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異能の剣 二
身体の芯から冷える京の冬。
夜の冷え込みに比べれば、わずかな陽のぬくもりさえ心底有難い。
日中にできるだけ用事を済ませたいと考える町人達が肩を縮こまらせながら急ぎ足で行き交う大通りを、藤堂平助は跳ねるような足取りで走っていた。
知らず零れる鼻歌が彼の機嫌の良さを窺わせ、きらきらと光る眼は子供のように無邪気に輝く。
その眼に甘味屋の暖簾が映ると、平助は何を考えるまでもなくそちらに足を向けた。
甘味屋の包みを手に人波を縫って走り続けた平助が立ち止まったのは、とある診療所の前だった。
戸口の前で呼吸を整え、ガラリと引き戸を開けて声を張り上げる。
「千っ鶴ーっ!」
「あー、平助だー」
「ほんとだー」
「は? 何でお前らがいるんだ?」
出迎えてくれたのは目的の少女ではなく、顔見知りの子供達だ。
わらわらと集まってきた彼らにあっという間に囲まれ、あれよあれよと診療所の中に引っ張り込まれる。
「平助ー、一緒に遊ぼーっ」
「呼び捨てすんな! じゃなくて俺は千鶴に用が・・・」
「あ、平助君」
「あれ、平助まで来たんだ」
「げっ、総司まで!?」
子供達に遅れて現れた少女の後ろには、予想だにしない人物の姿まであった。
沖田総司 平助と同じ組織に所属する同志であり、その中でも特に要注意人物だ。
「げって、ご挨拶だなあ。何、また怪我したの? 君って本当に生傷堪えないよね」
「ちげーっての! 今日は二日酔いの薬を貰いに来たんだよ。新八っつあんと左之さんに!」
二人の名前を殊更強調し、決して自分が薬を欲しているのではないのだと主張する。
だが、むしろその必死さが却って怪しく映り、沖田が意味ありげに笑った。
「ふうん?」
「・・・っ」
何でよりによってこいつに出くわしてしまったのか。
重箱の隅を突付くが如く、色々と詮索されそうだ。
「これなあに?」
「あ、お団子だあ!」
沖田と睨み合っていた為、注意が逸れていた子供達が目ざとく平助の持つ包みを見咎める。
ハッとした時にはもう子供達のきらきらと期待に満ち満ちた眼が彼を見上げていた。
「う・・・っ」
じーっと見つめてくる、穢れのないつぶらな瞳。
平助と団子に注がれる熱い視線がざくざくと胸に突き刺さる。
「こ、これは、その・・・」
千鶴と一緒に食べる為に買ったんだ、なんて。
そんなことを口にしたら最後、間違いなく沖田にからかわれる。
そしてそれは原田や永倉は当然のこと、新選組全体に知れ渡るに違いない。
今だって、視線を向けずともにやにやとこちらを見ているであろう彼の嫌な笑顔が脳裏に浮かぶ。
「し、新八っつあん達と食うために買ったんだけど、ここで皆で食べような!」
もう自棄だ、とばかりにそう言うと、子供達が「わあい!」と歓声を上げた。
「へえ、新八さん達と、ねえ」
「な、何だよ」
「別に〜、千鶴ちゃんと二人でお団子食べられなくて残念だったね、なんて思ってないよ」
「〜〜〜っ!」
ああくそ、厄介な奴に知られるなんて、今日は本当についてない・・・っ。
敗北感に打ちひしがれる平助にとって、じゃあお茶を淹れて来ますね、と千鶴が満面の笑顔を向けてくれたのがせめてもの救いだ。
そうして、千鶴と二人で食べるはずだった団子は残らず子供達の腹に収められたのだった。
何とも世知辛いお茶会の後、平助と総司は千鶴や子供達と別れて屯所に戻った。
八木邸と前川邸を屯所として、二人の所属する組織“新選組”は存在する。
京都守護職である会津藩の後ろ盾を得て、京の治安維持という任務を請け負う剣士集団の仕事は、治安を乱す者の捕縛や町の見回り、喧嘩の仲裁などと多岐に渡る。
中でも最も重要かつ危険な任務といえば、夜な夜な町に現れて人を襲う化け物、“羅刹”の抹殺だ。
“羅刹”が現れ始めたのはここ一年程の間だ。
人を超えた能力を有する化け物の退治の為に、腕に覚えのある者達を集めて戦わせる。
幕府からの求めに応じて集まったのが、異能を持つ者を中心とした浪士達だ。
上京した当初は色々とあったが、現在局長筆頭の座に着く芹沢鴨が会津藩と関わりを持つ縁で、“新選組”として京での地位を得た。
沖田総司と藤堂平助は新選組の一番組組長と八番組組長という立場に在る。
二人とも未だ年若い身ながらそのような重役を任されたのは、実力主義の集団の中で飛び抜けた能力の持ち主だからだ。
剣技、異能共に彼らを越える者はそうはいない。
屯所に戻るや、その足で鍛錬場所に使っている寺に赴いた平助の様子は、千鶴や子供達を相手に明るい笑顔を見せていた彼とは一変していた。
憂さを晴らしたいという思いもあったのだろうが、一心に木刀を振る姿は歴戦の剣士の顔だ。
「お、平助じゃねえか。何だ何だ、一人で素振りか?」
やけに楽しげな声が境内に響く。
刀を振るう平助の醸し出す緊迫した空気をものともしない豪胆さ。
それは声の主が鈍いのではなく、己の腕に自信があるが故の余裕だ。
「この俺様が相手してやろうか?」
「新八っつあん、ここで何してんの?」
二番組組長、永倉新八。
新選組の中でも一、二を争う腕を持つ剣客だ。
「左之が巡察に出ちまって退屈でよ、俺も少し素振りでもしようかと思ったんだよ」
「ふうん、そういえばさっき一度屯所に戻った時、龍之介が新八っつあんを探してた気がするんだけど」
「・・・そ、そうか? ぜ、全然気付かなかったぜ」
そう言いつつも不自然に眼が泳いでいる。
芹沢の小姓兼監察方所属の少年、井吹龍之介。
自分から進んで他人と関わる性格ではない彼が誰かを探す理由といえば、監察方の仕事に関わる場合か、芹沢の命令でだ。
監察方としての彼に探されていたのなら、意外と仕事は真面目にこなす永倉が無視するはずがない。だとすれば。
「芹沢さんから逃げたんだろ?」
「逃げたんじゃねえ。戦略的撤退ってやつだ」
「芹沢さん相手に戦略って何だよ」
やはり、芹沢から島原への共を命じられそうになったようだ。
「だってよ〜、この前も島原に付き合わされたばかりなんだぞ? あの人と飲んだら、いつ暴れだすか解らなくて酔えねえんだよっ。そう頻繁に付き合ってられねえっつーの!」
「気持ちは解るけどさ・・・」
普段から言うこと為すこと滅茶苦茶な芹沢だが、酒に酔うと横暴さに更に拍車が掛かる。
暴れる彼を諌めるのは相当骨が折れる仕事だろう。
しかし酒癖の悪さでいえば永倉自身も相当なものだ。
毎回付き合わされる自分や原田左之助の苦労を少しは思い知れ、と思ってしまうのはどうしようもない。
「まあいいや。じゃあ新八っつあん、憂さ晴らしにいっちょ手合わせ頼むな!」
「そうこなくっちゃ! で、平助の憂さってのは何なんだ?」
「・・・っ・・・。お、俺のことはいいだろ! とにかく今日は夜まで暴れるぜ!」
「?」
何だか無理矢理誤魔化された感はあるが、芹沢に付き合わされるよりも平助と手合わせする方がずっと楽しい。
永倉は心を浮き立たせながら木刀を構えた。
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浅葱色の羽織を翻して颯爽と京の町を歩く集団 “新選組”。
この日巡察に出たのは十番組で、率いる組長は原田左之助だ。
彼は刀主体の新選組隊士の中でも数少ない槍の名手である。
面倒見が良く、情に厚い彼は多くの部下達に慕われ、仲間達からの信頼も厚い好人物だ。
容姿も非常に整っており、町娘や娼妓に至るまでその人気は高く、今も彼の姿を見た若い娘達が頬を染めながら黄色い声を上げている。
「今日も町は平和だな」
結構結構、と満足げに笑いながら原田は部下達を振り返った。
「ここはもういいだろ。次、行くぞ」
「「「はい」」」
その言葉に隊士達の背筋がピン、と伸びる。
町の巡察を切り上げた後に待つのは、危険と隣り合わせの任務だ。
それは、羅刹の捜索。
京の町を脅かす化け物達は、何故か夜にならないと現れない傾向にある。
昼間はどこかに潜伏しているはずだと読んだ副長達の命令で、夜番だけでなく昼番の巡察でも捜索の手を緩めることはない。
大通りから逸れた裏道を選び、数人に分かれて慎重に進みながら、十番組は町の中心から離れていった。
町から離れるにつれ、民家の数も眼に見えて減っていく。
そして鬱蒼と草木の生い茂る山道への入り口まで辿り着く頃には、分かれていた隊は再び全員が揃っていた。
「ちとこの辺を探ってみるか」
そう言って薄暗い林の奥に目線を向けた時、視界の端に異質な色を捉えた。
「?」
ほんの一瞬だけ横切った色を追って、原田は薄闇の中に目を凝らしてみる。
「組長、どうしたんですか?」
「お前らは数人ずつで組んで辺りを捜索していろ」
部下達に言い残し、原田は足早に奥へと急いだ。
一瞬ではあったが、見間違いではないはずだと己の直感を確信する。
雑木林の間を縫って道の奥を目指していた原田は、ふと漂う異様な匂いに気づいて顔を顰めた。
「血の匂い?」
呟くと同時に、早足だったそれが駆け足と変わる。
愛用の槍をしっかりと握り締め、いつでも異能を発動させられるよう意識を高めておく。
奥に分け入るにつけて強くなる血の匂い。
ここまで強く香るのは、たった今誰かが血を流したからではないだろうか。
行く手を阻む野草を薙ぎ払い、ついに匂いの根源へと辿り着く。
薄闇の中で一際目に付くその色は、先程原田が視界に捕らえた色だった。
灰色の世界にたった一つの色 桜色。
纏うのは、年若い娘。
佇む彼女の足元は、羅刹の血に濡れていた。
(どうなってやがる!?)
あまりにも意外過ぎる光景に絶句する。
何故こんな所に若い娘がいるのか。
そして何故彼女の足元に羅刹が倒れているのか。
見るからにか弱そうな少女が羅刹を殺したのだとしか見えないが、頭と心がそれを否定する。
剣の腕に覚えのある者ですら苦戦する相手に、女が勝てるはずがない。
茫然とする原田の気配に気づいたのか、倒れたままの羅刹を見下ろしていた娘がこちらに視線を向けた。
そして 。
「!?」
一瞬瞠目した後、少女は妖艶に微笑んだ。
この女は何者だ?
未知の存在への畏怖からか、女子供には決して武器を向けない原田が槍の先を娘に向けて構えを取った。
切っ先を向けられても全く動じる様子も見せない娘は、更に笑みを深くする。
すると、不意に彼女を取り巻いた風が足元の木の葉を巻き上げながら渦を巻く。
「何!?」
風が過ぎ去った後には、息絶えた羅刹が一人、横たわっていた。
「いったい、何者だあの女・・・」
力ない呟きは、静けさの中に吸い込まれた。
〈次〉
14.3.30up
第二話です。
一通り主要キャラが出てきました。
これからもどんどん登場人物が増えます・・・。
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