|
芽生えるもの
戦争が終結して数日が経とうとしていた。
アーク・エンジェル、クサナギ、エターナルは、負傷した兵士達の収容と手当てのために未だ戦場から離れられないでいる。
エターナルは大勢を収容できるほど大きい船ではないため、もっぱら戦場に取り残された人達の探索と収容を。
AAは破損が酷いため軽傷の者達が運ばれ、重傷者は主にクサナギへと運ばれていく。
もちろん、プラントの穏健派や地球軍も救出作業に参加しているが、それでも手は足りないほどに多くの者が戦いに参加し、そして血を流したのだ。
誰もが慌しく走り回るAAの艦内で、ザフト軍のエリートパイロットであるイザーク・ジュールは何をするわけでもなく佇んでいた。
彼はこのAAに着艦してからは自分の機体であるデュエルガンダムに乗って、戦場に取り残された者の探索に当たっていたのだが、現在デュエルガンダムは燃料補給中だ。
宇宙に出られないのであればAAの修理でも手伝おうとしたのだが、AAの整備士達に「いいから休め」と返されてしまった。
そんなわけで、彼はすることもなくそこに立っているしかなかった。
(休めだと? この艦のいったいどこで休めというのだ?)
端正な顔立ちを不機嫌に染めて、慌しく人が行き交う様を眺める。
現在AA内に静かに休める場所などない。
乗組員の部屋などには怪我人が運ばれて、絶えず人が行き来しているのだ。
戦友であるディアッカの部屋も然り。
ちなみにそのディアッカ・エルスマンは、AAの乗組員であるナチュラルの少女に絶えずくっ付いたまま修理を手伝っていた。
彼も優秀なコーディネーターなため、非常に役立つ人材なのだが、如何せんミリアリアと呼ばれる少女の傍にしかいないため、手掛ける仕事はかなり偏っている。
仕方なくイザークはMSの中で休むことを決めて踵を返した。
擦れ違う人達の姿は様々だ。
地球軍の軍服を着た者もいれば、オーブのジャケットを羽織る者、ザフトの宇宙服を纏う者もいる。
ここではコーディネーターもナチュラルもない。
誰もが必死だ。
この非常事態の中で、コーディネーターとナチュラルの諍いなどはほとんど無い。
それもそのはずだ。
エターナルではラクスが、AAでは地球軍を捨てた女性艦長が、そしてクサナギでは中立国オーブが目を光らせているのだから。
彼らは言う。
”争う暇があるなら、まずは働け!”と。
その台詞は、一人の少女が言い放った言葉だった。
イザークは、その時のことを思い出してどこか不思議な感情に捕らわれた。
直前までイザークに屈託無く笑い掛けていた少女が、突然凛と声を張り上げて大の大人を一喝した時は驚嘆したものだ。
ナチュラルにもマシな奴はいる。
初めてイザークがナチュラルを認めた瞬間だった。
「よう!」
考え事をしていたイザークはいきなり背後から肩を叩かれて、弾かれたように振り向いた。
大袈裟なその反応に、声を掛けた相手もびっくりしたように彼を凝視している。
「悪い、驚かしたか?」
「くだらん。何の用だ」
申し訳なさそうに謝る相手に、イザークはばつの悪そうな顔で短く答えた。
だが、彼は自分の心臓が早鐘を打っていることに不本意ながら気付いていた。
思い描いていた少女が突然現実として目の前に現れたのだから、当然の反応だろう。
その少女、カガリ・ユラ・アスハはイザークの態度にも気分を害する様子も見せずに、気安く話し出す。
「用ってほどのものはない。何か暇そうだったから声を掛けただけだ」
「暇そうで悪かったな。デュエルはメンテナンス中なんだ」
「そうか。飛び回ってるもんな、お前。じゃあ休める時にゆっくり休めよ」
「そのつもりだ。だが、こう騒がしくては叶わんのでな。MSの中で仮眠を取ろうと思っていたところだ」
「それじゃあ、ゆっくり休めないだろ。クサナギに来るか? 私の部屋なら寝れるぞ」
何気なく言われた言葉を正確に理解するのには、コーディネーターの優秀な頭脳を以ってしても数十秒を要した。
そして、理解するや、イザークは真っ赤になって怒鳴った。
「な! 貴様、自分の言ってることが解ってるのか!!?」
「? 何だよ、いきなり」
突然目を剥いて怒られ、カガリは大きな目をさらに見開いて激昂するイザークをきょとんと見つめる。
彼女としては親切に自室での休息を勧めてやったのに、何故それでここまで怒られなければいけないのか、割りに合わないとでも言いたげだ。
しかし、イザークにしてみれば冗談ではなかった。
休む以前に、うら若き少女、しかもオーブの姫であるカガリが、こうも気安く若い男を部屋に誘うなど。
カガリに他意はないことは解るが、やはりこれは常識の問題であろう。
「お、女が自分の部屋に、男を、入れるなど・・・っ」
「お前もアスランと同じこと言うんだな」
「何!? お前、あいつも部屋に誘ったのか!?」
カガリの口から出た名前に過剰な反応を示すイザーク。
しかし彼の様子に気付いていないのか、カガリは腕組をしながら「あいつもあんなに怒ることもないだろうになあ」などと不満を漏らしている。
「貴様は何を考えているんだ! 自分がどういう立場の人間か解っているのか!?」
「キサカみたいなこと言うな! まったくどいつもこいつも」
うんざりしたようなカガリの口調に、イザークは頭を抱え込みそうになった。
(だ、駄目だ、こいつは・・・。無防備過ぎる・・・っ)
立場や性別に対する認識の甘さが尋常ではない。
この少女に仕えるオーブの民や、アスランに対して心の底から同情を覚えた。
まさか自分があのアスランに対して同情を抱くとは・・・。
いや、ここで問題なのはこの姫だっ。
「よ、よく聞け、貴様・・・」
「あ! そうだ、お前」
説教を始めようとしたイザークの言葉を遮ってカガリが声を上げた。
話の腰を折られて不快げなイザークをあっさりと無視し、
「アスランから聞いたんだけど、今もキラのこと恨んでるのか?」
「キラ?」
「以前ストライクに乗ってたフリーダムのパイロットだ」
その言葉にイザークは眉を顰めて黙り込んだ。
ストライクのパイロットは以前イザークに屈辱を与え、眉間に傷跡を残した憎い敵だった。
だがそれも、まだ彼がナチュラルに偏見を抱いて見下していた頃の話で、パイロット自身についてはディアッカから大まかな話は聞いていた。
本人に会ったことはないので何とも言い難いが、現在は復讐をしようなどという妄執はない。
しかし抱く思いは複雑なもので、恨んでいるかと言われて返す言葉はなかった。
答えのないイザークに、カガリの表情が不安そうに曇る。
縋るように自分を見上げるカガリの表情に、イザークは狼狽した。
「あのさ、今キラはすごく不安定なんだ。だから、出来ればそっとしてやってくれよな」
「お前は俺がそいつに危害を加えるとでも?」
「疑ってるんじゃないぞ。でも、敵同士だったんだから恨む気持ちがあっても仕方ないと思う。ただ、キラはひどく傷付いているから・・・」
そう語るカガリの表情は暗く、イザークは「お前こそ傷付いているんじゃないか」と思ったのだが、口には出さなかった。
「俺は個人的にそいつを知らん。だから答えようはない」
「・・・そっか、そうだよな」
「いやに必死だな。そんなにそいつが気に掛かるのか?」
「キラは大切な奴なんだ。それに私はお前も気に入ってるから、お前がキラを憎んでいたら哀しい」
たった一言のフレーズが、イザークの冷静さを崩した。
”お前も気に入ってるから”
何でもないことのように自然と言われたものなのに、ひどく落ち着かなくなる。
何故か早くなる鼓動を必死に無視しようと努めながら、イザークはまっすぐなカガリの瞳から逃れるように顔を逸らした。
「ふん。今はそれどころではない。第一アスランなんぞの言葉を鵜呑みにするな」
「? アスランと仲悪いのか?」
「良いように見えたらお前はどうかしている」
「・・・難儀な奴だなあ。キラもアスランも良い奴だぞ。もちろんお前もだ。仲良くなれると思うのに」
よりによってアスランと仲良くなれるだなどと、何てことを口にしてくれるのか。
あまりにも複雑な感情が入り乱れ、これ以上この会話を続けたくなかった。
「ふざけるな! 何故俺がアスランなんかと・・・」
「俺が何?」
突然割って入った声に、二人は驚いて声の方に視線をやる。
そこに立っているのは完璧な無表情を張り付けたアスラン・ザラその人だ。
「貴様、突然俺の背後に立つな! しかも盗み聞きとはいい度胸だな」
「別に気配を消していたわけじゃないんだから気付けばいいだろう。第一お前の怒鳴り声は聞こうと思わなくても耳に届く」
「何だと!!」
「それよりカガリ、こんな所で何をしているんだ? クサナギにいなくて良いのか?」
激昂するイザークをさっさと視界から除外し、彼はつかつかとカガリの前まで来た。
その声音はイザークに対していた時より数段穏やかだ。
イザークは訝しげにアスランの横顔を見た。
「薬や包帯が足りないから、AAに余ってないかと思ったんだ」
重傷者が運び込まれるクサナギは物資の消費が激しい。
物資を届けてくれる組織などもあるが、それを待っていられる時間もないため、手近な所から分けてもらおうと思い、カガリはAAにやって来たのだ。
「で、こいつを見付けて、休む場所がないなら私の部屋に来いって言って話をしていたところだ」
「カガリ!! 何度言ったら解るんだ! 女の子が簡単に男を部屋に上げるんじゃない!!」
「休む場所を提供しようとしてるだけなのに、何でお前もイザークもそんなに怒るんだよ! この非常時に男とか女とか言ったって仕方ないだろ!」
「「〜〜〜っっ!!」」
アスランとイザークは揃って言葉を失った。
確かにカガリの言うことも正しい。
正しい・・・のだが・・・。
「・・・わかった、すまないカガリ。けどやっぱりお前の部屋に彼を泊めるのはまずいんだ。良い場所を知ってるから、俺がそこに案内するよ。お前はクサナギに戻って」
「・・・・・・わかったよ」
アスランの説得に、カガリは渋々頷いた。
その拗ねたような傷付いたような表情に胸が痛むアスランだが、心を鬼にして厳しい顔を作った。
ちなみに彼の本心はというと。
イザークをカガリの部屋に泊めるなんて、そんな羨ましいこと、絶対に許すわけにはいかないんだ!!
という固い決心があったというのは彼だけが知る。
カガリが去った後、険悪な雰囲気を醸し出す二人のコーディネーターが残った。
いや、もちろん人の往来は多いのだが、彼らの目には入っていない。
見つめ合う二人の美少年など、見るものが見れば泣いて喜ぶ麗しい図なのだろうが、この二人の場合はどう見ても睨み合っているとしか表現のしようはない。
「で、どうするんだ。休みたいならその場所に案内するが?」
「それはそれは、ご足労掛けるな。それで、お前の言う場所というのはどんな場所だと?」
「牢だが?」
―――――・・・・・・・・・。
「貴様・・・俺を馬鹿にしてるのか・・・」
「ふ、安心しろ。ディアッカも入った場所だ。寝心地は最悪に良いそうだ」
どす黒いオーラが二人を中心にとぐろを巻くが如く蠢き、その辺一帯を呑み込んだ。
この時、不運にもその場に居合わせてしまった不幸な人々は、落雷が轟き、岩を破壊せんが如き荒波が打ちつけ、竜と虎の影が互いを威嚇する様を目にしたと後に語る。
「俺はデュエルの中で休む。貴様の世話になどならん」
「なら始めからそうしろ。まぎらわしい」
「貴様あ・・・、やはり貴様は気に入らん!」
恐ろしさに動けず、遠巻きに彼らを見守っていた人達の視線の中、二人は踵を返すとそれぞれ反対の方向へと足早に去って行った。
アスランとの不愉快なやり取りの後、イザークは言葉の通りメンテナンス中のデュエルガンダムの元に来ていた。
整備士と言葉を交わすとコックピットに乗り込み、ハッチを閉める。
倒れ込むようにシートに背を預け、彼はそのまま目を綴じた。
しかし彼に訪れるのは眠りよりも、金髪の少女のまっすぐな瞳ばかりだ。
カガリ・ユラ・アスハ。
あのアスランさえも気に留めるほどの存在。
出会ってからまだ数日しか経っていないというのに、イザークの中にも彼女は強く刻まれている。
まさかナチュラルの女がこれほどに気になるとはな。
イザークの口元が自嘲に歪んだ。
だが、不思議と不快感はない。
ナチュラルに対しての偏見も侮蔑も、この戦争を経ていつしか消えかけていた。
彼らを完全に許せたわけではないが、多くの者には罪はない。
そしてあの少女に対しては、好意すら抱いている。
それもいいだろう。
この気持ちが何なのか、これからどう変化していくのか。
見極めてみるのも悪くはない。
いつもは不機嫌に彩られた美貌に小さな笑みを浮かべ、やがてイザークは眠りに落ちていった。
彼の夢に現れるのは・・・あの少女であってほしいと願いながら。
■■■■■
「いったいどこが”良い奴”で、どの辺が”不安定”だというんだ・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で、イザークは誰へともなく呟いた。
全身を怒りに震わせながら、ある人物への恨み言をつらつらと頭の中で連ねていく。
思い出すのも忌々しいその人物とは。
アスラン・ザラとキラ・ヤマト。
昔からの親友というだけあって、彼らはよく似ていた。
カガリへの溺愛ぶりと、イザークへの陰険な言動と行動が。
あの二人は敵だ。
そう、結論付けた。
END
イザカガ・・・というよりイザ&カガ・・・いや、イザ→カガ?でしょうか(苦笑)。
いいんです、「&」でも「→」でも。まだ二人にとっては始まりなんだから。
イザークの方が随分とカガリを気に掛けているようですね。
キラ・アスラン・イザークという三人もの優秀なコーディネーターを手なずけてしまう姫。さすがです(笑)。
ところでキラとアスランは何をしでかしたんでしょう(笑)。
キラとアスランは結託するのか、それとも三つ巴か。さて。
|