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異能の剣 三十二
“羅刹”――誰が言い始めたのかは解らないが、まさに悪鬼羅刹と呼ぶに相応しい化け物の脅威に人々の平穏が脅かされる昨今。
特に被害が深刻な京には各地から羅刹に対抗し得る力を持つ者達が集い、己の名を挙げるため、無力な人々を守るために剣の腕と時に異能を駆使して羅刹を狩る。
しかし混乱に乗じて狼藉を働くならず者までも増え、街の治安が悪化するという悪循環にも陥っていた。
そんな中、羅刹の駆逐と京の治安維持を目的として設立されたのが新選組だ。
治安を守るための組織は他にも数あるが、武士の身分を持つ者達で編成されるのが当たり前であるそれらと違い、新選組は身分を問わず様々な立場の者達が集う場所だった。
侍も町人も百姓も関係なく、貧富も拘らずに受け入れてくれて給金までもらえるとあって、厳しい隊規があると知っていても入隊したいと望む者は多い。
一番組に属する隊士の一人である男も、そんな内の一人だった。
人より優れた剣の腕を持ち、異能も使いこなす。
そんな自分に多少思い上がっていたのは否定できないが、その自信に見合う実績があったのも確かだった。
剣でも異能でも故郷では負け知らずで、京を脅かす羅刹など恐るるに足らぬと思えるだけの自負があった。
己の身分の低さでは名のある組織に入れてはもらえないだろうが、新選組ならば容易いと思った。
その新選組で、自分の力は重宝されるのだと疑いもしていなかった。
剣の腕も異能の力も自分に適う隊士は多くない。組長はもちろん、局長にさえ一目置かれる存在となれると。
しかし実際に新選組に入隊してみると、己の考えがいかに甘かったかを思い知らされた。
「ま、こんなもんか」
呼吸一つ乱さず、一番組組長は言った。
入隊試験として他の入隊希望者とともに臨んだ試合で、男は一番組組長、沖田総司に一太刀も浴びせられなかった。
それどころか今まで見たことのない速さの剣に手も足も出ず、一撃で倒されてしまったのだ。
異能も同様だ。自信満々に放った火の玉は、沖田の風にあっさり吹き消された。
しかも他の者の相手をしていた原田の炎は己のそれを軽く凌駕する威力を持っていた。
いざ入隊してみても、自分の実力は新選組の平隊士にすら及ばなかった。
この程度の実力ならここにはいくらでもいる。
その現実を受け入れ、真摯に格上の相手から学ぶ姿勢を見せれば良かったのだろうが、己の中で大きく膨らんでいた自尊心がそれをよしとしなかった。
打ち砕かれた自信を取り戻そうと躍起になった剣は精彩を欠き、不安定な精神状態が異能の制御にも影響を与えた。
その度に組長達から厳しい叱責が飛び、同僚からは憐れみの目を向けられる。
何もかも上手くいかない。
自分の力はこんなものではないのに。
募る焦りが己を追い詰める。
同時期に入隊し、自分より剣技も異能も劣っていた者達にまでいつの間にか追い越されたと知った時、男の中で何かが壊れたような気がした。
「君、夜の巡察には来なくていいよ」
何気ない口調で言われた言葉を、すぐに理解できなかった。
一番組の仲間達が浅葱色の羽織を纏って巡察に備える中、彼だけが沖田に名指しされて告げられたのは、あまりにも残酷な一言だった。
「な、何故ですか、組長!?」
震える声で叫ぶ彼に、沖田は「わからないの?」と小馬鹿にするように鼻で笑う。
「命の危険が高い夜の巡察に、君は邪魔なんだよね」
痛烈な言葉を叩きつけられ、茫然と立ち尽くす彼を置き去りに一番組は巡察に出て行く。
何か言いたげにちらちらと向けられる視線が含む憐憫の色が、僅かに残っていた自尊心を粉々にした。
(なぜ・・・・・・)
理解できないと焦る一方、ついにこの日が来たかとどこかで冷静な声も聞こえる。
羅刹と戦う可能性のある夜の巡察。
命を懸けた任務を遂行するには、互いの命を預け合う仲間達の存在が重要だ。
自分はその信頼に足る男ではない。そう判断されたのだ。
頭の隅では解っているのに、感情の乱れが理性を押し流す。
(違う・・・これは何かの間違いだ・・・!)
衝動のままに駆け出し、一番組を追いかける。
もう一度沖田組長と話をしなければ。
自分の力は新選組に必要なものだと解ってもらわなければ。
(だが、どうやって? どうすれば沖田組長を説得できる?)
沖田の剣技と異能は己の力など遥かに凌駕する。
そんな彼を納得させられるだけの実績はまだない。
言葉を積み重ねるだけでは駄目だ。何か、証となるものを示さないと。
(そうだ、羅刹・・・。俺一人で羅刹を狩ることができれば、組長達も俺を認めてくれる)
そんな結論に至るや、一番組の後を追う足を別方向に向けた。
自分がどれだけ愚かで無謀な真似をしているのか、気付くだけの余裕をなくした男は夜の闇を走る。
白い髪と赤い目の化け物を捜して 。
馬鹿な真似をするのではなかった。
やっと己の浅慮に気付いて後悔した時、彼の命は尽き掛けていた。
「素晴らしい。身体能力だけでなく、異能の力まで増している! あの娘の血をほんの僅かに加えただけでこれほどの効果が出るとはな!」
真っ赤に染まった視界の中で、白髪の男が歓喜の声を上げる。
「なん・・・なんだ・・・、その力は・・・っ」
必死に絞り出した声に、赤い目がこちらを見下ろしてにやりと笑んだ。
姿形は羅刹以外の何者でもないのに、明らかに何かが違う。
男が放った無数の風の刃に切り裂かれた身体から、夥しい血とともに命の灯火も消え失せようとしているのが解る。
自分はここで死ぬのだと、まるで他人事のようにその事実を確信する。
「新選組などもう恐るるに足らぬ。安心しろ、すぐにお前の仲間達もそちらに逝くだろうからな」
狂ったように笑う男の背後に、無数の赤い光が見えた。
彼の流す血の匂いに惹かれた羅刹達がこちらに向かって来る。
彼らにとってもう自分は食料としか映っていないだろう。
(沖田・・・組長・・・)
貴方の命令に従えば良かった。
己の力を過信せず、組長達の厳しい言葉と向き合えば良かった。
同志達ともっと腹を割って語り合えば良かった。
死ぬ間際になって、様々な後悔が押し寄せてくる。
(組長達に、お知らせしなければ・・・)
異様な力を持った羅刹がいることを、新選組に伝えなければ。
もう自分にできるのは、仲間達に警告することしかないのだ。
この無残な死に方を見て、彼らは気付いてくれるだろうか。
それとも暴走した愚か者が情けなく返り討ちに遭っただけだと片付けられるだろうか。
(だが、どれほどこの羅刹が強くても・・・)
幹部達は更に強い。
そんな確信を抱きながら、彼の意識は闇へと沈んでいった。
■■■■■
一番組隊士の一人が夜の巡察で命を落とした。
千鶴がその事実を知ったのは、翌朝のことだった。
早朝の稽古を終えた隊士達の間で話題となっていたその話を耳にするや、千鶴は沖田の姿を捜して駆け出した。
一番組が羅刹と戦ったのだろうか。だとしたら他に怪我人はいないのか。
逸る気持ちで辿り着いた広間では、沖田はいつもと変わらぬ様子で朝餉までの時間を仲間と雑談して過ごしていた。
「沖田さんっ」
「おはよう千鶴ちゃん。どうしたの、血相変えて」
「隊士の方が命を落とされたと聞いて・・・。一番組の皆さんはご無事なんですか?」
「ああ、その話聞いたんだ。僕も他の隊士も何ともないよ。一人が勝手にやられちゃっただけだから」
「おい、その言い方はないだろうが!」
咎めるように声を荒げたのは井吹だ。
どうやら彼も今しがた広間に現れたようで、千鶴同様噂を聞いて駆けつけたらしい。
「だって事実だから。僕は巡察に出る前にその隊士には留守番を命じたんだよね。なのに命令に背いて一人で羅刹に挑んで殺されてちゃ世話ないよ」
「まあ、そいつの無謀さはどうかと思うけどさ・・・」
擁護のしようがなく、平助の口調も重い。
死者を悪く言うのは気が引けるが、事の次第を聞けばその隊士の浅はかさが無残な結果を齎したと言える。正直、同情の余地がないのだ。
「死んだのってあいつだろ。あの危なっかしい奴」
「そう。自分の剣の腕にやたら自信があったみたいだけど、ここでは弱いって知って落ち込んでた人」
「確かに最近のあいつは夜の巡察に参加させるのは不安だったな」
うんうんと頷く永倉と原田。
口には出さずとも平助や斎藤も同意の表情だ。
彼らの目から見ても、くだんの隊士は功を焦って不安定な様子だった。
何を切欠に暴走を始めるか解らず、隊の安全を考えて不安要素を排除した沖田の判断は正しい。
その結果、最悪の事態を招いてしまったわけだが、それは沖田のせいではなく死んだ隊士自身の心の弱さだ。
「けど、そいつはお前の部下だったんだろ? それなのに・・・」
「やめろ井吹」
尚も納得がいかず言い募ろうとする井吹を、斎藤の静かな声が制する。
「部下があんな死に方して平気な奴なんていねえよ」
独り言のような原田の呟き。
思わず沖田の顔を見た千鶴は、彼の目の下の隈に気付いた。
もしかして、昨夜から一睡もしていないのだろうか。
「沖田さん、大丈夫ですか?」
「朝餉食べたらちょっと眠るよ。一晩中走り回ったからさすがに疲れた」
軽い口調で言いながら欠伸を噛み殺す沖田。飄々とした態度はいつも通りに見えるが、『一晩中走り回った』という言葉は決して誇張ではないのだろう。
そして沖田は思い出したように幹部達を見渡した。
「そういえば、今夜の巡察は誰だっけ?」
「俺と新八だ。今まで以上に充分注意するから、お前は気にすんな」
「今まで以上って・・・?」
何のことだろう、と首を傾げる千鶴に、平助が答えてくれる。
「昨夜隊士を襲った羅刹が、かなり強い力を持ってるらしいんだよ」
「これまで血に狂った羅刹に明確な意思はなかった。だが、昨夜羅刹に襲われた隊士は刀ではなく異能で殺されたらしい」
続く斎藤の言葉に千鶴が目を瞠る一方、井吹の方は当惑していた。
異能を持たない彼には理解が難しいことだが、異能を扱うには強い精神力が必要だ。
心の乱れはそのまま異能の乱れとなり、我を失った羅刹には異能がほとんど扱えない。使ったとしてもたいした威力が無い、というのが通例だった。
「だから昨夜のように人間を滅多斬りにできるような異能を持つ羅刹は初めてなんだ」
平助に異能について説明を受けて、井吹もやっと解ったと頷いた。
「でもそれなら羅刹が犯人とは限らないんじゃないか? 誰もそいつが殺されるところを見てないんだろ」
「まあ、その線はなくもないな。だとすると、そいつは羅刹の餌にするために隊士を切り刻んだことになる。どちらにしろ許せることじゃねえよ」
下手人は明らかに血を大量に流させるために異能を放っていた。
この時世、血を求めて狂う羅刹が出ることを知っていてあえてそんな真似をするのは、羅刹か羅刹に関わる者しかない。
羅刹を誘き寄せる餌にしろ羅刹のための食料にしろ、その者は超えてはならない一線を超えている。
「そいつが何者であろうと、必ず報いを受けさせる」
いつになく強い語気で放つ斎藤の言葉は、そのまま全員の意思でもあった。
それが、命を落とした隊士へのせめてもの弔いなのだから 。
〈次〉
15.10.20up
第三十二話です。
久々なのに色気皆無の回(汗)。
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