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異能の剣 六
冷たく乾いた風が吹き抜ける庭で洗いたての包帯を手際よく干しながら、千鶴はちらちらと診療所内の様子を窺い見ていた。
中で話し合われているであろう話題が気になって、どうしてもそちらに意識が向いてしまう。
数刻前、不意に松本良順を訪ねてきたのは、新選組副長、土方歳三だ。
役者と見紛うほど美しく整った顔立ちに、雷光のような鋭い瞳が印象的な男だった。
顔を合わせたのは今日が初めてではないが、鬼の副長と名高い彼を前にすると緊張してしまう。
時折診療所に訪れる平助や沖田、山崎から彼の話を色々聞いてはいるものの、付き合いの長い彼らと千鶴ではどうしても受ける印象が違い、酒に弱いだの俳句が下手だのと意外な一面を知識として知っていても、実際の土方を前にすると彼を取り巻く刃のような威圧感に圧倒される。
突然現れた土方は良順と顔を合わせるなり二人で内密な話をしたいと切り出し、それを受け入れた良順と共に別室に移動した。
そのただならぬ様子にこちらにまで緊張感が伝わってきて、千鶴まで落ち着かない気分になった。
あれからしばらく経つが、話し合いはどうなっているのだろう。
調度患者も少ない時間帯で、来たとしても千鶴だけで対処できているが、こうも長い時間が掛かると話の内容が気になる。
新選組副長自ら赴いたという事実が尚更話の深刻性を物語っているようだ。
不意に、足音がこちらに近づいてきた。
庭に面した縁側に出てきたのは良順だ。
「雪村君、話がある」
「あ、はい。お話は終わりましたか?」
お茶の用意をすべきだろうか、と慌てて中に入ろうとする千鶴に、良順が難しい顔を向ける。
「土方君の話だがな、君にも聞いてもらいたいんだ」
「私が聞いて良いことなんですか?」
「羅刹のことなんだ」
小さく、けれど鋭い声音で告げられた言葉に全身が強張る。
「土方君が変若水を持ってきたんだよ。これは羅刹を作り出すものなのかと聞かれた。だから私は彼に知っていることを教えたんだ」
驚きと共に、ついに来たか、という思いもあった。
新選組も、羅刹の根源に手を伸ばすことを決めたのだろう。
そして、幕府と関わりがある良順なら何か情報を握っているのではないかと考えた。
その判断は正しく、良順は“変若水”が人間を羅刹に変えてしまう劇薬であることを土方に教えた。
さらに、自分達も幕府の命令で薬の効果を薄める研究をしていることも告げ、新選組から協力を乞われたと言う。
「できればその役目は君に担って欲しい」
「私、ですか?」
「“向こう”でも研究を頑張っている君の仕事を増やしてしまうが、新選組とも協力することによって新しい発見があるかも知れないと思ったんだが、どうかね?」
問われて、千鶴は考え込む。
良順の言う通り、新選組とも協力できれば良いと彼女自身もずっと思っていた。
けれど・・・。
人間は信用できない
(心配、かけちゃうかな・・・)
険しい表情できつい言葉を吐きながら、そこには千鶴に対する想いが溢れていた。
双子のきょうだいなのに、薫にはいつも心配を掛けてしまって申し訳なく思う。
同時に、そんな頑なな薫のことが逆に心配になる。そんなことを口にすれば、きっと彼は不機嫌になるだろうけれど。
とにかく今問題なのは、新選組に協力するかどうかだ。
(薫は反対すると思うけど、私は新選組の人達を信じてみたいな・・・)
目的が同じ、というだけでは決心が着かなかった。
新選組に関しては良くない噂もたくさんあるし、噂でしか情報を知らぬままなら彼らに対して“怖い”印象が先立って尻込みしていただろう。
けれど、千鶴はこの暫くの間にほんの数人とはいえ新選組の人達と関わった。
いつも元気で明るく、人懐こい平助や、少し意地悪だけれど子供達と一緒に楽しげに遊ぶ沖田、礼儀正しく真面目な山崎や島田らと話す機会を得て、彼らが怖いだけの集団ではないことを知った。
千鶴が新選組と出会って、もう一月を越える。
江戸から上京し、知己の仲である松本良順の元に身を寄せて間もない頃。
良順が京で支援する組織、新選組の屯所で行われた健康診断に助手として付き添ったのが、彼らとの関わりの始まりだ。
それ以前から医療方である山崎は時折良順のもとを訪ねて来ていた為顔見知りではあったが、平助や沖田と仲良くなるにつれて彼とも言葉を交わすようになった。
他にも健康診断の時に共に手伝ってくれた島田や井上も、時々診療所に訪れると声を掛けてくれる。
怪我人や病人が後を絶たない新選組にとって、良順の医者としての腕は貴重なものなのだろう。
そんな良順の助手という立場だからこそ、隊士達も好意的に接してくれているのだと思う。
しかし切欠は良順の手伝いでも、その後から培ってきた彼らとの関係は千鶴自身が作り上げたもの。
知り合いの少ない京で仲良くしてくれた平助達の役に立ちたいと思うのは、紛れもない千鶴の本心だ。
「私、新選組のお手伝いをします」
意を決して告げた言葉に、良順は険しかった表情を優しく和ませた。
良順と共に部屋に入ると、土方の鋭い眼光に射抜かれた。
厳しい視線が千鶴の一挙手一投足を見逃すまいと、彼女の動きを追う。
そんな土方の前に座るには多大な勇気を要し、正面に座るほどの度胸を持たない千鶴は土方の前にどっかり腰を下ろした良順の斜め後ろに落ち着いた。
「その娘が?」
土方の目線は逸らされることなく千鶴を捕らえている。
その視線を真っ直ぐに見返すほど強くは在れないが、せめて身を縮こまらせないよう背筋を伸ばす。
「彼女は会津藩から変若水の研究を任され、私のもとに預けられたんだよ」
「会津藩に・・・」
その言葉を聞いて、土方から不信の色が少し薄れた。
会津藩は新選組の後ろ盾になってくれた藩だ。
その会津藩の関係者となれば、土方も彼女を邪険にはできない。
「雪村千鶴と申します」
「新選組副長、土方歳三だ。お前さんには変若水の研究に協力してもらう。できるだけそちらの持つ情報も提供してもらいたい。解っていると思うが、実験内容は他言無用だ」
「はい」
「お前の送り迎えには護衛も付ける」
顔見知りが良いだろうと、土方は沖田や平助、山崎辺りかと名を挙げる。
「もちろん診療所の仕事を優先して構わない。研究は主に総長である山南さんが行い、お前の仕事はその手伝いだ」
とりあえず、山南に紹介して今後の方針を話し合う為に、明日にでも屯所に来てくれ、という土方の言葉で話が終わる。
良順に時間を取らせてしまったことを詫びて腰を上げた土方は退室間際、「ああ、それと」と思い出したように千鶴を見た。
「屯所に来る時は必ず男装してくれ」
「男装、ですか・・・」
「お前と接する隊士は限られているが、女が自由に屯所に出入りするのは問題だ。窮屈な思いをさせて悪いが従ってくれ」
「はい・・・」
土方の言い分は最もだ。
男所帯の中に迂闊に女が紛れ込んでは、いらぬ争いを生みかねない。
自衛の為にも男装は必要なことだ。
だが、一つ問題があった。
(あの人達には会わないようにしないと・・・)
斎藤一と原田左之助。
この二人とは顔を合わせないよう注意しなければならない。
特に斎藤。
羅刹の出現場所で彼と顔を合わせたあの夜、千鶴は男装していた。
そして島原で着飾った“南雪”を見て、不審そうにしていたと薫が言っていたのを考えるに、斎藤が千鶴の顔を覚えている可能性が高い。
原田はどうだろうか。
千鶴と違い、薫と原田が顔を合わせていた時間は短く、間近に接近したわけでもない。
薄暗い森の中だったことも手伝って、はっきり覚えていないだろうと思いたいが、それは甘過ぎるか。
別にあの夜斎藤に出会ったことや、薫が原田と出くわしたことに感づかれて問い質されても事実を語って構わないのだが、まず薫やお千と事前に話し合っておきたかった。
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「うわ、本当に千鶴だ!」
翌日、山崎に連れられて屯所に足を踏み入れるなり平助がこちらに駆け寄り、千鶴の姿を上から下までまじまじと眺める。
平助の肩越しに、三人の男達がこちらに近づいて来るのが見えた。
出迎えてくれたのは土方、沖田、山南だ。
仏頂面の土方以外は、妙に楽しげな笑みを浮かべている。
「ふうん、可愛いね、その格好。精一杯男装してますって感じがして面白いよ」
「君が私の助手をしてくれる少女、いえ少年ですか。せっかく男装して下さっても、可愛さが隠せていませんねえ」
可愛いと言ってもらえているのに、何故だろう、どちらもまったく褒め言葉に聞こえない。
むしろ男装が下手過ぎると笑われているような気分だ。というか、その解釈が正しいのだろう。
恐る恐る土方を見ると、疲れた顔で溜息を吐かれた。
「総司、山南さん、こいつが女だってことは平隊士共に知られねえようにしてくれよ。男だって言い張れば無理にでもそう思ってもらえるだろうよ」
・・・・・・やっぱり土方の眼から見ても千鶴の男装は下手らしい。
何故だか妙に落ち込んでしまう。
「あ、あの、雪村千鶴です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、沖田達が口々に「よろしくね」や「よく来て下さいましたね」と歓迎の言葉をくれた。
土方は用があると言って、山南に後を任せてどこかへ立ち去り、千鶴は三人に案内されながら山南の部屋に向かう。
「他の部屋には無闇に入らないようにね」
「屯所の中ではあまり一人になるなよ。他の奴に絡まれるかも知れねえから」
向かいの前川邸には絶対に近づくな、とか。緑の鉢巻してる男に見つかると鍛錬と称した鬱憤晴らしに巻き込まれるかも知れないから、見かけたら全力で逃げろ、とか。副長室のどこかには『豊玉発句集』という幻の句集が隠されている、とか。
役に立つのかどうか不明なものも混じった説明を受けながら廊下を進んでいた時。
「あ? 何で屯所に女がいるんだ?」
突如聞こえた声に、ぎくりと千鶴の足が止まる。
同じように沖田達も足を止め、声の方を見やって反論する。
「やだなあ左之さん、この子は男の子ですよ?」
「いや、女だろ。どう見ても」
当惑の表情でこちらに近づいて来たのは、長身の男だ。
その男の正体や、あっさり男装を見破られてしまった衝撃に千鶴の頭の中は真っ白になる。
「だから女の子が屯所にいるわけないじゃないですか。色白だし小さくて細くて柔らかくていい匂いがして抱き心地良いけど、千鶴ちゃんは男の子なんですよ」
「んな男がいるかよ。つーか総司、お前の言葉でそいつを男だと言い張るのはかなり無理があるぞ」
「その無理を何が何でも押し通すのが僕の役目ですから」
「つまり無理だって自分で認めてるじゃねえか」
「いや、総司の言う通り、千鶴は男なんだよ! ここではそうなってるの!」
「ああはいはいわかったわかった。屯所じゃこいつは男なんだな」
どうやら納得したらしい彼は、呆れた口調で平助に答えながら千鶴に視線を向けて、眼を丸くした。
「お前、どこかで会ったか?」
「え、あの・・・」
腰を屈めてながらじーっと覗き込まれ、思わず後ずさる。
「千鶴とは左之さんも前に会ったことあるだろ? ほら、健康診断の時に」
「ああ、千鶴って良順先生とこの嬢ちゃんのことか」
思い当たるや、原田が平助を見て意味ありげに笑った。
彼の笑顔に何か察したのか、平助が慌てて「さっさと行こうぜ!」と千鶴達を促す。
その後姿を見送った原田はふと笑みを消すと、思い耽るように視線をどこかに向けた。
(あの顔は・・・)
記憶の端に引っ掛かる何か。
それが妙に気になった。
〈次〉
14.5.30up
第六話です。
千鶴ちゃんが屯所にやって来ました。
早速原田さんと出くわしました(笑)。
そして男装はあっさり見破られます(苦笑)。
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