異能の剣 十一





その日、屯所に訪れた千鶴が案内されたのは山南の部屋ではなかった。

見て欲しいものがある、と沖田に言われて通されたのは、なるだけ近づかないように言われていた前川邸の離れにある蔵。

こんな所に何があるのだろう。
不思議に思っていると、沖田が蔵の扉を開けて中に声を掛ける。

「山南さん、千鶴ちゃん連れて来ましたよ」

「どうぞ、入って下さい」

「・・・え? きゃあ・・・っ、むぐっ」

促されて中に足を踏み入れようとした千鶴は、眼に飛び込んできた光景に思わず悲鳴を上げそうになる。
だが、それを見越していたらしい沖田が素早く千鶴の口を塞いだ為、声は喉の奥に消えた。

「静かにね、千鶴ちゃん」

「ご、ごめんなさい・・・びっくりして・・・」

「まあ、驚くよね。こんなもの見ちゃったら・・・」

うんうんと同意しながら、沖田は呆れた視線を中に向ける。

薄暗い蔵の中は霜に覆われ、凍える程寒い。
外の寒さよりも一層厳しい冷気の中、不気味に並び立つのは氷漬け羅刹達だ。
千鶴でなくとも、こんなものをいきなり見せられれば悲鳴を上げるのも当然であろう。

「今が夏だったら涼しくて良いんだけどなあ。山南さん、よく平気でこんな色んな意味で寒い場所に居られますね」

こんな部屋の中で一人にこにこしている山南の柔和な笑顔が妙に怖い。

「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ」

「火じゃなくて氷ですけど」

てことは“氷もまた温し”? 語呂が良くないなあ。
などと暢気なことを考えつつ、沖田は千鶴の手を引いて部屋を出る。やっぱりここは寒過ぎる。

「こんな所にいたら千鶴ちゃんまで凍っちゃうよ」

外に出ても、蔵の中から漏れ出す冷気で冷えるのだが、中にいるよりはかなりましだ。

「あの、これは羅刹ですか?」

蔵から出たことで少し落ち着いたのか、千鶴が恐る恐る中を覗きながら山南に尋ねた。

「ええ、新選組でも羅刹の研究をすることが決まったので、研究材料として数人凍らせてみたんです」

「仲間に斎藤君っていう氷使いがいてね、彼がこの氷漬け羅刹を作ったんだ。氷の異能って珍しいよね。僕は一君しか知らないよ」

「・・・・・・」

千鶴の脳裏にある夜の光景が蘇る。
やはり、あの夜会ったのは斎藤一だったのだ。

(氷の異能・・・か)


「私達新選組が異能を使うことはご存知ですか? 羅刹との戦いにおいて、己が身を守るためにも必要な能力なんですよ」

人間を凌駕する戦闘能力を持つ羅刹を相手に戦うのに、いくら剣の腕が立っても生身の人間である限り新選組の方が不利だ。
剣の腕だけではどうにもならない場合に己や他者の命を守り、敵を倒すことのできる異能は非常に重宝される。

「ちなみに私の異能は“水”です。液体に関する知識なら誰にも負けない自負がありまして、変若水の研究は私の得意分野と言えるでしょう」

きらん、と光る眼鏡の奥では、生き生きと輝く瞳が嬉しげに細められている。
ああ、相当楽しんでいるんだな、と付き合いの長い沖田はもちろん、浅い千鶴にさえも山南のご機嫌振りが窺えた。

「ちなみに僕の異能は風。万能能力なんだよね」

火、雷、氷が攻撃、地の異能が守りに特化する中、風の能力はあらゆる面に優れた異能だ。
他の異能にはない様々な能力を持ち、沖田は天才的な素質を以ってその異能を使いこなしている。

千鶴が驚きの眼で沖田を見上げたのは、彼が言外に言いたい言葉を察したからだ。

変化に敏感な風は、僅かな異変も見逃さない。それが同じ属性に関するものなら尚更だ。
千鶴は以前、彼の前でほんの少しだけ異能を使った。
沖田は鋭くそれを察知していたのだ。

彼は意図の読めない笑顔を浮かべたまま、それ以上異能について言及しなかった。
しかし薫のことといい、異能といい、沖田に隠し事するのは相当難しいようだ。

只者ではない二人の男に挟まれた千鶴は今更ながら、とんでもない所に来てしまったと痛感していた。





■■■■■





「そろそろ日が暮れますね。今日はここまでにしておきましょうか」

不意に話しかけられ、顔を上げた千鶴はこちらを見ている山南と眼が合った。
室内に差し込む日の光がいつの間にか西日の色へと変わっていたことに、その時ようやく気付く。

どうやら熱中し過ぎていたようだ。
長時間同じ体勢で座っていたせいで、身体のあちこちが固まっている。

「沖田君に声を掛けて来ますから、少し待っていて下さい」

「はい」

山南が障子戸を開けて外に出ようとした、その時。


どんがらがっしゃーん!


「「・・・・・・・・・・・・」」

何の音だろう。


「新八っつあん、そっち! そっち行った!!」

「うおっ、こっちに来るんじゃねえ! ぬわああ!!」


がらがらがらがらっ


「いったい何の騒ぎですか!?」

「うわ、山崎君、危ない!」

「は? うわあ!?」


がたがたがた、ばたん!


「大丈夫か、山崎!」

「この、待てって、こいつ!」


どったんばったん、がしゃーん!



「・・・・・・あの人達は、今度はいったい何をやらかしたんでしょうかね・・・」

静かな中にも得体の知れない覇気を纏う声が山南から発せられる。
自分に向けられたものではないのに、聞いただけで何故か背筋を冷たいものが走った。


「うるせーぞ、てめえら! いったい何の騒ぎだ!」

「あ、土方さん。お、俺らのせいじゃねえって! 猫だよ猫!」

「はあ? 猫だあ?」

「突然入ってきた猫が厨で暴れてくれたお陰でこんなことになっちまったんだよ!」

「こんなことって、お前ら、食材を無駄にしてんじゃねえ!!」

「だから猫がって、うわあ、落ち着いてくれ土方さん!!」


バリバリバリ!ドーン!!、という凄まじい轟音と共に断末魔の悲鳴が響き渡った。



「ちなみに、あれが雷の異能が炸裂した音です」

「は、はあ・・・」


何だか色々と気になって山南と共に厨に向かってみると、文字通り、土方の怒りの雷を落とされて無残な姿となった永倉と平助が転がっていた。

「土方君、今夜の食事当番を黒焦げにしてしまって、夕餉はどうするのですか?」

「いや、すまん、つい・・・」

山南のにこやかな説教が始まると、土方は口答えすることもできずに項垂れる。
千鶴にとって、怒られる土方などという光景は一生に一度見られるかどうかという貴重なものだ。
だが、山南が怒るのも無理はない凄惨な状況が目の前に広がっていて、視線はそちらに向いてしまう。

滅茶苦茶に荒らされた厨に、丸焦げになった物体が二つ。
ぷすぷすと焦げた匂いを放つ黒焦げのそれは、ぴくりとも動かない。


「何この愉快な光景」

「ひゃっ」

突然誰かに後ろから抱きしめられ、頭上から聞きなれた声が落ちてきた。
声の正体が解ると強張った体から力が抜ける。

「沖田さん、あの、重いです・・・」

「面白いね、この構図。しっちゃかめっちゃかな厨に転がる焼死体二つと普通の死体一つと下手人と閻魔様って感じ」

「死んでませんからっ!」

厨の入り口付近で仰向けに倒れていた山崎が沖田の言葉に怒りながら起き上がった。
彼の顔にはしっかりと猫の足跡が付いている。
それを眼にした瞬間、沖田は「あははははははは!!」と腹を抱えて笑い転げ、山崎の怒りを一層煽っていた。


混沌とした現場は、「何だねこの惨状は!!」という井上源三郎の怒声によって正常を取り戻す。
それからは井上の指示で土方と沖田と山崎が厨の片付け、山南が永倉と平助の手当て、そして井上と千鶴が夕餉の支度をすることになったのだった。


事情を知らない隊士達には、その日の夕餉は非常に評判が良かったという・・・。



「ねえ土方さん、千鶴ちゃんが来る日はついでにご飯も作ってもらいましょうよ」

「あいつが何の為にここに来てるのか忘れてんじゃねえぞ・・・」

そう言いつつ、土方自身も千鶴の料理は好みに合っており、己の短気が招いた事態による意外な副産物に何とも複雑な心境だった。


後日、千鶴の料理にがっつり胃袋を掴まれてしまった隊士達のたっての要望により、千鶴が食事当番に組み込まれることになったのは言うまでもない。



〈次〉

14.7.30up

第十一話です。
異能についてあれこれ、な回のはずが
祝・千鶴ちゃんの手料理解禁、の回に。



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