異能の剣 十二





「それでね、土方さんが私の淹れるお茶を気に入って下さって、また頼むって仰って下さったのよ」

「ふうん」

「そういえば、この前井上さんと一緒に草餅を作っていたら平助君や永倉さんが端から食べちゃって、夕餉が食べられなくなって怒られてたって山南さんが教えて下さったの」

「へえ」

「だからこのおはぎは僕がもらうねって、昨日は差し入れのおはぎを沖田さんに食べられちゃった」

「・・・沖田・・・」

「あ、でも美味しいから近藤さんにも分けてあげるって言ってたし、きっと皆さんにも配って下さったと思うよ」

「それはない」

「昨日はね、皆さんの夕餉のお味噌汁にお豆腐を入れようとしたら、豆腐はきっちり形を揃えないと不機嫌になる人がいるぞって平助君が言ってたけど、几帳面な方なのかな」

「・・・千鶴」

「新選組の方達は江戸出身の方も多いらしくって、江戸風の味付けは喜ばれるみたい。大勢のご飯を作るのって慣れないけど、楽しい」

「あのなあ!」

バンッ、と千鶴の言葉を遮るように床に薫の拳が叩きつけられる。
きょとん、と眼を丸くする千鶴に、薫は思いの丈を込めて叫んだ。


お前は新選組に何しに行ってるんだ!?


さっきから聞いていれば茶だの草餅だのおはぎだの味噌汁だの、どう聞いてもおさんどんだ。
千鶴が新選組に通うようになって半月が経つが、そもそもの依頼はそんなことではなかったはずだ。いったい何がどうしてそうなったのか、膝詰めて問い質したい。

そんな薫の疑問をどう解釈したのか、千鶴は困惑したように眉を寄せる。

「新選組の研究は薫にだって言えないよ。絶対に口外するなってきつく言われているもの」

「飯も研究もどうでもいい。重要なのはお前に言い寄っている馬鹿がいるかいないかだ」

「新選組では私は男なんだから、そんな眼で見る人なんていないよ」

「お前は人間の男を知らな過ぎだ。あいつらは理性の欠片もない野獣だぞ」

千鶴はもちろんのこと、薫の言動もどこかずれている。
しかしそれを指摘する者のない双子の会話は、さらに混迷を深めていった。

「薫が心配するほど悪い人達じゃないんだってば。心配し過ぎだよ」

「お前は少しは他人を疑え! 特にあの沖田とかいう奴は信用するな!」

「もう、先日のことは私達が沖田さんに嘘をつこうとしたのが悪いんだから仕方ないじゃない」

「いいや、あいつは芯から捻じ曲がった性格だ。俺が言うんだから間違いない!」

「う・・・」

何故だろう。妙に説得力がある気がする。
思わず怯んだ千鶴に、薫は怒涛のように畳み掛けた。

「いいか、千鶴。人間の男なんて碌なもんじゃない! 新選組の連中も研究やらおさんどんやらでお前を散々利用しているんだろう? お前がいるのは狼の巣だ。油断していると喰われて骨までしゃぶられるぞ!」

「し、新選組の皆さんは人は食べません!」

「そっちの意味じゃない!!」

想像して涙目になった千鶴の反論に、すかさず突っ込みを叩き返す薫。

その後も二人の主張は平行線を辿り、どういう話の流れか新選組幹部達の褌の色で白熱した議論を展開した後、決着が着かないまま物別れとなった。



   下らないことで熱くなってしまった・・・っ

島原への帰り道、薫は意味の無い話題で声高に議論した己の行為を心から悔やんでいた。
危機感に乏しい千鶴に警戒心を持つよう言い聞かせるつもりが、どうしてこうなった。

(それもこれも全部新選組のせいだ!)

とにかく、このままじゃ駄目だ。早く何とかしないと。
狼の群れの中に無力な仔兎が放り込まれて、無事で済むはずがない。

(ぼんやりした妹を持つと大変だよ、まったく)

こうなったら仲間を集めて新選組屯所を襲撃でもしてやろうか。

(“あの男”に適当なこと吹き込めば喜んで殴り込んでくれそうだし)

さてどうしてくれよう、と頭の中で幾通りもの策を練りながら歩いていると、不意に足元に陰が差した。

「よう、また会ったな嬢ちゃん」

「は?」

誰だ、人の考え事の邪魔をしやがった奴は。
剣呑な眼差しを向けると、意外なほど近くに浅葱色を纏う男が立っていた。
これほど近付かれても気付けなかったとは、余程考え事に没頭していたのか、それとも相手が気配を隠すのが上手いのか。

(こいつ、こないだの新選組!?)

一際目立つ長身に、端正な顔立ちの男。
以前羅刹を殺した森で出会った、新選組の原田左之助だ。

「これは、新選組の。どこかでお会いしましたか?」

浮かべた微笑に内心を隠し、あくまで初対面を装う。
こんな小細工で誤魔化せるような相手ではないだろうが、要は付け入る隙を与えなければ良いのだ。

「お前さんには訊きたいことがあったんだが、どうやら簡単には口を割ってくれないみたいだな」

原田は勘の良い男のようだ。
薫の意図を正確に察し、困ったように笑う。

「仰っている意味が解りかねますが」

さっさと会話を打ち切って立ち去ろう。
そう決めて口を開こうとした時。

「原田?」

第三者の声が割り込んだ。

声の主であろう浪人風の若い青年がこちらに近づいてくるのが見える。どこかで会ったような気がするが、気のせいだろうか。
その後ろにはこちらもまた見覚えのある少女の姿もあった。

「龍之介か。何だ、逢引か?」

「ばっ、そんなんじゃないっての!」

「あ、南雪ちゃんや。こんな所でどうしたん?」

「こちらの方に声を掛けられまして」

島原で何度か顔を合わせたことのある舞妓。
名前は確か、小鈴と言ったか。

何はともあれ、この機に乗じて早く立ち去ることにしよう。

「それでは、私はこれで」

そう言って三人に会釈し、何か言う隙も与えずに踵を返す。
そのまま悠然と・・・とはいかず、早足でその場を遠ざかった。





■■■■■





風のような俊敏さで立ち去る少女の後姿を、三人は茫然と見送った。
何か言おうにも、口を挟む隙が無かった。

「なあ原田、さっきの女って・・・」

言いながら原田を見やった龍之介は、やけに難しい表情で少女が立ち去った方向を見つめる彼の様子に言葉を飲み込む。

「ああ悪い、ちょっとあの娘が気になってな」

「原田もかよ」

「俺もって何だ?」

「斎藤もあんたと同じようなこと言ってたんだよ」

「斎藤が?」

何だそれは。どういう情報だ?
いや、斎藤のことは後で訊くとして、今はあの娘のことが先決だ。

「龍之介、お前あの娘を知ってるのか?」

「南雪っていう舞妓だよ」

「舞妓? 島原のか?」

小鈴を見ると、不安げな顔をしながらも彼女はしっかり頷いた。

「それにしては花街言葉が身についていないようだが・・・」

舞妓なら子供の頃から島原に居たはずだ。
なのに、南雪の言葉には京訛りも花街言葉も染み付いていなかった。

「南雪ちゃんは、多分ほんの最近島原に来はったんやと思います」

「は? それで舞妓になれるのか?」

「本来なら無理どす。でも南雪ちゃんは君菊姐さんの座敷にしか出まへんし、ただお酌するだけみたいどすから」

「何だそりゃ。それじゃまるで・・・」

金持ち娘の道楽か、もしくは・・・。

(舞妓に扮して何かをしている・・・?)

初めて南雪と出会った時の衝撃的な光景が蘇る。

何故、一介の舞妓が羅刹を殺すことができるのか。
舞妓を装って、あの娘はいったい何をしているのか。
考えれば考えるほど謎が深まる女。いったい南雪の目的は何だ?

考え込む原田の傍らで、龍之介と小鈴の会話が続く。

「そういえば、前に姿を見掛けた時と表情が違ったな。舞妓の時みたいな雰囲気だったぞ」

「南雪ちゃんは仲良うしてくれる時と声を掛けても知らん振りされる時があって、そういう時は何や別人のようにも思えるんどす・・・」

「気分屋ってやつかな?」

気分屋と言って思い浮かぶのは龍之介の不倶戴天の天敵、沖田総司だ。
にやにや笑っていたかと思うと突然不機嫌になったり、扱いづらい男である。


「あの、原田はん?」

「ん? 何だ、小鈴嬢ちゃん」

おずおずとした口調ながら、意を決したように小鈴は原田と向き合った。
彼女が龍之介以外の新選組関係者に話しかけるのは珍しい。

「何があったのかは知りまへんけど、南雪ちゃんには関わらんといて下さい」

「え?」

「島原の女は皆何かしら背負っとります。けど、それは余所のお人には関係のないことどす」

毅然とした態度で、小鈴はそう言い放った。
人当たりが良いとはいえ、新選組幹部たる原田を前にしても一歩も怯むことなく。

暫し呆気に取られていた原田だが、やがて感心したように笑みを浮かべる。

「島原の女の事情を暴くような野暮はしねえよ。ただな、新選組にとって害を為す者なのかどうかは、把握しておかなきゃならねえんだ」

だが、決して島原を乱すような真似はしない、と小鈴と約束する。
その力強い言葉に、小鈴も少しだけ安堵を見せた。


「じゃあ俺は巡察の続きをしなきゃいけないから行くが、ちゃんと嬢ちゃんを送り届けてやれよ龍之介」

ぼうっと小鈴に見惚れている龍之介の肩をバシンッと叩き、悲鳴を背後に聞きながら原田は十番組に合流した。



〈次〉

14.8.20up

第十二話です。
やっと話が動き出したかな。
薫、別にギャグ要員ではないんですけど・・・。



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