異能の剣 三十五





新選組から風間達に協力要請を出して数日。

風間や南雲薫の協力を得るのは一苦労かと思われたが、千鶴が傷つけられたと知った彼らの怒りは深く、むしろ「連絡が遅いわ愚犬共」という暴言と共に「傍にいながら千鶴を守れなかったのか」とねちねちと嫌味も言われた。
現場にいなかった者達はともかく、一番近くにいた平助は風間と薫の集中攻撃に晒され、息も絶え絶えだ。

そんなこんなで何とか彼らの協力を取り付けた新選組は、早速行動に移った。

夜になると超人的な力を発揮する羅刹だが、昼間は動けないことは先日捕らえた羅刹の状態からも解る。
叩くなら日中の間に一気に攻めるしかない。
善は急げとばかりに隊士達を集め、新選組と鬼達の連合は一路、敵地に向かった。


一方、総長である山南は留守を任されていた。
主だった隊士達は捕り物に向かったが、屯所には千鶴がいるし、暴れる心配は薄いが羅刹もいる。手薄にするわけにはいかない。

そんな彼の部屋に来客があった。
留守番の隊、五番組組長の武田観柳斎だ。
武田は甲州流軍学を習得したという知識人で、武に関しては秀でているとは言い難く、今回の捕り物には参加していない。

屯所には今、武田の五番組と井上の六番組、そして監察方の山崎が残っている。
その他の隊は巡察と捕り物に分かれて出払っているので、屯所はいつになく静かだ。
前川邸の方には芹沢を始め、何人かいるかも知れないがそこまで把握していない。

「今日は随分と静かですね」

「そうですね」

武田の世間話に当たり障りの無い答えを返しながら、山南は注意深く彼を見る。
果たして彼は何の用で自分を訪ねて来たのだろうか。

「時に総長、先日より羅刹を捕らえたそうですね」

「ええ、三番組と十番組が良い仕事をしてくれましてね」

「して、羅刹に関して色々と解ったのでしょうか?」

羅刹に興味津々という様子だが、その真意はどこにあるのか。
あえて主だった幹部が出払った時を見計らってそのような話を振ってくる辺り、彼に対して懐疑的な意識を向けてしまう。

(さて、どうしましょうかね)

武田の思惑を見定めてみるか。

もし武田に二心があるようなら、いずれ始末すればいい。
それを見極めるためにも、彼との腹の探り合いに興じるのも良いだろう。

この時、山南は彼を侮っていたのだと、後に痛感することになる。



山南と武田が狐と狸の化かし合いに興じている頃、近藤率いる新選組は屯所から遠く離れた、町外れの山中に向かっていた。

そこに一軒の寂れた屋敷がある。
住人の姿が消えて長いであろう荒れ果てた屋敷だが、周辺には人の行き来の跡が見て取れた。
事前に監察方にも偵察に向かわせたが、確かに人の気配があったという報告を受けている。

昼間でも太陽の光が届かない暗い森の中。
成る程、羅刹が暮らすには打ってつけの環境だ。

「準備はいいか?」

土方が後ろに控える隊士達に視線をやる。

「誰に訊いてるんですか、土方さん」

「いつでも行けるぜ!」

沖田はいつもの飄々とした口調で、永倉は力強く、他の面々も決然とした頷きで土方に答える。

「では行くぞ!」

近藤の号令に答え、一斉に浅葱色が走り出す。
それぞれの隊が屋敷を取り囲むように位置に着くと、沖田率いる一番組と共に正門に立つ近藤が声を張り上げた。

「会津藩御預新選組、御用改めである!」

その声に、屋敷の中で物音がした。やはり誰かいる。
そう確信した隊士達は次々に刀を抜く。

「手向かいする者は容赦なく斬り捨てろ!」

土方の怒声を合図に、一番組と八番組が一気に屋敷に突入した。
寂れた扉は一蹴りで脆くも崩れ、次々に隊士達が雪崩れ込む。

「新選組だ! 神妙にしろ!」

元気いっぱいの平助の声が響き渡った。
続いて中から剣戟の音が聞こえてくる。中の者達が抵抗しているようだ。

慌しく屋敷の中から逃げ出してきたのは、浪士風の男達。
しかし屋敷を取り囲む浅葱色を目にした彼らは、驚愕と共に絶望の色を浮かべる。
尚も抵抗しようと刀を抜く者は斬り捨て、抵抗は無駄だと悟って戦意を失う者は手早く縛り上げる。
明らかに顔色が悪く、体調が悪そうな者は羅刹かも知れないので一層厳重に縛った。

「雪村網道はどこだ?」

土方が捕らえた浪士の一人に問う。

「し、知らない」

スラリと抜いた刀を浪士の首元に突きつけ、再度問う。

「雪村網道はどこだ?」

鋭い目に本気の色を悟り、浪士の表情が怯えに歪んだ。

「本当に知らないんだ!」

「質問を変える。雪村網道を知っているか?」

この問いには渋々頷く。

「雪村網道がここで変若水の改良を行っていた。それは間違いない事実か?」

「ああ、そうだ・・・」

決定的か、と傍で見守っていた斎藤は落胆を感じずにはいられなかった。
捕らえた羅刹の証言だけでは確証は得られなかったが、また一人証人が増えてしまった。

千鶴はきっと酷く傷つくだろう。
彼女の心情を想うと、やりきれない思いが胸を満たす。

「てめえらは雪村網道の仲間だろうが。なのにどこにいるか知らなねえなんて嘘が通じると思ってんのか?」

「だ、だから、今雪村殿はここにはいない!」

「何?」

どういうことだ、と離れた場所に佇む風間達を見やる。
だが彼らにも心当たりがないのか、一様に怪訝な表情だ。

「どういうことでしょうね」

「俺らの動きに気付かれてたってことか?」

不思議そうに首を傾げるのは、紹介されたばかりの天霧と不知火という男達だ。
その傍らでは千鶴によく似た顔立ちの少年、南雲薫が落ち着かなげに辺りを見渡している。

「おい、千鶴はちゃんと守られてるんだろうな?」

突然よく解らない質問を投げかけられた。
だが薫の様子にはただならぬものを感じる。

「すごく嫌な予感がする」

「ふむ、双子の共感能力というものでしょうかね」

人間にも稀にあるが、家族、兄弟姉妹間では感覚を共有するような不思議な現象が起きることがある。
特に双子のように互いの存在が近過ぎると、どちらかの感情や痛みなどがもう一人に伝わったり、離れていても互いが同じような行動を起こしたりする。
鬼ということで、人間とはまた違う結びつきを持つであろう千鶴と薫の間でも、そういった相互干渉の力が働くようだ。

誰よりも千鶴に近い薫の不安げな様子に、斎藤の胸にも不安が芽生える。
千鶴は無事だろうか。今すぐに彼女の安否を確かめたい。
そんな衝動に突き動かされそうになる。


どれだけの時間が過ぎただろうか。

屋敷の中から出てくる者を捕らえ、あるいは斬り捨てるうちに、いつの間にか中の喧噪が聞こえなくなっていた。
やがて現れたのは沖田総司だ。
浅葱色の羽織を赤黒い血に染めた彼は、ほとんど息も乱さずいつもと変わりない様子でこちらに歩いてくる。

「網道さんらしい人はいませんでしたよ」

「隅々まで捜したか?」

当然でしょう、と不快も露に吐き捨てる。

「でも見覚えのある顔が何人かいました」

それはかつて江戸から京に共に上洛してきた者達のこと。
でも、と沖田は楽しげに口元を歪めた。

「清河はいませんでした」

「何だと」

おそらくこの組織の中心人物と思われる網道と清河がいない。
それは、一つの懸念に結びつく。

「新八、島田、ここはお前らに任せる!」

そう叫んだ土方は、斎藤と沖田を伴って駆け出した。

山を降りた辺りには十番組の姿があった。
この山に立ち入る者や、万が一取り逃がした敵が山から下りてきた時に捕らえるために待機させていたのだ。

「土方さん、何かあったのか? 捕り物は終わったのか?」

土方達に気づいた原田が問いかけてくる。

「それはもう終わった。だが、雪村網道と清河がいなかったんだ」

「そりゃどういうことだよ?」

「副長」

斎藤の呼びかけに視線を向けると、彼の示す方角からこちらに走って来る人影が見えた。

「井吹?」

汗だくとなり、ふらふらの体で走る井吹龍之介は、土方達に気づくと倒れこむようにその場に膝を着いた。
ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返すその疲弊した姿は、まさか屯所からここまで走り続けたのだろうか。

立ち上がれない彼のそばに、土方達が駆け寄る。

「どうした、井吹」

「と、屯所に、賊が・・・っ」

必死に搾り出された言葉に戦慄が走った。

(千鶴   !)





■■■■■





いつになく静かな屯所で、千鶴は隊士達の無事を祈っていた。

日中とはいえ、敵は羅刹。いくら新選組隊士といえど、無傷で帰れる保障はない。
今日はこれから負傷者が出るかも知れないと、松本も診療所を休んで薬や包帯の準備を整えている。
隊士達が戻ってきたら千鶴も彼や山崎を手伝って、怪我人の手当てに当たるつもりだ。

新選組が帰った時、そこに雪村網道は居るだろうか。
もしも網道が本当に羅刹を作り出しているのなら、雪村の者として彼に罰を下さなければならない。

覚悟はとうに決めていたつもりなのに、どうしても心が揺らいでしまう。

その時。
不意に全身を悪寒が駆け巡った。

「!?」

突然肌を撫でるように不吉な風を感じ、身を強張らせる。

何かが近づいてくる。
そう警鐘を鳴らすのは鬼としての本能か。

その直後だった。
強い風が吹き荒れ、障子戸を吹き飛ばしたのは。

「きゃあ!」

目も開けていられないほどの突風に煽られ、畳の上に倒れる。
いったい何が、と風が通り過ぎた後、懸命に身を起こしながら吹き飛ばされた障子戸を見やる千鶴は、そこに思いがけない光景を見た。

「ああ、ここにいたんだね、千鶴」

懐かしさを覚える穏やかな声。
大好きだったその声は、ここで聞けるはずのないもの。

「どうして・・・」

ずっと捜していたその人が、記憶のままの優しい微笑を浮かべて立っているのを茫然と見つめる。

「すまないね、荒っぽい真似をしてしまって。迎えに来たよ」

ゆっくりと近づいてくるその人物。
まだ自分の目に移るその人の存在が信じられない。

「父様・・・」

千鶴の呟きに、雪村網道は笑みを深めた。


大好きだったはずの声が、笑顔が    怖かった。



〈次〉

16.1.10up

第三十五話です。
いよいよラストスパート!



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