったが、王女の幸せそうな表情を見ると誰も何も言えなかった。
願うのは、愛する王女が末永く幸せで居られるように。
彼女の幸せが彼と共に在ることならば、それに水を差すような真似はするまい。

紅蓮の魔導師には、デュランも色々と思うところはあるが、彼はもう“紅蓮の魔導師”ではないのだと自らを納得させる。
事実、自分達の目の前で彼は一度命を落とした。その時、デュランの復讐は終わったのだ。
後は、大切な仲間であるアンジェラの幸せを祈るだけ。

大切な仲間達や敬愛する母に見守られながら、愛する人と結ばれたアンジェラはこの上なく幸せそうな花嫁だった。







「いい結婚式だったな」

「アンジェラさん、幸せそうでしたね」

夜通し祝いの声の響くアルテナ城の中庭の様子をバルコニーから眺めながら、夜着に着替えたデュランとリースは幸せな結婚式の余韻に浸っていた。
こんな風に落ち着いて話ができるのは久しぶりだ。

「だがアンジェラ達はこれからが大変だな。アルテナの民はアンジェラの幸せを願ってあいつとの結婚を受け入れた。あいつがアンジェラに相応しいかどうか、これから長い時間を掛けて試される」

決して、彼の罪が許されたわけではない。
自分の手で壊した平和を、これから少しずつ立て直さなければならない。
そして、アンジェラを幸せにする努力をしなければならない。

「二人なら、きっと大丈夫ですよ」

“死”すらも乗り越えて結ばれた二人なのだから。

以前は絶望に暗く陰っていた彼の瞳は、愛する女性を手に入れた喜びに輝いていた。
今度こそ、アンジェラを幸せにするのだという決意に満ちていて、この二人ならばどんな困難も手を取り合って立ち向かっていけるだろうと確信できる。


「大変なのはこれから・・・でも、幸せのはじまりもこれからなんだよな」

デュランの声に何かを感じ取り、リースは顔をそちらに向ける。

「俺達のこれからのこと・・・」

その言葉にはっとなったリースを、後ろからそっと逞しい腕が包んだ。
ぬくもりが、痛いほどの切なさをもたらす。

「俺は明日発つ」

「・・・そうですか・・・」

アンジェラの結婚宣言からの数日間は目の回る慌しさで、感じる暇もなかった別れへのカウントダウン。
夢のような時間が終わると、二人はアルテナを飛び立ってそれぞれの国に帰らなければならない。

想い合う気持ちを置き去りにして――。


「・・・離れたくない」

吐息と共に、掠れた声が耳元をくすぐる。

「このまま二人で・・・ずっと・・・」

胸の前で交差する腕に手を添え、リースは想いを伝えるかのようにぎゅっとデュランの手を包んだ。
そしてデュランの諦めたようなため息と共に、ゆっくりと互いの手が離れる。

「・・・なんて、わけにはいかないんだよな」

「デュラン・・・」

「俺はフォルセナで、リースはローラントで、やらなければならないことがある」

「はい・・・デュランはフォルセナの騎士として、私はローラントの王女として・・・」

やるべきことはたくさんある。
どんなに傍にいたくても、それらを放り出して自分の責任から逃れることなどできないし、したくはない。

リースの表情が暗く沈む。

「そんな顔するなよ、リース」

努めて明るく言い、デュランはリースと向き合った。
藍と青の瞳が互いを捕える。

「俺は、父さんの背中を追うつもりだ。父のような、立派な騎士に。何年掛かるか解らないけど・・・俺はきっとやり遂げる」

「ええ。デュランならきっと、お父様と同じくらい・・・いえ、誰よりも素晴らしい騎士になれると信じています」

揺ぎ無い信頼に、デュランの胸の奥が熱くなる。

「ありがとう。リースも、これからローラントを復興していくんだよな」

「はい。エリオットや皆と一緒に、また以前のように優しい風の吹く平和な国を取り戻します」

「うん。互いに頑張ろう。そして、いつか・・・俺はローラントに会いに行く」

デュランの眼差しがゆらりと揺れ、その激しさにリースは息を呑んだ。
息を詰めて言葉を待つリースを真摯な瞳で見据え、一言一言を確かめるように言葉が紡がれる。

「だから、その時は・・・・・・その時こそ・・・」

言葉が途切れた。

今度は正面から抱きすくめられ、どちらからともなく唇が合わさる。


想いの込められた口付けの後、デュランが静かに口を開いた。

「この先は、相応しい時がくれば言うよ」

大きな手が長い金色の髪を優しく梳く。
その心地良さに、リースはうっとりと目を綴じた。

「私、ローラントで頑張ります。そしていつか、皆で幸せになりたい・・・」


その為に、今は辛くても・・・。この手を離したくはなくても・・・。



けれど、今は――今だけは。

人々の歓声を遠くに聞きながら、二人はいつまでも互いを抱きしめていた。







翌朝、二人は出立の挨拶に理の女王の元を訪れた。


理の女王からこれまでの礼と詫び、そして優しい励ましの言葉を送られ、城の人々からも温かい言葉を掛けられながら、二人はフラミーを呼び出せる広場に向かう。

そこには、待ち構えていたかのようにアンジェラが立っていた。

「アンジェラさん、見送りに来てくれたんですね」

「旦那といちゃついてなくていいのか?」

「旦那よか仲間の方が大事なのよ」

旦那の立場は?――とは訊けなかった。

「リースにこれ渡しておかなきゃって思って」

そう言って差し出したのは、花嫁のブーケだ。
昨日の結婚式でアンジェラが手にしていたものである。

「次はあんた達でしょ? 日取りは決めたんでしょうね?」

数日間二人っきりの時間を与えてあげたんだから。

デュランとリースの二人はそこでようやく気が付いた。
アンジェラが結婚式を急いだのは、仲間との別れを延ばして結婚式に出席させることの他にも、デュランとリースにゆっくりと二人の時間を与えたいという意図があったのだと。
三人の中でも一番の年上でありながら、どこか子供っぽかったアンジェラ。けれどやはり彼女は自分達の姉のような存在なのだ。
改めて感じる彼女の優しさが嬉しい。

「ありがとうございます、アンジェラさん。でも私達はすぐに結婚はできません」

「フォルセナで、ローラントで遣り残したことがたくさんある。それらを全部片付けてからだな」

「はあ!? それっていったい何年掛かると思ってんのよ!」

「それはやってみないと解らないな」

あっけらかんとしたデュランの答えに、アンジェラは思わず額に手を当てた。

「まったくあんた達って二人揃ってどうしようもないわね。もっと自分達の幸せっての考えたらどうなのよ」

呆れ返ったようなアンジェラの言葉にリースはくすくすと笑う。

「ちゃんと考えてますよ。だから今はお別れなんです。私達の本当の幸せのためなんですもの」

わけが解らないと言いたげなアンジェラの様子に、リースはさらに言葉を続ける。

「アンジェラさんは旦那様と幸せのためにこれまで頑張ってこられて、そして昨日の幸せな日を迎えられました。私達はその幸せのためにこれから頑張らなければいけないんです」

想い合いながらも敵味方に分かれて戦わなければならなかった辛い日々の記憶に、アンジェラはそっと目を伏せた。
あの苦しみを乗り越えたからこそ、今があるのだ。
そしてデュランとリースは、これから試練に立ち向かわなければならない。

――二人の幸せのために。


ふーっと長いため息が漏れる。

「あんた達の気持ちは解ったわ。そこまで考えてるんなら仕方ないわね。私も待っててあげる。だから結婚式には絶対に呼びなさいよね!」

ビシッと人差し指を立てて睨みつけられ、デュランとリースは思わず笑ってしまった。

「その時は必ずな」

「真っ先にお知らせしますね」

「絶対だからね? だいたいあんた達って放っといたらいつまでも結婚しない気がするのよね。英雄王様やアマゾネス戦士達とも連絡取らなきゃだわっ。5年経っても結婚しないようなら私達で・・・」

おせっかいなおばちゃんが縁談をまとめようと乗り出す勢いに、デュランが慌てて口を挟む。

「おい、人の心配ばかりしてていいのか? お前だってこれからが大変なんだぜ?」

「ふん、私を誰だと思ってるの。次代のアルテナ女王アンジェラ様よ? 何だってやり遂げてみせるんだから!」

「そりゃ頼もしいな」

「頑張って下さいね。私もアンジェラさんを応援してます」

「任せなさい!」

確かにアンジェラなら何だってその強引さで成し遂げそうだ。というより障害を蹴散らしながら突進していきそうと言うべきか。
だが、この愛情深い女王の元ならば、アルテナもきっと良い方向へと進むだろう。


「じゃあな、アンジェラ」

「またお会いしましょうね」

「たまには手紙よこしなさいよ」

それぞれに握手を交わし、アンジェラは二人から数歩離れた。

風の太鼓が鳴り響き、舞い上がる風と共にフラミーが広場に降りてくる。
さっと飛び乗るデュランとリースを背に、フラミーは大空高くに飛び立った。

広場の上空を一度旋回し、フラミーは空の向こうへと消えた。


アンジェラは広場に立っていつまでも空を見上げ、二人の仲間への想いを噛み締める。

背後からそっと抱きしめてくれる腕の中で、彼女は静かに涙を零した。





フォルセナまでの空の旅の間、二人の間に言葉はなかった。

ただ固く手を握り合い、僅かな時間を寄り添っていた。


そして、遠くにフォルセナの街並みを視界に捕えた頃、デュランはおもむろに自分の荷物を探り始めた。

「リース、これ」

「これ・・・っ」

差し出されたものに、リースの表情が驚愕に染まる。

「持っていてくれないか?」

「だけど、これはデュランの大切な・・・っ」

続く言葉を口付けで封じる。

「リースに持っていて欲しい。大切なものだからこそ」

「・・・ありがとうございます・・・」

震える声で礼を述べ、渡されたものを胸元でしっかりと抱きしめた。
それは一振りの剣。
デュランの父、ロキの形見だと聞いたことがある大切なもの。

「では、デュランはこれを持っていて下さい」

そう言ってリースは長い髪を縛っていたリボンを解いた。金色の髪が風に靡いて広がる。
差し出した緑色のリボンは、リースの亡き母ミネルバからもらったものだ。
リボンを受け取り、丁寧な手つきでそれを懐に仕舞った。

「大切にする」

包み込むような優しい笑顔を浮かべ、デュランは眼下を見下ろした。
フラミーはいつしかフォルセナの街の上に差し掛かっている。
城の広場に向けて降下するフラミーの背に立ち、デュランはリースを振り返る。


「またな、リース」


言葉を残し、デュランはフラミーから飛び降りた。

身を乗り出して下を見るリースの視界に、広場に上手く着地する彼の姿が確認できた。

すぐにフラミーは上空へと舞い上がり、フォルセナから遠ざかっていく。

一人残されたリースは剣をきゅっと抱きしめ、真っ直ぐに空へと視線を移した。


「また、貴方と会える日まで、私も頑張りますね」

ローラントで、エリオットや仲間達と共に。



優しい約束を胸に、幸せのはじまりへ、今一歩を踏み出す――。



END

06.9.30.UP


75000番を申告して下さったアゲゾー様のキリリク『似た者同士なデュラリー』でした。
デュラリーのお約束『形見交換』なんぞしてみたり(笑)。
同人誌『E・M』U〜Vの閑話です。Vで1コマだけ出たモノローグの全容といったところでしょうか。
責任感が強すぎる二人には、自分達の幸せだけを求めることができずに一時の別れを選んでます。
そして『E・MV』へと続くわけですが、如何でしょうか?(汗) 
なんかアンジェラが出張ってるような・・・(苦笑)

誰かの為にではなく、自分達の為に努力する。という考え方は好きです。誰かの為に自分を犠牲に・・・なんてのは他人の気持ちを無視した自己満足でしか在り得ませんからね。
綺麗事並べるより自分達の幸せの為に為すべきことを成すと割り切る方が綺麗で潔いと思います。

何はともあれ、アゲゾー様、75000HITおめでとう&申告ありがとうございました♪
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたっ(滝汗)。



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