|
異能の剣 十四
土方の要請を受けて山南の助手をするために千鶴が屯所に訪れた日。
ほんの短い時間だが原田は彼女と顔を合わせる機会を得た。
かつて屯所で行われた健康診断の時に一度会っているはずだが、間近で顔を見たのは初めてだった。
あの頃も可愛い娘だと思ったが、近くでじっくり見た少女は幼さを残しつつもとても美しい顔立ちで、思わず見惚れてしまった。
同時に、どこかで見た顔だと記憶の中に引っ掛かりを覚えた。
そして、強烈な印象を残した桜色の艶やかな着物の女と再会した時、驚きとともに理解した。
後に『南雪』という名であると知った女と雪村千鶴が、非常によく似ていることを。
ただ、顔立ちは瓜二つでも原田の目にも二人が別人であると解ったのは、仕草や表情から滲み出る二人の性格の違いからだろう。
屯所で顔を合わせた千鶴は、原田を真っ直ぐに見つめる瞳がとても無垢だった。
京の町で再会した南雪は、警戒心を巧妙に隠しつつ値踏みするような冷たい視線を向けてきた。
しかし、別人と解っていても他人の空似というには顔が似過ぎている二人の間に何らかの関係があるのではないかという疑問は消えなかった。
千鶴に関しては会津藩や松本良順という後ろ盾があるが、南雪の方は得体が知れない。
だから、南雪に会ったことがあるらしい斎藤を巻き込んで土方に報告したのだ。
南雪が男だと告げられた時は流石に驚いたものの、どこか納得する自分も居た。
羅刹とはいえ人間一人の命を奪っておきながら、まったく動じていなかった姿は歴戦の剣士のようでもあったからだ。
そして斎藤の言葉によって、千鶴に関しても疑問が生まれた。
以前斎藤が羅刹を追っていた時、出現場所に居合わせた異能を持つ男装の少女が『南雪』とよく似ていたと言うのだ。
南雪に似ているということは雪村千鶴にも似ているということ。そして性別は女。
同じ顔の少女がもう一人いるのでなければ、その異能使いは千鶴である可能性が高い。
同時に思い出されるのは、仲間の一人が発した言葉。
『あの子はちょっと面白いんで、今僕のお気に入りなんです』
他人に興味がなく、人の選り好みが激しい沖田総司が臆面なく気に入ったと断言した時に、もっとその発言の真意を深く読み取るべきだった。
斎藤が出会ったという謎の少女と、原田が見た桜色の着物の女。
羅刹と何らかの関係を持つ、正体不明の二人が示す雪村千鶴という少女の存在。
沖田は原田よりも先にこの謎に触れていたのではないか。
なのに彼は誰にもそれを報せなかった。
それどころか、己以外を千鶴に関わらせないような行動を取った。
新選組に隠し事をして、あいつはいったい何がしたいんだ。
近藤至上主義の沖田が新選組に仇を為すとは思わないが、彼はどうも騒動を巻き起こして皆が慌てる様を楽しむ悪癖がある。
今回もそんな悪ふざけのつもりなら、少々説教する必要があるだろう。
そう思い、夜中に壬生寺に沖田を呼び出して問い質した。
そして現在、沖田総司は腹を抱えて笑い転げている最中である。
「舞妓・・・舞妓やってんのあいつ・・・っ、く、あはは、どんな顔でやってるんだろ、ぷっ、くくく・・・っ」
実は男だという南雪が島原の舞妓でもある、などというややこしい事情を知った沖田はずっとこの調子で笑い続けていた。
南雪について彼は別の事情を知っているようだが、この状態では話にならない。
それにしても、何故沖田はこんなに笑うのだろう?
確かに男が舞妓に扮してるなんて笑い話にしかならないが、まだ年若く、少女のような顔立ちの南雪の女装は全く違和感がなかったのだが。
「南雪は斎藤に言われるまで俺も男だと気付かないくらい綺麗な容姿だったから、舞妓も似合うと思うがな」
「容姿は、ね。でもあいつ内心じゃ歯軋りしながらお酌してると思うな」
今度島原行って逢状出してやろうかな〜、などと呟く沖田のあまりにも楽しげな様子に、一つの疑問を抱く。
「・・・お前、南雪が嫌いなのか?」
思わず零れ出た問いに、沖田は獲物を甚振る猫のようににんまりと笑った。
・・・相当嫌っているな、と妙な確信を得る。
「で、これからお前はどうするつもりなんだ?」
沖田の笑いが収まった頃合を見て訊ねた。
未だに己の持つ情報を明かそうとしない沖田の真意を、今度こそ見落とすことのないよう視線を厳しくする。
「これまで通り変わりませんよ。千鶴ちゃんの護衛をしたり、隊務を果たしたり、土方さんで遊んだり」
最後は余計だ。
「左之さんは島原を探るの?」
「ああ、土方さんの命令でな。南雪の周囲を調べてみる」
おそらく簡単なことではない。
ただでさえ島原は特殊な場所だ。
その島原でも一目置かれているらしい存在を調べるなど、下手をすれば島原だけでなく京を敵に回しかねない。
「ふうん、じゃあ左之さんは島原で芸者遊びするんだ。新八さんに恨まれるんじゃない?」
「遊びに行くわけじゃねえよ! いや、でも間違いなくぐちぐち言われるな・・・」
情景が眼に浮かぶようだ。
れっきとした任務ではあるが、原田が島原に行って芸者を呼んで酒を飲むのは事実で、傍から見ればただの遊びだ。
というか、島原はそういう場所なのだから酒や食事や女を楽しんでいない方が不審がられる。
(どうやってあいつにバレないように島原に行くか・・・)
試行錯誤するも、良い案は浮かびそうに無かった。
■■■■■
「千鶴ちゃん、本当に大丈夫?」
「うん、心配してくれてありがとう、お千ちゃん」
煌びやかな着物を纏った千鶴の髪を美しい細工の施された簪で飾りながら、お千は心配そうに何度も確認してくる。
「もう、薫の奴はいったいどこ行っちゃったのよ! 夜の南雪は自分がやる、なんて言ってたくせにっ」
「きっと何か大事な用があったんだよ。そうでなくともいつも薫にばかり負担を掛けてるし、少しくらい休んで欲しいな」
「だからって千鶴ちゃんがやることないんだよ? 今夜は南雪はお休みにしない?」
「でも、剃髪の男の人を見かけたって君菊さんに情報が来たんだよね? 父様のお顔は私か薫じゃないと解らないんだし、やっぱり私が確認した方が良いと思うの」
「それはそうなんだけど・・・」
お千の表情も口調も、何とか千鶴を思いとどまらせたい、という葛藤が窺える。
それでも千鶴の化粧を手伝う手は丁寧で、完成した艶姿にご満悦の様子で頷いた。
「確認したらすぐに戻って来てね。お座敷に長居しちゃ駄目よ? 危ないって思ったらすぐに逃げてね?」
「うん、じゃあ行ってきます」
お千に見送られて部屋を出た千鶴は、先に君菊が赴いているはずの座敷を目指して廊下をしずしずと歩く。
ともすれば駆け出してしまいたくなる焦りを封じ込め、あくまで島原の舞妓然とした淑やかな足取りを心がけながらも、やはり気は急いてしまう。
今夜島原に訪れているという剃髪の男の情報は、お千や君菊の知り合いの芸子から齎せられたものだ。
島原にはお千の一族の息の掛かった者も多い。
網道捜しにお千達の協力を得られてから、彼女は網道の特徴を広め、似た人物を眼にしたらすぐに知らせるように指示を下した。
千鶴と薫はお千達のもとに届く情報を確認するために『南雪』に扮する。
花街は様々な情報が行き交う特別な場所だ。
網道の情報以外にも、様々な情報が得られる。
それは千鶴達の“目的”のために大きな力となっていた。
今夜も有力な何かが得られれば良いのだけど。
そんなことを考えながら、心なしか急ぎ足で廊下を歩く。
そのまま曲がり角に差し掛かった時だった。
「あ・・・っ」
「おっと!」
不意に横から現れた人物とぶつかってしまった。
弾かれて体勢を崩し、よろめいた千鶴を咄嗟に伸びてきた腕が支えてくれる。
「悪い、大丈夫か?」
「あ、はい、申し訳ありませんでした」
慌てて、自分の身を支えてくれる力強い腕から離れて頭を下げようとした千鶴は、頭上で鋭く息を呑む声に思わずそちらを見上げた。
驚愕に満ちた琥珀色の眼が千鶴を捕らえる。
ぽかんと口を開けて硬直する、端正な顔立ちの男。
どこかで見たことがあるような?
首を傾げて考え込んだ千鶴は、じわじわとこみ上げてくる嫌な予感に本能で思った。
逃げなければ と。
しかし時既に遅かった。
「ち・・・づる・・・?」
千鶴を腕に抱えたまま、原田左之助は茫然と呟いた。
〈次〉
14.9.10up
第十四話です。
原田さんのターン!
|