|
□ 異状 □
柔らかな日差しが注ぐ中、彼は声もなく立ち尽くしていた。
今日も今日とて土産の仮面を風呂敷に包み、紅黎深は黄東区の友人(本人は思いっきり嫌がるだろう)の家へと訪れた。
そんな彼を出迎えたのは、あまりにも予想外な人物だった。
「まあ、叔父様! いらして下さって嬉しいです!」
ぶわっ☆
その瞬間を眼にした者が居ればこう言っただろう。
紅黎深の背後に大輪の花々が盛大かつ溢れんばかりに咲き乱れた――と。
「し・・・秀麗・・・今、何て・・・」
動揺のあまり声も手もぶるぶると震えている。
信じられないと言いたげな黎深の視線の中、彼がこよなく愛する姪、紅秀麗はにっこりと笑った。
「叔父様、会えて嬉しいですv」
ピッシャーンッ!!と雷でも落ちたかのような衝撃が駆け巡った。
叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様叔父様
会えて嬉しいですv会えて嬉しいですv会えて嬉しいですv会えて嬉しいですv会えて嬉しいですv
嗚呼、この時をどれだけ待ち望んだことだろう!
秀麗が叔父さんと呼んでくれた!笑いかけてくれた!会えて嬉しいと言ってくれたっ!!
今この時こそまさに至福!生きてて良かった!人生って素晴らしい!!
「秀麗〜〜vv」
ぴんくのオーラを惜しげもなく発しながら、黎深は姪の小さな身体を抱きしめようとした。
が。
「失せろ変態」
間一髪で気孔による攻撃を避けた。
そういえばここは奴の家だったということに気づく。
「何をするんだ鳳珠! 素敵な叔父さんと可愛い姪の逢瀬の邪魔をするとは!!」
「誰が素敵な叔父さんだ。人の妻に手を出すな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
耳がおかしくなったのか?
何やらあり得ない言葉が聞こえたが・・・。
「人の妻に手を出すなと言っている。秀麗、こっちにおいで」
「はい、あなた・・・v」
これはいったいなにごと!!?
「な、ななななな何故、なにゆえ、なにがどうしてどうなって・・・ど、どういうことだ鳳珠!!」
「何がだ」
「秀麗に対してつ、つ、つ・・・ま、だの、あああああなただの・・・」
「何かおかしいか。私と秀麗は夫婦なのだから当然だろう」
「ふうふ!!?? だ、誰と誰がふうふうなんだ!!」
ふうふうって何だとはこっちが訊きたい。
(まあ、してもらったことはあるがな)
心の中で呟いた言葉は声には出さず、いつもの仮面を外した類い稀なる美貌の持ち主は呆れに満ちた眼で黎深を一瞥した。
「私と秀麗が夫婦だと言ったのだ。いい加減に理解しろ馬鹿が」
「な、何だと!? いったいいつ秀麗が貴様の嫁になったと言うんだ! 私は認めないぞ!!」
「今更何を言っている。結婚式では涙を流しながら高砂を唄っただろうが」
たかさご?何だそれは??
「泣きながらわけのわからないスピーチもしたし」
すぴーちとは何だ???
「子供が出来た時には狂喜乱舞しながらベビーベットやらベビーカーやら哺乳瓶やらを大量に送ってきただろう」
べびーべっととかべびーかーとかほにゅうびんとは何々だっ!!
「ちょっと待て! 子供!!??」
秀麗を見ると、ぽっと頬を染めて恥らう様子が見て取れた。
その仕草の愛らしさに思わずにへら〜とにやけそうになった黎深だが、事態は和んでいる状況ではないと瞬時に気づき、鳳珠を睨む眼に殺気を込めた。
「鳳珠、貴様・・・私の知らぬ間に秀麗を傷物にしたのか・・・」
「お前、私の話を聞いていたのか?」
「黙れ! 何があろうともこの私が貴様などを認めるわけがない!!」
「叔父様・・・私達のこと反対なの・・・?」
震える声に慌てて視線を向けると、愛しい秀麗が傷ついた表情で大きな瞳に涙を浮かべて黎深を縋るように見つめていた。
ふらり、と黎深の身体が傾ぐ。
そ、そそそんな眼で見ないでくれ秀麗!叔父さんは秀麗を苛めたいわけじゃないんだよう!!だがどうしてもどうあっても奴を秀麗の夫などと認めるわけにはいかないんだああ!!!
どうやって取り繕えば良いのか解らず、黎深はおろおろおろおろおろと秀麗の瞳から零れ落ちる涙にうろたえて奇妙な踊りを繰り返す。
げしっ
「!!??」
後ろから蹴りを入れられた。
黎深に対してそんな命知らずな真似をする人間など極限られている。
だがこの場にあって最も怪しい男は、腹立たしいことに秀麗の肩を抱いて優しく慰めているところだ。
ではいったい誰が?
(誰であろうと許せん)
八つ当たりする気満々に、不機嫌絶頂のやさぐれ顔で振り向く。
・・・誰もいない。
ではなくて視界に入らなかっただけだった。
「母上を苛めるな、おっさん!!」
声がしたのは下の方からだ。
視線を下げればそこには――きつく黎深を睨み上げている子供が居た。
「・・・・・・・・・・・・」
何だろう。
非常に見覚えがある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絳攸?」
何でこんな所に養い子が? しかも随分縮んでいる。
いや、それよりも今彼は何と言った?
「 は は う え ?」
「おれは父上と母上の子のこーゆーだ!」
・・・・・・こーゆー・・・?
えっへんと胸を張るこーゆー少年に、黎深はしばらく言葉を失った。
何故に鳳珠と秀麗の子供がちび絳攸・・・。しかも彼は黎深が拾った頃の年頃で、十七、八の秀麗の子供にしてはでか過ぎる。
「こら変態! 母上には父上という立派な旦那がいるんだ。お前の出る幕はないからさっさと帰れ!」
絳攸のくせにいい度胸じゃないかクソガキ。
ゆらりと黒いオーラが黎深の背後で不気味に蠢く。
不穏な空気を感じ取ったのか、こーゆーの生意気な表情が固まった。
「くっくっく・・・この私に対しての暴言・・・褒めてやろう・・・」
地獄の底から響くような低音に、こーゆーの表情に恐怖が滲み出る。
一歩、また一歩と後ずさるが、凄絶な笑みを浮かべた黎深は同じ位進み出、距離は広がらない。
「うっ・・・」
恐怖が限界に達し、こーゆーの眼にみるみる涙が溜まる。
「うわーん! 父上ー! 母上ーっ!!」
「あ」
突然走り出したこーゆーはまっすぐに秀麗に駆け寄り、ひしと抱きついた。
「き、貴様、ずるいぞ! そんな羨ましい真似をっ!!」
「子供相手に何をしている」
鳳珠の呆れを含む声も届かず、黎深はおとなげなくこーゆーを睨む。
きつく秀麗に抱きつき、胸に顔を埋めるこーゆー。
羨まし過ぎるっ!!
嫉妬に満ち満ちた視線に気づいたのか、こーゆーが黎深の方を振り向く。
鳳珠の後ろで秀麗の腕の中という絶対的な防御壁に入り安心した少年の顔から、先程までの恐怖はもうなかった。
“べー”
ぴしっ(怒)
父と母には見えないように、だがしっかりと黎深に見せ付けるように、こーゆーは生意気な表情で舌を出した。
何て憎々憎々憎々憎々憎々たらしいガキだろうっ!
「許さん! 絳攸に鳳珠!! 貴様らまとめて蜜柑の樹の下に埋めてくれるわ!!」
絶叫と共に、黎深は寝台から飛び起きた。
・・・・・・寝台?
窓の外を見ると、朝を告げる小鳥のちゅぴちゅぴという声が聞こえてくる。
見渡せばそこは黄鳳珠邸ではなく、見慣れた自分の邸の自分の部屋の自分の寝台の上だった。当然鳳珠の姿も秀麗の姿もこーゆーの姿もない。
ただ、朝の清々しい光が窓から差し込むだけ。
「・・・・・・夢・・・か?」
ほ〜っと長い長いため息をつく。
鳳珠と秀麗が結婚したことも、二人の子供が何故か絳攸だったことも・・・そして何より・・・。
秀麗が「叔父様v」と呼んでくれたことも、全て――夢・・・。
寝台に上体を起こした黎深は、拳をぎゅっと握り締めて悔しさに歯噛みした。
(せっかく・・・せっかく秀麗が「叔父様v」と呼んでくれたのに・・・・・・鳳珠と絳攸め〜、よくも邪魔してくれたな・・・っっ)
理不尽な怨みが怒りの炎となって黎深の全身を渦巻く。
夢だろーが何だろーが関係ない。
愛しい姪との語らいを邪魔してくれた二人は絶対に許せん。
かくしてその日宮城では、上司の八つ当たりにげっそりとやつれた吏部侍郎と怒り心頭に達する戸部尚書の姿があったという。
その後、敬愛するお兄ちゃんに怒られ、拗ねて建物の陰にうずくまる吏部尚書も見受けられたとか・・・。
了
済みません、夢オチです(滝汗)。しかもわけ解らない話・・・。
鳳秀というより黎深様のギャグですね〜。鳳秀を期待して下さった方には申し訳なく・・・。
|