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庭園にて
隅々まで手入れの行き届いた美しい庭園。
柔らかな光が射し込むその場所には色とりどりの花が咲き誇り、小鳥の囀りが耳を心地良く通り過ぎる。
プラントも人工とはいえ美しい風景はたくさんあるが、やはり地球の自然はまた違った趣があるとイザークは思った。
特にここはオーブの代表アスハ家の邸宅だ。
決して贅沢な造りではないが、光と自然に溢れるその庭園の美しさは邸の主の趣味の良さを窺わせる。
庭の美しさを眺めながらも、イザークの鋭い眼は常に何かを探すように周囲を見渡していた。
(どこに行ったんだ?)
庭園のどこかにいるはずだと、案内してくれた邸のメイドが言っていたが、未だ目的の人物の気配すら捕らえられていない。
すぐに見つかると思っていたのだが。
かなり奥へと進んだが、イザークの足に迷いは無かった。
いくら初めて踏み入れる場所でも、彼の素晴らしい記憶力は自分の歩いた道をしっかりと記憶しており、迷子になるなどという醜態を晒す心配はない。
(まさか、本人が迷っているのではないだろうな)
決して有り得ないことではないからこそ、恐ろしい仮説であった。
イザークは内心の動揺を押し隠し、だが心なしか歩調を速めて前進していった。
カガリは1本の巨木の枝上から庭園の風景を眺めていた。
晴れた日には遠くまで庭園を見渡せるこの場所は、幼い頃からの彼女のお気に入りの場所の1つだ。
心地良い静けさは、疲れた心と身体を癒してくれる。
長く苦しかった戦争を終えてアスランと共にアスハ邸に戻った時には、暇さえあれば二人で庭園を散歩したものだ。
今では二人とも少しずつ安定を取り戻してはいるが、現在でも二人で散歩している。
しかしこの日はカガリ一人だ。
(一人でここに来るのも久しぶりだな)
寂しいような懐かしいような、色々な感情が混ざり合って少し複雑な気分がする。
「カガリ」
「えっ?」
突然、足元から届いた声に慌てて下を見下ろすと、まっすぐに見つめてくる青年の整った顔があった。
思いもかけない人物の登場に、カガリは眼を丸くした。
「イザーク?」
「そんな所で何をしている?」
「お前こそ何でここに・・・。あっ、もしかして会合は今日だったのか!?」
イザークの地位はザフトでもかなりの高位に当たる。
オーブ代表として、彼との会合が近いうちに予定されていたのは知っているが、カガリの記憶ではそれは明日のはずだったのだ。
まさか日を間違えたのか?
蒼白になるカガリに、イザークはふいと眼を逸らす。
「安心しろ。会合は明日で間違い無い。今日は・・・いわゆるご機嫌伺いというやつだ」
「ご機嫌伺い・・・」
あまりにも似合わない台詞に一瞬きょとんとなった後、カガリは悪いと思いつつも笑ってしまった。
「笑うな」
端正な顔に不機嫌が色濃く滲む。
だがほんのりと色づいた頬が、彼が照れているだけということを窺わせ、更に笑いを誘う。
「悪い悪い。よく来たな。久しぶりに会えて嬉しいぞ」
堪えきれない笑いを含んで震える声にイザークは眉を寄せたが、何も言わなかった。
「さっさと降りたらどうだ? 首が疲れる。だいたい一国の姫が何故樹に登っている?」
「ここから見える景色が綺麗なんだ。イザークも登って来いよ」
「馬鹿言うな。何故俺が・・・」
「何だ? 木登りしたことないのか?」
「・・・・・・」
イザークは樹の枝に手を掛けるや、するするとカガリの座る太い枝まで登った。
その速さたるや、何年もこの樹を登ってきたカガリを軽く越える。
「どうだ?」
びっくりして声もないカガリを得意げに見下ろし、イザークは隣に腰掛けた。
「凄いな、お前」
「この程度のこと、俺には造作もない」
「あ、そう言えば“お前等”ってそうなんだよな。すっかり忘れてた。それじゃあアスランやキラも私よりずっと上手くこの樹を登るんだろうな」
忘れるな。
呆れたようにそう心の中で突っ込んだイザークだが、目の前の少女がナチュラルやコーディネーターということに拘らない性格であることを思い出すと、何も言わずに視線を転じた。
確かに、ここから見る景色は素晴らしかった。
カガリの台詞から、アスラン達でさえもこの景色を見たことがないと知り、その事実に優越感を覚えた。
一方カガリは、ついさっきまで不機嫌全開だったイザークが、樹に登った途端に上機嫌になった様子に「単純な奴だ」と微笑ましく思っていた。
「今日はアスランの奴やストライク・・・フリーダムのパイロットは一緒じゃないのか?」
「“フリーダムのパイロット”じゃなくて“キラ”だ。いい加減覚えろよ」
「ふん」
余程嫌っているらしい。
カガリには彼が何故こうまで頑なにわざわざ長ったらしい呼び方を貫くのか、さっぱり理解できなかった。
「ここには私一人で来た。ふとこの景色を見たくなったから」
「何かあったか?」
「何もないぞ。今日は少し疲れただけだ」
(疲れた、だけ・・・だと?)
何気なさを装っていても、イザークは言葉をそのまま鵜呑みにはしなかった。
まだ短い付き合いだが、彼も彼なりにカガリを理解している。
彼女が決して弱音を吐かない性格であることも、彼は解っていた。
そのカガリが会話の流れとはいえ“疲れた”などと口にしたということは、相当精神的に参っているのではないか。
(あの阿呆共は何をしているんだ)
いつもカガリの傍にくっ付いていたかつての同僚と、恨み重なる“フリーダムのパイロット”を思い浮かべて内心で舌打ちする。
再び静寂の落ちた空間を心地良く感じながら、カガリは深く息をついた。
思い出してしまうのは、憂鬱な会議のことばかりだ。
毎日のように繰り返されるそこで、カガリの立場は何とも微妙なものだ。
代表という肩書きは所詮“アスハ”だからこそ得たもので、誰もカガリ自身の力量には期待もせず、見向きもしない。
年若い上に女性ということが余計に足枷となる。
「頑張ってるんだけどな・・・」
思わず漏れてしまった呟き。
声に出していたことに気付くと、カガリはハッと口を噤んで恐る恐る隣を見た。
しっかりと聞き取ったのだろう。イザークの切れ長の瞳がじっと彼女を見据える。
「き、聞こえたか?」
「横で喋られて聞こえないわけがないだろう」
「う・・・そうだな」
気恥ずかしそうに俯くカガリの頭にイザークの手がぽんと乗せられ、手触りの良い金色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「ぅわっ、何するんだよっ」
「好きなだけ落ち込め」
「え?」
「落ち込んで、悩んだら立ち上がれ。必要なら阿呆共をこき使え」
阿呆共=アスランとキラである。
何やら物凄く偉そうだが、どうやらイザークはカガリを元気付けようとしているらしい。
根っからの素直な良い子のカガリは、すぐにイザークの意図を察した。
「愚痴くらいなら聞いてやる。だが、その代わりお前はしっかりと前を向いていろ」
言葉を切ると、イザークは不機嫌な顔でそっぽを向いた。よく見れば耳が赤い。
「俺は、お前以外のナチュラルの言葉など、聞く気はないからな」
「それは・・・大変だな」
言われた台詞に眼をぱちくりとさせたカガリは、どういう表情をすれば良いのか解らないというように、曖昧に笑った。
ザフト高官が唯一人の意見しか耳に入れないなど、会議の意味が無い。
もちろん会合に参加するサフト高官は彼だけではないのだが、それでもイザークの影響力は強く、これは責任重大だなとカガリは苦笑する。
ぶっきらぼうな、慰めと言えるのかどうかも解らない言葉に、だがカガリは随分と気分が軽くなった。
ちゃんと自分を見てくれる人がいる。
成長を待っていてくれる人がいる。
そして、オーブを始め、各国にも必要としてくれる人達がいる。
それは、とても心強いことだ。
(まだ始まったばかりなんだ。頑張らないとなっ)
満面の笑顔を浮かべたカガリに、ついそちらに眼を向けたイザークは一瞬で魅了された。
「ありがとう! 元気が出た」
「ふん」
動揺する自分を知られたくなくて、イザークはぷいっと顔を背けた。
カガリはイザークの態度を気にすることなく、「そうだっ」と明るい声を上げる。
「なあイザーク、街に出ないか? 良かったら案内するぞ。行ってみたい所とかないか?」
その申し出はイザークの興味を引いたらしく、彼の目の色が変わった。
しかし表面は冷静を保ち、さも仕方ないから付き合ってやろうとでも言いたげな態度で、
「よかろう」
とだけ言ったのだった。
そんなイザークに苦笑しつつ、カガリは腰掛けていた枝から軽々と飛び降りた。
一瞬後には見事に地上に降りた彼女に続いて、イザークも同じように飛び降りる。
そして地上に着いた途端にカガリに食って掛かる。
「だから貴様は自分の立場を理解しろ! どこの世界に樹に登ってあまつさえ飛び降りる姫がいるかっ!」
「ここにいるだろ、ここに! だいたい私は“姫”と呼ばれるのが嫌いだっ」
「好きだろうが嫌いだろうが、お前が姫なのは事実だろうが!」
「じゃあお前は自分が王子やら殿下なんて言われたら嬉しいか!?」
「そんな風に俺を呼ぶ奴がいたら後ろから蹴りを入れてくれるわ!」
「だったら私だって“姫”なんて呼ばれたくない!!」
何だか会話がおかしいが、当人達は気付いていないようだ。
その後、仲良く街に繰り出したイザークとカガリは、デート(本人達に自覚はないが)を心行くまで楽しんだ。
そして日が暮れた頃、アスハ邸に戻った二人は入り口で仁王立ちしたアスランとキラの心配と怒りと嫉妬に満ちた説教を延々と聞かされるはめになるのであった。
END
アスカガ←イザなのかイザカガ←アスなのかイザ&カガなのか(苦笑)。
さりげなくカガリに甘いイザークと、どことなくイザークを頼るカガリでした♪
二人はさりげなく仲良しな関係だと良いなあと思ってます。(でも喧嘩は激しそう…)
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