異能の剣 二十一





うっすらと雪化粧をした京の町。
寒さも忘れて見入ってしまいそうな光景だが、一月振りにこの地に立った山崎は美しい風景には目もくれず、新選組屯所への道を急いでいた。

もうすぐ八木邸だ。
この数ヶ月ですっかり自分の居場所と化した屯所にやっと帰れると思うと心が弾む。

『松平肥後守御預 新選組宿』
いつ見ても誇らしい気分に満たされる看板が掛けられた門をくぐれば、中庭の方から賑やかな声が聞こえてくる。
ああ、帰ってきた。
たった一月足らず離れていただけで懐かしく感じる騒がしさに、自然と笑みが零れた。

「まるで童のようだ」

「ええまったく・・・」

背後から聞こえた声につい頷きかけて、はたと止まる。
誰の声だ?
というか、簡単に背後を取られた!?

慌てて振り向いた先にいたのは見知らぬ男だった。

「・・・・・・っ」

「雪ごときで犬ころどもはああも喜ぶのか」

馬鹿にしたように鼻で笑い、男は前川邸の方に歩いていく。
そのあまりに自然な動作に言葉もなく見送ってしまった山崎は、男の姿が前川邸に消えた後、ぽつりと呟いた。

「誰だ、あれ・・・?」

自分がいない間に新しく入ってきた隊士だろうか。
それにしては雰囲気が他の隊士達と一線を画しているというか、風格が違うというか。
むしろ幹部隊士、いや局長や副長に匹敵する威厳を醸し出していた。


八木邸に入ると、真っ直ぐに副長室に向かう。
庭からは相変わらず賑やかな声が聞こえてくるが、今優先すべきは報告だ。

「副長、山崎です」

部屋の前で一呼吸置いて声を掛けると、すぐに障子戸の向こうから「入れ」と声が返った。

「帰ったか、山崎。ご苦労さん」

文机に向かっていたらしい土方は山崎が部屋に入ると手を止め、向かい合う形に座り直す。

「あ、あの、先程やたら派手な男が前川邸に入って行きましたが、新しい隊士でしょうか?」

「あー・・・」

問いに土方は苦虫を噛み潰したかのように秀麗な顔を歪めた。

「そいつは風間といって、芹沢さんの飲み友達だ」

「はあ・・・・・・はあっ!?」

思わず素っ頓狂な叫びが上がる。
尊敬する副長の前だというのに思いっきり素で叫んでしまった。
だが、それほどまでに思いもよらない答えだったのだ。

あの芹沢に“友達”? 何の冗談だ?

しかし土方の表情は至って真面目で、冗談や嘘を口にしている様子はない。

「この前ひょんなことで屯所を襲撃しやがったんだが、その後芹沢さんと意気投合したようでな。時々屯所に入り込んでは幹部隊士と暴れたり芹沢さんと楽しそうに飲んでやがるんだよ」

何だその混沌とした状況は。
自分がいない間にいったい何があったんだ。

「芹沢さんと普通に談笑できる奴なんざ初めて見たぞ。井吹なんか石みてえに固まってたしな」

「それは確かに・・・。ではなく、屯所襲撃とはどういうことでしょうか。そいつは敵ですか?」

「今のところ敵ではないが味方でもない、と言ったところだ。千鶴の味方ではあるだろうが」

「雪村君の知り合いですか?」

「・・・そうだ」

妙に歯切れが悪い。風間に対しては色々と複雑な事情があるようだ。
ただ雪村千鶴が新選組の協力者である間は風間もこちらの敵にはならないらしい。

「まあ、あいつのことは置いといて、報告を聞こうか」

「はい。雪村網道氏と娘、千鶴君の調査を」

「ああ千鶴のことはもういい。こちらでも色々解ったからな、充分だ」

「そうですか。では網道氏についてですが、概ね雪村君の言った通りでした」

江戸で仕入れてきた雪村網道に関する調査を土方に報告し、それが終わると土方からも千鶴や風間について聞かされた。
俄かに信じ難い内容だったが、土方を始めとする幹部達はそれを受け入れているようなので一応納得しておく。
それに土方は監察方でも調べておくようにと山崎に詳細を報せてくれたのだろう。

「では、俺はこれで」

一通りの報告を終え、土方に退室を告げる。

「ああ、今日はゆっくり休んでくれ。あと、庭には近づかない方がいいぞ」

「は?」

「温かくして寝ろよ」

「??」

どうも意味が解らないが、これ以上多忙な土方の時間を浪費させるわけにもいかず、釈然としないまま部屋を出る。

庭の方からは「おりゃあ!」やら「くらえ!」やら、勇ましい掛け声が聞こえてくる。
剣の稽古でもしているのかと思ったが、それにしては打ち合いの音がない。
異能での勝負は狭い場所でしないようきつく言い渡されているはずだ。

土方にはああ言われたけれど、様子を見に行くべきだろうか。
そんなことを考えながら、とりあえず冷え切った身体を温めるために熱いお茶でも淹れよう、と厨に足を向けた。


「あれえ、山崎君じゃない。久しぶり」

「沖田さん」

厨へと続く廊下の向こうからこちらに歩いて来るのは沖田総司だ。
彼を苦手とする山崎は一瞬回れ右して逃げようかと考えたが、沖田の手が持つものに目が留まると問いかけずにはいられなかった。

「あの沖田さん、その手に持っているのは・・・」

「お餅と干し芋だけど、見てわからない?」

「いえ、そうではなく・・・」

何故そんなものを持ち歩いているのかが疑問なのだ。

「ああそうだ、山崎君これ庭に持って行ってくれない? 僕厨に戻ってお餅につける醤油ときな粉を持ってくるから」

「え? あの?」

差し出された餅や干し芋を反射的に受け取ってしまった。
まずい、これでは行くしかなくなってしまう。

「庭では雪合戦してる人達がいるから気をつけてね」

「雪合戦?」

もしかして庭の騒ぎはそれか?
だが雪合戦ができるほど雪は積もっていないはずだが。

「それじゃお願いね」

山崎の困惑に気付いているのかいないのか、沖田はそれだけ言って厨に引き返す。
残された山崎は沖田の消えた廊下と腕の中の餅や干し芋を交互に見た後、心なしか重い足取りで庭に向かった。

これも(一応)上司命令なのだから従うしかない。
そう自分に言い聞かせながら。



「な、何だこれは・・・」


一面の銀世界を前に、山崎は愕然と立ち尽くす。

確かに京の町は雪に覆われていた。だがそれはあくまで“うっすら”とだ。
しかしこの庭の現状はどうだろう。
うっすらどころか、こんもりと積もった様子はまるでこの庭だけに大雪が降ったかのようだ。

その中で寒さをものともせず雪玉を投げ合う幹部達と、歓声を上げる子供達。木のそばで雪に埋もれているのは井吹のなれの果てだろうか。

「あれ、井吹君力尽きてる。相変わらず弱いね」

茫然としているうちに、いつの間にか沖田が追いついて後ろにいた。
その手には醤油ときな粉の入った器がある。

「あの、これはいったい・・・?」

「一君と千鶴ちゃんが雪降らして遊んでたんだよ。そしたらどんどん積もっちゃって、喜んだ新八さんと平助と左之さんとついでに井吹君が雪遊びを始めてね」

喜ぶ永倉と平助と笑いながら付き合う原田、そして否応無く巻き込まれる井吹の図が容易に目に浮かぶ。

「僕は一君と千鶴ちゃんと八木さんちの子供達と一緒に大きなかまくらを作って、どうせだから火鉢を持ち込んでお餅を焼こうって話になったんだ。今頃一君が火鉢を用意してくれてるよ」

視線をずらすと、やけに目を引く雪の山が見えた。
あれが沖田の言うかまくらのようだ。

沖田と共に庭に下り、かまくらに近づいてみる。

「山崎、戻ったのか」

「お帰りなさい」

中では斎藤と千鶴が敷いた茣蓙に並んで座り、持ち込んだ火鉢に火を入れていた。
遠目から見ても大きなかまくらの中は広々として、まだ何人か入れそうだ。

「お餅持ってきたよ」

沖田に後ろから押し込まれるように、かまくらの中に入る。
山崎も斎藤も大柄ではないが、男が三人入るとさすがに少し窮屈だ。
それでも詰めればあと二、三人くらい入れそうなほど広いことに感心する。


いったい自分はここで何をしているのだろうか。

少しずつ火鉢の熱で暖かくなっていくかまくらの中に座ったまま、山崎は何度目かわからない自問を繰り返していた。

火鉢の上に被せた網の上には餅や干し芋が並べられ、食べ頃になる時を子供達が今か今かと待っている。
かまくらの外ではまだ雪合戦が続いているようだ。そういえば井吹はどうなっただろう。

土方からのありがたい忠告の意味を噛み締めながら、山崎は一月振りの屯所の空気をかまくらの中で感じていた。

ちなみに良い感じに膨らんだ餅と、柔らかく焼けた干し芋はとても美味だった。





■■■■■





   新選組。

忌々しい名前を思い浮かべ、男は険しく眉を寄せた。

幕府の命を受け、羅刹から人々の命を守るために一年ほど前に上京してきた武士とも言えない集団が、こんなにも目障りな存在になるなんて思いもしなかった。

羅刹が人々の脅威の存在となっても、それを退治できる組織があることは人々の希望となり、安心となる。
それだけの力を有し、実績を持つのも事実で、彼らの勢いは留まるところを知らない。
どれほど羅刹が人を超えた身体能力を得ても、剣の腕も異能の力も備えた彼らにはほとんど通用しなかった。

「もっと強い羅刹が必要だな」

話しかけた相手は無機質な目をこちらに向け、頷いた。

「いっそ、人間よりも強い存在に変若水を与えてみるのはどうでしょう?」

「人間よりも強い存在? それは何だ?」

「この国にはそういったものがいます。私はその末端でもあります」

確かにこの男は只者ではないと思っていたが、どうやら本当に普通の人間ではないようだ。
それがいったいどういったものなのか興味を引かれる。

「我が娘に変若水を与え、その血を飲めば更に強い羅刹が作り出せるかも知れない」

にやあ、と能面のように凍りついていた表情に笑みが浮かぶ。

己の娘をまるで実験台か何かのように使おうとする男。
自分も然程情を持つ性質ではないが、彼はそれ以上に酷薄な面を持つようだ。

「それは面白そうだ。それで娘はどこにいる?」

「江戸の家で私の帰りを待っているはずです」

「江戸か」

京から江戸までは少し遠い、と苦笑しつつも困った様子はない。
別に急ぐわけでもない。楽しみは後に取っておいた方がもっと楽しい。


ところが。
江戸には彼の娘の姿は無く、彼らが娘について話していた頃にはすでに京にいたことを後に知る。
そして、その娘が“新選組”と親しくしていることも。


   ああ、本当に邪魔な存在だ。

どうすれば潰せるだろうか   



〈次〉

14.12.20up

第二十一話です。
山崎さん帰還早々振り回されてます(笑)。
今回網道さんは敵側です。映画の影響かなあ(苦笑)。



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