|
異能の剣 三
夕暮れ時。
西日に赤く染まる部屋の中で、土方歳三は向かい合って座る原田左之助から巡察の報告を受けていた。
部屋に訪れた原田のただならぬ様子から何かあったのだろうとは察していたが、詳細を聞くにつれて土方の表情も厳しいものとなる。
「成程な、お前も羅刹の出現場所で得体の知れない女に会ったのか」
「お前もってことは、他にも誰か似たようなことを言ったのか?」
思いがけない言葉に原田の目が丸くなる。
「ああ、斎藤が男の格好をした不審な女と出会っている」
「男の格好? 俺が見たのは着飾った綺麗な娘だが、斎藤が見たのはどんな女なんだ?」
「小さくてとても愛らしい、だと」
「・・・・・・斎藤にしては意味深だな」
あの朴念仁男がいったいどんな顔でその台詞を口にしたのか。
いや、おそらくはあの無表情のまま深く考えもせずに淡々と言ったのだろう。
「お前と斎藤が出会った女に関わりがあるかどうかは解らねえが、どちらも敵か味方かの判断がつかない。他の連中にも言っておくが、十分警戒しろ」
「そうだな。できれば女に武器は向けたくないがな」
男装して夜中に町をうろつく女と、羅刹をいとも容易く殺せる腕を持つ女。どちらも怪し過ぎる。
何故羅刹が出現した場に彼女達がいたのか、今の段階では何の情報もない。
羅刹を殺したからと言って新選組と目的が同じだとは限らず、敵である可能性もある。
「どちらにしろ、俺達の邪魔になるようなら・・・」
殺すことを躊躇うな。
眇められた鋭い瞳に浮かんだ声無き言葉に頷きを返し、原田は腰を上げた。
「じゃあ、俺はこれで失礼するぜ」
「ああ、ご苦労だったな」
原田が去り、部屋には土方だけが残る。
深い吐息の音が静寂の中で思いのほか大きく聞こえた。
「斎藤の時といい原田が見た今回の奴といい、何故女が羅刹に関わってきやがる」
原田の言ったように、土方もできれば女子供に刀を向けたくはない。
けれど、新選組の邪魔になるのなら躊躇いなく排除しなければならない。
その覚悟は、とうにできている。
(誰にも、俺達の邪魔はさせねえ)
この京に来て、ようやく長年の夢に手が届きかけているのだ。
それを阻む者は誰であれ容赦はしない。
眼を閉じれば、最近までの怒涛の日々が脳裏に蘇る。
ようやくここまで来た しみじみと、そう思う。
武士となって将軍の為に刀を振るえる日を夢見て、土方は近藤や仲間達とともに剣の腕を磨き、生まれ持った異能を育ててきた。
そんな日々を過ごす中、ようやく訪れた機会。
それが浪士組として京に赴くことだった。
人間を遥かに凌駕する力を持つ羅刹の恐怖に晒された京の治安を守ることを目的として、浪士組は結成された。
けれど、その責任者であったはずの清河八郎は 。
(まあ、もう関係のない人間だがな)
脳裏に浮かんだ男の顔を、土方は何の感情もなく振り払った。
当時は彼に激しい怒りを覚え、同時に自分達の置かれた状況に途方に暮れたものだが、今はもう彼の存在は必要ない。
生きていようが死んでいようがどうでもいい男だ。
それに、今は彼よりも余程厄介な存在が土方達の頭を悩ませている。
あまりにも強烈な存在感を放つ男の顔を思い浮かべると、知らず眉間の皺が深くなった。
そういえば先刻も彼の小姓たる青年が困り果てた様子で八木邸をうろついていたようだが、彼はどうなっただろうか。また鉄扇制裁など受けていなければ良いが・・・。
(芹沢さんがあいつを拾って、もうすぐ一年になるのか)
こんなに長い付き合いになるとは思わなかった。
すぐに過酷な環境に耐えかねて逃げ出すか、戦闘に巻き込まれて命を落とすだろうと思っていたが、意外にも彼は運が強く、根性があった。
京までの道中に芹沢が拾った行き倒れの男、井吹龍之介。
異能も持たず、剣の腕もなく、学もない。はっきり言って何の役にも立たない男だが、長く共にいるうちに近藤派と芹沢派の橋渡しのような存在になっていた。
彼と親しい舞妓から時折島原の情報が齎せられることもあり、監察方に据えることで以前ほど無能ではなくなった。
それに、彼が行き倒れてくれたおかげで松本良順と親しくなれたことは大きい。
京に辿り着き、八木邸に転がり込んだ日、八木家の当主が龍之介のために紹介してくれた医者が彼だ。
腕の良い医者で、幕府の重役にも顔が利く彼は何かと浪士組の力になってくれた。
八木家と松本の助けがなければ、苦しい時を耐え抜くことはできなかっただろう。
人と人との巡り合わせとは、本当に奇なるものだ。
八木家が屯所を提供し、松本が支援し、芹沢が会津藩との繋がりを持っていたからこそ、土方達は苦難を乗り越えた。
そこに自分達の力で成し遂げられたものがないのが悔しいが、それはこれからの働きで返していけばいい。
(そして、この新選組を引っ張っていくのは近藤さんだ)
会津藩が授けてくれた『新選組』という名を日本中に轟かせる時、その頂点に立つべきなのは芹沢ではなく、近藤勇だ。
その為に、自分はここに在る。
「副長、斎藤です」
「ん? どうした?」
部屋の外からの呼びかけに思考が中断させられる。
障子戸が音もなく開き、斎藤一が顔を見せた。
「これから芹沢さんと島原に行って参ります」
「はあ? お前が芹沢さんと島原だ?」
「井吹君があまりにも必死だから、一君が同情しちゃったんですよ」
斎藤の後ろからひょっこりと現れたのは沖田総司だ。
「お前も行くのか、総司」
「まさか。僕、あんな人とお酒飲む気ないですし、井吹君がどうなろうと知ったことじゃないです」
正直過ぎる言葉は何とも沖田らしい。
二人の説明によると、いつものように島原に飲みに行くと言い出した芹沢が永倉を呼んで来いと井吹に命令を下したのだが、どこを捜しても見つからずに困り果てていたところに偶然行き合わせたのだと言う。
永倉をつれて行かないと半殺しにされると嘆く井吹に、斎藤が同行を申し出て今に至るらしい。
井吹への同情心は確かにあるが、芹沢を放っておくとどんな騒ぎを起こすか解らない為、彼を監視する目的もある。
いつもは永倉新八がその役目を担うのだが、今日は巻き込まれる前に上手く逃げ出したようだ。
最近は毎日のように付き合わされていたのだから無理もないか、と土方ですら永倉の逃亡を責めることができなかった。
「毎回新八に押し付けるのも悪いから構わねえが、何かあったらすぐに連絡しろよ」
「御意」
折り目正しく頭を下げ、斎藤は現れた時と同様静かに立ち去った。
その背を見送る沖田は不意に土方に視線を戻すと、意味ありげに笑った。
「辻斬りの振りして暗殺して来ましょうか?」
「馬鹿言ってねえで、暇なら部下に稽古でもつけてやれ」
冗談のように見せかけて本当にやりかねない沖田にぴしゃりと返し、途中になっていた仕事と向き合う。
「何だ、残念」という言葉を残して沖田もどこかに去ると、土方は深い溜息をついた。
「どいつもこいつも、騒ぎなんて起こさなきゃいいがな・・・」
呟く声には疲労感が滲み出ていた。
そういえば、沖田の稽古は凄まじく荒々しかったと土方が思い出す頃、一番組の平隊士達はこぞって満身創痍に陥っていた。
■■■■■
日が沈み、宵の帳が下りれば闇夜の時間が訪れる。
町の明かりも一つ、また一つと消えて人々が深い眠りにつく時刻でも、その場所は煌びやかに華やぐ。
一夜の夢を楽しむ人々で賑わう楼閣立ち並ぶ花街――島原。
その中のとある一室に座し、井吹龍之介は身の置き所のない気分を味わっていた。
別に島原に来たのは今夜が初めてというわけではないが、いつ来ても己の場違いさを痛感する。
ちらりと横を見れば、珍しい同行者斎藤が静かに佇んでいる。
こちらはいつもの淡々とした態度を崩さず、無言で杯を傾けていた。
上座を見れば、ここに自分達を連れてきた張本人がどっかりと座って酒を飲んでいる。
時折斎藤に話しかけ、端的な答えが返る以外は気詰まりな沈黙が満ちて居心地が悪い。
しかし息苦しさを感じているのは龍之介だけで、どちらも無言の間を気にする様子はない。
すると、襖がすらりと開いて艶やかな着物で身を飾った女達が現れた。
「お晩どすえ、君菊どす。よろしゅうお頼申します」
「南雪(みなゆき)と申します」
思わずぽかんと口を開け、龍之介は芸妓達を凝視してしまった。
(すげえ・・・)
それ以外言葉がなかった。
今夜座敷に現れた女達は、これまで見たどの芸妓達より美麗だった。
女に待たされることに苛立ちを隠そうともしなかった芹沢も、君菊が傍らに寄り添って酌をすると不機嫌な顔が一転して笑みすら浮かぶ。
(只者じゃないな、あの人・・・)
君菊は気難しい客にも慣れているようで、今まで見た誰よりも芹沢と上手く会話して楽しませていた。
一方、南雪は斎藤と龍之介の相手をする為にしずしずとこちらに近づいてきた。
龍之介と親しい舞妓、小鈴と同じ年くらいだろうか。
あどけなさを残す顔立ちだが、憂いを帯びたような表情が彼女よりも大人びてみせる。
「お酌致します」
徳利を手に斎藤に呼びかけるが、斎藤は「俺はいい」とだけ返して南雪に興味なさげな視線を向けた。
しかし彼女の顔を見た瞬間、切れ長の瞳に微かに驚きが浮かんだ。
「どこかで会ったか?」
「? お侍はんとはお初にお目に掛かります」
「・・・そうか」
腑に落ちない様子で、じっと見つめる斎藤の視線を受けて南雪の表情が一瞬強張る。
だが、すぐにそれを貼り付けた微笑に隠し、「そんな見つめられると照れますわぁ」ところころと笑った。
そして彼女の標的は龍之介に移る。
「お酌しまひょか?」
「いや、俺は酒は飲めないんだ。それより芹沢さんの相手してくれ」
まだ少女と言える年齢だろうが、これくらい綺麗な女が傍に居れば芹沢の機嫌は更に良くなるだろう。
南雪は逡巡するように斎藤と龍之介を交互に見た後、「では」と一礼して芹沢の方に向かった。
その後ろ姿を斎藤の眼がずっと追っているのに気付き、龍之介は思わず声を掛けていた。
「斎藤、どうかしたのか?」
「いや、あの舞妓がどうも気になってな」
「あ、あんたがそんなこと言うなんて、珍しいどころか奇跡だな。確かに綺麗な女だったけど」
これが永倉だったなら「またか」と思うところだが、まさかこの剣術一筋、副長至上の生真面目男が女に興味を持つとは。
明日は大嵐か?
しかし斎藤の怪訝そうな表情には色恋の類の浮かれた色は微塵もなかった。
「何を言っている。俺はあの女の顔が気になるんだ」
「は??」
「だが、纏う雰囲気が違う。匂いも変だった」
「白粉の匂いじゃないか? てか匂いが変って、いくら何でも失礼だろ・・・」
自分も大概言葉選びが下手で小鈴を怒らせてしまうが、斎藤の言動もそれに負けていない気がする。
女の匂いがどうこうって、獣か何かかこいつは。
いつにない斎藤の様子に困惑しつつも、その後も南雪を気にする素振りを見せる彼につられて龍之介もまた彼女を眼で追っていた。
そんな男二人を目線の端で捕らえ、南雪は思案するように目を伏せた。
〈次〉
14.4.20up
第三話です。
芹沢さん、台詞ないのに存在感はある(笑)。
斎藤さんは真面目にとんちんかんな台詞を吐く人(笑)。
|