異能の剣 十七





何がどうしてそうなった!?

屯所から壬生寺までの道を駆けながら、平助は先刻の衝撃的過ぎる光景を思い出していた。

斎藤と永倉と共に芯から凍りつくような寒さに耐えながら屯所に持ち帰った氷漬け羅刹。
京の町を夜な夜な血を求めて狂う姿を捜し求め、命の危険に晒されながら戦い、山南からの指示でなるだけ酷い外傷を負わすことなく氷の棺に閉じ込めた苦労の結晶が、帰ってみたら何故か炭と化していた。

いったいどこの命知らずだ。こんなふざけたことしてくれたのは。
いや、それよりも問題なのは・・・。

「まさか山南さん、また俺達に寒中我慢大会させたりしないよな・・・」

「覚悟はしてた方がいいぞ」

わざとらしい気休めなど、原田は口にしない。
そこが彼の長所でもあるのだが、今は優しい嘘が欲しかった。
またあの苦労を味わうのかと思うと気が滅入る。
素早さが持ち味の平助が鉄砲玉のように飛んで行かずに原田や千鶴と並走していることから、彼の落ち込みようが解るだろう。

「ていうか左之さん、何でこんな時間に千鶴と一緒にいるんだよ?」

「まあ、色々あってな」

色々って何だよ、と平助が問い質す間もなく、三人は壬生寺に辿り着いた。

境内の奥から刀のぶつかり合う音が聞こえる。
誰かが戦ってるのは間違いなさそうだ。

更に近づいてみて、土方、沖田、斎藤と斬り結んでいるのがたった一人だと解った時、平助と原田は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

「まさかあの三人を相手にして渡り合える奴がいるとはな」

「信じらんねえ・・・」

眼を疑う光景だ。
土方達の強さはよく知っている。
その彼等を同時に相手にして、一歩も引いていないどころか余裕すら感じられる男はいったい何者だろう。

羅刹ではない。紅玉の眼に一瞬疑ったが、髪は白というよりも異人のような淡い色で、血に狂った様子も無い。
ただ、いったいいつから戦っているのか解らないが、疲れが見える土方達に対して男は汗一つかいていないことから、羅刹と同じかそれ以上に厄介な敵であることは確かだ。

「只者じゃねえな、あいつ」

平助の声が緊張を孕む。
表情からいつもの人懐っこさが消え、刀を抜く手に迷いは無い。

「あ、あの・・・」

「千鶴はそこにいろよ! 土方さん、助太刀するぜ!」

「平助君、待っ・・・」

戦闘の中に飛び込んでいく平助に伸ばそうとした千鶴の手を、原田の手が掴んで止めた。

「千鶴は危ねえから近づくな」

「いえ、ですから、あの・・・」

「状況はよく解らねえが、とにかくあの野郎をどうにかしないとな!」

「原田さん、話を・・・」

身の丈よりも長い槍を構え、原田は千鶴をその場に残して駆け出す。
千鶴が何か言いたげなのは気付いていたが、今は目の前の敵が優先だ。

前方では、風の力を纏って凄まじい速度で駆ける平助が男に斬り掛かろうとしているところだ。

「うわ!」

バチバチと光が弾け、平助の動きが止まった。
男を中心に強烈な雷の力が渦巻いているのが見て取れる。
土方達も迂闊に近づけず、男から距離を取った。

「くそ、またこれか!」

土方が悔しげに吐き捨て、斎藤が氷の防壁を仲間達の周囲に作り出す。

それにしても無茶苦茶な力の使い方だ。
他の異能ならまだしも、炎や雷のような攻撃に特化した力の場合、己の周囲に張り巡らせたりしては自分の身まで危うくしてしまう。
なのに男はそんな危険性などまったく考えていないのか、まるで手足のように自在に雷を操っている。

「弱い犬が次から次へと湧いて出る」

「言ってくれるじゃねえか」

「蔵を壊したのはお前か!?」

「紛い物を作り出すような愚か者共を野放しにはできぬ」

「何わけのわかんねえこと言ってんだ!?」

苦労を無駄にされた平助の怒りは深い。
だがそれ以上に、男から冷たい怒りを感じた。

「人間の愚かさには呆れる。己が分も弁えず、過ぎた力を求める姿は醜いの一言に尽きる」

一際大きな稲妻が奔り、氷の防壁が破壊された。
沖田の放った鎌鼬も、斎藤の繰り出す氷の刃も、原田の火炎も、何故か男に届く前に霧散して消える。

「己の愚かさを恥じて死ね」

「待って下さい、風間さん!」

突如響き渡った少女の声。
いつの間に近くまで来ていたのか、千鶴が風間と呼ぶ男の目の前に立ち塞がっていた。

「千鶴、何やってんだ! 危ねえだろ!」

原田が声を荒げて叱るが、千鶴は動かない。
そして風間も千鶴に手を掛けようとはせず、むしろ雷の力を収めた上に彼女を自分の背後に隠すように押しやろうとする。

「お前は下がっていろ、千鶴」

「知ってる奴なのか?」

「風間さんは」

二人のやり取りに疑問を口にした平助に頷きを返し、何か言いかけた千鶴を風間の声が遮る。

「我が同胞を騙し、研究に利用しているというのも事実か。益々許せん」

「同胞?」

「風間さん、違います! 話を聞いて下さい」

必死に懇願する千鶴に目もくれず、土方達の方へ一歩ずつ足を進める風間の周囲を小さな雷の光がいくつも弾ける。
襲い来るであろう巨大な落雷に備え、斎藤の氷の防壁が強度を増して仲間達を囲んだ。
そして千鶴を巻き込まないよう攻撃するにはどうすれば良いのか、異能を発動させる準備を整えながらそれぞれ模索する。

一触即発。
力と力がぶつかり合おうとした、その瞬間。


「だ、だから・・・っ、
少しは私の話を聞いて下さい!!!


「「「「「「なっ!?」」」」」」

ゴオオオッと突如吹き荒れた嵐が全員の視界を奪う。
眼を開けていられない程の暴風に煽られて身体がよろめき、倒れそうになった時、足が地面に縫い止められたかのように動かないことに気付いた。

風が治まって視界が拓けると、彼らは己の身に何が起きたのかを知る。
土方達はもちろん風間すら例外なく、両足が凍り付いているという事実を。

「こ、氷の異能か!?」

全員の視線が斎藤に集まるも、彼自身の足も凍りつき、驚愕の表情で固まっている。
それではこの力は誰のものだ?

「きゃああ! ごめんなさい!!」

真っ青な顔で悲鳴を上げる千鶴。
その背後に不意に影が差し、足が動かないながらも土方達は刀を構えた。

「千鶴、後ろに」

「よくやったね、千鶴」

平助の言葉が言い終わるより前に、千鶴の背後から声がした。
その声に振り向いた千鶴は、驚きに目を丸くしている。

「薫?」

「甘ちゃんのお前がここにいる全員を凍りつかせるなんて、やるじゃないか。見直したよ」

千鶴の隣に並び立ったのは、彼女とまったく同じ顔を持つ人物だった。





■■■■■





静寂の戻った壬生寺。
先程までの空気を震わすような殺気はもうないが、新選組と謎の男との間には未だ緊張感が漂っていた。

「で、てめえらはいったい何者だ」

口火を切ったのは土方だ。
猜疑心に満ちた視線が風間、薫、千鶴へと向けられる。

「この国に蔓延る紛い物を屠る者だ」

「紛い物ってのは羅刹のことか?」

「人間共はそう呼ぶ。だがあれは、人間にも鬼にも為り損なった紛い物に過ぎん」

「鬼?」

「我らのことだ」

土方達の視線は千鶴に向けられる。
居た堪れない様子で彼女は頷いた。

千鶴の表情は暗い。
先程、信じられないほどの異能を発揮した彼女だが、その後は自分の仕出かしたことにすっかり落ち込んでしまったようだ。

「千鶴、お前の異能は何だ? あの嵐も氷もお前がしたことか?」

自分達の目で見たことに、未だ信じられない思いだった。

異能使いには属性があり、使える力の種類は一つだけ。
中には水の力を氷に進化させた斎藤のような者もいるが、元は水の力だ。
だから“風”である嵐と“水”の氷を一人の人間が扱えるなど、あるわけがない。そのはずだった。

「ふん、俺達“鬼”はお前ら脆弱な人間共のように属性なんか持たない。森羅万象が俺達に力を貸すんだよ」

尖った口調でそう言ったのは薫だ。
清楚な娘姿でありながら、態度も口調も生意気な少年のものだ。舞妓の少年というのは彼か。


「多異能者、か」

俄かには信じられない話だが、実際にこの眼で見たのだから信じるしかないのだろうか。
思えば前川邸で戦った時も、山南の水の力でも消えない炎が蔵を焼き尽くした。
あれが風間の力だとしたら、水を掛けても消えなかった説明が付く。

「で、何故お前は屯所を襲ったんだ?」

「貴様らが千鶴を利用して紛い物を作り出そうとしているという情報があったからだ」

「違います! 新選組はそんなことしていません」

「俺も頭から信じていたわけではない。実際新選組は紛い物を倒すために組織された集団だと聞いていたからな。だが、真偽は確かめておかねばならなかった」

だから新選組の様子を見るために、風間は屯所に忍び込んだ。
そしてそこで彼は土方と山南の会話を聞いたのだ。

「今まではどうか知らんが、少なくともこれから紛い物を作り出そうとしているようにしか聞こえなかったぞ」

「・・・あれは、山南さんの冗談だ」

多分、と土方が心の中でこっそり付け加えた一言を、付き合いの長い幹部達は聞き逃さなかった。
相当際どい話し合いだったようだ。成程、風間が誤解したのも、蔵を焼き尽くしたのも頷ける。山南が悪い。

「それでは貴様らは紛い物を作ってはいないと?」

「俺達は変若水や羅刹を研究していたんだ。日本から羅刹を消し去るには、大元を叩かなけりゃならないからな」

「では、千鶴を利用して変若水を作り出そうとしているという話も誤解か?」

「いったいどこのどいつがお前にそんなこと吹き込みやがった」

「俺だよ」

やけに堂々とした態度で薫が自己申告する。

「薫、どうしてそんな嘘をついたの!」

「どうして? そんなの決まってるだろ」

薫はそんなことも解らないのかと鼻で笑い、断固とした口調で言い放った。


俺が沖田を大っっっ嫌いだからだ!!


あいつに何したんだよ総司   っ!!


総司が嫌いなら仕方ない。

平助が叫び声を上げる中、そう納得しかけた土方と斎藤と原田だったが、その事実はそっと胸の奥に仕舞い込んだ。



〈次〉

14.10.10up

第十七話です。
そんな理由で風間さんの屯所襲撃となりました。
一応これ、斎藤さんと千鶴ちゃんの出会い編でもあるんですけど。
全然話してないので、そんな話に見えない・・・。



ブラウザのバックでお戻り下さい