届かない




「あら?」

「?」

突如耳に届いた柔らかな女性の声に振り向いたイザークは、目の前に立つ一人の少女の姿を見止めるや切れ長の瞳を驚愕に見開いた。

「ラクス・クライン嬢・・・?」

名を呼ばれた少女は、イザークににっこりと笑い掛けた。

「お久しぶりですわ」





休戦協定が結ばれ、長く苦しい戦争は終わった。
プラントにも地球軍にも甚大な犠牲が出たこの戦争には、プラントのパトリック・ザラ率いる急進派にもムルタ・アズラエル率いるブルーコスモスにも属さない、第三の勢力があった。
それが、オーブ。
現在イザークが居る船、アーク・エンジェルは元々は地球連合だったが今ではオーブに属する。

ある時、反逆者として捕らえられたアスラン・ザラと新造艦エターナルを奪ってプラントを脱出した一部のコーディネーターの一群が、その第三勢力に加わった。
それを束ねていたのが、ラクス・クライン。
プラントでは平和の歌姫としてアイドル的存在だった。

イザークも何度か会う機会のあった彼女は、ふわふわとした可愛らしい女性という印象が強かった。
しかし今目の前にいる彼女には、そんな頼りなげな雰囲気など感じられない。


着艦したアーク・エンジェルで思い掛けない再会を果たした後、イザークはラクスによってエターナルへと招待されていた。
ラクスの私室だろうか。
一室に通されたイザークはテーブルを挟んでラクスと向かい合い、出されたお茶を口にする。

一息つくと、改めてラクスを見た。
凛々しいというべきなのか、随分と奇抜な衣装をまとっているな、というのが正直な感想であった。
とはいえ、歌姫として歌を歌っていた頃の衣装もまた凄いものではあったのだが。

まあ、他人の趣味に口は出すまい。

浮かぶ疑問に、そう結論付けた。


「お久しぶりですわ、イザーク・ジュール様。貴方も私達に力を貸して下さったのですね」

穏やかに微笑み、「ありがとうございます」と言うラクスに、短く「いえ」とだけ返しながらイザークは恐縮する。

「ご存知ですか? ここにはアスランやディアッカ・エルスマン様もいらっしゃいますのよ」

「はい。偶然にも戦場にて会いました」

「まあ。では驚かれたでしょう」

微笑みにいたわりの色が混ざる。

友人でもあったディアッカとの対立は、確かに衝撃的なものだった。
始めはショックと怒りのあまり随分と責め立ててしまったが、冷静になった今、彼を責める気持ちはない。
彼は自分が正しいと思ったことを貫いたのだから。

「お二人共、本当に護りたいものを見付けたのですわ」

「はい」

生真面目に頷くイザークに、ラクスは軽やかに笑った。

「ザラ隊の男性は、こちらの女性には弱いみたいですの」

おかしくてならないというように笑うラクスの言葉に、無表情だったイザークの顔に呆れとも怒りともつかない感情が滲んだ。

「まったく、あの腰抜け共は・・・っ」

アークエンジェルに来て初めてここでの彼等の様子を目にした時の激しい衝撃が甦り、言い知れない脱力感と疲労感に襲われる。

イザークの元同僚であるアスラン・ザラとディアッカ・エルスマン。
彼等が自らの意志でアークエンジェルに降り、戦ってきたのは良しとしよう。
しかし、彼等の動機はあまりにも不純なものではないかという疑念が湧かざるを得ない。
その原因は、ある二人のナチュラルの少女に対する彼等の態度である。

アスランは金色の髪と琥珀色の瞳を持つ少女に、ディアッカは栗色の髪と空色の瞳を持つ少女に。
どう贔屓目に見ても、如何に解釈しても何を考えても、懸想しているとしか思えなかった。



そんな不埒な思いで戦ってきたのか貴様等は―――っっっ!!!


と、イザークが心の内で叫びを上げたのも、仕方のないことである。

あの瞬間イザークは、今まで自分が培ってきたものや信じてきたものが、がらがらと足元から崩れ落ちていく気がしたのだった。


「かつて同じ隊に所属した者として、お恥ずかしい限りです・・・」

深深と頭を下げ、身内の恥を嘆くイザークであった。
ラクスは鈴が転がるように笑った。

「まあ。恥ずかしいことなんてありませんのに」

「しかし、ディアッカはともかく、アスランは・・・っ」

貴方の婚約者だったはずなのに。
その言葉は声にならなかった。

ラクスは依然として微笑みを絶やさず、しかしイザークの言葉を汲み取って穏やかに語った。

「確かに私とアスランは婚約していましたわ。でも、アスランは私よりも大切な方を見付けてしまったのです。仕方ありませんわ」

「・・・そうですか」

こんなにもたおやかな女性が婚約者だというのに、アスランはいったい何が不満だったのだろう。
そう思ってイザークは彼が想いを寄せている少女を思い浮かべた。
ラクスと違い、女性らしい魅力というのは薄いが、それでも凛とした強い瞳を持つ少女だった。
気さくな人柄なのか、イザークにも物怖じすることなく話し掛けてきたことを思い出す。
不思議な縁によって、イザークは偶然にも彼女の命を救ったこともあった。
その礼を言った時の彼女の笑顔はとても印象深いものだった。

悪くは無い。

イザークをしてそう思わせた少女は、名をカガリ・ユラ・アスハと言った。



「素敵な方ですもの。カガリさんは」

「・・・・・・」

否定も肯定もせずに目を伏せるイザークを見て、ラクスは彼とカガリは面識があるのだと勘付く。
ナチュラルに根強い偏見を持つイザークが、ラクスの台詞に猛然とアスラン批判を繰り広げないということは、彼も少なからずカガリを認めているということではないか。
イザークの頑固な意志を揺らがせてしまったアスランの想い人。
ラクスは慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。

「少し、私のお喋りに付き合って下さいな」

「え? あ、はい」

ラクスはお茶を一口飲むと、手にしたカップに視線を落としたままゆっくりと話しだした。
その微笑みはどこか寂しく曇る。

「私、アスランが好きでした。アスランも、私を大事にして下さいました。でも、私達は分かり合うことができなかった。アスランは本当の私を見てくれませんでしたし、私に本当のアスランを見せてもくれませんでした。何年も一緒にいたのに、いつも薄いベール越しに私達はお互いを見ていました」

いつも、アスランは固い表情しか浮かべていなかった。
ぎこちない笑顔と、礼儀正しい言葉遣い。いつまで経っても手すら握ってくれず、ようやく頬に挨拶程度の口付けをくれるようになったのはごく最近。それも一度きりだ。
しかし、金の髪の少女はラクスが何年も掛けたことを短い時間で成し遂げていた。

初めて彼女とアスランが共に居るところを目にした時、ラクスは自分の見ているものがすぐには信じられなかった。
カガリの前ではごく自然に笑い、泣き、怒っていたアスラン。
彼の視線はいつも彼女を追い、彼女が笑うと彼も優しく笑い返していた。

この違いは何だろう。
そう考え続けた結果、ある結論に達した。

(私達に足りなかったのは“信頼”だったのですわ・・・)

互いを大切に想っていたのは真実
(ほんとう)なのに、どちらも相手を窺っていたように思う。
自分の思いをぶつけることもせず、話し合うこともなく。結局は何も育ててはいなかった。

「もっと歩み寄れば良かったと、後悔しましたわ。そうしているうちにアスランはカガリさんと出会い、私もある方と出会ってしまったのです。アスランはカガリさんの前ではすべてをさらけ出し、そして私も本当の私を見て下さる方を見付けてしまいました」

思い掛けない言葉に、イザークは目を丸くした。
アスランがラクスよりも大切な少女を得たことは知っていたが、まさかラクスもアスラン以外の男に心惹かれていたとは。

イザークの驚きに気付いたのか、ラクスはいたずらっぽく笑った。

「意外でした? それとも相手がいるのにどちらも他の異性に惹かれたことを不誠実だと思われました?」

「・・・いえ。そのようなことはありません」

優しいのね、と言った後、ラクスの言葉は続く。

「その方はちゃんと私を見てくれましたの。私は、その方を知る度に好きになりました」

「互いに誰かを見つけられたのなら、それで良いのでは?」

プラントでは理想のカップルとまで言われていたアスランとラクスの婚約が解消されるのは少し切なくも思えたが、本人達が互いよりもっと大切に想う人を見付けてしまったならそれは仕方が無い。
他人がどうこう言う資格はないと思った。

「それが、そうもいきませんの」

「?」

「実は、その方にも私より大切な女性がいたのですわ」

「・・・あ・・・」

イザークは言葉を無くしてしまった。
ラクスは困ったように「ひどい話でしょう?」と笑った。

「しかも、その女性はこの戦争で命を失ってしまいました。彼はとてもショックを受けて・・・。実は私がAAに居たのは、彼に会うためでしたの。でも、会ってはくれませんでしたわ」

そこで偶然会ったイザークに、少しでも話を聞いてもらいたかったのだと言う。
行き場の無いやりきれない思い。確かにそれは誰かに話を聞いてもらうことで少しは気分が晴れるだろう。

(つまり俺はラクス嬢の恨み言を聞かされに、ここに呼ばれたというわけか)

イザークは苦笑交じりにそう思った。
ならば最後まで付き合うしかあるまいと覚悟を決める。

それにしてもアスランもその男も、プラントでは男女問わず魅了したラクスにこれほど想われていながら、よくそれを無視できるなと感心して良いのか呆れて良いのか、信じられないと憤るべきなのかイザークは取るべき態度に困り果てた。


「私が愛した方は、必ず私以外の女性を愛しているのですね・・・」

「ラクス嬢・・・」

言うべき言葉も無くイザークは口を噤んだ。
男はアスランやその男だけではないと言いたいのは山々だが、すぐに気持ちを切り替えられるわけもなく。

しかし、顔を上げたラクスは晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

「でも良いんです。私、いつか必ず振り向かせてみせますわ。傷付いたあの方を私のすべてで癒して差し上げますの」

「・・・・・・」

立ち直りが早いのか、吹っ切れたのか。
イザークの脳裏には『女は強し』という有名かつ的確な言葉が燦然と輝きを放つ。

ラクスの強さというのは折り紙付きだ。
こうしてエターナルやアスランを奪ってプラントを脱出した行動力や、戦場で毅然と指揮を取る勇ましさからも解る。
彼女であればその男とやらを母のような優しさで包み込むこともできる。
傷付いた心というのもやがて癒えることだろう。


「貴方ならば、その男もきっと振り向くと思いますよ」

「ありがとうございます、イザーク様。聞いて頂けてすっきりしましたわ」

「は、私でお役に立てたのでしたら光栄です」

イザークは空になったカップをティーソーサーの上に乗せると、恭しくそう言って立ち上がった。

「随分と長居をしてしまいました。私はこの辺で失礼させて頂きます」

「あら、まだ居て下さって構いませんのに」

「いえ、そういうわけにもいかないでしょう。貴方はお忙しい身ですし」

「そうですか。貴方もお忙しいのに、時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

名残惜しげなラクスの様子に、イザークは「私で良ければいつでもお相手しますよ」と告げると、大輪の花が咲き誇るような笑顔が広がった。

見送りに立ち上がったラクスに優雅な敬礼をして、イザークは部屋を出て行った。


部屋に一人残ったラクスは緩慢にソファーに腰を下ろした。
その笑顔は先ほどまでの花のようなものではなく、哀しげなそれであった。

「・・・・・・キラ・・・」

悲しみに沈んだ小さな声音で愛しい名を呼ぶ。

今彼は、悲しみや激しい自責に苦しんでいる。
ラクスの手を申し訳なさそうに拒み、「僕は大丈夫だから」と泣きそうな笑顔で「一人にしてほしい」と残酷な言葉をラクスに投げたキラ。
アスランとカガリが支える手は拒まなかったのに、自分を傍には置いてくれなかった。

これほどまでにキラを追い詰めたのは、一人の少女。
名前を、フレイ・アルスターと言っただろうか。
以前ラクスはAAに保護された時に彼女と会ったことがある。
コーディネーターに対して根強い嫌悪感を露としていた、燃えるような赤い髪の美少女。

彼女は自分とは違い、護られる存在だった。
キラは彼女を何よりも大切に想い、護りたいと願った。
痛々しいまでに、深く、切なく・・・。

ラクスは、そんなキラを護りたいと思っていた。

だけど・・・待っていたのは残酷な結末。


「・・・キラ、貴方は今も泣いているのですね・・・」

イザークには気丈にああ言ったが、ラクスの胸は締め付けられるような痛みを感じていた。

ラクスが何を言っても、今のキラには届かないのだろう。
今はただ待つしかない。
キラが涙を乗り越えて立ち上がる時を。
フレイを想って光を失った瞳が、ラクスを映してくれる時を。


ラクスは、ほっそりとした手を虚空に伸ばした。

「どうか、いつかきっと、私のこの手を取って下さい・・・」


いつまでも貴方に向かって差し伸べているから。


貴方が辛い時には抱き締めてあげるから。



(この手と、この想いが、貴方に届く日を・・・いつまでも待っています)



END

ラクスとイザークの語らいというより、
ラクスの愚痴を聞かされるイザークです(笑)。(災難だなイザーク…)
CP傾向はラク→キラ→フレイとラク→アス→カガリ←イザ でしょうか。
ディアミリだけが安心して見ていられますね(苦笑)。
この話、ラクス好きさんにはつまらないだろうなあ(汗)。
でも私の中でラクスの立場というのはこんな感じです。



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