異能の剣 二十二





「あーもう、何で俺がこんなことを・・・」

今日も今日とて雑用を押し付けられた井吹龍之介は、毎日のように呟いている言葉を口にしつつ京の町を歩いていた。

背負った籠の重みが肩に圧し掛かってくる。
中に入っている物の量を思い浮かべると溜息しか出ない。

いつものように芹沢に酒を買って来いと命令されたのはまだ我慢できる。
醤油が切れそうだからついでに買って来てくれと井上に頼まれたのも、散々世話になっている身としては断る気も無い。
土方に墨の予備はあるかと訊かれて、買って来ると申し出たのは自分だ。

だが。

酒屋に行くなら俺達の分も買って来いとほざいた永倉と原田。
途中の甘味屋で菓子を買って来いとのたまった沖田と平助。
今日は行きつけの豆腐屋が月に一度の安売り日だ、と突っ込みどころ満載な情報を呟いた斎藤。

こいつらには有り余る文句を思いっきりぶつけてやりたい。

ぶつぶつと文句を呟きつつ、すっかり慣れた屯所への帰り道を辿る。

ふと見上げると、民家の庭先に桜の木が見えた。
まだ固いものの、日に日に蕾の数が増えていく。
春はすぐそこまで近づいているようだ。

「にしても俺、いつの間にか馴染んじまったなあ」

京に来て何度季節の変化を感じただろう。
まさか新選組の連中とこんなに長い付き合いになるとは、出会った頃は考えもしなかった。

そもそも龍之介は隊士ではない。
異能も持っていないし、剣術は幼い頃に少しだけ齧った程度のド素人。学もなければ新選組で役立てる知識も無い。
そんな自分が何故新選組に身を置く事になったのか。

当初はこんな場所、すぐにでも出て行ってやる、と意気込んでいたのに、今ではすっかり屯所での暮らしに慣れ、監察方の仕事を手伝うのも板についてきたように思う。

新選組の面々と共にいるうちに互いに情が湧き、何人かとは友と呼べる程に仲良くなれた。
当初は恩はあっても畏怖の対象でしかなかった芹沢とも、何だかんだで話ができるようになった。

母親を亡くしてからずっと一人きりだった龍之介だが、京に来てからは孤独を感じたことがない。
信頼できる人達を得て、少しずつ自分の中で何かが変わってきた。

人の温かさを知れたのも、誰かの役に立てることの喜びを感じたのも、誰かと心を通わせられるようになったのも、すべては芹沢との出会いから始まった。
認めるのは非常に癪だが、行き倒れていた自分を見つけて拾ってくれた芹沢のお陰と言えるだろう。
例え当の芹沢からは犬扱いされ、理不尽な命令をされ、鉄扇で殴られたことしかなくても。

「京に来て、もう一年が巡るのか」

様々なことがあった一年だった。
その中で最も驚いたのは、あの芹沢に飲み友達が出来たことだ。

芹沢と対等に、まともに会話できる人間がいるなんて想像もしていなかった。
その人物は芹沢に負けず劣らず倣岸不遜な男で、初対面から龍之介を野良犬呼ばわりしてくれた。
偉そうな口調で自己中心的な言動をし、他人を遥か上から見下ろす態度は腹立たしいことこの上ないが、彼に勝てる何かなど持たない龍之介はその男にとって塵芥に等しい。


そしてもう一人、新選組に関わるようになった人物がいる。

少年の格好をしていても、誰がどう見ても可憐な少女にしか見えない娘、雪村千鶴。
彼女の町娘姿も舞妓姿も知る龍之介は、突然男装して屯所に出入りするようになった千鶴に目を疑ったものだ。

彼女の立ち位置は非常に特殊なようで、常に幹部や監察方が傍に付いて護衛している。
龍之介は大した役に立たないため護衛を任されることもなく、詳しい事情も教えてもらえないが、彼女が親しい人達に様々な変化を齎したのは感じていた。

平助の態度はあからさまに変だし、沖田や原田は龍之介に対するものと比べ物にならないほど優しく接している。
斎藤は彼女の前だと表情が柔らかく、何を思ったか屯所に大雪を降らせて遊ぶという迷惑極まりない珍事を起こしてくれた。
彼女の隣で雪を降らせている斎藤はいつになく楽しげな様子で、あまりにも珍しい姿に何度もあれは本当に斎藤だろうかと自分に問いかけた。
そうして呆気に取られていたら平助や永倉の雪合戦に巻き込まれ・・・・・・これ以上は思い出したくも無い。

新選組にとって、雪村千鶴の存在はどんな意味が在るのだろう。
知りたいという気持ちはあるが、自分が詮索すべきではないことも解っている。

新選組という組織の存在意義。
それは“羅刹”と呼ばれる化け物を倒し、人々の命を守ること。
新選組が何らかの理由があって雪村千鶴を受け入れたというなら、そこには余程の事情があるに違いない。
龍之介はそれを知って良い立場には居ないのだ。



「ん? お前は・・・」

前方から歩いてきた武士が不意に龍之介の顔を見て歩みを止めた。

「?」

上から下までじろじろと自分を見回す男に困惑する。
何故この男は自分を見るのだろう。
因縁をつけて襲ってこない辺り、町で度々騒ぎを起こす浪人の類ではなさそうだが。

「何だ、生きていたのか」

「あんた、俺とどこかで会ったことがあるのか?」

龍之介には男の顔に見覚えが無い。
だが男は何もかも解ったかのような表情で口を開く。

「ふん、お前は俺の顔を知らぬか。まあそうだろうな」

武士という位を持つ者の傲慢な態度にはいい加減慣れたが、だからと言って不愉快にならないわけではない。
しかしそれ以上にこの男は得体が知れず、背筋に嫌な汗が流れた。

「それにしてもただの行き倒れを未だに飼い続けているとは、連中も酔狂なものだ」

新選組の関係者なのだろうか。
男の言い分では、龍之介が行き倒れて新選組に拾われたことを知っているかのようだ。

「あんた、いったい・・・?」

誰なんだ、と問う前に、男は興味は失せたとばかりに龍之介を素通りし、歩き去っていった。


「なんなんだよ、いったい・・・」

わけもわからず置いて行かれた龍之介は、男の後姿を見送りながら呆然と呟いた。





■■■■■





「よう龍之介、酒は買って来てくれたかー?」

広間に現れた龍之介の姿を見るや、新八が明るい声を上げた。
対する龍之介は疲れきった様子でこちらに歩いてくる。
片方の頬が真っ赤に腫れ上がっているのは、鉄扇を食らったのだろうか。

「龍之介、大丈夫か? また芹沢さんにやられたのか?」

心配そうな声で平助が問うと、「そうだよ」とぶっきらぼうな答えが返る。

「遅いぞ馬鹿犬が!って酒持って行った途端殴られた・・・」

「お前も大変だな」

「あんたらのせいでもあるだろーが!!」

そう言えば、龍之介がお遣いに出るのをいいことに皆して色々と頼んだような気がする。

「まあ細かいことは気にすんな」

人の良い笑みを浮かべた原田がそう言いながら、まあ座れよと龍之介に座を促す。
せっかくだ、今日は龍之介の愚痴を聞いてやってもいいか、といつになく優しい気分なのは、明日が千鶴の来る日だからだろうか。

そんなご機嫌な原田に、龍之介が思い立った様子で問いかけてきた。

「なあ、俺が芹沢さんに拾われたことを知ってる奴ってどれだけいるんだ?」

「?」

質問の意味が解らず、三人揃って首を傾げる。

「どういう意味だ?」

「屯所までの帰り道に行き会った侍が俺の顔と新選組にいる事情を知っているような感じだったんだよ。でも俺にはそいつに見覚えがなくてさ」

無言のまま、三人は顔を見合わせる。

「まあ、居るっちゃあ居るかもな」

江戸から上京する途中、行き倒れていた龍之介を芹沢が見つけ、連れ帰った時にその場にいた人間。
近藤を中心とした試衛館組と芹沢一派の他にも、数組の面々がいたのは事実だ。

「上京して浪士組としてここで世話になることになった俺達の他に、浪士組には入らずそれぞれの道を選んだ奴らがいる。その一人じゃねえかな」

「だけど、何でそんな奴が壬生近辺をうろついてやがるんだ?」

「さあな」

上京した浪士組に幕府が用意してくれた屯所がこの八木邸と前川邸だ。
試衛館組と芹沢派を中心に浪士組として纏まったが、それまでにいざこざはあった。

「ああ、嫌なこと思い出した・・・」

平助が頭を抱えて項垂れる。
彼の考えが解ったのか、新八も原田も苦い表情だ。

「ど、どうしたんだよ?」

一人取り残された龍之介が問うと、原田がいかにも不機嫌そうな面持ちで語り始める。

「あの日、芹沢さんがお前を拾った時に、一人の男が言った言葉を思い出したんだよ」

思い出すのも腹立たしい、あの男の言動。
意識を失っている、歳若い少年を見るや、男は言い放ったのだ。

『調度いい。この者を羅刹を誘き寄せる餌に使おう』と。

京の人々を脅かす羅刹と戦うために上京する武士集団。
これから己が異能と剣を以って命懸けの戦いに身を投じる。その覚悟はあった。
自分達の力を生かせる好機に、胸を浮き立たせていた。
京までの道のり、いざこざはあったものの皆が同じ気持ちでこの地を目指しているのだと信じていた。

だから、男がいったい何を言っているのか、すぐに理解できなかった。

『何てことを言うのですか!』

誰よりも早く激昂したのは近藤だった。

『この少年は傷だらけで倒れているのですよ? 早く手当てをして休ませるのが当然でしょう!?』

『いったい何を言っている? このような死に損ない、生かしておく意味などあるまい。それよりも逃げられぬよう足を斬って、血の匂いに引き寄せられた羅刹を倒せば我々の名を上げられる。そうは思わんか?』

『そんな非人道的な真似ができるわけねえだろうが!』

『俺達は羅刹から人々を守るために結成されたんだろう!?』

近藤のおかげで我に返った自分達も口々に異を唱えたが、男は何を熱くなっているのだと平然とした姿勢を崩さない。

いったい何なのだ、この男は。

冷静さを失い掛けた自分達を諌めたのは、芹沢の笑い声だった。

『なかなか面白いことを言う。だがこれは俺が拾った犬だ。どうするかは俺が決める』

その言葉で、事態は解決となる。
芹沢の意見は最もだと、男の方が納得したのだ。

彼は最後まで近藤達の怒りを理解しようとはしなかった。



「・・・・・・・・・」

聞かされた話に龍之介は絶句したまま固まってしまった。

まさか自分が危うく羅刹の餌にされるところだったなんて、信じたくないだろう。
自分達もあの出来事は未だに嫌な思い出でしかない。

「本当、芹沢さんがいて良かったよな、お前」

何度も鉄扇で殴られ、理不尽な命令をされているが、今彼の命があるのは紛れもなく芹沢のお陰だ。

蒼白になった顔で、龍之介は深く頷くしかなかった。



〈次〉

15.3.10up

第二十二話です。
井吹君は芹沢さんによって生かされてました。



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