異能の剣 十





松本良順の診療所内の一室では、まったく同じ姿形をした二人の少年が向かい合っていた。
まるで鏡合わせのようにそっくりな二人だが、一方は不安そうで一方は自信に満ちた笑みを浮かべており、双方の表情は正反対だ。

「薫、本当にやるの?」

「まだ言ってるのか? 心配しなくても、そう簡単にばれるわけがないだろ」

困惑気味な千鶴の言葉を自信満々に一蹴する薫。

今日は千鶴が新選組屯所に訪れる日だ。
もうすぐ護衛役の沖田総司が迎えに来るだろう。

身支度を整えていた千鶴の部屋に、まったく同じ格好をした薫が現れたのはついさっきの出来事。
先日の言葉通り、彼は千鶴の振りをして新選組屯所に乗り込む気のようだ。

確かに外見だけなら千鶴自身すら驚くほど似ている。
けれど、新選組の人達に見破られずに済むのだろうか。
たとえ運良く沖田を誤魔化せたとしても、ずっと一緒に作業をする山南はどうだろう。
彼が非常に頭が切れ、抜け目ない人物であることは先日の会話でよく解った。
強かな薫でも山南を欺くのは厳しいのではないか。

そんなことを思い悩んでいると、診療所の引き戸が開く音とともに聞きなれた声が響き渡った。


「千鶴ちゃーん、あっそぼー」


「あ、沖田さんが来たみたい」

「何だあれは、ふざけてるのか。やっぱり新選組なんてたいしたことないな」

嘲りも露に鼻で笑い、障子戸を開けようとした薫はふと思い出したように千鶴を振り返る。

「いいか、お前は絶対にこの部屋を出るなよ」

そう念を押して部屋を出て行った。


玄関には長身の男が立っていた。

沖田総司。
新選組一番組組長であり、新選組屈指の剣客と名高い男だ。

「お待たせしました、沖田さん」

丁寧に挨拶しながら、密かに沖田を品定めするように盗み見る。
さっきの暢気な台詞といい、にこやかな笑みといい、噂に聞くような戦闘狂には見えない。
聞けばいつも子供達と遊んでいるらしく、千鶴と仲良くなったのも子供達を通じてと聞いた。
果たしてその無邪気さは偽りの姿か、それとも素のそれなのか。

「・・・・・・」

ふと、沖田が黙ったままなことに気付く。
顔を上げると互いの眼が合い、沖田の笑みが深まった。

「千鶴ちゃん、お茶淹れて。お菓子もちょうだい」

「は、はい・・・?」

「いつものようにしばらくお茶しながら話そうよ」

思いがけない展開に茫然としている間に、沖田は当たり前のように中に上がり込んで腰を下ろした。

「あの、屯所に行くのでは?」

「んー、だって僕疲れたしー。お茶するくらい、いいじゃない」

何なんだこいつは。
すっかりくつろぐ姿勢の沖田に開いた口が塞がらない。
こんないい加減な男を寄越すなんて、新選組は何を考えているのだ。

「お茶とお菓子まだー?」と図々しい要求を繰り返され、内心で渦巻く怒りを抑え付けつつ、薫は厨に向かう。

何故俺がわざわざ茶を淹れてやらなきゃならないんだ!
あんな奴、雑巾の絞り汁で十分だ!

怒りのままに雑巾を引っ張り出し、絞り汁を鍋に入れて火に掛ける。
そして適当に茶葉を突っ込んで、ぐつぐつと煮えたぎった湯を注いで湯飲みにじゃばじゃばと茶を淹れ、菓子は棚の中にある物を適当に盆に載せた。


「どうぞ」

にこやかに沖田の前に盆を置く。さあ飲め。飲んで噴出して咳き込んで苦しめ。

「うわあ、すっごく不味そうなお茶だね」

にっこりと笑ってそう言った沖田は、茶には手をつけずに菓子をつまんだ。
そして饅頭を頬張りながら、更に要求を重ねる。

「肩凝っちゃったなあ。揉んでくれない? ついでに足も」

「な・・・っ」

「昨日は稽古を張り切っちゃってさ、肩とか腕とか足とか怠いんだよね〜」

なら按摩屋にでも行け!!

叫びそうになるのを必死に堪え、言われるままに肩や腕や足を揉む。
かなり力を込めて乱暴に揉んだはずなのに、沖田は顔色一つ変えないのが悔しい。

「・・・あの、そろそろ屯所に向かいませんか?」

懸命に笑顔を浮かべるも、口元がひくひくと引き攣り、声も抑えきれない怒りに震えていた。
しかし沖田は気に留める様子もなく、その笑顔に寸分の乱れもない。

「そうだ、もう面倒臭いから今日は屯所なんか行かずに君の部屋で二人きりにならない?」

ピキッと、思考が凍りつく。

今、こいつ何と言った?
部屋で二人きり? 誰と? 俺と? いや、千鶴と、か!

「冗談・・・ですよね?」

「だってこの前は朝まで一緒だったじゃない」

一瞬、意識が真っ白に染まった。
しかし次の瞬間には堪え続けてきた我慢の限界と共に、自分の中で何かが爆発していた。

「・・・っ! 
てめえ!! 俺の妹に何しやがったーっっ!!!

「へえ、君、千鶴ちゃんのお兄さんだったんだー。お義兄さんって呼んでもいい?」

いいわけあるか!! 千鶴、どういうことか説明しろ!!

もはや自分の目的も忘れて怒鳴り散らし、その声に奥から慌てて千鶴が飛び出してくる。

「な、なに? どうしたの!?」

「やあ千鶴ちゃん、そこにいたんだね」

顔を真っ赤にして怒りに震える兄と、いつもと変わらぬ飄々とした笑顔の沖田。
いったい何があったのかとおろおろする千鶴に、薫が凄まじい形相で詰め寄る。

「お前はこんな奴を部屋に上げ、あまつさえ二人きりになって何をしていたんだ! まさか嫁にいけない身体になんてされてないだろうな!?」

「え? え? 何? 何のこと??」

薫がこの上なく怒っているのは解るが、何を言っているのか理解できない。
そもそも何故こんな事態になっているのかも解らない。

薫は千鶴の振りをして新選組屯所に行くのではなかったか?
それに、沖田は千鶴が現れても驚く様子も見せなかったのは何故だろう。

薫の肩越しに沖田を見やると、その視線を受けて彼は声を上げて笑った。

「やだなあ、あんな冗談真に受けたんだー」

「なっ、騙したのか!!」

「別に騙したわけじゃないよ。ちょっと可愛い冗談を飛ばしてみただけだから」

何だと貴様、と沖田に飛び掛ろうとして、薫も沖田が千鶴の姿に驚いていないことに気づく。
まさかこいつ・・・!

「お前、俺が千鶴じゃないって気付いていたのか!?」

「迎えに来たら、君のそっくりさんがいるからびっくりしたよ」

激昂する薫を無視し、沖田は千鶴に笑いかける。
その様子に、どうやら彼は最初から薫が別人であると気づいていたことが察せられた。

(じゃあ何か? こいつは解っていながら、俺に茶やら菓子やら肩揉みを要求してきたってのか!?)

わなわなと震える薫に、沖田の無邪気に見えてその実悪意てんこ盛りの笑みが向けられる。

「じゃあ行こうか、千鶴ちゃん。そっちの部外者は来ないでね」

これ見よがしに千鶴の手を取り、薫に背を向ける。
沖田に手を引かれながら千鶴は後ろを振り返り、「じゃあ後でね、薫」と言い置いて慌てて後に続いた。


残された薫は行き場のない怒りを抱えたまま、沖田への憎悪を燃え上がらせる。

「沖田総司・・・、覚えてろよ・・・っ」

今日の屈辱、絶対に忘れるものか・・・!





■■■■■





「騙すようなことをしてごめんなさい、沖田さん」

屯所へと向かう道中、千鶴は沖田に深く頭を下げた。
返ってきたのは何とも楽しげな笑い声だ。

「本当、君といると飽きないなあ」

沖田は気分を害した様子もなく、むしろ状況を楽しんでいるかのようだ。

しかし今回は全面的にこちらが悪い。
沖田が笑ってくれても、この出来事が新選組の心証を悪くするのは避けられないだろう。

「別に謝らなくてもいいよ。君が言い出したことじゃないでしょ。今回のことを土方さんに報告したりもしないから安心して」

「でも・・・」

「それより、君達のことが聞きたいな。あいつは君のことを妹だと言ってたけど、本当に兄妹なの? 顔は良く似てるけど性格は全然違うね」

「あ、はい、薫とは双子の兄妹です。薫は私よりずっとしっかりしているんです。今回のことも、私を心配してくれたからで・・・」

薫が千鶴を心配する気持ち、解らないでもないかな、と沖田は思う。
素直でお人好しで、土方や山南のような性格の悪い人物に簡単に騙されてしまうであろう少女。
兄としては心配で堪らないことだろう。

(でもあいつ、可愛くないから新選組にはいらないな)

もしかすると羅刹の研究に関して役立つ情報を持っているかも知れないが、あれは素直に教えてくれるような性格ではない。
むしろこちらを引っ掻き回してくれそうだ、と自身がまさにそういう人間だからよく解る。

それに別れ際、向けられた刺すような殺気。
千鶴という存在がなければ敵に回りかねない相手だ。

(この子の存在は、どうやら新選組にとって光にも闇にもなるかも知れないな)

けれど、彼女が呼び込むであろう厄介事を、どこか楽しみにしている自分もいる。

良くも悪くも、彼女はこれから嵐の中心となっていくことだろう。

その先にいったい何が残るのか。
是非とも自分の目で見たいものだ。



〈次〉

14.7.20up

第十話です。
そりゃ薫に嫌われますよね沖田さん・・・(苦笑)。



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