視線




何やら視線を感じて目を上げると、翡翠の双眸がカガリを捕らえた。

キラやミリアリアに食事に誘われてクサナギからアークエンジェルにやって来たカガリは、キラ達を待つ時間を食堂でストライクルージュのマニュアルを読んで過ごしていた。
複雑なシステムを頭の中で整理し、シミュレートしていると、いったいいつの間に現れたのか、カガリの目の前にはアスランがいた。

机を挟んでカガリと向かい合って座り、柔らかく笑みさえ浮かべて見つめてくるアスラン。
マニュアルを手にしたままカガリは硬直した。

アスランは変わらずカガリをじーっと見つめている。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「アスラン」

「ん?」

「いつからいたんだ?」

「5分ほど前かな。声を掛け辛かったんだ」

「・・・そうか」

集中していたことは確かだが、こんなに近くに人がいるというのに全く気付けなかったとは。
アスランが優秀なコーディネーターで、気配を消して近付くなど容易だとはいえ、目の前に座ったことすら気付かないほど熱中していたのかとカガリは密かに反省する。

ずっと気付いてもらえなかったアスランはさぞ困ったのではないだろうか。

そんなカガリの考えを読んだかのように、アスランは笑みを深めた。

「気にせずに続けろよ」

「ああ・・・」

云われた言葉に一瞬戸惑ったが、気にしていないアスランの様子に安堵し、カガリは手元の文字に再び視線を落とす。

そして、アスランとカガリ以外は誰もいない食堂に沈黙が落ちる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


ページを捲る音がやけに大きく聞こえる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「アスラン」

「何? カガリ」

「何か用があるのか?」

「いや。別に」


手元から視線を上げないまま、短い会話は終わった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


おもむろにカガリはマニュアルを綴じ、顔を上げると翡翠の双眸と目が合った。
端正な顔立ちが甘く微笑む。
僅かに頬を紅潮させ、カガリは当惑してアスランに問う。

「あのさ・・・私の顔に何か付いてるのか?」

「いや。気にするな」

「すっごく気になるんだけど・・・」

「カガリを見てると落ち着くんだ」

「私は見つめられてると落ち着かない」

カガリは憮然と言葉を返す。
先程も今も、翠の瞳は穴が開くほどじーっとカガリを見つめたまま動かない。
アスランの存在に気付いた今、その逸らされない視線が気になって仕方が無い。
しかしアスランは悪びれた様子も見せずに肩を竦める。

「いいじゃないか。少しくらい」

「少しって、お前ずーっと人のこと見てるじゃないかっ」

「仕方ないだろ。カガリがいるんだから」

「な、なんなんだ、その理屈は・・・」

「だから、離れてると会いたくなるし、会うと傍にいたいし、見つめていたいんだよ」

「何が楽しいんだよ、それ。お前、そんなに暇なのか?」

「酷いな。これでも我慢しているのに」

「? 我慢?」

わけが解らず、首を傾げて自分を凝視するカガリのあまりの可愛らしさに軽く目眩を覚えながら、アスランは身を乗り出して机を挟んだ向かい側の彼女に顔を寄せる。
動くことも出来ずに自分を凝視する愛しい少女に触れるか触れないかの距離まで近付くと、そっと囁いた。

「見つめてたら・・・味わいたくなるんだ・・・」

ゆっくりと、二人の唇が合わさって―――・・・



だだだだだだだだだだだだだだ


低重力の艦内で何故か響き渡る怒涛の足音。
心なしか地響きが聞こえるのは、おそらく気のせいではない。

触れ合う直前に固まった二人が、同時に入り口に目を向けたその時。



バタ―――ンッ!!



自動扉が外側から誰かの手で開け放たれた。



カガリ! 無事!?


「「キラ?」」


アスランとカガリの声が見事に重なった。

食堂の入り口で血相を変えて立ちはだかるのは、アスランの親友にしてカガリの兄弟であるキラだった。信じられないことに自動製の扉を手動で開け放った彼は、見事に種割れしている。

「ど・・・どうしたんだ・・・?」

恐る恐る声を掛けるアスランを、グラデーションの掛かった紫電が睨み付けた。
思わず恐怖に身を強張らせる親友からはすぐに興味が失せたとばかりに視線を外し、カガリの方へ歩を進める。

「カガリの危険を感じたんだ。なんでアスランと二人きりなの? 危ないじゃないかっ!」

「え?」

「ちょっと待て」

聞き捨てならない台詞に思わず制止の言葉を掛ける。

「何さ、アスラン」

「まるで俺がカガリにとって危険人物みたいな云い方するなっ!」

「みたいじゃなくて危険なんだよっ! 普段はともかくカガリが絡むと何するか解らないじゃないか!」


責任は取る!!


そんな問題じゃないーっっ!!というか、何、そのいかにも『何かする』と公言してるような台詞はっ!!」


「えーと・・・?」

目の前で繰り広げられる激しい論争を茫然と見つめながら、カガリは先程自分の身に起きていた事態を思い返す。

(・・・アスランがわけの解らないことを云い始めたかと思うとあいつの顔が近付いて・・・キラが来て・・・そういやキラの奴、何で自動の扉を素手で開けたんだ? すごい力だな。あいつ細く見えて実は筋肉すごかったっけ。私とあまり身長変わらないくせに実はかなり・・・あ、いやそうじゃなくて・・・私が危険って何でだ??)



「何の騒ぎだ、こりゃあ?」

キラでもアスランでもない声にカガリが振り向くと、驚きに目を丸くしているディアッカやミリアリア、サイの姿があった。

カガリの兄弟とその親友はサイ達に気付かず、口論を続けている。どうやらアスランも種割れしてしまったらしい。
不敵なディアッカすら二人に声を掛けられず、カガリに答えを求める。
しかし、カガリも状況を把握しているわけではないので、首を振ることしかできなかった。

「よく解らん。キラが飛び込んで来たかと思うとアスランと言い争い始めたんだ」

その言葉に、何となく見当がついた。

(カガリさん絡みか)

(カガリさん絡みね)

(姫さん絡みだな)

心が1つになったサイ達は互いに頷き合う。

そんな中カガリは束ねたマニュアルを両手で持って立ち上がり、思いっきり振りかぶるとアスランとキラの頭に交互に叩き付けた。

「「〜〜〜っっ!!」」

鈍い痛みに二人は頭を抑えてしゃがみ込んだ。

カガリの勇気ある見事な行動に、サイ達から拍手が贈られる。

「お前ら、いい加減にしろ。いったい何をそんなに怒ってるんだ?」

「「・・・カガリ・・・」」

「「「・・・・・・(わかってないのか)」」」

「本当にわけ解んないな、お前らって。親友なんだろ? あ、こういうのって喧嘩するほど仲が良いってやつなのか?」

「「・・・・・・・・・」」

「「「・・・・・・(違うと思う)」」」

「まあいいや。ミリアリア達も来たし、食事するんだろ? 続きは後でしろ。他人に迷惑掛けるなよ」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・ああ」

「「「・・・・・・(いいんかい)」」」

持ち前のさっぱりした性格であっさり事態を水に流し、カガリはキラとアスランの不毛な戦いに終止符を打った。


それからは何事もなかったかのように、彼らは食卓についた。
キラとアスランがカガリの隣を陣取り、向かってサイ、ミリアリア、ディアッカが座る。

そしてサイ達は見た。

アスランがそれはそれは幸せそうな表情で、優しくカガリを見つめている様子を。





キラが来る前、アスランと二人っきりの時に自分の身に起きようとしていたことにカガリが気付いて真っ赤になったのは、それから随分経ってのことだった。



END

アスカガ甘々ほのぼのギャグ(だと思う)。
アスランは何時間でもカガリを見つめていそうだと思って書き始めました(笑)。
よく解らない話になってしまいましたが・・・(苦笑)。



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