「姉様、気を付けて」
「ありがとう、エリオット」
自分に似た面立ちの少年に優しい笑みを返し、少女は城門をくぐった。
遠く見渡す水平線と重なって広がる空は晴れ渡り、眼下には町並みが見下ろせる。
止むことのない風が吹きぬけて、金色の髪を揺らした。
ふいに太陽の光を遮って大きな陰が落ちた。
風を巻き上げてふわりと降り立ったのは、翼を持った巨大な生物だ。
しかし誰一人としてその生物を怖がる様子も見せず、むしろ大切なものを見るような眼を向けている。
騎士の装いをした数人の女性達と共に、少女はそれに飛び乗った。
見送る人々に強い風を送りながら、翼を持つ生物は大きく羽ばたく。
風に護られた王国ローラントの民から敬愛を込めて『翼あるものの父』と呼ばれている精霊は、王女として女戦士として民に慕われる少女と、彼女に仕える女戦士と共にローラントの地を飛び立った。
高い山脈を超え、果てしなく続く海の向こうを澄んだ瞳で見つめながら、リースは隠しきれない嬉しさに胸を高鳴らせていた。
Strategy
「お見合い・・・ですか」
茫然とした様子で、デュランは言われた言葉を反復した。
彼の目の前の玉座に悠然と腰掛ける英雄王は、目を丸くするデュランに微笑むと満足げに頷く。
「うむ。明日、相手のお嬢さんがここに来るからな」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ。いきなり何ですかっ」
焦りのあまり、玉座の前ということも忘れて声を荒げてからハッと気付いて顔を赤らめた。
誉れ高き騎士の国、草原の王国フォルセナにて、多くの騎士達の尊敬を一身に受けるに相応しい風格を漂わせる英雄王リチャードは、笑みを浮かべたまま穏やかに言葉を続ける。
「お前も、もうすぐ二十歳だ。そろそろ考えても良い頃だろう?」
「だ、だからって・・・」
何でいきなり見合いなんかさせられるんですか!?
――という心の叫びは言葉にならなかった。
どうやって断るべきか。
永遠の忠誠を捧げた祖国の王を前に、デュランは上手い話術を持たない自分の不甲斐無さを悔いた。
いや、だからと言ってどこぞのシーフのように口が軽くなりたいわけでも、魔法王国の王女のように毒舌になりたいわけでも、聖都の小悪魔のように舌足らずなのに口達者というわけの解らない風になりたいわけでもない。
デュランが「俺にはまだ早いですから」と言えば、英雄王は「適齢期だろう」と返し、デュランが「気持ちは嬉しいのですが、やはり・・・」と言葉を濁せば、英雄王は「誰か心に誓った相手が居るのか?」と返し、デュランは返す言葉も無く項垂れる。
とどめとばかりに「会うだけ会ってみてくれんか? 私の顔を立てると思って」などと言われてしまうと、デュランには反論する術もなかった。
「―――――解りました・・・」
長い沈黙はせめてもの抵抗である。
しかし英雄王はそれに気付かないわけがないのに、それはそれは嬉しそうに笑顔を浮かべたのだった。
王宮を出るデュランには敗北の色が濃く、背中には哀愁が漂っていた。
というのは名高きフォルセナの騎士達の証言である。
「お兄ちゃん、暗いよ・・・」
家に帰って来てからずっと机に突っ伏したままの、この世の不幸を一身に背負ったかのような兄を見て、ウェンディは一言そう呟いた。
普段ならば「うるせー」とか言って妹を小突くデュランだが、今日は反論する気も起きないようだ。
そんなデュランを伯母のステラが励ますように明るい声を出す。
「ほらほら、いつまでも落ち込んでるんじゃないよ。英雄王様のご紹介なら良縁に決まってるじゃないか」
「そうよ。それにお兄ちゃんて結構モテるんだよ? 私の友達にも憧れてる子、いっぱいいるんだから」
「おやまあ、そうなのかい? 昔はあまりに乱暴者で寄り付く娘なんかいなかったのにねえ」
落ち込むデュランを余所に盛り上がる二人。
伯母と妹の会話にデュランは溜息をついた。
ウェンディの言う通り、あの旅を終えて戻って来てから自分の周囲の雰囲気が変わったことには彼も気が付いていた。
特に若い女性達の熱い視線は、色事に疎いデュランにさえ感じ取れるほどあからさまなものだ。
確かに世界の命運を背負った旅で、少しは成長したと思っている。
一傭兵でしかなかった彼が、旅を経てクラスチェンジで特殊能力を得、至高の聖騎士パラディンの称号を得たことで、今やフォルセナ随一の騎士となったことも事実だ。
しかし人間がそうそう大きく変わるわけではなく、祖国を出る前まではデュランの荒っぽさに怯えていた町娘達や、蔑みの眼を向けていた令嬢達が突然態度を変えたことへの不信感は強かった。
「ミーハー女に興味はねえよ」
険のある口調で吐き捨てる。
デュランは決して女嫌いというわけではない。幼い時に亡くした母のことは今も慕っているし、伯母のステラや妹のウェンディを大切に想う気持ちは深い。そして年頃の青年らしく異性に対する興味もちゃんとある。
だが、だからと言って自分の表面だけで判断されたくはないし、いくら英雄王の推薦とはいえ、会ったことも話したこともない相手と付き合うことなど無理というものだ。
「じゃあ、どんな人がいいの?」
妹の問いにデュランは沈黙した。
ふいに、彼の胸の中に涼やかな風が通り過ぎる。
「特にいねえよ」という一言は声にはならなかった。
家族以外に、初めて好感を持てた女性。
共にいたのはわずかな間だけだったのに、彼女の姿は今も記憶の中に鮮やかに甦る。
「風の香りがする奴かな」
「「???」」
ステラもウェンディも、デュランの言葉が理解できずに首を傾げた。
■■■■■
翌日。
デュランは重い足取りで家を出た。
いつもならば騎士の誇りを胸に堂々と目指す王城への道が、この日に限っては暗い茨の道にも思える。
そんな沈んだ気持ちで城に入ったデュランだが、いつもとは違う雰囲気をすぐに察して眉を顰めた。
城内が妙に騒がしい。
何か起きたのだろうか、と逸る思いで玉座の間に向かって足を速めた。
途中、以前は移動手段として使用していた大砲が設置されていた中庭に出たデュランは、そこで思ってもいなかった光景を目にした。
「これ・・・フラミーか?」
目の前に横たわるようにしている巨大な生物。
かつての旅の仲間だった、翼あるものの父と呼ばれる精霊によく似ているが、その身体は一回り大きいようだ。
戸惑いながら精霊を迂回して城内へと進もうとしたデュランだが、更なる驚きに硬直した。
翼あるものの父から今降り立ったかのような数人の女性達。
見覚えのある女性騎士と、彼女達の中心に立つまだ幼さを残す少女。
長く伸ばした金色の髪が、陽光を浴びてきらきらと輝いている。
後姿だけで、デュランは少女が誰なのかを瞬時に悟った。
「――リース?」
ようやく洩れた声に、名を呼ばれた少女が振り返った。
初めて出会った頃に比べて少し大人びた顔が、デュランの姿を見止めて笑みを浮かべた。
「デュラン! お久しぶりです」
満面の笑顔で駆け寄るリースに、デュランも笑みを返した。
「久しぶり。どうしたんだ?」
思い掛けない再会に、胸が高鳴る。
これは、久しぶりに仲間と出会えたからというだけではないことに、デュランも気付いていた。
「実は、皆様のお陰で我がローラント王国もほぼ元通り復興することができましたので、ご支援下さった方々に国民を代表して感謝を伝えるとともに、ご報告に参りました」
一国の王女らしい気品を湛えて微笑み、リースは深く頭を下げた。
「デュラン様達には特に多大なるご尽力を頂きまして、本当にありがとうございました」
「そうか。頑張ったな」
ローラントの占領も解放も自分の目で見てきたからこそ、感慨深い。
リースの辛い時期を見てきたデュランにとって、今の幸せそうな彼女の姿は彼自身の喜びでもある。
出会った頃のような、張り詰めた暗い表情は二度と見たくはなかった。
リースを見るデュランの目は優しい。
「元気そうで安心した」
「デュランもお達者で何よりです」
温かな、ふんわりとした不思議な雰囲気が二人を包んだ。
「これから英雄王様に会いに行くのか?」
「はい。ご挨拶に伺います」
「では」
そう言うと、デュランはそっと手を差し出した。
不思議そうに首を傾げるリースに、デュランの穏やかな目が向けられる。
「お手を、リース王女」
「あ・・・ありがとうございます」
差し伸べられた手に、リースは少し恥ずかしそうに自分の手を乗せた。
二人のやり取りを見守っていたアマゾネス戦士達は、どこか嬉しそうに微笑んだ。
城内を並んで進みながら、二人は互いや仲間達の近況などについて語り合った。
英雄王の座する謁見の広間までの数分間、二人の会話は弾み、いつもならば近いとは感じなかった城の奥までの距離が、この日はあっという間だった。
広間に続く扉の前で一旦立ち止まると、デュランはリースに目配せした後、姿勢を正して真っ直ぐ前を見据え、ゆっくりと重い扉を両側に開いた。
絨毯の敷かれた道を挟んで騎士達が等間隔に整列し、その奥には玉座に座る英雄王の姿。
並んで入って来たデュランとリースを見て、英雄王は温かな笑みを浮かべた。
「ようこそ、リース王女」
玉座の傍まで進み出たリースは優雅に一礼し、アマゾネス戦士達もそれに続いて膝を折り低頭した。
「ご無沙汰しております、英雄王様」
儀礼的な挨拶に始まり、リースはローラント王国のために力を貸してくれた礼と、王国の近況を英雄王に報告した。
英雄王はローラント王国の復興を喜び、一層の発展とフォルセナ王国とのより良い国交のために、未だ若いローラントの王女と王子にこれからも力を貸すことを約束する。
形式張った会話はここまでとして、英雄王は控えているデュランに視線を移すと話を切り出した。
「さて、デュラン。お前の見合いのことだが」
「はい!?」
何で今こんな所でそんな話をするんだよ!!?
声にならない叫びが精悍な顔にでかでかと表れる。
この場にはリースを始めとするローラントの客人が居るというのに、何故フォルセナの騎士の一人でしかないデュランの個人的な問題が取り沙汰されるのか。
案の定、リースやアマゾネス戦士達は事態が把握できずに唖然としている。
「何だ、忘れたのか? 今日はお前の見合い相手のお嬢さんが来ると言っておいただろう?」
「いや、それは・・・(何だ? この胡散臭い笑いは・・・?)」
自分が仕えている王に対して、何とも無礼なことを思うデュラン。
しかし、彼が疑心の目を向けるほどに英雄王の笑顔はどこか胡乱げであった。
一方、リースは英雄王とデュランの会話に困惑を隠せない様子だ。
目の前で交わされるやり取りを見つめるうちに、彼女の胸の内にじんわりと痛みが広がる。
(デュラン、お見合いをするのね・・・)
祝うべきなのは解っている。
けれど、リースはそれが出来なかった。
笑顔で「おめでとうございます」と言えば良いだけなのに。
デュランの方も必死だった。
何としても見合いの話はなかったことにしてもらわなければ。
もしも、リースに笑顔で「おめでとうございます」などと言われてしまったら、おそらく自分は立ち直れない。
そんな二人の葛藤を知ってか知らずか、英雄王は更なる爆弾発言をした。
「この方が、見合い相手のご令嬢だ」
「「はい??」」
同時に発せられた声は、デュランとリースのものだ。
微笑む英雄王の手は、リースに向けて差し伸べられている。
状況が飲み込めない二人は英雄王とお互いを交互に見やって、問いかけるような視線を英雄王に向けた。
リースの後ろに控える女性騎士達も、興味津々というふうに三人を見ている。
周囲の様子に、英雄王はまるで悪戯が成功した子供のように目を輝かせていた。
「どうだ? 素晴らしいお嬢さんだろう?」
「え? はい。あっ、そうじゃなくてっ」
「リース殿、ワシの口から言うのも身びいきと思われるかも知れんが、このデュランはなかなかに立派な若者ですぞ」
「あ・・・デュラン様はとても素晴らしい方だと思います」
「・・・リース・・・」
ほんのりと頬を染めるリースの言葉に、デュランの頬も嬉しさに染まる。
「では、決まりだな」
「「は??」」
「ここに、フォルセナ騎士デュランとローラント王女リース殿の婚約を発表する」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
英雄王の高らかな宣言に、整列していた騎士達が一斉に拍手を送る。
見ればローラントの女性騎士達まで拍手している。
渦中の二人は展開についていけず、もはや声も無い。
「英雄王様・・・これはいったい・・・(何を企んでるんですか?)」
「ん? どうした?(何のことだ?)」
「だから、何故こんなことになっているのでしょう?(見合いのことなんて、リースは全然知らなかったみたいじゃないかっ!)」
「不満か?(ふん、こちらがお膳立てしてやらねば、ちっとも進展せんとは情けない)」
「・・・っ、不満というわけでは・・・っ(くっそー! 反論できねえ!)」
「ならば良かろう。(ふっワシに勝とうなど、100年早いわ)」
それぞれの思いを秘めて、一見穏やかな会話が交わされる。
だが、二人のすぐ傍に立つリースは不穏な空気を肌で感じていた。
(何かしら、この張り詰めた空気は・・・)
二人の戸惑いをよそに、騎士達の温かな拍手は長い間鳴り止むことはなかった。
そうして草原の王国フォルセナの国王の承認の元、デュランとリースは有耶無耶のうちに婚約を交わしたのだった。
(―――て、俺は何も言ってないぞ・・・)
そんな根本的な問題に気付いて真っ青になるデュラン。
茫然としたままのリースに向き直ると、いきなりその手を取って駆け出した。
「!!??」
突然引っ張られたリースは、驚きのあまり抵抗もできずにデュランに連れられて走る。
「リース様?」
驚く騎士達の間を縫って二人は広間を出て行った。
そんな二人の後姿を、英雄王は満足げに見送った。
(上手くやれよ、デュラン)
その後、二人がどうなったのか―――。
英雄王が満面の笑顔で見守る、幸せそうなデュランとリースの様子がそれを語るだろう。
しかし一方で、昨日と今日で尊敬する王の笑顔が何とも胡散臭いものに思えてしまうのは、フォルセナの騎士としては失格だろうか。と、悩むデュランが居たのだった。
END
10000番を申告して下さったダブルM様のキリリク『デュラリーでお見合い』でした。
設定は同人誌『風の詩』のデュラリーEDバージョンというところでしょうか。
デュランとリースは誰かに後押ししてもらわないと、ちっとも進展しないCPですね(苦笑)。
この話、デュラリーというよりも英雄王がメインなような・・・(汗)。
何はともあれ、ダブルM様、10000HITおめでとう&申告ありがとうございました♪
随分と長い時間が掛かってしまい、申し訳ありませんでしたっ(滝汗)。
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