|
月夜の潮騒
夢を見た。
辛くて哀しくて、怖い夢。
夢であってほしかった現実が、何度も何度も繰り返す。
叫んで、掴もうとしたものは、いつも触れた途端に霧のように広がって何も残らない。
夢は繰り返し、後悔だけが重く圧し掛かる。
追いかけて、追いかけて、やっと辿り着いても、一瞬で目の前から消える大切なもの。
ようやく得られたと思ったのに。
立ち止まればそこにはもう何もない。
何も、残らない。
ただ。
闇だけが残る。
■■■■■
夜の帳(とばり)にすっぽりと包まれ、静まり返った部屋。
キラは寝台に上半身を起こした状態で前屈みとなり、両手で顔を覆った。
「・・・・・・っ」
引き攣れたような声が洩れた。
キラの荒い息遣いの合間に静かな寝息が混ざる。
痛々しく揺れる瞳が、隣のベッドに眠る少女の姿を映した。
存在を認識すると同時に何故かひどく心が沈み、その事実に彼女への申し訳なさが込み上げた。
(ごめん、ラクス・・・)
隣に眠るのが“彼女”ではなかった。
それがとても辛い。
そんな自分も、情けなかった。
こんな気持ち、あまりにもラクスに失礼ではないか。
いつも優しく見守ってくれているのに。
――けれど・・・それでも・・・
(僕が求めているのは・・・)
バルコニーに出ると、ひんやりとした夜風に包まれた。
すぐ近くに広がる海からの潮騒が、風に乗って聞こえてくる。
長く苦しい戦争を終え、オーブに降りたキラはラクスやマリュー等とマルキオや子供達と共に共同生活を送っている。
とても穏やかな日々だ。
優しい人達と、無邪気な子供達と過ごす。
ずっと望んでいた平穏を手に入れた。
なのに、傍にいて欲しい人がいない喪失感が、いつも付き纏う。
「・・・・・・フレイ・・・ッ」
愛しくて、求めてやまない大切な“彼女”の名前。
無意識に口をついて出る今や口癖とも言えるそれを、ラクスだけは気付いていた。彼女はいつも傍にいてくれるから。
フレイの名前が出ると、一瞬辛そうに歪めた顔をすぐに慈愛に満ちた笑みに変えて寄り添ってくれる。
ラクスは強くて優しい、フレイとはまるで正反対の女性だ。
けれど彼女の眼は、あの時最後に見たフレイと同じ眼をしていた。
(あの時・・・ようやく得られたと思っていたのに・・・っ)
愛情に満ち溢れた優しい瞳。
渇望し続けたものを、最後にようやく向けてくれた。
例え彼女が愛してくれなくても。
憎まれていても。
利用されているだけだとしても。
――僕は、君を愛しているんだよ、フレイ・・・
心が弱かったから、彼女の望みが重かった時もあった。
甘えてくる彼女を疎ましく思ったこともあった。
カガリの温かさに安らぎを感じていた時に、邪魔をされて恨めしくも思った。
そして互いに傷付け合い、離れ離れになってしまって・・・――後悔だけが残った。
(・・・でも、僕は・・・)
「それでも、君が欲しかった・・・っ」
いつかは憎しみを乗り越えて愛し合えるのではないかと希望を抱いていた。
穏やかな幸せを感じながら、肌を重ね合わせられると信じていた。
それが、あの戦場でようやく叶うはずだったのに。
何故、失ってしまったのだろう――・・・
――何故、護れなかったのだろう――・・・
「キラ」
優しい声が潮騒に混じって届いた。
ぴくりとキラの肩が揺れ、ゆっくりと振り返る。
「ラクス・・・。ごめん、起こしてしまった?」
「眠れないのですか?」
ラクスはキラの隣に立ち、そう問いかけた。
ほっそりした白い手がそっと肩に触れる。
慰めるように、元気付けるように優しい仕草。
見つめれば、深い愛情に満ちた瞳と目が合う。
――違う
――この眼で見つめてほしいのは
――こうして触れてほしいのは
――ラクス
――君じゃないんだよ・・・
なのに、こうしてこの優しい手に甘えてしまう自分がいる。
失ったものの代わりのように。
それがどれほど残酷なことか、解ってるつもりだ。
愛する人に自分を見てもらえないことが、どんなに辛いか。
それでも、言わずにはいられなかった。
「・・・ごめんね」
卑怯で残酷な言葉を――・・・
■■■■■
ふと吹き込んできた冷たい風で目が覚めた。
上体を起こして部屋を見回してみたラクスは、隣のベッドに彼がいないことに気付いてベッドから降りる。
夜の闇に包まれたバルコニーに出れば、愛しい人の後姿があった。
月の光を浴びてたった一人、儚く佇むキラにラクスは掛ける言葉もなく立ち尽くす。
見えない彼の顔がどんな表情を浮かべているかなど、考えることすら無駄だ。
ひたすらに、失った少女を想っているに違いないのだから。
凪いでいた心に波紋のように痛みが広がる。
湧き上がるのは、嫉妬という暗くどろどろとした負の感情。
私を見て欲しいと言えれば、どんなに良いだろうか。
だがそれは、彼をひどく傷付けてしまうだけ。
今はまだ、見守る時期なのだ。
最愛の女性を失って、必死に立ち直ろうとしているキラを。
傍にいれば、いつかきっと自分を見てくれると願い、信じ続けるしかない。
死んでしまった人は戻らない。悔やんでも、自分を責めても。
今は辛いだろうけれど、どうか立ち上がってほしい。
(私はいつも貴方の傍にいますわ)
だから、誰かを愛することをやめないで。
「それでも、君が欲しかった・・・っ」
潮騒に乗って、掠れた呟きが聞こえてきた。
それがキラの洩らしたものだと気付くと同時に、ラクスは居てもたってもいられなくなった。
「キラ」
呼び掛けると、キラの肩が震えた。
向けられた視線はどこか虚ろで、消えてしまいそうなほど儚い。
「ラクス・・・。ごめん、起こしてしまった?」
「眠れないのですか?」
キラの隣に立ち、肩に触れた。
消えていかないようにと願いを込めて。
傍に留めておきたいと独占欲が擡げる。
静かに見つめる紫電の瞳は、ラクスの望む意味で映してはくれないことを知っているけれど。
そんなラクスの想いを知っているかのように、キラの口からは聞きたくない言葉が紡がれる。
「・・・ごめんね」
心の痛みに、涙が出そうになった。
彼はまだ彼女の死から立ち直ってはいない。
解っていても、悔しくて哀しくて胸が苦しい。
それなのに、唇は勝手に微笑みを象る。
辛くても、傷付いても、やはり自分はキラを愛しているのだと改めて認識する。
今は代わりでも良い。
一人で哀しまないで、どうか甘えてほしい。
彼が他の女性を想っていても、いつか振り向かせてみせる。
いつでもそばにいて支えて、傷付いた心を優しく包み込んであげたい。
この行為は、彼の哀しみに付け込むような真似かも知れない。
でも、傍にいたい。
――ようやく出会えた、私を理解してくれる人
――貴方は本当の私を見てくれた
――決して失いたくない。手放したくない。
――キラ
――私も、貴方が欲しいのです・・・
(貴方が彼女を求める想いに負けない位強く、私も貴方を愛してますわ)
それっきり二人は口を閉ざし、寄り添ったまま夜の海を眺めた。
二人の届かない想いは、闇の中に静かに溶け込んでいく。
夜空にのぼる月の光に照らされた海は、変わらない潮騒の音を奏でる――。
END
『届かない』の続編のような話です。オーブに来て数ヶ月くらいかな?
キララクの方には申し訳ないのですが、キラはこうであってほしかったんです。
ラクス→キラ→フレイという永遠の一方通行。キラはラクスに対して同志という認識だけで、
今後恋愛感情を抱くならマリューさんかミリーかカガリ(え?)であってほしいなあと…。
気が滅入る話で済みません(滝汗)。
|