異能の剣 三十九





南雲薫は怒り狂っていた。
これまで何かに対してこんなにも怒りを感じたことはないというほど、深く、激しく。

その目が金色に光っていることも、黒かった髪が白銀へと色を変えたことも、額に二本の角が現れたことにも気付かず、全身から怒気を放つ彼に、誰も   沖田総司や風間千景さえも声を掛けることができなかった。

薫の烈火の如き怒りが向かう先にいるのは、一人の男。
雪村一族の血を僅かながら引く者であり、双子の妹の養い親。
そこに今日、新たな肩書きが加わった。

姦計によって一族を陥れ、薫と千鶴から家族を、故郷を奪った男という肩書きが。

「幕府に雪村家の脅威を煽っていたのは、あんただな、網道!」

「どういうこと?」

薫の断定に、千姫ら鬼達の表情も険しくなる。
彼がここまで言い切るということは、考えられるのは。

「雪村家の異能を使ったか」

鬼の本性へと姿を変えた時にのみ使える異能の中でも、京の鬼が死者の魂と話ができるように、それぞれの一族だけに伝わる特殊な異能が存在する。
雪村家に伝わるそれは、触れたものの記憶を視る力、“過去視”。

おそらくは氷の中で千鶴が“過去視”を行っていたのを、双子故の感応能力を以って薫も共に視たのだろう。
対象となったものは、刀。二人の持つ刀が対となっているのも、共感に繋がったようだ。

しかもその内容は、長年鬼達が真相を突き止めようとしていた、雪村一族の滅亡に関わること。
数少ない生き残りである薫が、ただの思い込みや誤解であのような発言をするとは思えない。

風間達の視線が薫の怒りが向かう方向、網道に集まる。

「いったい何を言っているのかね、薫君」

心外だと言わんばかりに表情を曇らせる網道の、身に覚えの無い罪を着せられた被害者然とした様子に、薫はきつく両手を握り締めて衝動を抑え込む。

落ち着け。
今はこの男の罪を白日の下に晒すことに集中しろ。

己にそう言い聞かせながら、食いしばっていた唇を震わせる。

「あんたは知っていたはずだ。幕府と雪村家の間で何度も書簡のやり取りがあったことを」

大通連を通して、千鶴と共に視た記憶。
あの当時は二人共幼くて、いったい何が起きているのかわからなかった。
わからないまま、恐怖から逃れるために走り続けた。

だが今は、すべてを理解した。
刀が憶えていてくれたから。

「幕府側も、本当は戦など望んではいなかった。だから何度も文を送って寄越したんだ」

最初は幕府からの問いかけだった。
雪村一族は幕府に刃を向けるつもりなのか、と。
当主の返事は当然“否”だ。どこからそんな疑惑が出たのかと一蹴した。

しかしその後も同じような問いかけが続き、その度に雪村家も否定し続けた。
けれど、何故か幕府に一族の言い分が伝わらなかったのだ。

まるで“誰か”が意図的に邪魔しているかのように。

「あんたは雪村家からの文を幕府に届けなかったんだな? いや、それだけじゃなく、内容を書き換えたんだ!」

次第に雪村への不信感を露にしていく幕府側の文。
このままでは軍を出すしかないとまで通告してきた。
そうせざるを得ないような内容が、雪村からの文に記されていたのだ。

当主の“人間と争う意思はない”という言い分は、“戦も辞さない”といったものへと“どこか”で捻じ曲げられていたとしか思えない。

それができたのは幕府と雪村の間に仲介役として立っていた者達だ。
その一人が、雪村網道だった。

しかし、何かがおかしいと気付いた当主達が捜査に乗り出した矢先、あの悪夢の夜が訪れた。

「あんたは雪村の眷属でありながら、雪村と幕府をわざと対立させた。父上は人間との争いを望んでなどいなかったのに!」

この男が父を、母を、村の皆を殺し、俺と千鶴から故郷を奪った・・・!

抑えきれない憤怒が、凄まじい鬼気となって溢れ出す。

「お前だけは許さない!!」

大通連を鞘から抜いて網道に狙いを定めた時、後ろから伸びてきた手がぐっと肩を掴んで薫を引き止めた。

「ちょっと、勝手にその人殺さないでくれる?」

「邪魔をするな!」

沖田の手を振り払って駆け出そうとした薫の足が、地面からぼこぼこと浮き出た土に絡め取られ、動きを封じられる。

「っ!?」

「雪村網道はまだ殺してはなりません」

地の異能を使って薫を足止めしたのは天霧だった。

「何でだよ! こいつは俺達の仇なんだぞ!」

「雪村の汚名を雪ぐ方が先だ。そのためにもそいつはまだ生かしておかねばならない」

「っく・・・」

風間は反論できずに項垂れる薫から視線を外し、深い怒りを湛えた紅玉の瞳を網道に据える。

「鬼の道を外れた愚か者が。貴様には相応の罰を与えてくれる」

「確固たる証拠もなく私を疑うのですか?」

「証拠? そのようなものは要らん。“雪村直系の鬼が視た”。それで充分だ」

「それに今てめえが紛い物を作り出しているのは明白だしなあ。胸糞悪いんだよ、てめえのツラはよ」

網道に怒り狂っているのは薫だけではない。
風間達鬼はもちろんのこと、新選組も同様だ。

「話は終わったか? じゃあとっとと片付けちまおうぜ、土方さん」

軽い口調ながら、原田の端正な顔からは一切の表情が消えていた。
短気な彼ではあるが、本気で怒った時はむしろ感情が消える。こうなっては元を断つまで収まらない。
それは標準装備の笑顔が消えた沖田も、凍りつくような殺気を垂れ流している斎藤も同様だ。
さすがの土方も、彼らにこれ以上“待て”を強いることはできなかった。

「全員捕らえろ! 歯向かう者は斬れ!!」

土方の怒声と同時に待ってましたとばかりに沖田の風の力が、斎藤の氷の力が刃となって浪士達に降り注ぐ。
浪士達も異能や刀を使って反撃に出るが、新選組との力量の差は歴然で、瞬く間に何人かが倒れた。

問題は羅刹化した者達だ。
彼らは人間は当然のこと、これまでの羅刹とも勝手が違う。

風の刃は土の防壁に弾き飛ばされ、氷の刃は炎に巻かれて跡形もなく消えた。
さらに一人の浪士が放った風の刃は沖田のそれに匹敵し、咄嗟に張った斎藤の氷の防壁も何とか攻撃を防いだものの役目を終えると同時に粉々になる。

「へえ、改良変若水のお陰とはいえ、なかなかやるじゃない」

「ったく、厄介なもん作りやがって」

土方の雷の直撃を受けても原田の炎に焼かれても、すぐに傷が癒えて立ち上がる羅刹。
こうなったら首を刎ねるか心臓を貫く以外倒す術は無い。

「新選組といえどただの人間! 羅刹の敵ではない!」

狂ったように叫ぶのは清河八郎だ。その髪が真っ白に染まっているのを見るに、彼も羅刹となったようだ。

「あんたはまだ羅刹にこだわっているのか」

かつて新選組の前身である浪士組を発足させたのが、清河八郎だ。

羅刹の脅威から京の町や人々を守る。
その考えに賛同して集まった浪士達に、近藤を始めとする試衛館の面々や、芹沢一派がいた。
仲間達と共に磨き上げた剣の腕と異能を生かせる機会がようやく訪れたのだと、誰もが意気揚々と清河の下に集った。
しかし、その発案者である清河の考えは、別にあったのだ。

彼の真意が羅刹を狩ることではなく、羅刹の力をどうやって得られるのか、それを知るために腕に覚えのある者達を集めたのだと知った時、土方達は当然ながら反発した。
彼にとって、集めた浪士は使い捨ての駒だったのだ。
羅刹を倒すために使う“力”であり、羅刹の力を試す“実験台”でもある、どう使ってもいい命。

あれから一年以上が経った。
そして今、清河は羅刹となって現れた。

「羅刹の価値を認めぬお前達が愚かなのだ!」

誰かを思い出す台詞だ、と土方は思った。

「ああ、新見さんと同じことを言ってるのか」

芹沢一派の一人として浪士組の局長を務めたこともある男。
彼もまた羅刹の力に傾倒していた。
そういえば上洛した浪士組が分裂した時、彼は清河の考えに賛同しつつも芹沢に付いた方が得だと判断し、京に残ったのだ。
だがどういう経緯か、雪村網道と出会い、羅刹の研究にのめり込んでいった。

「羅刹の力は素晴らしい! あの娘の血があれば、完璧な羅刹を作り出せるのだ!!」

「っ!」

ぶわりと膨れ上がった怒りのままに、斎藤は清河に無数の氷の刃を放った。

すぐさま他の羅刹が地の防壁を作り出すが、瞬時に粉砕する。
衰えぬ勢いのまま風の刃も、炎の渦も掻い潜り、いくつかの氷の刃が清河を貫いた。

「ぐあああっ!!」

突き刺さった箇所から冷気が溢れ、清河の身体が凍り付いていく。
羅刹の治癒力も追いつかぬほどの速度で広がる氷は、やがて清河の全身に回った。
それが心臓をも凍りつかせたのは、間もなくのことだった。

目の前で清河が凍死したのを見て、他の羅刹達も慄いていた。
まさか強化された羅刹がこんな風に殺されるとは。

「な、何故だ。新選組など所詮武士の紛い物なのに・・・。真に幕府や会津藩に庇護を受けるべきは、完璧な羅刹である我らなのに・・・!!」

そう叫ぶ羅刹に、斎藤は見覚えがあった。
いつだったか、屯所を中を窺おうとしていた不審な男だ。

「武士の紛い物だと? 人にも鬼にもなれぬ出来損ないがよく言う」

馬鹿にした口調で嘲笑う風間に、羅刹の殺気立った視線が突き刺さる。
しかし彼には羅刹の怒りなどそよ風に等しい。
それ以上に彼は怒っているのだから尚更だ。

「所詮貴様ら羅刹と呼ばれる者達は、西洋の鬼の粗悪品でしかない。人間を捨て、ただの化け物のなり損ないに落ちぶれた貴様らに未来はない。ここで全員死ね」

ふわりと揺れた風間の髪が白銀へと変わる。
凄まじい鬼気が大気を揺らし、晴れ渡った空にピシリと光が奔った。

「い、いかん!」

逸早く風間が何をしようとしているかを察した網道が羅刹達に退却を命じるが、いつの間にか周囲は高い石の壁に囲まれていた。
天霧が作り出した地の防壁だ。これでは逃げ場が無い。


空を裂く雷光は、次々と羅刹を貫いた。





■■■■■





「あ、あああ・・・」

網道は茫然と地面に座り込んでいた。
腰が抜けたのか、立ち上がる力もない。

彼の周囲には累々と焼け焦げた死体が転がる。
強化されたはずの羅刹達が、風間が放った異能の一撃で全員が躯と化した。

人間と争わぬという鬼の掟通り、雷光は羅刹“のみ”を貫いた。
新選組は言わずもがな、羅刹ではない浪士や網道には掠りもせずに。
その浪士達も新選組に捕らえられ、もはや抵抗する気力もなく項垂れている。

「さて、貴様には洗いざらい吐いてもらうぞ」

この惨状を作り出した張本人は、こともなげにそう言った。
その泰然とした様子が、網道の中に長年渦巻いていた劣等感を呼び起こす。

「これほどの力を持ちながら、何故貴方方は行使しないのだ! 鬼の力があれば天下だって取れるものを!」

悲鳴染みた叫びからは苛立ちや妬み、それを超える憧憬の念が溢れていた。

対する風間は呆れた視線を網道に投げる。

「くだらぬ」

一言で斬り捨てられ、網道は言葉を失う。
が、やがて肩を震わせながらくつくつと押し殺した笑いを漏らし始めた。

「貴方方も同じなのか。お館様のように、千鶴のように、鬼の素晴らしい力を無駄にするのかっ。私が純血の鬼なら、一族をもっと繁栄させられたのだ! 私が・・・」

「貴様が頭領になれば、人間共に滅ぼされるだけだ。貴様が陥れた雪村一族の末路を忘れたとは言わさんぞ」

強大な力は人々の畏怖となる。
無闇に行使せず、陰のように生きれば人々も触らぬ神に何とやらと、虎の子を起こすような真似はしないだろう。

しかし、その力で他者を踏みつけ、支配しようとすれば当然ながら人は反発するものだ。
一人一人の力は脆弱でも、何百人、何千人と集まれば、それは巨大な力となる。
故に、互いの領域に踏み込まず、互いに干渉しないことが双方にとって一番良い。

「成程な。貴様の真意はそこにあったのか。幕府と雪村を争わせ、鬼の力を見せ付けたかった。そして雪村が幕府を支配し、己もその恩恵に預かろうと画策した」

「鬼の一族でも随一の穏健派だった雪村家が、んな真似するわけねえだろうが」

「そんな馬鹿げた欲望のために、父上達を・・・っ!」

「それの何が悪いと言うのです! 鬼は万物の支配者だ。鬼の本当の力の前では人間など塵芥に等しいと、貴方がたった今証明してみせた!」

人間よりも遥かに強い羅刹を、さらに強化した者達をも簡単に倒した風間の実力。
彼の前では新選組など物の数ではない。
ならば雪村一族も、その気になれば幕軍を蹴散らせたはずなのに。

「確かに鬼は人間より遥かに優れた存在だ。高潔かつ優美、他の追随を許さぬ強大なる力を持つ気高き種族」

「よくそこまで自画自賛できるな・・・」

げんなりと呟いたのは原田だ。
しかし風間にその声は届かない。

「それ故に我らは人の世とは関わらぬ。神にも等しき者は孤高であると古来より定められているからな」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

土方、沖田、斎藤、原田のもの問いたげな視線が天霧や不知火、千姫へと向けられる。
こいつの言ってることは本当か?

「当たらずとも遠からずだけど、こんな傲慢な考えを持つのはこいつくらいよ」

天霧と不知火がうんうんと千姫に賛同する。
風間では話にならないと判断したのか、千姫が一歩網道に近づく。

「貴方、さっき鬼は万物の支配者だとか言ったわね。その考えからしてすでに間違ってるわ」

「なっ」

「私達は万物を従えているのではなく、力を貸してもらってるだけよ。貴方は千鶴ちゃんのそばで何を見てきたの? 純血の鬼で、いくつもの異能を持つあの子が一度でも誰かを傷つけるために力を使ったことがある?」

「それは・・・」

「これが貴方と“本物の鬼”との明らかな違いよ」

網道は一瞬絶句し、気色ばんで何か言おうとするが、言葉が出なかった。


そう、斎藤もよく知っている。
千鶴は羨ましいほど多才な異能に恵まれているが、その力は日常の便利な道具という扱いだった。
彼女の養い親として十年以上ともに暮らしてきた男なら、千鶴の異能の使い方を誰よりも知るはずだ。

網道はそれを宝の持ち腐れだと思っていたのだろう。
幕軍に決して刃を向けなかった雪村一族と同様に。

千鶴の異能の才を羨む気持ちは解る。かつて斎藤も味わった思いだから。
だが、強過ぎる力は人々にとって脅威となることを、以前風間と戦って思い知った。

あらゆる異能を使いこなし、人間を凌駕する身体能力を持つ彼には幹部数人で掛かっても歯が立たなかった苦い記憶。
あの力が網道が言うように人間を支配するために振るわれた時、世の中はどうなるか。

多くの人間が死に、鬼か人間のどちらかが滅びるまで戦は終わらない。

故に、鬼は人間の脅威とならないように、人と関わらずひっそりと生きると決めたのだ。


「そんな雪村の鬼達の思いを踏み躙った貴方を、私達は決して許さないわ」

凛とした千姫の声に滲む怒りは、鬼の怒り。

網道は己が日本中のすべての鬼を敵に回したのだと悟り、がっくりと肩を落とした。



〈次〉

16.3.11up

第三十九話です。
風間さん最強。



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