異能の剣 二十三





ふと視線を感じ、沖田総司は周囲を見回した。

穏やかな陽射しのもと、子供達の楽しげな歓声が響く。
その賑やかさが人々の注意を引くのは別段不思議ではない。
こちらを見ている者はちらほらといるが、その視線は遊ぶ子供達を微笑ましげに見守るあたたかなもの。
けれど沖田の鋭い感覚が、時折異質な気配を捕らえる。

(気になるなあ)

こちらの視界を避けるように巧妙に姿を隠しているのが気に入らない。
用があるならさっさと出て来ればいいのに。

当初は一緒に遊びたいのかと思ったが、どうも違うようだ。
何しろ、その視線は子供達に向けられていないのだから。
新選組の沖田総司に用があるなら、敵意や殺気のようなものが感じられるはずで、自分がそれに気付かないわけがない。
となれば――。

(この子狙い、だよね)

ちらりと隣に立つ小柄な少女に視線を落とす。

目下沖田のお気に入りの娘――雪村千鶴は、診療所で良順の手伝いをしていたところを子供達と一緒に遊びに連れ出した。
彼女の周りでは色々なことが起きる上、彼女自身もおもしろいので傍で見ていると楽しくて飽きない。
今日もまた千鶴を中心に何かが起きるのかも知れないと、内心で少し期待もする。

千鶴も本能的に何か感じているのか、落ち着かなげにきょろきょろしている。

何故千鶴を狙うのか。
理由を考えれば色々と推測が出来るから判断がつかない。

今日は屯所に来る日ではないので、千鶴は町娘姿だ。
純朴で可愛らしい娘に惚れたなどという理由ならまだいい。
男である自分がそばにいれば相手は勝手に誤解して退散してくれるだろう。

けれど彼女には松本良順の診療所を手伝う働き者の娘という以外に、別の顔も持つ。
島原の舞妓“南雪”。
新選組屯所に出入りする少年。
そして変若水に関わる者。
そんな秘すべきものが理由なら油断できない。

(ちょっと探ってみようかな)

このままでは埒が明かないと判断するや、沖田は子供達に向かって呼び掛けた。

「皆、かくれんぼしよっか!」

「うん!」

「やるやる!」

一斉にわらわらと集まってくる無邪気な友人達。

「じゃあ最初は僕が鬼をするよ。一番最初に見つかった子にはいたずらしちゃうから頑張って隠れてね、千鶴ちゃん」

「・・・え? お、沖田さん?」

何故そこで自分の名を出すんだと言いたげな千鶴に、沖田はにっこりと笑ってやる。
すると無言の脅迫を読み取ったらしい千鶴の顔から、さーっと音が聞こえそうなほど一気に血の気が引いた。

素直過ぎる反応に吹き出しそうになると共に少し複雑になる。
いったい僕を何だと思ってるのかな、この子は。

どうせ平助や山崎辺りにあることないこと大げさに吹き込まれているのだろう、と自分の普段の振る舞いを棚に上げて、後で平助達を苛めてやろう、などと理不尽な逆恨みを募らせる。


そうして沖田が数を数え始めると、楽しそうに笑いながら逃げていく子供達に混ざって、どこか必死の表情で駆け出す千鶴の姿があったとかなかったとか。





■■■■■





「いーち、にーい、さーん」

きゃあきゃあと子供達が歓声を上げながら四方に散らばっていく中、千鶴は少しでもその場を離れなければと追い立てられるように走り出す。

“頑張って隠れてね、千鶴ちゃん”

そう言って笑った沖田の顔がやけに迫力に満ちていたのは気のせいだろうか。
彼の声が数を数える度にひしひしと恐怖が迫ってくるのは錯覚だろうか。

(私、沖田さんを怒らせるようなことしたのかな?)

おろおろと不安に慄く。
沖田を怒らせた心当たりは、ないわけではない。
以前、本意ではなかったが薫と共に彼を騙そうとしたことがあるし、咄嗟の出来事とはいえ嵐で視界を奪った上に足を凍らせてしまったこともある。
その時の沖田は怒っていない様子だったし、謝って許してもらえたのだが、後から怒りが芽生えたのかも知れない。

(ど、どうしよう・・・)

頭の中を色んな人達の声が駆け巡る。

『聞いてくれよ千鶴、総司の奴、俺が間違えてあいつの団子食っただけで本気で木刀で殴りかかって来たんだぜ!?』と叫ぶ傷だらけの平助。

『総司の野郎、ちょっと近藤さんをおちょくったくらいで鎌鼬攻撃しやがって〜っ!』と嘆くボロボロの永倉。

『井吹、何があった! その姿はどうしたんだ!?』と叫ぶ山崎と、『お・・・沖田に・・・やられ・・・た・・・』とがくりと力尽きる井吹。

『総司の野郎はどこにいやがる!!』とどこからか聞こえてきた土方の怒声。

(私、どうなっちゃうんだろう・・・?)

自分が悪かったのだから怒りは受ける覚悟だ。
けれど、沖田からどんな仕返しをされてしまうのか、考えるだけで恐ろしい。


ぐるぐると思い悩むうちに、千鶴は民家の裏手まで来ていた。
沖田の「もういいかーい」の声が随分と遠い気がする。

とりあえず、これだけ距離があればそう簡単に見つからないはずだとその場に身を潜めた。

「もういいか〜い」「まあだだよ〜」のやり取りが二度、三度と繰り返された頃、不意に足音が聞こえた。

「雪村千鶴殿かな?」

突然呼ばれた自分の名前に驚いて振り向くと、見知らぬ浪人がこちらを見ていた。

「そうですけど・・・」

正直に答えて良いものか迷いつつ頷く千鶴に、浪人は更に問う。

「雪村網道殿のご息女の?」

「父様をご存知なのですか!?」

思い掛けない質問に思わず声を上げる。
これでは自分の素性を晒したも同然なのだが、それを考慮する余裕もなかった。

浪人は僅かに慌てたように沖田がいるであろう方角を見やり、口早に言った。

「お父上が会いたがっておられる。ご同行願えるか?」

「あ、いえ、その・・・今は無理です。お世話になっている人達にも一言言っておかないと・・・」

いくら養父の名を出されたからと言って、見知らぬ男について行くほど世間知らずではない。
この男が本当のことを言っている保障もないのだから。

すると、男が焦れたように眉間に皺を寄せた。

「後でこちらが連絡致す。とにかく今すぐに・・・」

言いながら男の手が千鶴の腕を掴もうと伸ばされようとした時。

「そこに誰か居らはります?」

「っち!」

この民家の人間だろうか。
百姓が一人、浪人の背後から顔を出している。
その声に浪人は忌々しげに舌打ちし、「また後日迎えに参る」と言い置いて足早に去っていった。

何だったのだろう。
あの浪人は何がしたかったのだろう。

茫然と去っていく男を見送る千鶴に、百姓が近づいて来た。

「無事か、雪村君」

「え? 山崎さん?」

聞き覚えのある声によく百姓の顔を見てみれば、それは監察方の山崎烝だった。
山崎は気遣わしげに千鶴の様子を見て、やがて表情を和らげた。

「何もされていないな?」

「あ、はい。あの、山崎さんがどうして・・・?」

「山崎君、どうだった?」

山崎の後ろから現れたのは沖田だ。

「先程の男はどうやら雪村君が網道氏の娘であることを知っていたようです」

「男の顔に見覚えは?」

「ありません」

沖田の眼は千鶴に向けられる。

「千鶴ちゃんは? さっきの男に見覚えはある?」

「いいえ、ありません」

「ふうん。僕も見てみたかったな」

山崎にも千鶴にも見覚えがないなら自分が知っている可能性も低そうだが、不審者の顔を覚えておけば次に役立てられるのに。
相手が千鶴と接触を図りやすいよう、一度離れなければならなかったのが悔しい。
雪村網道と関係する者となれば、どの推測よりも重要案件だ。

「沖田さん、先程のことは副長に報告します。よろしいですね?」

口調が妙に刺々しいのは、これまで何度も沖田が情報を隠していたからだ。
その所為で土方が激怒し、山崎も沖田への評価が厳しくなっていた。

「お好きにどうぞ」

今回ばかりは事情が事情なだけに、沖田も隠す気はない。
「では」と山崎は沖田に一礼し、素早く走り去っていく。

その場には沖田と千鶴だけが残された。

「あの、沖田さん」

先程の出来事を問おうと見上げた先に、沖田の笑顔があった。
彼は千鶴と眼が合うと、一層笑みを深くする。

「何のいたずらしようかな♪」

「・・・・・・・・・」


――瞬時に回れ右をして脱兎の如く逃げ出す千鶴を、いったい誰が責められよう。






■■■■■





島原の一室に、男の笑い声が響く。

機嫌良く飲み交わす二人の男。
何とも楽しげな様子だが、これほど邪悪で恐怖に満ちた談笑もあるまいと、井吹龍之介は直視できない光景から必死に眼を逸らす。

眼の前には豪華な食事を載せた膳があるのに、手を付ける気になれない。
こんな情景を見ながら暢気にご飯を食べられるほど自分の神経は図太くないのだ。

「貴様は人間にしては面白い男だ」

「ふん、己を鬼と言い張るお前こそ面白いがな」

刃のように鋭い眼が細められ、凶悪な笑みを浮かべる二人の男。

風間千景と芹沢鴨。
いったい何故この二人を引き合わせたりしたんだ。
本人達は楽しそうだが、見てるこっちは怖くて仕方ねえよ!

龍之介の心からの叫びも、この部屋にいる者には通じない。
二人に酌をする芸妓達も何も感じていないのだろうか。
浮かべる優美な笑みには微塵の揺らぎもない。

(女ってわかんねえ・・・)

君菊はまだしも、南雪があれほど悠然と構えているのが意外だ。
屯所で見かける彼女はくるくると表情が変わっていたのに。

“南雪”が二人いることなど知らない龍之介は、ひたすら屯所と島原での彼女の違いに驚いていた。


「失礼」

不意に部屋の外から男の声がした。

「何だ?」

襖が開き、一人の男が現れる。

(げ! あいつ・・・っ!)

「ほう、珍しい顔だな」

「久方振りだ、芹沢殿」

戦く龍之介をよそに、芹沢と男は和やかに言葉を交わす。

「どこかで聞いた声がすると思って挨拶に伺った。まさかあの死に損ないを生かしていたとは驚いた」

虫けらを見るような視線を寄越したのは、以前屯所に帰る道ですれ違った男だ。

あの時の記憶と共に、その後で平助達から聞かされた話を思い出し、龍之介は顔を強張らせる。
男が彼らの言っていた人物である証拠はないが、可能性がある以上警戒してしまうのは当然といえる。

「それにしてもさすが芹沢殿、こんな美しい女達を侍らせるとは・・・」

そう言った男の視線が南雪に留まると、ふてぶてしい顔に驚きが浮かんだ。

(何だ?)

ほんの短い間の表情の変化だったが、明らかに男は南雪を見て何かを感じている。

いつかの斎藤のように、彼の視線はしばらく彼女から外れることはなかった。



〈次〉

15.3.20up

第二十三話です。
沖田さんと千鶴ちゃんがどうなったのかは謎のまま・・・。



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