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異能の剣 十三
夕暮れの茜色に染まる空の下、巡察を終えた十番組が屯所である八木邸への道を急いでいた。
ようやく任務が終わって解放される期待感と京の町を歩き続けた疲労からか、巡察中よりも足並みが不揃いなのは愛嬌だろう。
そんな部下達を率いながら、原田左之助は今日もご苦労さん、と心の中で彼らを労う。
ふと壬生寺の前に差し掛かった時、勇ましい掛け声が聞こえてきた。
境内を見やれば、木刀を手にした男達が一心に素振りをする様子が見てとれる。
彼らに激を飛ばすのは、普段寡黙な男の声だ。
「斎藤か」
道場を持たない新選組にとって、壬生寺の広い境内は格好の鍛錬の場だ。
故に、ほぼ毎日のように、こうして隊士達が剣の訓練に使っている。
見たところ、今日は三番組と六番組の合同訓練のようだ。
(斎藤と源さんなら良心的だな)
沖田の一番組、永倉の二番組に並んで厳しい鍛錬を行う三番組だが、身体で覚えろ、な二人に比べると斎藤の教え方はかなり懇切丁寧だ。
そこに井上源三郎が加われば、隊士達にとってさぞ実のある時間となるだろう。
(そうだ、斎藤にあのこと訊いておかねえと)
思い立った原田は隊士達に解散の合図を出し、境内に足を踏み入れた。
「斎藤、いいか?」
「何だ?」
一度もこちらに眼を向けなかった斎藤だが、すでに原田に気付いていたようで、呼びかけに淡々と返す。
「お前、南雪って舞妓を知ってるか?」
「? ああ」
一瞬考える素振りを見せるも、すぐに頷いてくれたことにほっとする。
「じゃあ悪いが、今から土方さんへの報告に付き合ってくれねえか?」
「何故俺まで?」
「南雪のことで土方さんに伝えたいことがあるんだよ。お前も知ってることを話してくれ」
「解った」
土方への報告と聞き、斎藤は一も二もなく了承する。
事情が解らずとも、原田の様子からも徒事ではないと察したのだろう。
そして二人は井上に向き合った。
「井上さん、後のことは任せます」
「悪い、源さん。斎藤連れて行くぜ」
「ああ、解ったよ。二人ともお疲れ様」
快く引き受けてくれた井上に後を任せ、二人は壬生寺を後にした。
土方の自室に斎藤と共に訪れた原田は、まず巡察の報告をした後南雪のことを二人に語った。
「成る程、原田が見た羅刹を殺した女ってのが島原の舞妓だったってことか」
原田の言葉を疑うわけでは無いが、流石の土方も頭から納得できないのが本心なのだろう。声に戸惑いが滲んでいる。
すると、それまで黙っていた斎藤が声を上げた。
「副長、俺も南雪については気になることがあります」
「何だ、斎藤」
「俺が以前羅刹と戦った現場で居合わせた娘と、顔立ちが非常によく似ていました」
一瞬驚きに瞠目した土方だが、すぐに険しく眇めて斎藤を睨む。
「何でそれ黙ってやがった?」
「いえ、顔は確かに似ていましたが、全くの別人です」
「どうしてそう言いきれるんだ?」
あまりにはっきり言い切ってのけた斎藤に、原田が問う。
答えは非常に簡潔かつ予想外の一言だった。
「性別が違う」
「・・・・・・は?」
「あの夜俺が出会った少年は女ですが、南雪は男です」
「「・・・はあ?」」
これには土方も原田も思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
対する斎藤はあくまで冷静に続ける。
「手を見れば解る。南雪の手は剣を扱う男の手だ。男装の娘の方も剣を使っているようだが、明らかに女の手だった」
いや、手だけではない。
触れた腕の感触、柔らかな肌、ほのかな甘い香り。すべてで女だと語っていた。
同じ顔でも南雪に対して感じたのは不信感だった。
けれど、少女のことを思い出すと不思議とあたたかな気持ちになる。
「ちょっと待ってくれ。わけがわからねえ」
「つまり男が女で女が男ってことか?」
思い出に浸る斎藤の隣で原田が、前方では土方が頭を抱えていた。
どこの馬鹿共だそんなややこしい真似しやがったのは。
まあ、こちらも一人の少女に男装させている立場なのだから、あまり他人のことを言えないが・・・。
「とにかく、その二人がそっくりだってのは血の繋がりがあるかも知れないな。そしてどちらも羅刹の出現場所にいた」
偶然とは思えない一致だ。
一人の居場所は解っているのだから、今すぐ取り調べたいところなのだが。
「島原とは厄介だな・・・」
新選組と言えど花街に捜索の手を伸ばすのは難しい。芸子達への取調べなどしたら、すぐに噂が広まって島原中から反感を買ってしまう。
そうなると今後島原で動き難くなるし、会津藩や幕府にまで不満の矛先が向かうだろう。
しかも、小鈴の言葉が事実なら南雪には強力な後ろ盾がいる。迂闊に手を出して痛い目を見るのはこちらだ。
「その舞妓の顔を知るのはお前ら二人と芹沢さん、井吹の四人だけか。山崎は江戸に向かってるから暫くこっちに戻って来ねえし、島田は千鶴の護衛の任務がある。お前達に探ってもらうしかねえな」
芹沢は一切協力してくれないだろうし、井吹は戦力的に当てにならない。
ただでさえ隊務で多忙な二人に更に余計な仕事を押し付けてしまうことになるが、仕方なさそうだ。
「最近姿を見ないと思ったら、山崎は江戸に行ってんのか」
「ああ、千鶴のことを調べさせている」
「そうか。俺はまだちゃんと話せてないが、総司が気に入ってるくらいだから良い子なんだろうな」
「話せていない?」
土方の怪訝に満ちた目が原田に向けられる。
「副長、俺はまだ会えていません」
「は?」
「千鶴嬢ちゃんはほとんど総司が独占してるからなあ」
沖田以外は島田や、運が良ければ平助が護衛に当たるが、原田は未だ一度もそれがない。
斎藤に至っては顔すら合わせていないという。
数少ない千鶴の護衛になり得る二人が未だに千鶴と接触していないなんて どうしてそうなった。
「総司は彼女を相当気に入っているのだな」
「ああ、平助もだぜ。土方さんもあの子に茶を淹れさせてるんだって?」
「な、それを誰から・・・って、総司か・・・っ」
そんな余計なことを周りに吹聴するような輩など、あの男くらいだ。
「平助によると、昨日の味噌汁を作ったのが千鶴嬢ちゃんらしいぜ」
「何? それは是非会いたい」
興味なさげな態度が一転、鋭くなった斎藤の眼の奥がきらん、と光った。
どうやら千鶴の味噌汁をいたく気に入ったようだ。
「すっかり俺達千鶴嬢ちゃんに胃袋握られちまったな」
笑い混じりの原田の言葉に、土方は疲れた顔でこめかみを押さえた。
彼女が男装してまで屯所に出入りするようになった事情を覚えている奴はいるのだろうか、などという疑問が浮かぶのは何故だろう。
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月が明るく輝く夜。
真冬の凍てつく冷気はまるで刃のようだ。
こんな夜にわざわざ羅刹と戦い、挙句に凍らせて持ち帰るなんて過酷な任務を与えられた仲間達に、今更ながら同情心を覚えてしまう。
同時に、そんな厳しい仕事から逃れられて心底良かった。
所詮人間、自分の身が一番大事だ。
だから正直、こんな寒い中を巡察以外の理由で出掛けたくなどなかったのだが、すっぽかしたら後が面倒そうだから仕方ない。
普段仲間に甘い男だが、本気で怒ると手が付けられない相手だと長い付き合いでよく知っているのだから。
「こんな所に呼び出して何なんですか?」
壬生寺の境内にひっそりと佇む男に問いかける。
ゆっくりとこちらを振り向いた彼の表情は、いつになく厳しい。
「お前、どこまで知ってやがる?」
「やだなあ、そんな怖い顔してたら島原の女の人達が怖がりますよ左之さん」
冗談めかした台詞にも、彼の表情は微塵も緩まない。
「お前は気づいていたんじゃないのか? 斎藤が以前出会った男装の異能使いの正体」
「何のことですか?」
あくまで内心を読ませない笑みを浮かべたまま、原田に歩み寄る。
「俺が以前巡察中に見た羅刹を倒した女は、“南雪”という島原の舞妓だった」
「へえ、舞妓さんって強いんですね」
「斎藤が見た異能使いと南雪は顔がそっくりだったらしい」
「面白い偶然ですね」
本心からそう答える。
舞妓のことは知らなかった。
「だが異能使いは女だが、その舞妓は男なんだそうだ」
「あっはっは、何それ面白い!」
「笑い事じゃないだろう総司!」
笑い転げていると、鋭く叱責された。
「お前が千鶴嬢ちゃんをやけに気に入っているのはこういうことか? あの子がお前と同じ風使いだからか?」
「まあ、それもありますけど」
「南雪の正体は? 二人の目的は何だ? どうして土方さんに報告しねえんだ?」
「左之さんは話したんですか? 千鶴ちゃんは異能使いだって」
沈黙がその答えだった。
原田も千鶴のことは報告していないのだ。
「南雪は疑わしいが、千鶴嬢ちゃんに関してはどうすりゃいいか解らねえんでな。今は保留ってやつだ」
「そのまま保留でいいんじゃないですか?」
「総司、そうやって悠長にしているうちに新選組に何かあったらどうするんだ?」
千鶴が会津藩の関係者であり、松本良順の庇護下にあるということは決して新選組の敵というわけではない。
しかし、南雪は違う。
千鶴とそっくり同じ顔の、舞妓に扮した少年が何の目的を持っているのか。
それを知らなければならない。
沖田は原田の問いに笑みを深め、言った。
「それを、今調べてるんですよ」
〈次〉
14.8.30up
第十三話です。
斎藤さんが千鶴ちゃんに興味を持ちました。
豆腐の切り方は合格だった模様。
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