異能の剣 二十四





(今夜は新月か)

月明かりのない漆黒の空は星の光すらも飲み込んで、地上を闇で包み込む。
提灯の火もたいした役に立たない暗闇の中、周囲を探るには己の勘だけが頼りだ。

(新八の奴は今頃嬉々として巡察してるんだろうなあ)

部下を率いて京の町を歩きながら、原田は共に夜の巡察へと繰り出した仲間を思う。

今夜の巡察当番は永倉の二番組と原田の十番組だ。
闇夜で目の利く羅刹相手に僅かな油断が命取りとなるこの状況を、あの男が楽しまないわけがない。

しかし、誰もが自分達のように逆境をあえて楽しんでしまえるような酔狂な人間ではない。
春とはいえ夜はまだ寒さの残る季節、日中の穏やかな気候との寒暖の差に身体がついてゆかず、難儀する隊士も多いだろう。
その上で、いつどこで羅刹と出くわすかも解らない緊張感を保ちながら京の町を歩かなければならないのだ。

以前、寒さと暗闇への対策として火の玉を周囲にたくさん浮かべて歩くのはどうかと提案したことがあったが、土方に“どこの百鬼夜行だ。妖怪の類と誤解されて京の連中が怯えるだろうが!”と即行却下されてしまった。
その案は沖田や平助、永倉には大受けで、土方には黙ってるから是非やってくれ、などと言われたが、よく考えれば狭い路地で建物に燃え移る恐れがあることに気付いて諦めたのだ。

(しかし、こう暗いと下の奴らが不安がるかもな)

幸いにも今歩いているのは大通りだ。今くらいは火の玉行列しても許されるだろうか。
そんな誘惑に駆られた時だった。

「原田組長!」

突如、隊士達からどよめきが起こった。

(あれは・・・!?)

原田達の目の前で、夜空を裂くように火の玉が天へと駆け上っていく。

こんな時期に花火かと一瞬考えたが、空に上がった火の玉は暗闇に白い煙を残して消えた。

自分が発したものではない火の異能の力。
まるで何かを知らせる狼煙のようなそれは、誰かからの合図のようにも見える。

(松本先生の診療所で何かあったのか?)

原田が知る限り、あの方角にいるであろう火使いと言えば、雪村千鶴の護衛に当たっている監察方の山崎だ。

とにかく確かめなければならない。
あれが山崎によるものなら、診療所で何かがあったということだ。
別の誰かが発したものだとしても、新選組として放っておくわけにはいかない。

「行くぞ!」

部下にそう声を掛けて駆け出す原田。
その後を十番組の隊士達も続いて走り出した。





「山崎!」

辿り着いたのは、やはり松本良順の診療所だった。
建物の前に立つ山崎が原田に気付いて駆け寄って来る。

「原田さん、巡察の最中に申し訳ありません」

「何があった?」

周囲を軽く見渡した限り、異常はなさそうだ。
だが山崎のいつになく険しい表情が、原田達が駆けつけるまでに何かがあったことを窺わせる。

「羅刹です」

その一言に原田は戦慄する。

「千鶴と良順先生は無事か?」

「はい、雪村君が診療所の周囲に風の防壁を張って事なきを得ました。ただ、羅刹達が明らかにこの場所を狙っていたのが気になります」

千鶴達の護衛役として診療所の周囲を張っていた山崎は、静寂の中を聞こえてきた複数の足音にすぐに気付いた。
闇の中でも不気味に光を放つ紅に、それが羅刹の双眸であることを察して松本や千鶴に伝えた。

その時はまだ近くで誰かが血を流し、それを目指しているのだろうと思っていた。
羅刹に襲われる者の多くが建物の外を歩く者で、家の中にいて襲われる事例がこれまでなかったからだ。
千鶴が風の防壁を張ったのも、足音に不安を感じて念のために作り出したものだった。音を遮断することによって、安心も得られる。
だから、次々と羅刹が風の防壁に弾かれた時は、千鶴や松本はもちろん山崎さえも心底驚いた。

羅刹達は明らかにこの診療所を目指していたのだ。

「診療所に何かあるのか。それとも中の誰かに用があったのか」

どちらにしろ、千鶴が気掛かりだ。
そんな目に遭って、年端の行かない少女が怯えていないだろうか、不安がっていないだろうか。

隊士達に周辺の検分を命じ、診療所の中に入る。

「千鶴、良順先生、いるか?」

「原田さん?」

ぼんやりとした行灯の頼りない明かりだけが照らす部屋の中。
不安げな面持ちの千鶴と、厳しい表情の良順が並んで座っているのを見止め、ほっと安堵の息を吐く。

「大丈夫か?」

「はい、山崎さんは?」

「俺が来た時にはもう羅刹はいなかったぜ。山崎も無事だ」

「そうですか、良かった・・・」

ぎこちなくだが、強張っていた口元が少しだけ綻んだ。

「悪いが、詳しい話を聞かせてくれや」

励ますように笑顔を向けると、千鶴は気丈に頷いてくれた。

普通の町娘であれば恐怖に泣き出してしまうであろう出来事を経験したばかりの少女に対して酷な要求かも知れないが、千鶴は一切の泣き言を吐かない。
それは彼女が“普通の町娘”という言葉では括れない証なのだろう。

(千鶴が“鬼”で良かったぜ)

我が身を守る力を備わっていることで、千鶴も良順も何の被害も受けずにここにいる。

多異能者であることも、“鬼”と呼ばれる種族であることも、事実として知っていても特に気にしたことはない。
千鶴は千鶴だ。
真面目で、料理が上手くて、可愛らしい娘。
それだけ解っていれば十分だ。

けれど、こうして自分の眼の届かない場所で危ない目に遭いかけたことを知ると、彼女が“普通の町娘”ではないことを感謝したくなる。





■■■■■





山崎と数人の部下を診療所に残し、原田は巡察に戻った。
道中、一層の緊張感を以って羅刹の気配を探したが、結局この夜は何事もなく屯所に帰り着いた。

八木邸に戻るなり早速副長室を訪ねると、深夜にも関わらず部屋の明かりが消えていなかった。
いつもなら土方の身を案じつつ呆れるところだが、今日ばかりは彼の仕事の鬼っぷりがありがたい。

「土方さん、原田だが、今いいか?」

「入れ」

障子戸を開けると、文机に向かう土方の背中があった。
部屋に入った原田は腰を落ち着ける間も惜しいとばかりに本題を切り出す。

「松本先生の診療所に羅刹が現れたそうだ」

筆を走らせる土方の手が止まる。
すぐさま厳しい声が返った。

「詳しく話せ」



山崎や松本、千鶴から聞いた話を語り終えると、土方は考え込むように視線を虚空に投げる。

「松本先生と千鶴が狙われたのかも知れねえわけか」

松本良順も千鶴も変若水に関わりがある。
どこからかそれを知った者に狙われる可能性はあった。
その場合、幕府に近い者、という嫌な憶測をせざるを得ないが。

「この前、千鶴が一人になった時に声を掛けたってえ男、網道さんに関わりがあるんだよな?」

「ああ」

「今回の件も繋がってると思うか」

「今の段階では何とも言えねえな」

肯定はできないが否定もできない。
相手の思惑が未だ解らない状況で判断するのは難しい。

「一番いいのは二人に屯所に来てもらうことなんだがな」

「それはそうだが、難しいんじゃねえか?」

何者かから標的にされているであろう千鶴達を守るために、最も手っ取り早いのが自分達の手元に置くことだ。
しかし千鶴は女。
屯所で暮らすとなると、常に男装を強いることになる。
年頃の娘にとって不便なことも多いだろう。

そして松本良順。
腕の良い医者である彼を頼りにする町の者は多い。
そんな彼に診療所を捨てさせることで町の人達の反感は免れないだろう。

だからと言って新選組屯所を診療所として開放するのも難しい。
屯所に隊士でもない者達が大勢出入りするのは困るし、町人の方もこの場所には来辛いだろう。
それに町人が頻繁に訪れるようになれば芹沢が何をするか解らない。

「広い屯所に移れれば何とかなるかも知れないが・・・」

呟きを落とし、土方は無言になる。

彼の頭の中で今どんな策が巡っているのか、原田には想像もつかない。
そういったことは土方に一任するしかないのだ。

(にしても、今夜のことを知ったらあいつらどんな反応するかな)

思い浮かぶのは個性豊かな同志達の顔だ。
今夜の件は明日にでも土方の口から彼らに伝わるだろう。
その時、彼らがどんな反応するのか、楽しみなような不安なような複雑な気分になる。

永倉は自分がその場に居れなかったことを悔しがるだろうし、平助は鉄砲玉の如く千鶴のもとへ駆け出すだろう。
怖いのは後の二人の反応だ。
沖田と斎藤。
この二人がどんな行動に出るのか、読めないから尚更恐ろしい。

(面倒なことにならなきゃいいがな・・・)

原田は心の中で深い深いため息を吐いた。



それからしばらくのち、新選組屯所は西本願寺へと移転することが決定された。



〈次〉

15.3.30up

第二十四話です。
新選組お引越しです。



ブラウザのバックでお戻り下さい