異能の剣 四





「あの斎藤が舞妓に興味を持つとはな」

愉快げに喉の奥で笑い、芹沢鴨はぐいっと杯を傾けた。

両側に侍る二人の女はどちらも群を抜いて美しく、優美に見せながら隙のない身のこなしや、妖艶なようで強い意志を感じる強い眼が、二人がただの女ではないことを物語る。

そんな女達が傍にいるだけでも楽しいが、その上今宵は面白いものが見ることができ、芹沢はいつにも増して上機嫌だ。

今夜島原に同行してきた斎藤一は、永倉の代役として井吹が連れてきた男だ。
近藤や土方への忠義が厚く、研ぎ澄まされた刃のような空気を纏う剣客。
土方の犬、という穿った見方もしてしまうが、同じ『犬』でも高い忠誠心と鋭い牙を持つ猟犬である彼と隣の駄犬とでは雲泥の差だ。

その男が先程から気にしているのが、未だ幼さの残る顔立ちの舞妓、南雪だ。
しかし、南雪を見る斎藤の眼には色恋の熱がない。むしろ観察しているかのような無機質さだ。

「だが確かに、何故お前のような者が島原で舞妓なんぞしているのか、疑問ではあるな」

朴念仁に見えるが、斎藤も南雪の『違和感』に気付いたのだろうか。

「嫌やわ芹沢はん。島原の女に身の上を聞かはるやなんて」

誘うように身を寄せてくるのは君菊だ。
南雪と同じ置屋から来たということは、姉妹筋の芸妓なのだろう。
芹沢の南雪への興味を逸らせようとしているのか、見上げてくる眼は媚びているようでいて、そこにははっきりと牽制の色があった。

「今宵の女共は面白い奴らだ」

空になった杯を差し出せば、すかさず注がれる酒。
それを一口で飲み干し、少しずつ体に回り始める酔いに身を任せる。


触れられたくないもの詮索するような無粋な真似はしない。

島原では美しい女の酌で美味い酒が飲めれば良いのだから。





■■■■■





陽が昇り、夜とはまた違った賑わいを見せる島原を桜色の着物を纏う娘が小走りに駆けていた。

花街を抜け、京の大通りの人波を縫い、真っ直ぐに目指した場所は一軒の診療所だ。
「松本良順診療所」という看板が掲げられた玄関ではなく、裏口に回って中に入る。


「千鶴」

「薫、おはよう」

突然現れた人物に、障子戸を開けられた部屋にいた少女、千鶴は笑顔で挨拶をする。
その慣れた様子からは、こうして薫と呼ばれた少女が千鶴を訪ねてくるのが初めてではないことを窺わせる。

この場に彼女達以外の人間がいれば、二人の少女がまるで鏡合わせのようにそっくりであることに気付くだろう。

南雲薫と雪村千鶴   
二人は正真正銘、血の繋がったきょうだいだ。

部屋に入って障子戸を閉めるや、薫は早速話を切り出す。

「お前、新選組の斎藤って男を知っているか?」

「新選組の・・・斎藤さん?」

「昨夜島原で俺の顔を見て妙な反応をしていた。あいつと変な状況で顔を合わせたか?」

松本の助手として千鶴が新選組と関わっていることは知っている。
けれど、『南雪』を見る眼は知り合いに似ているという親しみはなく、まるで正体を探るかのような鋭いものだった。

「・・・あのね」

何か思い当たることがあったのか、千鶴がおずおずと口を開く。

彼女から語られた数日前の出来事に、薫はそれが原因か、と深く納得する。
羅刹の出現場所で顔を合わせ、尚且ついきなり姿を消されれば向こうが不審に思って千鶴を覚えているのも当然だ。

しかしとりあえず斎藤のことは横に置いて、まず問題なのは千鶴の方だ。

「馬鹿! 何で見つかる前にさっさと逃げなかったんだ。そんな危ない場所にいつまでも留まるなよ!」

羅刹の殺意が千鶴に向けられたらどうするつもりだったのか。
身を守る術を持つとはいえ、戦いに向かない彼女は殺される恐れだってあったのに。

聞けば、彼女は羅刹が人間を襲っているところに出くわし、どうにか助けようとしていたらしいが、その人間は千鶴が助ける前にすでに羅刹の餌食となって死んでいる。
助けても無駄なら放っといて逃げて欲しい。
いつまでも留まっていたせいで斎藤に見つかり、その上危うく羅刹に襲われそうになったなんて。後から聞かされるこちらの身にもなって欲しいものだ。

「ご、ごめんね。顔を見られちゃったから薫にも迷惑を掛けるよね・・・」

「いや、俺も紛い物を殺した時に新選組の奴に見られたからな。それについてはお互い様だ」

「え? 見られたって誰に?」

先日の出来事を思い浮かべるように視線を虚空に向ける。
紛い物を始末していたところに、突如草木を掻き分けて現れた浅葱色の羽織を見た時は流石に驚いたものだ。
それ以上に、あの男は無駄に整った顔を驚愕に染めていた。

「長身の槍使い。確か・・・十番組の組長じゃないかな」

「原田さんね。平助君と仲の良い人だったと思う」

「藤堂? あいつまたお前の周りをうろちょろしているのか?」

思わず眉間に深い皺が寄る。
だが、ある可能性が不愉快さより懸念を運ぶ。

「だとしたら、悪い。原田がお前に不信感を向けるかも知れないな」

ほんの一瞬だけの視線の交わりだったが、あの男は自分の顔を覚えているだろうか。
組長級ともなると、脆弱な人間の中でもそれなりの力を持っているはずだから油断はできない。
しかもその男が藤堂経由で千鶴と接触する可能性が高いとなれば、いつか彼女に疑念を向けられるかも知れない。

新選組の連中からどうやって千鶴を守ろうか。
考えあぐねる薫に、千鶴が遠慮がちに話しかける。

「ねえ、新選組の人達は敵じゃないと思うの。お互いに協力できないかな」

「人間は信用できない。いつも言ってるだろ。俺達の正体を知ったら利用しようとしてくるに決まってる」

「・・・・・・」

納得できない、という表情で俯く千鶴に、薫は内心で苛立った。
どうしてこうも危機感が乏しいのか。裏切られて傷つく羽目になるのは彼女自身なのに。

確かに目的は同じだし、互いに利益になることも多いだろうが、別にどうしても必要としているわけではない。それは新選組も同様だ。
互いの存在が要らぬ亀裂も生み出さないとは限らず、今まで通り不干渉のまま時々利用し合えればそれで良い。

「千鶴、無闇に人間と関わるな。新選組なんか以ての外だ。その軽率な行動のせいで俺達の立場が危うくなるかも知れないんだぞ。今世話になっている人達に迷惑を掛けるな」

「・・・うん、わかった。お千ちゃんや君菊さんにこれ以上迷惑掛けないようにしないといけないよね」

他人に迷惑を掛けることを嫌う彼女ならそう言うと解った上で、あえて厳しい言葉を選んだ薫に、案の定千鶴は不満げながらも素直にそれを受け入れた。

「とりあえず、今は斎藤と原田には十分気を付けろ。じゃあ俺は行くから」

「島原に戻るの? いつも薫ばかり『南雪』をしてるけど、私もいつでも代わるよ?」

「お前に客あしらいなんかできるもんか」

「でも・・・」

薫だってあまり好きじゃないでしょう?と、気遣う声に苦笑が浮かぶ。
確かに酔っ払い相手に愛想振りまくのは嫌いだが、だからこそ千鶴にそんな真似はさせられないのだ。

『南雪』は千鶴と薫、お千や君菊とで作り出した舞妓だ。
演じるのは千鶴と薫の二人だが、夜の『南雪』は薫の役目。それだけは絶対に譲れない。

「それに、お前は診療所の手伝いで大変だろ。『南雪』は俺に任せておけ」

千鶴には島原などより松本良順の手伝いの方が性に合っている。
できることならこちらに専念して欲しいのだが、彼女の性格からして納得はしてくれないだろう。

こんな風に互いに気遣い合える存在があることに、薫は密かに喜びを感じていた。

「じゃあな」

来た時よりも上機嫌になった薫は、まだ何か言いたげな千鶴を残して部屋を後にした。





■■■■■





不意に、気になる色が通り過ぎた。

「ん?」

考えるより先に目線がそちらを追い、人波の向こうに吸い込まれる後姿を一瞬捉える。

(あれは・・・)

記憶に新しい色を思わせるそれに、後を追おうと足を踏み出そうとした時。

「あれ、左之さん?」

聞き慣れた声に呼び止められる。

「おう、平助か。こんな所で何してんだ?」

「見ての通り巡察だよ。良順先生に用なのか?」

浅葱色の羽織を翻す年下の同僚、藤堂平助。
彼の後ろには八番組隊士達が整列し、組長に続いて足を止めた。

「そういえばこの辺は良順先生の診療所があったな。あの嬢ちゃんは元気かな」

思い浮かぶのは、良順を手伝っていた一人の少女の姿だ。
以前少しだけ顔を合わせただけだが、くるくるとよく働く気立ての良い可愛らしい娘、という印象が残っている。

「ああ、元気してるぜ」

「何でお前が答えるんだ?」

「え? いや、別に! 俺は何回か会ってるし、いつも元気にやってるから・・・、そんだけだよ!」

「へえ、何回か会ってる、ねえ」

にやにやと口元に笑みが浮かぶ。
あからさまに動揺しまくる平助の様子に、何も言わずとも色々な事情が解ってしまった。
これは面白い。面白過ぎる。これをからかわずにいられようか。

「な、何だよ! その意味ありげなにやけ面やめろよな!」

「にやけ面とはご挨拶だな。お前の甘酸っぱい青春をたのし・・・応援してやろうとしてんじゃねえか」

「楽しんでるだろ! てか甘酸っぱいとか青春とか、何のことかわかんねーよっ!!」

みるみる真っ赤になっていく顔は正直過ぎて、内心を全然誤魔化せていない。
その解りやすさたるや、むしろこちらが居た堪れないほどだ。

「だがな平助」

「な、何?」

いきなり真剣さを帯びた声音に身構える平助。
原田は表情を引き締め、重々しく口を開いた。

「恋にかまけて任務を疎かにはするなよ?」

「だから、誤解だから! んなこと言われるまでもねえっての!」

声の限り叫び、「行くぞてめえら!」とドスドスと去っていく平助の後に、声を殺して笑う隊士達が続く。

隊長の手前必死に笑いを堪える平隊士とは違って、原田の方は遠慮なく腹を抱えて笑い転げながら、怒りも露な後姿を見送った。


(にしても、平助が恋ねえ・・・)

ようやく笑いが引くにつれて冷静な思考が戻ってくる。

別に、誰を好きになろうとそれはそいつの勝手だ。
しかし新選組八番組組長という立場に居る平助にとって、それが決して良いことばかりではないのが気掛かりだ。

あの子への想いが彼の弱みにならないよう、平助と関わることによってあの子に危険が及ぶことがないよう、自分も気をつけてやるべきか。

そんなことを考えながら、原田は雑踏の中に紛れていった。



〈次〉

14.4.30up

第四話です。
というわけで正体は薫でした。バレバレだったかな(苦笑)。
斎藤さんと原田さんはそれぞれ別方向から双子に興味を抱きました。



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