春待ちの花 二





西本願寺の境内に立ち、水沢楓は高鳴る胸を落ち着かせるために深く息を吐いた。
そして自分の姿におかしなところはないかと今一度確認し、背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見据える。

決して失敗は許されない。
何としてもやり遂げなければならない。

何度もそう繰り返しながら、楓は新選組屯所に向かって歩みを進める。

背筋を伸ばして颯爽と大股で歩く姿は爽やかな若き武士のように見えるが、楓はれっきとした女性である。
幼い頃から剣術を習っているため、袴を履くのは慣れているが、男になりきろうとするのは京に来てからが初めての試みだ。

何しろ彼女がこれから足を踏み入れる場所は“女人禁制”。
願いを叶える為には、“女”でいることが許されないのだから。


辿り着いた屯所の入り口近くでは、数人の男達が何やら話し合っていた。
彼らに頼めば屯所に入れるだろうか。
楓は足早にそちらに向かった。


「で、入隊希望ってのはあんたらかい?」

奇抜な髪型の逞しい男が、向かい合う男達にそう問い掛ける。
入隊を希望しているという数人の男達に対し、応対しているのはその男と隣に立つ男の二人のようだ。
緊張を隠せない様子ながら、期待に満ちた表情で頷く入隊希望者達に、彼らは人当たりの良い笑みを浮かべている。

好機だ、とばかりに楓は彼らに向かって声を張り上げた。

「あの、私も入隊を希望したいのですが!」

一斉にこちらを向いた視線に怯みかけるが、持ち前の負けん気を発揮して隊士らしき二人の男を見つめる。
まるで異人のように短髪の男は一見明るい笑顔に見えるが、その眼は今まで見た誰よりも油断がなかった。

「ではとりあえず、局長と副長に知らせておこうかね。永倉君、彼らのことは頼むよ」

「わかったよ源さん、お前らついて来な」

“源さん”と呼ばれた柔和そうな男は屯所の奥へと姿を消し、楓達は永倉という野性味溢れた男に先導されて別の場所に移動する。


「ってわけで、俺はお前らの実力ってのを見てやろうじゃねえか」

何が“ってわけで”なのかは解らないが、他の新選組隊士らしき男達が木刀で打ち合う広場へと連れて来られた楓達に、永倉は一人一人に木刀を投げて寄越した。
普段竹刀を振るうことに慣れた楓は、ずっしりとした木刀の重みに戸惑う。

「全員で掛かって来いや!」

自身も木刀を構え、挑発するように笑う。
こちらを侮った物言いに奮起し、楓達も木刀を構えて永倉に狙いを定めた。


結果は   永倉の圧勝で終わる。

楓達は一太刀も浴びせられず、逆に明らかに手を抜いていると解る永倉のたった一撃で地に伏せた。
これまで感じたことのない圧倒的な力量の差に、ただただ茫然となるしかなかった。

多少は腕に自信があったであろう入隊希望者達を赤子のようにあしらった永倉は、息も乱さずそれぞれの欠点や長所を正確に突いてくる。
そして最後に「まあ全員筋は悪くねえから頑張れや」と告げてにかっと笑った。

その時、ふと永倉の後ろに影が差した。

「何していやがる新八」

背後から聞こえた低い声に、永倉の顔色が一瞬にして蒼白に染まる。
ぎ、ぎ、と壊れたカラクリ人形のような動きで振り返り、先程までとは打って変わった震える声が零れた。

「ひ、土方・・・さん・・・?」

「誰が勝手に手合わせしていいと言ったんだ? ああん?」

「い、いや、こいつらの実力を知ろうと思って・・・」

「新八っつあん、自分が暴れたかっただけだろ?」

稽古をしていた隊士達の中から小柄な隊士がこちらに近づいてきた。
長く伸ばした髪を高い位置で結い上げた、少年っぽさの残る青年だ。

そして永倉の後ろに立つ男は、役者のように整った面立ちを険しく歪めている。
永倉が口にした“土方”という名前は、新選組で“沖田総司”と並んで恐れられている名前だが、彼があの“鬼の副長”なのだろうか。

土方は永倉の後頭部に一発拳を叩き込んだ後、楓達を見渡した。

「来い、局長に会わせる」

「は、はい」

何とか立ち上がって土方の後を追う楓達の後ろを、永倉と小柄な青年も付いて来る。


通されたのは広間だ。
そこでは五人程の侍が楓達を待ち受けていた。その中には先日見かけた原田や“源さん”の姿もある。

楓達が座り、土方や永倉達もそれぞれの位置に腰を下ろすと、上座に座る男が口を開く。

「よく来てくれた。俺が新選組局長の近藤だ」

(この人が局長)

入隊希望者達の中、最も後ろに腰を下ろした楓は前に座る男達の合間から局長だという男をじっと観察してみる。
厳つい顔立ちだが、優しげな笑顔が人の良さを感じさせ、とても人斬り集団と呼ばれる集団を纏めている人物には見えない。


京の町を荒らす不逞浪士から、人々を守る役目を持つ浪士集団   新選組。
百姓や浪人といった、武士と呼ぶにはおこがましいような荒くれ者達の集まりではあるが、局長である近藤勇の下、組織は驚くほど厳しく統制が取れているという。
それは先日、一部隊の巡察の様子をずっと見ていた彼女にもよく解っていた。

彼らの助力があれば   

無意識のうちに拳をぎゅっと握り締めた。


一人一人が自分の名前と出身地を名乗った後、厳しい局中法度や屯所内での規則などが説明され、尚も入隊を希望するのならば“源さん”こと六番組組長井上源三郎について行け、と言い渡される。

厳しすぎる規則に恐れをなして立ち去る者と、それでも入隊する意思の固い者とに別れ、楓は当然井上に続く道を選んだのだが。

「水沢と言ったか。お前は残れ」

土方の厳しい声が楓を呼ぶ。
戸惑いながら浮かした腰を下ろし、井上に連れられて入隊希望者達が広間を出るのを見送った。

広間に局長以下幹部数人と楓だけが残されると、土方が切り出す。

「お前は去れ。入隊は認めない」

「な、何故ですか? 私は・・・」

「お前は女だろうが」

「・・・っ!!」


「「「えええええっっ!!!???」」」


土方の言葉に驚愕の声を上げたのは、近藤と永倉、そしてここまで楓達と共に来た青年だ。

「あはは、やっぱり気付いてなかったんだ」

「仕草を見れば解るだろう」

「ったく、またお前らかよ」

猫のような笑顔の青年、寡黙な男、そして原田はどうやらとっくに気が付いていたようだ。
まさかあっさり見破られているとは思わず、楓は否定の言葉を口にする機を逸してしまう。とはいえ顔色が変わったのを見られたのだから、今更しらばっくれても無駄だろう。

「どういうつもりで入隊しようと思ったのかは知らないが、女を隊士にはできねえ。家に帰れ」

「そ、それは出来ません。お願いします、私を隊士にして下さい!」

手を付いて深く頭を下げる楓に、彼らの戸惑う気配が伝わってくる。
困らせているのは解っていたが、ここで引くわけにはいかない。

彼女に残された選択肢は少ない。
その中でようやく仇へと繋がる道筋を見出したのだ。
何もせずに諦めることはできなかった。


「ど、どうするんだ、土方さん?」

「どうもこうも、女を入隊させられるわけがねえだろうが」

「そうですよね、厄介なことにしかなりませんし」

「まあ、話だけでも聞いてみんか? 水沢君、事情があるなら話してみなさい」

近藤の優しい呼びかけに顔を上げると、そこには苦虫を噛み潰したような顔や困り果てた顔、そして楽しげな笑顔があった。
その中で近藤の表情は声と同じように優しく、楓は励まされるように事情を話し始めていた。

楓の姉、藤乃の身に起きた惨劇   
幸せへと続いていたはずの未来を踏みにじられた姉と、病と心労で弱り果てた母の無念を少しでも晴らしたい。その為に、新選組の力を借りたいと、必死に言い募る。

事情を聞き、幹部たちの表情にも変化が現れる。
特に情に厚い性質らしい者達はそれが顕著に見られた。

すると、難しい表情で考え込んでいた土方がぽつりと呟く。

「山崎が言っていたことと似ているな。平助、山崎を呼んで来い」

「え、あ、わかった」

平助と呼ばれた小柄な青年は、外見通りの俊敏な動きで広間を飛び出した。

「大変だったな、水沢君」

近藤の労わりの言葉は、素直に胸に染み入る。

原田や永倉は、女人を暴行する男達への嫌悪を顔にも態度にも表していた。
他の面々が何を考えているのかは解らないが、多少なりとも不快を感じたのか浮かんでいた笑みが消えている。

程なくして、平助が山崎を伴って戻ってきた。
楓の姿を眼にすると、山崎は驚愕を露にする。

「山崎、お前が先日言っていたのはこの女の話か?」

「は、はい、そうです。何故、彼女がここに?」

「待ちきれなくて入隊するつもりなんだってさ」

「なっ!?」

咎めるような目線を向けられ、楓は思わず俯いてしまう。
そんな彼女の傍に膝を着き、山崎は厳しい声で言った。

「軽はずみなことはするなと言ったはずだろう! 女性がこんな場所にいてはいけない、すぐに帰るんだ!」

山崎に迷惑を掛けてしまうのは心苦しいが、楓は首を振ることで自分の意思を伝える。

「お願いです、力を貸して欲しいんです。絶対に、男になりきってみせます。どんな厳しい隊務でも全力を尽くしますから!」

「君が何か役に立つとは思えないけどね」

痛烈な言葉が楓の訴えを一蹴する。
「おい、総司!」と平助が窘めるように名を呼ぶも、彼の言葉を積極的に咎める者はいない。

「総司の言うことも間違ってはいない。お前の存在が俺達の利点になる要素なんざねえからな」

「まあ、こいつくらいの剣の腕ならたくさんいるしなあ」

土方、永倉も楓に厳しい評価を下す。
近藤や平助は困ったように眉を寄せ、寡黙な男は黙ったまま微動だにしない。
そして原田も、優しく言い聞かせようとする。

「お前さんの仇は俺達が探すから、大人しく家に帰りな」

「私は、どうしても仇を討ちたいんです! 役人は動いてくれないし、母は心労でどんどん弱っていくし、ただ待っているだけの日々がどれだけ辛いか! 探して下さるのはとてもありがたく思っています。でも、だからこそ、何か手伝わせて下さい! お願いします!」

しん、と落ちた沈黙が広間を満たす。
楓にとって一瞬のような、永遠のような静けさを破ったのは近藤だ。

「なあトシ、何とかならんか?」

「おい近藤さん、何を言い出すんだ」

「若い娘さんがここまで思い詰めているんだ。どうにかしてやりたいじゃないか」

「あのなあ、何度も言うが、新選組に女を入れるわけにはいかねえだろうが」

「それは、そうだが・・・」


「でも、屯所にいるじゃないですか、女性が!」

近藤が言葉を失くして眼を伏せ、望みが断たれようとした時、楓の口をついて出た言葉が彼らの間に動揺を齎す。嘘をつけないらしい何人かの反応に、自分の直感が当たったことを悟った。

「いますよね?」

土方や総司の眼が刃のような鋭さを含んで楓を見据える。
恐怖に身が竦むが、楓は必死に虚勢を張った。

暫しの睨み合いが続き、やがて土方が声を発した。

「平助、とりあえずそいつを別室に連れて行け」

「わ、わかった・・・」

平助に促され、楓は震える足を懸命に動かして広間を出た。

これから自分の身がどうなるか。
それは彼らに委ねられたのだ。





■■■■■





「ったく、面倒な事態になりやがった」

誰もが見惚れる美貌を渋面に歪ませながら、土方は吐き捨てるように言った。
室内に集まった幹部達は皆一様に厳しい表情だ。

「申し訳ございません・・・」

「お前のせいじゃねえよ山崎」

額を擦りつけんばかりに頭を下げる山崎にそう言い、近藤に眼を向ける。

「隊士にするのはやはり問題だからな。小姓にでもするしかないか」

「あれ? 殺さないんですか?」

「総司、滅多なことを言うんじゃない!」

総司の言葉に声を荒げる近藤に、叱られた本人は「済みません」と肩を竦める。
その隣でずっと黙ったままだった斎藤は、土方に視線をやるといつもの平淡な声音で告げる。

「俺は局長と副長の判断に従います」

長い嘆息の後、土方は山崎に言った。

「千鶴を呼んできてくれ。今回のことはあいつの協力が必要だ」

「はっ」

命令を受け、山崎は素早く広間を出た。



「同室者、ですか?」

広間に連れて来られた雪村千鶴は、告げられた言葉にきょとんとした表情でそう返した。

「ああ、しばらく屯所で預かることになったが、新入りにいきなり個室は与えられねえからな。同じ小姓として、お前と同室にさせるのが手っ取り早い。しばらくの間、我慢して欲しい」

「解りました」

あっさりと頷く千鶴に、沖田総司は苦笑交じりに問いかける。

「本当に解ってるのかなあ、千鶴ちゃん。また監視下に置かれるってことなんだよ?」

“水沢楓”という不穏分子が、新選組の内部を知ることのないように。
千鶴と接触することによって、余計なことを詮索しないように。
楓にはこれから監視が付くことになる。
そして同室者となる千鶴は、必然的にそれに巻き込まれてしまう。

そう匂わせても、千鶴は何でもないことのように頷いた。

「解っています。絶対に余計なことは喋りませんから」

「済まない、雪村君」

謝罪の言葉とともに、山崎は千鶴に頭を下げた。

「や、山崎さん、頭を上げて下さい。私なら平気ですから」

慌てて山崎に頭を上げさせようとする千鶴だが、山崎は詫びる以外に彼女にどう言えば良いか解らなかった。

せっかく屯所の中に自分の居場所を見つけ、馴染むことができたというのに、また厳しい監視下に置かれてしまうのだ。
彼女に掛かる負担を思うと、山崎はもちろんのこと土方達もまた、彼女に対して申し訳なく思う。

できるだけ早くこの問題を片付けなければ。

突然舞い込んできた厄介ごとに、土方は密かに眉間を押さえた。



〈次〉

12.4.20up

強引に入隊してしまいました(汗)。
新選組を巻き込んで、仇捜しが始まります。



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