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異能の剣 十八
「薫、何てこと言うの!」
「まったくだよ。そんなことで他人を利用して屯所を襲撃するなんて、君って性格悪いね」
「お前にだけは言われたくない!」
喧々囂々、千鶴が薫を嗜め、沖田が煽り、薫は沖田に食って掛かる。
千鶴と薫は言い争っていても家族のような親密さが窺え、親しい間柄であることが解る。
しかし、何故そこに当然のように沖田が参加しているのか。
というか、先程の薫の発言の真意はいったい何だ?
「総司、お前はそいつらのことを知っていたのか?」
隠し切れない苛立ちに土方の眉間に深い皺が刻まれる。
状況をすべて理解したわけではなくとも、彼らの会話を聞けば聞くほど、風間が屯所を襲撃したのは沖田と薫の仲の悪さが原因のように感じる。
それはつまり、仲が悪くなるほど彼らが互いを知っているということだ。
仲間達の困惑と土方の怒りに気付いた沖田は、一瞬「やばっ」という表情を見せるも、すぐにいつもの飄々とした笑みを浮かべてみせた。
「このお嬢さんは千鶴ちゃんのお兄さんだそうですよ♪」
「てめえ、ちょっとそこに座れ」
「石畳の上に?」
とりあえず風間達への尋問は横に置き、土方の怒りは沖田に向けられる。
風間の襲撃の原因が沖田にあり、さらに彼が新選組の知らない情報を隠していたとなれば、怒る理由としては十分に過ぎる。
その後、沖田への尋問のついでに原田も数日前から事情を知りながら黙っていたことが芋蔓式にバレてしまい、一緒に説教される羽目になった。
そうして一番組と十番組の組長二人が鬼の副長に叱られている間、三番組と八番組の組長は不審者達の見張り役を担う。
幸いにも三人は抵抗して逃げ出すわけでなく、むしろこちらでも説教が始まりそうな雰囲気だ。
「で、何でお前がこんな時間にこんな所にいるんだ?」
「確かに、お前のような娘が出歩く時間ではないな」
「う・・・、ごめんなさい・・・」
薫と風間から咎めるような視線を受け、千鶴は小さな身体をさらに小さく縮こまらせる。
「さっきは褒めたけど、お前が現れた時は驚いたんだぞ。何でここに来たのか洗いざらい吐いてもらおうか」
全部話すまで絶対に退かない、という薫の意気込みが表情にも態度にも滲み出ていた。
やり取りを見守る風間、斎藤、平助からも、千鶴に説明を求める視線が集まる。
これはもう観念して事情を話すしかなさそうだ。
「・・・南雪をやってたの」
「南雪を!? 夜は俺がやるって言っておいただろうが!!」
頭ごなしに怒鳴られ、さすがの千鶴もむっとなる。
「だって薫いなかったじゃない。でもお千ちゃんの所に父様らしい人の情報が入って来たから、確かめるために私が行くしかなかったのよ」
「・・・っ、よりによってこんな日に・・・っ」
「それでお座敷に向かう途中で原田さんに見つかってしまって・・・」
「〜〜〜っ!」
悪いことが重なった結果、こうなってしまったわけだ。
事情を知ってしまうと、薫にはこれ以上千鶴を怒ることができなかった。
そもそも今夜自分が不在だったが為に千鶴が夜の南雪をやらざるを得なかったのだ。そのせいで原田に見つかり、屯所に連れてこられたとなると、どう考えても悪いのは沖田への恨みを優先させた自分だ。
撃沈する薫を尻目に、風間が口を開いた。
「それで、網道とは会えたのか?」
「いいえ、私がお座敷に入った時にはそれらしい方はいませんでした。君菊さんも見なかったようで、結局父様だったのかどうかも解りません」
「風間、お前も雪村網道氏を捜しているのか?」
いつの間にか説教をやめた土方が問う。
千鶴が話し始めた時点で、彼らの注意もこちらに向いていたようだ。
「網道がどういうつもりで消息を絶ったのか。人間共に脅されたか、己の意思で姿を消したのか。事情によって奴の処遇が変わる」
「処遇?」
「末端といえど網道も我らが同胞だ。もし網道が鬼の道を外れた行いに手を染めているならば、放っておくわけにはいかない」
“蘭方医”の網道が幕府から変若水の研究を任されるのは仕方ない。
人間にとっての脅威である存在を倒す術を探そうとするのは当然のことで、医者として人間達の中で生きる網道が協力するのを咎める気は無い。
だが、その変若水を私情で利用するなら話は別だ。それは鬼の道にも人の道にも外れた行為なのだから。
現在、姿を消した網道が何をしているのか、誰も知らない。
知らないからこそ、一刻も早く真相を知らなければならない。
網道が行方不明になったという報せを受けた千鶴は、松本良順を頼って京に来た。
そこで彼女が松本以外に頼ったのが、京を統べる鬼の一族だった。
網道のやっていることを考えると、その判断は当然のことだ。
そして京の鬼から風間達にも要請があったのだという。
「つまりお前は千鶴の協力者ってことか」
「その通りだ」
「じゃあ俺達とも手を組むのか?」
訊ねたのは平助だ。
しかし風間はその問いを鼻で笑った。
「有り得んな」
「は? 別に敵対する理由はないんだろ?」
薫の嘘によって生じた誤解は解け、目的も同じだというなら互いに協力した方が手っ取り早いはずだ。
なのに、風間はそんな考えを頭から否定する。
「鬼である我らが人間と関わることはない。千鶴が蘭方医の娘として貴様らに協力するのは良いが、鬼の力を利用するのは許さぬ」
よく覚えておけ、と念を押す風間の声音に殺気が滲む。
しかし土方達は微塵も怯まず、むしろ全員が表情を不快げに歪めた。
事実、風間の忠告は新選組にとって侮辱以外の何ものでもない。
新選組が彼女に求めたのは変若水の情報提供と、それを研究していた網道の捜索への協力だ。
彼女が鬼であることも、多異能者であることも、つい先程知ったばかりだというのに、まるで自分達が彼女のその力を当てにしているかのような言われ方だ。
「元より千鶴の力を利用する気はねえ」
吐き捨てる土方に、風間は猜疑心に満ちた眼差しを向けた。
「言葉では何とでも言える。鬼の力は強大だ。欲深い人間にそれが知られれば我らを利用しようとするだろう。故に、鬼は人との関わりを捨てた」
端から人間を疑う物言いは気に障るが、ここまで不信感を抱くほどの鬼側の事情も察せられる。
確かに、彼らの力は欲を抱く者にとってはあまりにも魅力的だろう。
自分達は違うと断言するには、新選組の中にも不穏分子がまったくないと言い切れない。
言葉に詰まる新選組にはもう興味は失せたとばかりに、風間は千鶴と向き合った。
「お前もだ、千鶴。少しでも危険を感じれば先程のように迷わず力を使え。人間共が多少死んでも構わん」
「その通りだね。お前は掟を真面目に捉え過ぎてるから、手遅れになるまで我慢しそうで心配になるよ」
「掟? 何それ」
新選組の局中法度のようなものが鬼にもあるのだろうか。
「鬼の掟だ。己が身を守るため以外で人間を傷つける力を使ってはならぬ、とな」
「ちょっと待て。お前使いまくってたじゃねえか」
「自分の身を守っただけだ」
しれっと返される。
納得はし難いものの、確かに風間の異能は自分達を傷つけるものではなかった。
雷は全身に激痛を与えてくれたし、炎は蔵を燃やし尽くしてくれたが、人体への致命傷ではなかった。 非常に納得し難いが・・・。
風間はまったく気にしていないが、千鶴の方は未だに落ち込んでいる様子だ。
新選組を見る眼が罪悪感に満ちていて、怯える子供のような頼りなげな様子が何だか可愛らしい。
「あの、皆さん、さっきは本当にごめんなさい・・・」
何度目の謝罪だろう。
千鶴の能力に驚きこそすれ、誰も怒ってはいないのだが当の本人だけがいつまでも気に病んでいる。
「なあ千鶴、結局誰も怪我してねえんだから、もう気にするんじゃねえよ」
「被害といえば、全員の髪がボサボサにされたってだけだしね」
「だよな」
原田の慰めに沖田が茶化すように続き、平助が笑いながら頷く。
そして土方も苦笑交じりに口を開いた。
「だいたいお前のは明らかに俺達の動きを封じるのが目的だっただろう」
斎藤の強化した氷の防壁を一瞬で吹き飛ばすほどの嵐と、動けなくなるくらいがっちりと足に張り付いた氷には確かに驚いた。
だがそこに攻撃の意思がなかったことは、まったく傷を負わなかった自分達の状態が証明となる。
それでも千鶴は感情のままに異能を放ってしまったことで酷く落ち込んでしまった。
そんな彼女の頭を、隣に立つ薫が慰めるように撫でる。
「気にするな、千鶴。お前が攻撃したのは風間だけだ。他の奴らはたまたまそこにいて、運悪く巻き込まれた不運な通行人だよ」
鬼同士で異能をぶつけ合ったのなら別に掟に違反していない。
悪いのは風間だ。この男が自分勝手なのが悪い。
無理矢理そうこじつける薫に、風間が斜め上から反論する。
「何を言う。妻が夫を助けようと賊共を一網打尽にした。それだけのことだろう」
「妻? 夫?」
「千鶴は俺の妻だ」
「「「「「は!?」」」」」
「ち、違います!」
「そんなわけあるか!!」
「いずれそうなるのは変えようのない事実だろう」
「勝手に決めないで下さい!」
「勝手に決めるな!!」
声を揃えて否定を叫ぶ双子。
その息の合った呼吸に、性格は違えど確かにきょうだいだと納得する。
「ねえちょっと、あんた達」
何の前触れもなく割り込んできた声に、全員の視線がそちらに向いた。
いったいいつの間に現れたのか、そこには二人の女性が立っていた。
「お千ちゃん、君菊さん」
「何の用だ」
「何の用、じゃないわよ。こんな夜中に何騒いでるわけ? 可愛い千鶴ちゃんに夜更かしさせてんじゃないわよ男共!」
お千、と呼ばれた少女に叱責され、あれ程不遜な態度だった風間が反論もなく口を噤む。
男共、と一括りされたということは、千鶴以外の全員に怒っているのだろうか。
いきなり見知らぬ少女に叱られて困惑する中、いつもの調子を崩さないのは沖田だ。
「君達は何しに来たのさ」
「あら沖田さん、こんばんは。先日はどうも」
「うん、こんばんは」
「知り合いか?」
妙に親しげに挨拶を交わす二人の様子に、原田が不思議そうに沖田に問う。
「先日左之さんから千鶴ちゃん達に後ろ盾がいるらしいって話を聞いた後、井吹君をつれて島原に行って君菊さんと会って紹介してもらったのがこの千姫さんだよ」
「・・・・・・聞いてねえぞ」
「今言いました」
・・・・・・この男、殴ってもいいだろうか。
「沖田さんに千鶴ちゃんと薫のことを探られてるっていうのに、今夜薫が行方知れずになったから何かあったんじゃないかと捜してたのよ。どうして風間まで出てきて新選組と一緒にいるの? 彼らに協力してるのは千鶴ちゃんだけじゃなかったの?」
「南雲が俺を謀ったせいで少々奴等と揉め事になっただけだ」
少々か?
焼け落ちていく蔵の無残な最期と、縦横無尽に奔った雷の衝撃が脳裏に蘇る。
「まったくもう、あんた達は何か騒ぎを起こさないと気が済まないわけ? もういいわ。とにかく夜も遅いし、話は明日にしましょ。はい解散!」
何故お前が仕切る。
そう突っ込みたいのは山々だが、何故か彼女に逆らってはいけないような気がする。
「仕方ねえな」
お千の妙な迫力に、不本意ながらも土方が折れた。
しかし、お千や風間に向ける視線は鋭い。
「今夜のところはあんたに譲る。だが明日、話を聞かせてもらうぜ」
「ええ、約束するわ」
毅然と頷いたお千は風間と薫の腕をがっちりと掴み、「じゃあまた明日ね、千鶴ちゃん」と笑顔を浮かべながら風を纏う。
風が強く渦を巻いた後、風間、薫、お千、君菊の姿は消えていた。
「あの、それでは私も今日はこれで失礼します」
ぺこりと頭を下げ、千鶴が踵を返して歩き出す。
「あれ、千鶴ちゃんは歩いて帰るの?」
てっきり千姫達のように風を纏って消えると思っていたのに、千鶴は自分の足で歩くつもりのようだ。
沖田の声に振り返った千鶴は、しょぼんと悲しげな表情で頷く。
「頭を冷やしたいんです・・・」
彼女の落ち込み様は相当なもののようだ。
風間達も含めた全員に「気にするな」と言われても、彼女自身が納得できなければどうしようもない。
「女一人で夜道を歩かせられねえよ。俺が送っていく」
進み出たのは原田だ。
ここまで連れて来たのは自分なのだから、送り届けるのも己の仕事だ。
「いや、俺が行くって」
原田を押しとどめ、平助が声を上げる。
俺が行く、いやいや俺が、と原田と平助が押し問答する間、土方に向き直ったのは斎藤だ。
「俺が送ります」
まさかこの男が声を上げるとは思っていなかった原田と平助は、ぽかんと彼を見る。
「そうだな、斎藤に任せる」
「いいんじゃない」
土方と沖田は何故か納得顔だ。
副長からの許可を得られた斎藤は千鶴の方へと歩み寄る。
「斎藤一だ」
「あ、雪村千鶴です」
今更ながらの自己紹介だが、二人がまともに会話できたのはこの時が初めてである。
斎藤は迷いない足取りで、千鶴はどこか戸惑いがちに、並んで壬生寺から立ち去る二人の後姿が見えなくなるまで、他の面々は一言も喋ることなく見送った。
「びっくりしたあ。まさか一君が名乗り出るとは思わなかった」
「そう? 一君、ずっと千鶴ちゃんのこと見てたよ」
「ずっと?」
「そう、ずっと。風間との戦闘が終わった後はもう一君の視線は千鶴ちゃんにだけ釘付けだった」
「お前、それって・・・」
つまり沖田は風間との戦闘後、土方の説教中もずっと斎藤や千鶴を見ていたということにならないだろうか。
今土方の方を見るのは恐ろしい、と原田と平助は同時に思う。
心なしか、ただでさえ冷たい空気がさらに冷え込んだような気がする。
「総司、てめえにはまだまだ説教し足りねえ。ちょっと俺の部屋に来やがれ」
「えー? もうお腹いっぱいなんですけどー」
火に油を注ぐとはこのことか。
土方の怒りを煽る沖田の言動に、傍観者であるはずの二人の方が冷や冷やする。
その夜、不運にも鬼の副長の怒りを目の当たりにした隊士達は、揃って悪夢に魘されたという。
もちろん、副長の怒りが向いた人物だけはいつもと変わりなくすやすやと眠ったのは言うまでもない。
〈次〉
14.10.30up
第十八話です。
やっと、やっと斎藤さんのターンにっ!
長かったなあ〜(感涙)。
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