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異能の剣 三十七
「雪村殿、一つ訊きたい」
父娘の会話を見守っていた浪士達の一人が、話の区切りが付いたところで声を掛けてきた。
彼は羅刹だが、その素振りは人間と変わらない。
変化を目にしなければ、千鶴も彼を羅刹だと見抜けなかっただろう。
昼間でも普通に動けるのは千鶴の血の効果か。それとも網道の研究の成果なのか。
「この娘が先程新選組を守ろうとした異能は風だった。だが以前私が娘を攫おうとした時に使ったのは雷の力だ。これはどういうことだ?」
問いに、千鶴はぎくりと身を強張らせた。
どうやら異能使いの羅刹という他に、彼は以前町中で千鶴を攫おうとした男でもあるようだ。
確かにあの時、自分を連れ去ろうとする手から逃れるために雷の異能を使用した。
しかし、山崎と井上を助けるために咄嗟に放ったのは風の力。彼が疑問に思うのは当然だ。
「この娘は多異能者なのですよ」
「何?」
「普通人間は異能を一つしか使えない。しかしこの娘は純血の鬼。自然界のあらゆる力がその身に宿っています」
「なんと・・・」
多異能を持つことは人間に知られてはならない。
昔そう言っていた網道が、こうもあっさり明かすとは。
先程から網道は自分達が人間とは違う、鬼という存在だということも口にしている。
幼い千鶴がその秘密を明かした斎藤と違い、信用に足る相手だとはとても思えないのに。
案の定、男達は色めき立った目で千鶴を凝視する。
「では、この娘の血を飲めば俺も多異能者となれるのか?」
「さあ、それは解りません。しかし能力が強化されるのは実証されたでしょう?」
「これはいい、この娘さえいれば新選組など恐るるに足らん!」
欲望に満ちた、肉食獣のような眼差しに本能的な恐怖と嫌悪感が込み上げる。
千鶴を傷つけて血を流させることに何ら躊躇いのない様子からは、気遣いの欠片も感じない。
これが風間や薫が再三口にしていた、欲に狂った人間の怖さなのだろう。
これまで千鶴の周囲の人達は皆優しかった。
同胞の鬼達はもちろんのこと、江戸や京で知り合った人達、新選組の人達。
己が如何に彼らに守られていたかを痛感する。
こんな所でたった一人、どう立ち向かえばいいのか。
異能の才に恵まれていても、誰かを傷つけるために行使したことのない千鶴は、網道が言ったように“戦う力”を持たない。ただ黙って成り行きを見ているしかなかった。
しかし、事態はそうも言っていられない様相を呈していく。
「さて千鶴、お前にはしてもらわなければならないことが、たくさんあるのだよ」
優しい声音に恐怖を覚えた。
その口から出る言葉はきっとろくでもないものだろう。
「まずはお前の血を変若水の研究のために使うこと。そしてお前自身には子を産んでもらいたいんだ」
理解が追いつかずに茫然とする千鶴の周りを、男達が囲む。
「と、父様・・・?」
「人間の血が入ることで、子供が持つ異能の数は少なくなるだろうけれど、それでもお前の血のお陰で強い子が生まれるはずだ。そして変若水の効果が子供にどう現れるのか、とても楽しみだよ」
ガタガタと身体が震える。
己の身にこれから起きようとしているおぞましい事態に、強い嫌悪感が湧き上がる。
早くここから逃げなければ。
屋内で異能を使うと建物を壊してしまう恐れがあったが、そんなことを気にしていられる状況ではない。
とにかく外へ出て助けを求めようと風を纏うが、すぐさまそれを察した網道が「抑えなさい!」と叫び、男達に取り押さえられた。
これでは無理に移動しても、男達も一緒に連れて行ってしまう。
ならば、と雷の異能を放った。
かつて新選組と対峙した風間がやっていたように、周囲に無数の小さな雷を発動させて男達の動きを封じる。
「うわっ」
「何だ?」
何人かは身体に走る痛みや痺れに驚いて、千鶴から離れた。
しかし、異能を使う羅刹と他数人には効かない。
いや、雷の力は彼らも感じているだろうが、それに耐え得る身体なのだ。つまり、異能を使える羅刹は一人ではないということなのかも知れない。
「小賢しい真似を!」
バシッと頬に衝撃が走る。
「千鶴、無駄な抵抗はやめなさい。お前も手酷く扱われたくはないだろう? おとなしく私達に従うんだ」
あまりにも勝手な言い分。
千鶴の気持ちなど容赦なく踏み躙り、暴力で従わせようとする男達に、今まで感じたことの無いほどの怒りを覚えた。
「辛いのは最初だけだよ。雪村家が再興されれば、お前は一族の頭領として君臨する。たくさんの子を産めば、それだけ強い兵士が増える。そしてお前は富と栄華を手に入れられるんだよ?」
「そんなものいらない! 私はあなた達の道具じゃない!」
スッと網道の顔から一切の表情が消えたことに、必死だった千鶴は気付かなかった。
彼がぼそりと落とした「お前も同じことを言うのか」という呟きも。
「く、この雷が邪魔だな。おい、さっさとやるぞ。一度してしまえばおとなしくなる。その後はゆっくり楽しめばいい」
「そうだな」
「いや! 離して!!」
バチバチと音が鳴るほど雷の威力が増すが、早く事を済ませて千鶴の抵抗を失くさせることにした男達の手は止まらない。
(誰か・・・!)
助けて と心の中で叫びを上げる。
足を縛っていた縄が解かれ、いくつもの手が千鶴の着物に伸びてくる。
自由になった足をばたつかせて蹴り飛ばそうとするが、難なく捕らえられた。
足の間に強引に身体を割り込ませた男の手が腰帯を解き、勝利を確信した笑みで千鶴を見下ろす。
「お前はもう俺達のものだ。どうせ新選組の奴らにも可愛がられていたんだろう? だが俺達ならもっとお前を楽しませてやるさ」
瞬間、千鶴の内側から強い衝撃が奔流のように迸った。
この男は何を言った。
新選組の人達が、こんな浅ましい思いで千鶴を傍に置いていたとでも思っているのか。
(違う・・・皆さんは、あなた達とは全然違う!)
連絡の途絶えた網道を心配して上洛した千鶴を保護してくれた、松本良順。
千鶴の助けを求める声に応えてくれた風間や千姫達、鬼の同胞達。
そして千鶴が何者かに狙われることを知って、守ってくれた新選組。
皆、優しい人達だった。
千鶴の話を聞いてくれて、決してこちらの意思を踏み躙ったりしなかった。
多少強引な面がそれぞれにあったとしても、根底には千鶴への気遣いが感じられた。
お前が望むなら、いつだって俺達はお前を助ける
お前のような奴に刀を抜かせないために俺達のような剣客がいるんだ
(斎藤さん、原田さん・・・っ!)
彼らの言葉を、この男達は決して理解できないだろう。
千鶴が鬼であることも、多異能を持つことも知りながら、それでも千鶴を守ると誓ってくれた彼らの優しさが、どれほど嬉しかったか。
そんな彼らの言葉を、矜持を、こんな男達に汚させたくない。
金色に色を変えた瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。
胸の奥から溢れ出る衝動のままに、千鶴は力を解き放った。
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大気が激しく揺れる感覚に、風の力で千鶴の気配を探っていた沖田総司は思わず膝を着いた。
「なに、これ・・・っ」
「どうした、総司?」
土方が問うと同時に、突然斎藤が弾かれたように駆け出した。
「おい、斎藤!?」
慌てて後を追う原田。
遅れて沖田も駆け出し、土方や山南もわけが解らないままそれに続く。
屯所を出たところで、外で瓦礫を片づけていた隊士達が茫然とどこかを見つめたまま動かない様子が見えた。
その視線を追った土方達も、飛び込んできた光景に呆気に取られる。
「あれは・・・」
遠く、町の外れから強い光が見えた。
まるで太陽が地上に降りたかのような眩しい光が四方を照らし、やがてそれは形を変えて天に向かって伸びる光の柱となる。
「何だありゃあ・・・」
風の異能を持つ沖田があれほど動揺したということは何らかの異能が発動したのだろうが、あんな力は見た事がない。
風でも水でも火でもない。太陽のような眩しい光。
それを形容する言葉があるとしたら 。
「まさか、“光”の異能・・・? いえ、そんなものがあるはずが・・・」
山南の声が震えを帯びる。
未知の力を前に、さすがの彼もどう反応して良いか解らない様子だ。
「千鶴!」
人々が茫然と立ち尽くす中、我を取り戻して駆け出したのは斎藤だった。
彼には確信があった。
千鶴はあの光の中にいると。
そして彼女が危機的状況に置かれているのだと。
(無事でいてくれ、千鶴!)
『俺達は必ずお前を守る。相手が誰であろうと、二度とお前に危害を加えさせない』
そう彼女に約束したのに、何故奪われてしまったのか。
後悔ばかりが胸の内を支配する。
「まさか、雪村君の力なのですか」
斎藤が叫んだ名に、山南は誰にともなく問う。
答えたのは、どこか楽しげな沖田だ。
「間違いなさそうですよ。あの辺、物凄い冷気が集まってる。たぶんあれ、氷です」
「氷?」
「風、氷、それと光。そういった力が密集してる」
「千鶴が異能を使ってるってことか!?」
顔色を変えたのは原田だ。
彼の目から見てもあの力が異常なものだと解る。
それだけ大きな力を使うしかない状況に千鶴が置かれているのだとしたら、こんな所で悠長にしていられない。
「総司、斎藤を追うぞ!」
走り出そうとする原田を、土方の声が呼び止める。
「原田、千鶴がどんな状態だろうと、切れるんじゃねえぞ」
「そりゃあ無理な話だぜ土方さん。俺も、斎藤もな!」
風の力で空へと舞い上がる沖田と原田。
あっという間に小さくなる二人の背中にを、土方は厳しい表情で見送った。
「くそ、抑止力になれるのは総司だけか」
頼りないことこの上ない。
抑止力どころか、起爆剤にもなりかねない男だ。
連れてくる人選を誤ったか、とも思ったが、考えてみれば永倉と藤堂も別方向に突っ走る性質だ。
いつもは抑える側に回るのが斎藤と原田であり、普段なら間違いない人選だった。
しかし今回ばかりは事情が違う。
「俺も行くしかねえか」
果たして風の力で駆けて行く彼等にどれほどの時間で追いつけるかは解らないが、あの三人にだけ任せてはおけない。
(平助も連れてくるんだった)
三人を追ってこれから一人で全力疾走しなければならないなんて、走り出す前からすでに気が重い。
だが事態は一刻の猶予もないのだ。迷っている暇は無い。
「山南さん、後は任せ・・・」
土方の言葉を遮るように、ざあっと強い風が通り過ぎた。
「ちょっと、あれどういうことよ!」
聞こえてきたのは女の声。
目の前に突然現れたのは、見知った少女だった。
「助かった。おい千姫、あんたの力であの光のもとまで飛んでくれ」
「はあ!? こっちの質問に答えなさいよ土方さん! あれ千鶴ちゃんの力でしょ? 何があったのよ!」
「話は道すがらしてやるから、とにかく飛んでくれ! 千鶴は攫われたんだ!」
叫ぶや否や、風の力が土方を包む。
「詳しく話しなさい!」という千姫の怒声と共に、山南の目の前で二人は風と共に消え去った。
〈次〉
16.1.30up
第三十七話です。
お千ちゃん、土方さん相手でも容赦なし。
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