異能の剣 二十七





松本良順と雪村千鶴が新選組預かりとなって数ヶ月。
未だたいして進展の見られない状況に、幹部の間でも苛立ちが見え始めていた。

千鶴を巡察に連れ歩くようになってから、新選組周辺に不審な影が見え隠れするようになったのは間違いない。
しかしそれが新選組を厭う者達なのか、松本や千鶴を狙う者なのか区別をつけるのは難しく、それらをすべて調べ上げるには人手も余裕もない。

相手方はかなり用心深い性質なのか、山崎や斎藤に姿を見られて以来さらに警戒心を強めたようで、杳として現れなくなった。
だが、それは諦めたのではなく、千鶴に的を絞って子供や参拝に来た人を使って文を寄越すという手段に切り替えただけだ。
しかも頼んだ者の特徴を訊いても語られる情報はバラバラで、どうやら相手は複数人の組織である可能性が窺える。

文の内容は網道の名を出して千鶴を揺さぶろうとするもので、かと言って場所や時間を指定して彼女を誘き寄せようとするものでもない。
おそらく文を読んだ千鶴が一人で屯所を離れた所で捕らえるつもりなのだろうが、彼女は文を受け取るとすぐに幹部の誰かに報告に行くため、犯人の思惑通りにはならずに済んでいる。
ただ、そのせいで日に日に文の内容は過激なものとなり、網道に危害を加えることを匂わす記述を含むようになった。

相手も焦っているのだと解釈もできるが、それ以上に気掛かりなのは千鶴の方だ。
文の内容がどこまで真実なのかは解らないが、出鱈目だと断言して安心させるには根拠が無い網道の安否に千鶴が心を痛めている現状に、原田や平助等が眼に見えて苛付いている。

(これはもう根競べだな・・・)

標準装備の眉間の皺を一層深く刻みながら、土方はあらゆる可能性を想定する。

相手が焦れて強硬手段に出るのが先か、千鶴が耐え切れなくなって一人で飛び出すのが先か、それとも三馬鹿が暴走するのが先か。
思索しつつも、一番危なそうなのが三馬鹿というのが情けない。

永倉や平助はもちろんのこと、一見冷静に見える原田も相当血の気が多い。
しかも彼は女子供に優しく、仲間に対して情が厚いのが今回仇となって、永倉や平助を抑えるどころか真っ先に飛び出し兼ねない。

(総司や斎藤も頼りになるか解らねえしな)

沖田はむしろ三人を煽って楽しみそうだ。
彼も千鶴のことは意外と大事にしているようだが、それ以上に近藤の存在があるので無茶な行動は取らないだろう。

しかし斎藤の方は土方にも計り知れない。
普段なら絶対的な信頼を置く彼の冷静さに疑いの余地はないのだが、斎藤の千鶴への感情の強さを知る土方は今回ばかりは不安になる。

(斎藤にとっての千鶴は、昔の俺にとっての近藤さんみたいなもんだからな)

己の進むべき道を指し示し、道標となってくれた存在。
それがどれほど大きく大切なものか、土方は痛いほどよく解る。
そんな存在を苦しめる者への憎しみもまた、嫌というほど味わってきた。

例えば、百姓の生まれを嘲笑い、近藤の実力を認めようとしなかった者。
近藤ほどの剣の実力も器もないくせに、血筋だけで近藤を蔑む者。

(だが一番憎らしいのは   

すうっと、切れ長の瞳を鋭く眇める。

歩を進める広い廊下の前方から、悠然とした足取りでこちらに向かってくる大柄な人影。
近藤と土方の頭を悩ます様々な厄介事の中でも群を抜いて厄介な人物がそこにいた。
相変わらず傲岸不遜という言葉を体言しているような佇まいが癇に障る。

「何だ、土方。俺に何か用か?」

「別にあんたに話なんざねえよ」

言い捨て、その男  芹沢鴨の横を通り過ぎようとした時、馬鹿にした笑いと共に確実にこちらへの打撃となる言葉を放たれた。

「年端もゆかぬ若い娘を監禁しておきながら、何も進展せんとはな」

「・・・何もしてねえあんたにどうこう言われたくねえな」

ただでさえ苛付いているところに聞きたい声ではない。
さっさと立ち去ろうとした土方の背に、尚も声は続く。

「そういえば先日島原で面白い顔を見たぞ」

聞きたくないのに芹沢の声に耳を傾けてしまうのは、彼が土方にとって到底無視できない存在だからだろうか。

「共に京まで来ながら何もできず江戸に逃げ帰ったものだと思っていたが、どうやら未だにこそこそと動き回っているらしい」

「何?」

いったい何の話だ?
問い返そうにも、後姿は歩調を落とすことなく廊下の向こうに消えて行った。

言いたいことだけ言ってこちらの反応などお構いなしの身勝手さに呆れるも、認めたくは無いが今までの経験から芹沢が意味の無い言葉を漏らすとは思えない。

(共に京まで来た連中、か)

監察方に調べさせてみるかと思ったが、京に来てから入隊してきた彼らは連中の顔を知らない。
土方も全員の顔や名前を覚えてはいないし、唯一解る人物といえば   

(まさか・・・!)

ある一人の男の顔が浮かぶや、目の前が拓けたかのように様々な憶測が頭の中を駆け巡った。
そのどれもが確信などない単なる想像に過ぎないものばかりだが、全てを妄想だと片付けるには記憶の中の男の言動の数々がどうにも引っ掛かる。

一人で悶々と考え込んでいても埒が明かない。

(山南さんと話してみるか)

最近・・・というか風間に蔵を破壊されて以降、気温もこれから上がっていくということで蔵が建て直されて後も満足に変若水の研究ができなくなって、にこやかに不機嫌な彼とこれから不愉快な会話をするのは非常に気が重くなる作業だが、こういう時に一番頼りになるのもまた彼だった。

早速山南の部屋に向けて足を踏み出した時、不意に騒がしい声が聞こえてきた。

(何だ?)

また誰か妙な騒ぎを起こしたのだろうか。

無視して歩き出そうとする土方の耳に、焦りを帯びた声が届く。


「松本先生! 千鶴が!!」


それは、巡察に出ているはずの八番組、藤堂平助の悲鳴のような声だった。





■■■■■





松本良順が新しい診療所として西本願寺から借りた一角には、土方を始めとして新選組幹部数人が揃っていた。
その中で隊服を羽織ったままの藤堂平助は、真夏だというのに顔色を真っ青にして細身の身体を震わせていた。

浅葱色の羽織の袖に染み付いた紅を見るたびに唇を噛み締め、堪えるように拳をきつく握り締める。
そんな彼に掛けられる言葉もなく、沈黙の中をひたすら時間だけが過ぎ去っていく。

やがて、障子戸が開いて松本良順が顔を出すと、全員がはっとそちらに顔を向けた。

「先生! 千鶴は!?」

切羽詰った声を上げたのはやはり平助だ。

「心配ないよ。もうこちらに来て構わない」

松本の言葉が終わらないうちに、平助と原田が隣の部屋に飛び込み、斎藤や永倉、沖田も続く。

「千鶴、大丈夫か? 痛むか!?」

「平助君、私は平気だよ。心配してくれてありがとう」

聞こえてくる千鶴の声は普段通りのものだ。
遅れて部屋に入った土方は、平助を安心させるように笑顔を浮かべる彼女の顔を見て密かに胸を撫で下ろす。

未だ血の色が生々しい着物の袖から覗く細い腕には、白い包帯が幾重にも巻かれている。
もう血は止まったのだろうか、新たに出血してはいないようだ。

「かなりの血だ。相当深く斬られたんじゃねえのか?」

もしやこれから傷のせいで発熱することもあるのではと松本に尋ねるが、彼は妙にあっけらかんとしている。

「何、心配はいらんよ。千鶴君は特殊な体質だからね」

「あ」

松本の言葉に全員がある事実に思い当たる。
補足するように、千鶴も口を開いた。

「えっと、私は鬼ですから、少しくらいの傷はすぐに治るんです」

「へ?」

多異能だけでも十分凄いが、他にも特殊な一面があったのか。

思わず感心していると、平助がへなへなと床に突っ伏した。

「良かったあ〜、千鶴の身体に傷が残ったら、俺死にたくなるところだったあ〜」

「大げさだよ、平助君」

「大げさじゃねえよ! 俺、お前にどう責任取るか滅茶苦茶悩んだんだからな! 女の子の身体に傷を残しておいておめおめ生きてられねえとか、それよりお前と夫婦になって男としての責任を果たす方が重要かとか」

「あははは、何頭沸いてるんだろねこのお坊ちゃんは」

「責任とって夫婦になったって千鶴が嬉しいわけねえだろ。それに万が一傷が残って嫁き遅れなんてことになっても俺がもらってやる」

「寝言は寝て言え左之。傷など気にしないのは俺とて同じ」

「お前ら黙れ」

話がどんどんおかしな方向に逸れていくのを、一言のもとに斬り捨てる土方。
腰を下ろすと、鋭い眼光でひたと平助を見据える。

「何があったか詳しく説明しろ」

その言葉に平助は慌てて居住まいを正し、皆に説明を始めた。

「俺達、いつも通り巡察してたんだけど・・・」


今日はいつもに比べて妙に町が騒がしかった、と平助はまず語る。

八番組と千鶴はいつものように巡察をして、時折商家を検分して回っていた。
千鶴の身辺には十分気をつけるよう厳命されていたから、平助は彼女の傍を決して離れなかった。

だが、検分中に突然起きた乱闘騒ぎに巻き込まれ、平助一人ではすぐに対処しきれずに僅かながら千鶴から引き離されてしまった。
急いで平隊士達が駆けつけ、どうにか騒ぎを収めたものの、その時には千鶴が腕を斬られて蹲っていたのだという。


「千鶴、犯人の顔は見たか?」

「いいえ、人ごみでしたし、笠を被っていたので顔は見えませんでした。ただ・・・」

「ただ?」

「一瞬ですが、父様の姿が見えたような気がしたんです」

「何?」

「そちらに注意が向いて、平助君と離れてしまいました。ごめんなさい・・・」

「謝るなよ千鶴、俺こそちゃんとお前の傍に居てやれなくてごめんな」

謝り合う二人の会話を聞き流しながら、土方は隣に座る山南を見やる。

「なあ山南さん」

「何です?」

「この件に関わりがあるかは解らねえが、最近の一連の騒動に清河一派が絡んできている可能性は考えられると思うか?」

しん、と沈黙が落ちる。
誰もが突然何を言い出すのだろうと眼を丸くして土方を見ていた。

しかし土方は至って真剣な様子で、彼が何の脈略もなく出した疑問ではないことが察せられる。

「清河というと、清河八郎ですか? 我々を京へと連れ出した張本人の」

清河という名の人物を知らない斎藤、千鶴、松本以外の面々の表情に、あからさまな嫌悪が浮かぶ。
その時、原田が何かに気づいたかのように「あ!」と声を上げた。

「この前屯所の前で斎藤と話してた奴、清河一派にいた奴に似ていた気がする」

確信は持てないが、と続いたものの、土方の意思は決まった。


「清河を探る」

それが新選組の決定だ。



〈次〉

15.5.30up

第二十七話です。
やっと出せた敵の名前。実は割と始めの方にも一度出てました(笑)。



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