異能の剣 十五





最初は南雪かと思った。
舞妓は男の方だという先入観があったからだ。

だが、咄嗟に抱きかかえた身体は細身ながら着物越しからでも女だと解る。
こちらを見上げてくる大きな眼は驚きに彩られ、原田を認識した後も動揺を隠せずにおろおろと落ち着きが無い。

顔はやはりよく似ているが、“男”の方ならばこんな場面でも取り乱さずにあの喰えない微笑みを浮かべて煙に巻こうとするだろう。
だとすれば、この舞妓は原田の知る南雪ではない。となると   

「本当に、千鶴なのか?」

「ち、違います! 私は南雪です・・・どすえ」

とって付けた花街言葉は不自然過ぎて苦笑を誘う。
これでは自白しているも同然だ。

「お前さん、嘘がつけねえ性格なんだな」

自分でも下手な嘘だと解っているのだろう。
青くなったり赤くなったりと、顔色が面白いほどよく変わる。

「やっぱりもう一人と関わりがあるんだな」

意図して低めた声に、ぎくりと千鶴の身体が強張る。
“もう一人”というのが誰を指すのか、彼女にも解ったようだ。
嘘がつけない性分らしい彼女はやはり隠し事が下手だ。

「とりあえず屯所に戻ってお前さん達の事情を話してもらわなきゃならねえ」

二人に繋がりがあるかも知れないという疑惑はもはや確信となった。
流石にもう土方に黙っておくわけにはいかない。

できれば善良な娘を追い詰めるような真似はしたくないが、彼女に不審な点があるなら新選組幹部として見過ごせない。
余計な情が自分や仲間達を危険に晒すことに繋がるかも知れないのだから。


「あの、逃げませんから離して下さい・・・」

がっちりと力強い腕に囚われ、逃げ道はないと悟った千鶴は力無く言う。
観念したように悄然と俯く千鶴を解放した原田は、改めて華やかな着物を纏う彼女の全身をしげしげと眺めながら感嘆の溜息を零した。

「にしてもお前、綺麗だなあ。元々別嬪さんだとは思ってたが、想像以上だぜ」

思いがけない賛辞にきょとん、と眼を丸くした千鶴だが、次の瞬間には白い頬を朱に染めていた。
初々しい反応に原田の表情も柔らかく綻ぶ。
同時に、こんな素直な娘が酔っ払い共の相手をできるのかと不安にもなる。

(何だか簡単に騙されそうで心配になるな・・・)

敵か味方かもはっきりしない相手ではあるが、男は女子供を守るものだという認識の強い原田に対して千鶴はいちいち庇護欲を刺激してくれる。敵に回られてこれほど厄介な相手はないだろう。
土方や山南のような割り切り方など、自分にはできそうもないと心の中で苦笑する。

「原田さん、お願いがあるのですが」

「ん? 聞ける範囲でなら聞いてやるぜ」

内心を覆い隠した平淡な口調で、判断は話を聞いてから下す、と言外に含ませる。
少し怯みながらも、千鶴ははっきりとした決意を秘めた眼で原田を見上げた。

「これから向かおうとしていたお座敷に剃髪の男性がいるという話を聞きました。その方が父様かどうか確かめに行きたいんです」

「ああ、お前の目的はそれだったのか」

言われれば納得のいく理由だ。
千鶴は新選組と関わる前から網道を探している。そして花街はたくさんの情報が行き交う場所で、情報収集には打って付けだ。

網道の存在はもはや生き別れた父と娘という括りでは済まされない。
あらゆる方面の勢力が彼を捜しているのなら、南雪の強力な後ろ盾というのもその一つなのだろう。
だとしたら、新選組幹部として原田が取る行動は決まっている。

「そういう事情なら仕方ねえな。ただし、俺も同行させてもらうぞ」

そう言って千鶴を促し、目的の座敷を目指した。


座敷の前まで来ると、千鶴は足を止めて原田を見上げた。
そのもの問いたげな様子に笑みを返し、壁を背に腰を下ろす。

「俺はここで待ってるから行って来な。何かあれば呼んでくれや。もし網道さんがいたら知らせてくれ」

「はい・・・」

座敷を隔てる襖に視線を移すと、千鶴は何度か深い呼吸を繰り返し、やがて覚悟を決めたように表情を引き締めた。
その横顔に思わず惹き込まれる。

「失礼します」

襖を開け、男達の喧噪の中に飛び込んでいく少女。
引き止めようと伸ばしてしまいそうになる腕を胸の前で組み、眼を綴じて全神経を座敷の中から漏れ聞こえる会話に集中させる。

もしもこの中に網道がいれば、千鶴と共に屯所に連れ帰らなければならない。
その際に網道や中の男達が抵抗するなら乱闘になるだろう。

(余計なことを考えてる場合じゃねえ)

己が為すべきことだけに集中しなければ。

そう自分に言い聞かせ、脳裏に焼き付く艶やかな少女の姿の残像を打ち消した。





■■■■■





島原で原田が千鶴を待っている頃、新選組屯所の一角では副長と総長の密談が行われていた。

「で、変若水のことはどこまで解ったんだ?」

ただでさえ芯から凍える冬の夜。
一層強い冷気に満たされた部屋の前で、寒さをものともせずに土方と山南は立つ。
二人の視線は闇に閉ざされた部屋の中、氷の棺に眠る者達に注がれる。

「変若水と羅刹の血の成分はよく似ていました。おそらく羅刹の血を飲んだ者は羅刹になるのでしょう」

山南の水の異能の力は液体の成分を解析できるまでに特化したものだ。
変若水は彼の豊富な知識の中にもない特殊な成分が含まれ、羅刹の血にもその反応があることも解った。
変若水と比べれば羅刹の血の方は劣化しているとはいえ、普通の人間の血液はもちろん他のどんな動物も持たないそれが何なのか、未だに解明できない山南は強く興味をそそられていた。

「鼠に変若水や羅刹の血を与えたところ、毛が真っ白に染まり、眼が赤くなって一瞬凶暴化した後、灰となって消えました。与える量を減らしたり、薄めてもすべて同じ反応です」

身体の小さな鼠ではそこまでが限界だった。
変若水でも羅刹の血でも羅刹化することは解っても、鼠の反応はどれも同じ。飲んだ直後に凶暴化し、すぐに灰となる。
もっと大きな動物でなければ詳細な変化は計測できないだろう。

「まさか人間で試すわけにはいきませんしね」

「当たり前だ」

心底残念そうな山南にすかさず土方が厳しく返す。

「「・・・・・・・・・」」

何故か漂う沈黙。
眉間に深い皺を刻み、土方は言い含めるように言った。

「言っとくが、飲むなよ?」

「・・・・・・もちろんですよ」

その間は何だ。

研究のためには自分の身体で試すことも厭わないであろう山南には多少の不安を覚えてしまうが、欲求に負けるような男ではないという信頼が彼に研究をやめさせるまでには至らない。
新選組で変若水の研究を任せられるのが山南しかいないというのも理由だろうが。

(まあ、千鶴がいりゃ大丈夫か)

どうもあの娘に対しては皆つい甘くなる傾向にあるらしい。
情に流されない山南ですら、常に共に在ることで何かしらの感情を覚えているように見える。
彼女の前でなら迂闊な行動を起こすこともないだろう。


「ところで、網道氏の資料によると羅刹は太陽の光が弱点ということですが、羅刹が昼間どうしているのか知りえません。一人くらい生け捕りにして欲しいものですね」

「氷漬けにして持ち帰るのにも苦労してたのに、更なる難題突きつける気か」

流石の土方も幹部達にその要求を伝えるのは気が引ける。
それにそんなものが生きて屯所に居たら気が休まらない。

「奉行所から極刑が決まっている罪人を譲ってもらって実験台にするというのは?」

「あんた、人でなしか?」

いくら罪人でも、せめて人として死なせてやれよ。

そう続けようとした時だった。


「新選組が紛い物を作り出そうとしているというのは真実のようだな」


「何者だ!」

瞬時に二人は腰の刀を抜き放つ。

周りを見ても人の姿は無いが、声が聞こえたのは上からだ。
屋根を見上げれば、月を背に立つ人影を見つけた。

「人間というのはどこまでも愚かだ」

嘲りを含んだ低い声が影から発せられる。
聞き覚えのない男の声。
土方や山南から殺気を向けられても、余裕に満ちた態度を崩さない。

「新選組屯所に忍び込むたあ良い度胸してんじゃねえか」

「さっさと姿を見せてはいかがです?」

氷よりも尚冷たく冴えた山南の言葉の直後、人影の頭上に突如何かが現れた。
それが水の塊だというのは、降り注いだ水音によって判明する。
しかし人影は水が落ちてくる一瞬前に屋根から飛び降りた為、濡れることはなかった。

だが飛び降りたことで土方達との距離は縮まった。

月明かりに照らされた男の顔にはやはり見覚えがない。
土方や山南を前にして不遜に笑んでいられるのは、己の腕に余程の自信があるということか。

「誰だてめえは。俺が新選組副長、土方と知って喧嘩売りに来やがったのか?」

「弱い犬の集団にわざわざ喧嘩を売る必要があるのか?」

「何だと」

「だが、その無駄な自尊心を叩き折ってやるのも一興か」

すらりと引き抜かれた刀の鋭い刃が月光に照らされる。
紅い眼に残忍な光が宿り、端正な顔立ちに酷薄な笑みが浮かぶ。


「我が名は風間千景。己が分も弁えず、紛い物を作り出す愚か者共よ。己の愚行を地獄で悔いるがいい」



〈次〉

14.9.20up

第十五話です。
風間さん登場♪



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