異能の剣 八





身体の芯から凍える夜。
月明かりに照らされてキラキラと雪の結晶が舞い、美しくも凍りつくような冷たさが大気を満たす。

こんな寒い夜は火鉢に当たりながら熱燗で身も心も温まりたいものだ。
間違っても、こんな夜に氷漬けの人間を運ぶなんていかれた真似などしたくない。

つらつらとそんなことを考えながら、藤堂平助はせっせと荷車を引く。

「山南さんも無茶苦茶言うよな。真冬の夜に氷漬け羅刹を持ち帰れって何なんだよ」

こっちが凍死しそうだぜ、とあながち冗談とも言えない愚痴を零すのは後ろから荷車を押す永倉だ。

「ほんとだよな。しかも左之さんなんて『この任務は俺の異能が使えねえから』とか最もらしいこと言って逃げるしさ〜」

「まあ左之はしょーがねえだろ。羅刹相手に異能が使えなきゃ命が危ねえからな。それより問題は総司だ! 話を聞くなりあいつ『寒いからヤダ』とか言って逃げやがって! 俺らだって寒いっつーの!」

「ああ確かに、俺も総司には文句言いてえ・・・」

激昂する永倉の言葉に、平助も心の底から同意する。
氷を溶かしてしまう“火”を操る原田はともかく、沖田の言い分は何とも自分勝手だ。


羅刹を氷漬けにして持ち帰れ、という山南からの無茶な指令が下されたその日、新選組でも変若水の研究をすることと雪村千鶴がその協力をすることも同時に伝えられた。

その場に集められたのは沖田総司、斎藤一、藤堂平助、原田左之助、永倉新八、井上源三郎、山崎烝、島田魁という“近藤派”と言われる面々で、さっそくそれぞれ役割が分担された。
雪村網道と千鶴について調べるのは監察方の山崎に一任される。
斎藤と共に凍らせた羅刹を運ぶのは平助と新八の任務になってしまった。
そして他の面子にはこれまで通りの隊務と、千鶴の護衛が割り当てられたのだ。

平助が抗議する間もなく決定されてしまった後、こちらに向けた沖田の勝ち誇った顔の憎らしさと言ったら、「ご愁傷様、頑張ってね」という言葉とともに今思い出しても腸が煮えくり返る。

(俺だって、俺だって千鶴の護衛がしたかったのにっっ!!)

何が哀しくて凍てつく寒空の下、命懸けで羅刹と戦った挙句に凍らせて運ばねばならないのか。
しかも斎藤の氷の力は未だ生きており、荷車から尋常ではない冷気が立ち昇って容赦なく平助の体温を奪う。
こんな寒中我慢大会するくらいなら、千鶴と和やかに町を歩く方が遥かに楽しいに決まっている。

「にしても、千鶴に羅刹の研究の手伝いをさせるなんてな。わざわざ千鶴を男装させて屯所に呼んだのはそういうことかよ」

親しい少女が少なからず羅刹と関わっていたという事実に、平助は複雑な面持ちだ。
できれば彼女にはそんな研究に関わって欲しくないという心の声が表情に出ている。

「羅刹の研究ねえ。正直俺は気が乗らねえ」

「局長や副長が決めたことだ。仕方あるまい」

不機嫌そうな永倉の言葉に、荷車の右側を歩く斎藤は氷と羅刹の様子に油断なく眼を光らせながらそう返す。

「まあ羅刹のことを何も知らずにいるより、弱点なんかがあれば知りたいけどよ」

「でもそれに千鶴を巻き込むのは反対だ。何かあったらどうすんだよ」

俺達と違って普通の女の子なのに、と千鶴を案じる平助。

「その雪村という者は信用できる人物なのか?」

平助や沖田が妙に気に掛け、山南までもが己の研究の助手に選んだ人物に興味を引かれる。

「千鶴は可愛いし、真面目だし、女の子らしくてすげー可愛いんだぜ!」

「いや、そうではなく・・・」

というか、可愛いって二回言わなかったか?

「平助、お前もまだまだガキだよな。俺はまだ乳臭い娘より、島原の妖艶な姉ちゃん達の方が好みだぜ」

「新八っつあんの好みなんてどーでもいいし! だいたい綺麗な姉ちゃんだろうと可愛い娘だろうと結局相手にされてねーじゃん」

「な、何だと!? 俺の筋肉美に惚れまくってる女の一人や二人、いるに決まってんだろーが!」

勃発する平助と永倉の言い争いに呑まれ、斎藤はそれ以上の追及ができなくなった。


(雪村千鶴、か)

その名前は、以前から何度か耳にしていた。
それは平助と沖田が仲良くしているからというだけのもので、斎藤自身は何の興味も抱いていなかったのだが、この先新選組と関わってくるのであれば一度会ってみたいと思う。

(新選組にとって利益となる人物ならば良い。だが仇を為すものであるならば・・・)

例え沖田や平助に責められようと、この刀で斬り捨てる。

そんな心構えをしておく為にも。



その後、屯所に戻った三人を出迎えた山南の“氷漬け羅刹”を眼にした時の喜び様は、しばらく忘れられそうにない。





■■■■■





夕暮れ時、巡察を終えた一番組が屯所に戻って来た。
その中に目的の人物を見つけ、原田左之助はそちらに足を向ける。

「総司、次にあの嬢ちゃんが屯所に来るのはいつなんだ?」

隊を解散させ、隊士が離れたところを見計らって声を掛けると、一瞬驚きを浮かべた沖田はすぐに答えを返した。

「三日後ですよ。僕の非番の日に合わせてもらったんで」

「お前の? おい、また嬢ちゃんの送迎はお前がやるのかよ。俺まだちゃんとあの娘と話せてないんだが?」

原田も千鶴の護衛組である以上、少しは彼女のことを知りたいのに何故か悉く機会を逃している。
ちなみに三日後は沖田は非番だが、原田は昼の巡察がある日だ。
千鶴は診療所での手伝いもあるので、次に会えるとしたらさらに数日後だろう。

「左之さんに任せるのは危ないからやめとこう、と平助と新八さんが言ってました」

「おい待て、子供に手を出すほど俺は飢えてないぞ」

「じゃあ、もしかして平助へのお節介とか?」

にんまりと浮かんだ意地の悪そうな笑みに、彼も平助の揺れるオトコゴコロに気づいているのだと察する。
これは、これからも相当からかわれるな、と心の中でこっそりと平助に両手を合わせた。

「あまり余計なことしないで下さいね。平助と良い仲になられると面白くないんで」

軽い口調だが、沖田の眼は笑っていない。
それが意外過ぎて、思わず声を上げた。

「まさかお前まで?」

「惚れてるのかって言いたいのなら違いますよ。あの子のこと、可愛いとは思いますがそれだけですから」

さらっと答えながら、「まあこれからどうなるか解りませんけど」と続く言葉が妙に意味ありげだ。

「ただあの子はちょっと面白いんで、今僕のお気に入りなんです」

にっこりと笑う沖田の邪気のない笑顔が色々と含んでいるように見えてしまうのは気のせいではないだろう。

浅葱色の羽織を翻して巡察の報告に屯所の奥へと消える沖田の後姿を見送りながら、原田はぽつりと零していた。

「総司が恋敵になっちまったら平助に勝ち目あんのか?」


その時、どこからともなく悲鳴のような声が上がり、直後バタバタと慌しい足音が前川邸から聞こえてくる。

「あ、原田」

鉄砲玉のような勢いで飛び出て来たのは、井吹龍之介だ。

「龍之介? どうかしたのか?」

「どうもこうも、いつものように芹沢さんが酒を持って来いって暴れてるんだよ」

鉄扇で殴られたであろう彼の頬は、真っ赤に腫れ上がって痛々しい。
しかし龍之介は痛みに構わず、話している時間も惜しいとばかりに「じゃあな!」と駆け出す。

一人残された原田は、長い長いため息を吐いて屯所に戻った。



〈次〉

14.6.30up

第八話です。
負けるな平助君、の回。
沖田さんは良いとこ取り(笑)。



ブラウザのバックでお戻り下さい