異能の剣 十六





斎藤の自室は私物らしきものが見当たらない。
自身の部屋も似たようなものだが、少なくとも斎藤よりは生活感があると沖田総司は思う。

とはいえ、ごちゃごちゃと散らかった永倉や平助の部屋よりは落ち着いて飲める、と持ち込んだ酒を部屋の主である斎藤と酌み交わす。

「あの三人がいないと静かだね」

「そうだな」

屯所で朝といわず夜といわず、率先して騒ぐのは永倉、平助、原田の三人だ。
今夜は永倉と平助は夜の巡察当番、原田は二人がいないのを見計らって島原に出向いている。

「左之さん、今頃綺麗な女の人をたらしこんでるのかな」

「総司、左之が島原に赴いたのは任務だ。ただ随分と南雪が気になっていたようだが」

「一君も気になるんでしょ。あの夜の女の子に似てるから」

「本人ではない」

「でも繋がってるかも?」

面白がる沖田の挑発するような物言いは、慣れた斎藤には通用しない。
しかし彼は彼で思うところがあるのか、杯の中で揺れる酒をじっと見つめて考え込んでしまった。

「もし彼女が・・・・・・なら・・・」

斎藤が何かを言いかけた時、不意に沖田の目線が動いた。
時が止まったように室内に静寂が下りる。

「今、土方さんの声がした?」

「ああ」

脇に置いていた刀に手を伸ばす。
直後、どこかで降り注ぐ水音が聞こえたと同時に二人は駆け出していた。



ただならぬ気配は、最近山南のお気に入りの場所と化した離れの蔵から感じる。

京に来てからというもの、新選組は羅刹との戦闘を何度も経験してきた。理性を持たない狂気の殺意には慣れたとすら言える。
それでも、これほどまでに威圧的なまでの殺気は初めてだ。

前川邸に入ると、鋭い剣乾の音が聞こえてきた。
月明かりだけが照らす闇の中、刀を打ち合う数人の男達の影が動く。

「土方さん、山南さん!」

駆けつけた二人は素早く刀を鞘から抜き放ち、土方達と剣を交える影に斬り掛かる。

刹那、男の周囲を無数の光が弾けた。

「くっ!」

バチバチと音を立てて弾ける光が触れた箇所に鋭い痛みが奔る。

「ちっ、雷か!」

痛みと痺れが全身を駆け巡り、崩れてしまいそうになる脚を気力で支える。
雷の渦の中心に立つ男は笑みすら浮かべ、苦痛に顔を歪める四人の姿を眺めていた。

「あいつ、無数の雷の中でも平然としてやがる・・・」

「どうやら、かなりの使い手のようですね」

雷の異能は最も扱いが難しい異能として有名だ。
破壊力は他の異能と比べても群を抜いて高いものの、時として扱う者に対しても牙を向く両刃の力だ。
もちろん他の異能も制御を誤れば己に降り掛かることがあるが、雷の扱い難さはそれらの比ではない。
自分の作り出した雷に打ち抜かれて命を落とした者も少なくない程だ。

威力が強ければ強いほど異能者自身も命が危うくなる力。
他の異能のように力を磨くことが自殺行為になり得る雷の力を、これほど自在に操れる者など滅多にいないだろう。

沖田や斎藤も、そんな無謀な人物は土方以外知らなかった。
しかし一年ほど前に芹沢を知り、そして今新たに三人目が現れたのだ。


とにかくこのままでは縦横無尽に奔る雷に邪魔されて身動きが取れない。
地の能力を持つ者がいない今、防御壁を作れるのはたった一人だ。

痛みを堪え、斎藤は精神を集中させて仲間達の周囲に氷の壁を作り出す。

「ほう、氷使いとはな。人間でその能力を得た者は初めて見る」

「何?」

男の言い回しが気になった。
まるで自分が“人間ではない”と言っているように聞こえる。

不意に、前川邸側の障子戸が音を立てて開いた。

「何の騒ぎだよ? うわ、痛え! 何だこれ!?」

突然響き渡った声に男の注意が逸れ、風を纏った沖田が目にも留まらぬ速さで男に斬り掛かる。
凄まじい速さの剣を、しかし男は確実に避け、あるいは刀で受け止めた。

だが沖田の勢いに圧されて男は後退し、建物の方へと追い詰められていく。
背が柱にぶつかると、沖田の三段突きが繰り出された。

「何!?」

刀の切っ先が男を捕らえたと思った瞬間、男は沖田の目の前から消えていた。

「総司、上だ!」

斎藤の声と同時に、土方の雷が上空に跳んだ男を襲う。

「く・・・っ」

まともに雷を受け、男の顔が初めて苦痛に歪んだ。
着地しても膝を着かなかったのは流石というところか。

「君は邪魔だから引っ込んでなよ」

そう言って沖田は痛みに蹲る井吹を風の力で部屋の奥に吹き飛ばす。
「うぅわあぁぁ!」と悲鳴を上げながら、芹沢に言われて様子を見に来たであろう井吹は転がりながら消えていった。
そのすぐ後には「うるさいぞ犬!」という怒声が前川邸に雷鳴の如く轟いた。

「風間、といったか? てめえは何しにここに来た?」

土方に刀を突きつけられても、風間と呼ばれた男はただ不敵に笑う。
彼を取り巻く気の流れにすぐさま気付いたのは沖田だ。

「土方さん!」

珍しく鋭さを含んだ沖田の声に、弾かれるように土方は風間と距離を取る。

凄まじく巨大な雷光が空を裂き、蔵を直撃した。
轟音と共に雷が貫いた蔵は瞬時に火に包まれる。

山南が水を召還して消火を試みるが、炎の勢いはとどまる気配も見せない。

(何故?)

大量の水を掛けられてもものともしない火など、あまりにも不自然だ。
まるで誰かが操っているかのような。

蔵を包み込んだ炎は中のものをすべて焼き尽くし、ようやく消えた。

「・・・やってくれましたね」

穏やかな微笑を浮かべているが、山南が内心で怒り狂っているであろうことは付き合いの長い土方達にはよく解る。
土方や沖田、斎藤という百戦錬磨の剣客ですら声を掛けるのを躊躇うほどの怒気。

一言で言うなら、   恐い。


ざわざわといくつもの人の気配がこちらに来る。
隊士達が異変に気付いて集まって来ているようだ。

「弱い犬ほど群れるのを好む」

「じゃあこんな狭い所じゃなくて広い場所に移動しない?」

局地的な風の渦が沖田と風間の周りを吹き荒れ、二人は空に舞い上がった。

「おい総司!」

土方や斎藤が止めようとするが、そのまま二人はどこかへ飛んでいってしまった。

「あの馬鹿が!」

二人の消えた方向へと駆け出す土方を追い、斎藤もまた走った。


移動した先は壬生寺の境内。
土方達が駆けつける頃には、すでに二人は斬り合いの真っ最中だ。

剣の技術は沖田の方が上のように見えるが、風間の実力は底知れないものを感じさせる。
あれだけの異能を使い、土方や山南とも剣を交えているというのに息一つ上がっていない。


土方と斎藤が参戦するも、風間に決定的な打撃を与えられぬまま、時間が過ぎていった。





■■■■■





夜空に浮かぶ冴え冴えとした月の光が地表に降り注ぐ。
提灯の頼りない明かりで足元を照らしながら、原田はいつもよりもゆったりとした歩調で夜道を歩いていた。

「寒くないか?」

隣を歩く、自分の肩にも届かない小柄な人物に優しく問う。

「はい、大丈夫です」

白い息を吐きながら、千鶴はしっかりとした口調で答えた。
表情が暗いのは、これから向かう先で待ち受けているであろう災難に不安を感じているのか、それとも今夜の出来事に落胆しているからか。

「親父さん、見つからなくて残念だったな」

座敷に剃髪の男が居ると報せを受けて、千鶴は“南雪”という舞妓として酔っ払い達の中に飛び込んだ。
しかし千鶴が座敷に入った頃にはもう剃髪の男の姿はなく、その場にいた男達からも情報が得られなかった。
結局そこに居たのが網道かどうかも解らないままだ。

「きっと会える。あまり気を落とすなよ」

優しく頭を撫でると、少しだけ千鶴の表情が和らいだ。

こんな素直な反応を見せられると、屯所に連れて行くのが申し訳なく思ってしまう。
土方や山南の容赦ない尋問や、沖田の猫が鼠を甚振るような嫌がらせに晒されて、怖い思いをさせてしまうのは想像に難くない。
傍にいて出来るだけ盾になってやるか、と内心でこっそり決意する程には、彼女を気に入っているのを自覚する。

「原田さん、あれ何でしょう?」

「ん?」

千鶴が不思議そうな顔で指差す方角に視線をやった原田は、訝しげに眉を寄せた。

「何だ? 屯所の方から煙が上がってる?」

夜空に上がる黒煙を視認し、原田は千鶴の腕を掴むや彼女にも付いて来れるであろう速度で走り出した。



「山南さん、こりゃいったい何があったんだ?」

前川邸がやたら騒がしいと、八木邸ではなくこちらに来てみたのだが、原田は己の判断を後悔していた。

焼け焦げているのは蔵だ。
そこに何があったのかを思うと、傍で立ち尽くす山南の顔を見るのが恐ろしい。

「何ということでしょうかね、まったく。悪夢を見ているようですよ・・・ふふ・・・ふふふ・・・」

「千鶴、今は駄目だ。早く逃げ・・・じゃない、土方さん達を捜そう」

早くこの場を離れなければ。
その一心で、千鶴を促して八木邸に足を向けようとした原田は、慌しく走ってくるいくつもの足音に気づいた。

「おい、火事か!?」

ぞろぞろと浅葱色の集団が駆けつけてくる。
声を上げたのは、夜の巡察当番である組の一つ、八番組を率いる藤堂平助だ。
どうやら原田と同様、屯所から上がる煙に気づいて、ここまで走ってきたようだ。

(あ、まずい・・・)

この現状、永倉と平助にはできれば見せたくない。
そうは思うが時既に遅く、平助が鋭く息を呑む音が耳に届く。

燃えたのが何か、彼にも解ったのだろう。
そして知りたくもない真実を理解する。

真冬の夜、永倉と平助と斎藤が苦労して持ち帰ったものが消し炭と化したことを。

「蔵・・・蔵が・・・羅刹が・・・」

茫然と立ち尽くす平助に、いったい何と声を掛けてやれば良いのだろう。
慰めの言葉もない原田は、平助の肩をぽんぽんと叩くしかなかった。


「おい、原田、平助」

名を呼ばれて振り返った先に立つ人物の姿に、思わず眼を丸くする。

「龍之介、どうしたんだ傷だらけで」

「芹沢さんに殴られて沖田に吹き飛ばされただけだから気にすんな。それより、あいつらどこ行ったんだ?」

「あいつら?」

「土方さんと沖田と斎藤だよ。怪しい奴と戦ってた気がするんだけど」

「怪しい奴?」

何のことだ、と井吹を問い詰めようとした原田は、傍らに立つ千鶴に袖を引かれて視線をそちらに向けた。

「あの、向こうから」

「誰か戦ってるぞ」

千鶴の言葉を引き継ぐように、平助が言った。

風使いである二人の言葉に疑う余地はなく、三人は壬生寺に向かって駆け出した。



〈次〉

14.9.30up

第十六話です。
風間さん大暴れ。平助君、ご愁傷様。
沖田さん達は別に山南さんが怖くて移動したわけではありません。ええ決して。



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