異能の剣 三十四





その男が眼を覚ました時、目に映ったのは見慣れない天井だった。

暗く閉ざされた部屋。
隙間から漏れる僅かな光によって、今が日中であることだけは解る。
朝なのか昼なのか夕方に近いのかは解らないが、とりあえずここが屋内で良かった、と日の光を浴びる苦痛を思い知る男は内心胸を撫で下ろす。

しかしここはどこなのだろう。
昼間だからというだけでなく、腹部に感じる痛みが全身の力を奪い取っているかのように身体が辛いのは何故なのか。
己の身体は傷を負ってもすぐに癒えるはずなのに、その痛みはいつまでも疼き続け、一向に治る気配も無い。

いったい何故?

「目が覚めましたか?」

不意に聞き覚えのない男の声が聞こえた。
どうやら一人ではなかったらしい。
慌てて身を起こそうとして、腹に走る激痛に呻く。

「どうやら傷は未だに癒えていないようですね」

「何故・・・っ」

わけが解らずに混乱する男のそばに、その人物が膝を着いて覗き込んできた。
はっきりと顔は見えないものの、見知らぬ男であることだけは解る。
声音は静かで優しげなものだが、丸い眼鏡の奥の瞳は底知れない光を湛えていた。

「あんたは・・・誰だ?」

「私は山南敬助。新選組の総長を務めています」

「新選組・・・」

何という所に来てしまったのだろう。

男の顔色が一気に青くなった。
京に数ある羅刹を狩る組織の中でも、特に恐れられているのが新選組だ。
そんな所に捕らえられてしまうとは。

「羅刹と話ができるようになるとは思いませんでしたよ。弱っている間は理性があるということでしょうか」

男が内心で慄いているのを知ってか知らずか、山南と名乗った男は柔和ともいえる笑みを浮かべてこちらを見下ろす。

「これが何か、解りますか?」

そう言って見せられたのは、彼が持つには不似合いな代物   簪だった。
女に差し出すならまだ解るが、男にこれを見せてどうするのか。

「綺麗な簪でしょう? これは昨夜あなたを貫いた銃弾と同じく銀で造られています」

自分の身に絶えず痛みを齎しているのは、銀の銃弾に撃たれた傷なのか。
何故そんなものが、という疑問は昨夜男の前に現れた二人組の記憶によって解ける。
羅刹でもないのに、羅刹以上に強かった謎の二人。確かそのうちの一人が銃を持っていたはずだ。

求血の衝動のままに人間を襲って血を啜っていた時、突如現れて“食事”の邪魔をした二人の男。
血の匂いに我を失っていた羅刹達は、また新たな獲物が現れたと、一斉に二人に襲い掛かった。
しかし彼らは驚くべきことに羅刹を凌ぐ身体能力を有しており、一太刀も浴びせられないまま羅刹達は次々に地に伏せられた。
そして銃声が何度も轟き、腹部を焼けるような痛みが貫いたのだ。

その後・・・・・・自分はどうなったのだろう。
おそらくあの銃で撃たれたのだろうが、何故未だに傷が塞がっていないのかが解らない。

物思いに耽っていると、再び腹に激痛が走った。

「ぐ・・・っ」

「一晩経っても傷は塞がっていない。羅刹の治癒力も、銀による傷には効かないということが実証されました」

じわりと、男の腹に巻かれた包帯に紅が滲むのを見て、傷口に容赦のない一撃を叩き込んだ山南は端正な顔に嗜虐的な笑みを浮かべる。

「なにを・・・っ」 

さすがに文句の一つも吐き出そうとした男の目の前に、簪の鋭く尖った先端が突きつけられた。

「これで刺されたら、羅刹の身にはさぞ辛いのでしょうね」

羅刹の治癒力で治すことのできない傷を負わせるという銀。
その切っ先が頬を滑り、首元に下りて   

「・・・っ」

「さて、質問をさせて頂きましょうか」

散々脅しておいて質問も何もあったものではない。明らかに強迫ではないか。

男は改めて、とんでもない所に捕らえられてしまった己の不運を痛感した。





■■■■■





土方の部屋でもある副長室には、主だった幹部達が揃っていた。
座する彼らの視線は一点、山南敬助に注がれている。
彼こそが皆に召集を掛けた張本人でもあり、様々に抱える質問への答えを持ち合わせる人物でもある。

「で、山南さん」

まず口火を切ったのは部屋の主でもある土方だ。

「羅刹から話は聞き出せたのか?」

「ええ、色々と有意義な話が聞けましたよ」

答える山南はにこにこと満面の笑みを浮かべ、傍目にも上機嫌であることがよく解る。
しかしその様子は、見る者に薄ら寒い恐怖を齎すものでもあった。

「山南さんの機嫌が不気味なくらい良いな」

「念願の羅刹の生け捕りが成功したからな・・・」

ひそひそと小声で言葉を交わすのは、普段から騒がしい連中の代表格に上げられる面々だ。
いつもは率先して騒ぐ彼らも、妙に神妙な面持ちで座っている。
それもそのはず、彼らが口を揃えて“新選組で一番怖い人”と評するのが、誰あろう山南敬助なのだ。

その山南がここしばらくの間、非常に不機嫌だったことは皆の知るところだ。
正確には風間に氷漬け羅刹を燃やされ、研究ができなくなってから。
しかし昨夜、斎藤と原田が持ち帰った生きた羅刹の存在で、彼は再び生き生きと輝き始めた。
山南の機嫌が直って良かったと思う一方、彼の探究心が向かう先にいる羅刹には心から同情する。


「どうやら彼は元々、あちら側に忠誠心や仲間意識を持っていたわけではないようです」

必要とあればあらゆる拷問も辞さないつもりだったが、思いの外すんなりと話してくれたとにこやかに微笑む山南の笑顔は優しい。が、ざわりと背筋が寒くなった。

山南が聞き出したところによると、捕らえた羅刹は元々は土方達同様、羅刹を狩るために上京してきた浪士だったという。
しかし羅刹との戦いに敗れ、死を覚悟した時に不意に現れた男に生きるか死ぬかの選択を迫られた。
差し出された薬を飲んで羅刹と化した後、自分に薬を飲ませた者達の実験体として、手駒として生かされたという何とも不遇な運命を生きる男だ。聞けば、彼の周りの羅刹は皆同じような境遇の者達らしい。

「やりきれねえ話だな」

かつては自分達と同じように京の治安のために刀を振るっていた者達が、羅刹となって京を脅かす存在になる。
彼らは変わり果てた己の姿に、何を思っていたのだろう。

「で、異能を使う羅刹については?」

「組織の中の一人が改良した薬を飲んだということです。そしてその改良を行ったのが、雪村網道氏だそうですよ」

「網道氏はそいつらの所にいるんだな。それは捕らえられているのか、それとも自分の意思か?」

「彼の目には進んで研究に携わっているように見えた、と」

従来の羅刹よりも強い羅刹を作り出せることが判明してから、彼らはさらに研究を進めようとしているという。
それにはどうしても必要な素材があり、それは新選組の中に隠されている。
故に彼らは人々を襲って死体と共に羅刹の数をも増やし、新選組屯所を襲撃する機会を窺っているらしい。

羅刹の狂気を抑え、さらに身体能力が向上するとあって、他の羅刹達も改良した薬を欲していた。
それが天敵とも言うべき新選組の本拠地への襲撃であろうと、血を求める苦しさから逃れるため、羅刹達は命懸けで挑むだろう。

「彼は私に、そう話してくれましたよ」

重苦しい沈黙が落ちる。

「やっぱり網道さんは・・・」

誰もが“もしかして”と予感はしていた。
疑念は徐々に膨れ上がって確信へと変わっても、どこかで“そうでなければいい”と願望も抱いていた。
だが   

「千鶴に・・・話さなきゃならねえな」

苦しげに搾り出された原田の言葉に、異を唱える者はいなかった。

これ以上彼女に何も話さずにはいられないと、全員の意見が一致した。



副長室に呼ばれた千鶴は、土方や山南の口から語られる話を黙って聞いていた。
網道が羅刹の研究に関わっていること。千鶴の血を狙っていること。
そのために人が殺され、新選組の屯所への襲撃をも企てていること。

「もちろん確証があるわけじゃねえが、俺達はこの先網道氏を敵側と考える」

土方が最後にそう締め括ると、千鶴は辛そうな顔を見せまいとするように顔を伏せた。
膝の上でぎゅっと拳を握り、きつく唇を噛む彼女の心痛を思うと、誰も慰めの言葉が出なかった。

「父様に会って、確かめたいです」

やがて顔を上げた千鶴はそう言って居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「力を、貸して下さい・・・」

「お前にとって辛いものを見ることになるかも知れない。それでも会いたいか?」

「奴らはお前の血を狙っている。そして天霧や不知火によれば、南雲も狙われているそうだ」

それは昨夜、斎藤と原田が二人の鬼から聞いた話だ。
南雲薫   正しくは南雪を付け狙う者達を探るうちに、彼らはその組織に行き着いた。
そこにいたのが雪村網道であり、千鶴の血で改良された羅刹だったのだと。

「お前の父親は、人の道からも鬼の道からも外れたかも知れない」

そんな現実を見るかも知れないが、それでも網道と会いたいか?

真意を推し量るように、土方の厳しい目が千鶴を見据える。
顔を上げた千鶴は、真っ直ぐにその視線を受け止め   言った。

「その時は・・・雪村の者として私が処罰を下します」

本物の覚悟がそこにあった。
雪村家を背負う者としての覚悟を示す千鶴に、出会ったばかりの頃のか弱い娘の面影はない。

処罰という言葉が何を示すのか、解らない彼等ではなかった。
自分達と違って、これまで荒事とは無縁に生きてきた少女が、どれほどの覚悟を持ってその言葉を口にしたのか。

感心すると同時に、雪村網道への怒りが土方達の胸に芽生える。

千鶴にこんな言葉を言わせるなんて、あんたはいったい何がしたいのだ   と。





■■■■■





「千鶴!」


部屋に戻る途中、千鶴は原田の声に呼び止められた。

「原田さん、お話し合いの方は良いんですか?」

「そういったものは土方さん達に任せりゃいいんだよ。頭使うのは俺の分野じゃないんでな、役に立たねえから追い出された」

冗談めかした言葉に、くすりと笑いが零れる。
確かに策を練るのは土方や山南の役割だが、その他の幹部達が役に立たないということはない。むしろ頭の固い土方達に比べて、永倉や原田は柔軟な視点での意見が言える存在だ。そんな彼が邪魔になるはずがない。

千鶴が退室した後も幹部達は副長室に留まって、これからのことを話し合っているはずだ。
なのに原田は千鶴を追いかけてきた。その理由が解らないほど千鶴も鈍くはない。

「心配して下さってありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから」

「そんな泣きそうな顔で言われても説得力ないぜ?」

苦笑交じりに言われ、千鶴は情けなく表情を歪めた。
原田には空元気など通用しない。
優しく頭を撫でられると、彼に縋ってしまいそうになる自分がいて、そんな資格はないのだと己に言い聞かせながら、必死に衝動を抑え込む。

「千鶴、さっきは格好良かったぜ」

けどな、と原田の声音がふいに真剣味を帯びた。

「網道さんのことは俺らに任せろ。お前は刀を抜かなくていい」

「ですが・・・」

「気持ちは解るが、お前のような奴に刀を抜かせないために俺達のような剣客がいるんだ」

戦えない人々が戦わずに済むように。
千鶴の剣と異能が血に染まる日が来ないように。
その為に新選組は刀を振るい、異能を使って敵を倒す。

雪村網道が人々を苦しめる存在ならば、それを排除するのは新選組の役目だ。千鶴にさせるわけにはいかない。

「網道さんは必ず俺らが見つけ出して、お前の前に連れてくる。お前の覚悟は皆解ったから、どんな真実が明かされようと隠したりしない。ちゃんとお前に見届けさせるから、ここで待っていてくれ」

優しい気遣いが有難いと同時に、酷く申し訳なかった。

網道については当初から風間達が疑っていたし、研究資料を目にしてから自分の中にも彼への不信が芽生えていた。
新選組の網道への疑念を聞かされた時も、然程の驚きは無かった。
それでも尚、十数年育ててくれた養父を信じたいという気持ちも根強くあり、悪あがきのように新選組に協力を乞うた。
そんな往生際の悪さを、けれど彼らは真摯に受け止めてくれたのだ。

彼等に報いるために、自分に何ができるのだろうか   



その後、土方達は風間や千姫らと連絡を交し合った。
共通の目的、雪村網道との接触を図るために。



〈次〉

15.12.10up
12.20加筆修正

第三十四話です。
最近斎千ばかりだったので、たまには原千も。



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