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異能の剣 七
「あー、頭が痛え・・・」
自室の文机に向かい、土方は米神を抑えて深い溜息をついた。
彼を思い悩ませているのは、数刻前に屯所を訪れた一人の少女だ。
新見や羅刹が所持していた怪しげな薬を調べようと決めて、羅刹に関することなのだからと、幕府と関わりのある良順に相談したのが昨日のこと。
彼に研究への協力を願い出たところ「私よりも相応しい人がいる」と言って紹介されたのが、診療所で彼の補佐をする少女 雪村千鶴だった。
いくら良順からの紹介であり、会津藩とも関わりのある人間であっても、やはり彼女を屯所に出入りさせるのは問題かも知れない。
新選組屯所への女性の出入りは禁じられている。
だからこそ千鶴に男装を命じたのだが・・・。
今日、屯所を訪れた彼女の姿を見た時、思わず脱力しかけた。
(努力は認めるがな・・・)
本人は至って真面目に、精一杯男の振りをしている。それは解る。
だが第三者の眼から見ると、彼女を形容する言葉に“可愛い”しか出てこないのが現実だ。
娘姿の時も愛らしい少女だと思っていたが、男装をしたことで余計に彼女の可憐さが浮き彫りになったように思える。
顔立ちはもちろんのこと、所作が綺麗過ぎるのも一因だ。
不本意ながら土方自身、幼い頃は一見女のような顔立ちだった。
それでも女に間違われなかったのは、乱雑な言葉遣いと尖った態度のお陰だ。
翻って千鶴は纏う空気からして柔らかで、染み付いた女の仕草も隠せていなかった。
あれではすぐに男装だと見破られてしまうだろう。
もしも彼女が芹沢や血気盛んな若い隊士達に見つかったら。
彼女の存在が本人の意思と関係なく、屯所の風紀を乱す嵐となり兼ねない。
「護衛の数、増やした方が良いか」
とはいえ新選組もそれ程人手に余裕があるわけではない。
千鶴を守るという任務を任せられる程の者となれば、尚更数は限られてくる。
そういう者は新選組でも重要な役目を担っており、彼女にばかりかかずらってはいられない。
とりあえず、土方と近藤に近い者達には彼女のことを伝えておこう。
彼女が屯所に来る時は、隊士達と鉢合わせないよう取り計わなければならない。
監察方には雪村千鶴の護衛と共に、素性を調べさせた方が良いか。
文机の上に広げた勤務割りを睨みながら、土方はああでもないこうでもないと思考を巡らせる。
調整作業に夢中になっていた土方は、障子戸の向こうから山南の声が聞こえて初めて、いつの間にか随分と時間が経っていたことに気付いた。
凝り固まった肩を解しつつ山南に応え、とっくに冷めた茶を煽って舌に残る渋みに眉を寄せる。
入室した山南はそんな彼に苦笑しながら、手にした盆に載せた湯飲みを土方に渡した。
今度こそ、淹れたての熱い茶で一息ついた後、さっそく問い掛ける。
「で、どうだったんだ?」
「とても有意義な話し合いができましたよ」
そう言って山南は懐から紙の束を取り出した。
「それは?」
「雪村君の父君が記したものです」
山南が聞き出した話によると、雪村千鶴の養父である雪村網道は江戸で蘭方医を営んでいたらしい。
しかし半年ほど前、幕府の命令で網道が上京し、いつしか連絡が取れなくなった。
養父を心配していた千鶴のもとに、ある日松本良順から手紙が届き、網道が京で行方知れずとなっていることを知らされた。
そして一月前、上京した千鶴は松本良順の診療所に身を寄せ、診療所の手伝いをしながら父を捜しているのだと言う。
「網道氏が行方不明になる前に松本先生の所に置いて行ったそうですよ」
渡された書類をぺらぺらと捲くっていた土方の表情が徐々に険しいものとなる。
「これは・・・っ」
「どうやら網道氏は“変若水”の研究をしていたようですね」
几帳面な文字でびっしりと記されているのは、決して世に出してはならない研究の詳細だった。
この文面からは網道が動物実験だけでなく、人での実験にまで手を伸ばしていたようにさえ見える。
そして時折出てくる人名に、戦慄を覚えた。
「・・・新見さんの協力者か?」
「変若水の実験において、二人が情報を交換し合っていたのは間違いないでしょう」
これで、新見が羅刹を従えていたことや、薬を所持していたことの説明が付く。
「雪村網道氏は行方知れずと言ったな」
「松本先生や雪村君も捜し続けているらしいですが、未だに消息は掴めないと」
どうします?と丸い眼鏡の奥の瞳が密かに笑む。
「監察方に調べさせる。後はあの娘から網道とやらの容貌を聞き出して組長級の連中にも伝えておく」
後者は変装されてしまえば捜し出すのは難しいが、まあやらないよりは良いだろう。
それにしても、あの娘は来るなり色んな厄介ごとを持ち込んでくれたようだ。
「ところで変若水についてですが、やはり血液に非常によく似た液体でした」
「色や時間が経つと凝固する辺り、血液そのものだよな。だが、よく似ているってことはそれだけじゃねえってことか?」
「ええ、このような血液を持つ動物など、私の知る限り存在しません。どうやったらこのような変異を起こすのか、これが人体にどのような作用を及ぼすのか。解らないことだらけですよ」
山南の持つ異能は水に関するものだ。
他の者達に比べて戦いにおいて攻撃力の高い能力ではないし、刀を錆びさせる恐れから敬遠されがちだが、知識欲旺盛な彼はこの扱い難い異能を貪欲に己のものとした。
こうしてありとあらゆる液体の成分が解るのも、その努力の賜物と言える。
いったいどこの誰が、異能を使って血液の種類に至るまで調べ上げるだろうか。
そして目下、彼の研究意欲は“変若水”、ひいては羅刹へと向けられていた。
「一度、羅刹の血液を調べてみようと思うのですが、生け捕りにできますか?」
「そりゃ難しいな。あいつらの体力は無尽蔵だ。気絶させたってすぐに起き上がって襲ってくるぞ」
「斎藤君ならどうです? 彼の力で氷漬けにできないでしょうか。幸い今は冬、そう簡単に氷は融けませんし」
「羅刹の氷漬け、か。持って帰るのに難儀しそうだな」
斎藤の能力は氷。これは“水”から変異した力だ。
元々斎藤の異能は山南と同じ“水”だったが、刀が錆びるのを厭う彼は山南とまったく別の方向に力を磨いた。
その結果が、攻撃力に優れた“氷”である。
「ふふ、氷漬けにすれば私の力で一部だけ氷を溶かして適当な場所から血を採取することが可能。しかも冷凍保存されている体は氷が融けない限り腐ることもない。いいですね、名案です。何故もっと早くこうしなかったのでしょう。私としたことが、せっかくの冬の期間を随分無駄にしてしまいましたよ。いえでも今からでも遅くはないですね。無駄にした分はこれから取り戻していけば良いことで・・・」
「・・・山南さん、自重してくれねえか?」
あらぬ空間を見ながら楽しげに笑いを漏らす山南を、土方は無駄と解っていても疲れた声で窘めてみる。
その頃部屋の外では、雪村千鶴を送り届けたことを報告に訪れた藤堂平助が副長室から漏れ聞こえてくる不気味な笑い声に足を竦ませて動けずにいたのを、複数の隊士が目撃していたとか何とか。
〈次〉
14.6.20up
第七話です。
頑張れ土方さん、の回。
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