異能の剣 四十





「しかし、どうしたもんかな。千鶴にもう大丈夫だと教えてやりたいが、どうやって伝えりゃいいんだ?」

氷の柱を見上げ、原田は困り果てた様子で頭を掻く。
同じく氷を見上げる面々も思案げに黙り込み、彼の呟きに答える声はない。

新型羅刹を全滅させ、網道と浪士達を縛り上げて気絶させたまでは良かった。
その後に待ち受ける最大の難関こそ、この氷の柱だ。
中にいる千鶴をいったいどうやって出してやれば良いのか。その方法がわからない。

真っ先に浮かんだ対処法は火で氷を融かすというものだが、それは網道の羅刹達がすでにやった後だ。
改良型羅刹達が炎で炙っても、風で切り裂いても、石をぶつけても傷一つ付かなかった氷だ。新選組幹部の力でもびくともしないだろう。

「異能で攻撃しても無駄っぽいよね。土方さんの雷落としたら割れるかな?」

「中の千鶴が危ねえだろうが」

とはいえ相手は鬼の力で造りだされた強固な氷。生半可な攻撃は通用しない。
かと言って氷を壊すことばかりに拘ると、中にいる千鶴にまで被害が及ぶ。
鬼である風間達の力でなら破壊できるかも知れないが、それもやはり中の千鶴が危険だということで断念した。

最も安全かつ確実なのは千鶴が自らの意思で氷から出てきてくれることなわけだが、千姫や薫が呼びかけても氷は無反応のまま、虚しい沈黙だけが返ってきた。

「君、さっき共感してたんでしょ。千鶴ちゃんに声を届けられないわけ?」

「っ、俺だってできればそうしてる。だがそんなに都合良く共感し合えるわけじゃない」

「使えないなあ」

「何だと!」

沖田と薫の言い争いを尻目に、風間、天霧、不知火の三人は端から少しずつ氷を壊していく線で話をまとめようとしていた。

そんな中。

「俺がやる」

名乗り出たのは斎藤だ。

「は? って、お前の力じゃ無理だろ?」

斎藤の異能は“氷”。
氷に氷をぶつけても何の意味もない。
ただひたすらこの辺が涼しくなるだけだ。

「どんな攻撃もこの氷には通じん。だが、俺達が来たことを知らせる術はある」

そう言って斎藤が放ったのは、“氷”ではなく“水の力”だった。

「あ」

誰もが合点がいったという表情となる。
氷を融かすには火よりも水の方が手っ取り早く、中の千鶴も濡れる以外に被害は無い。

何故すぐにその考えに思い至らなかったのか。壊すことばかりを考えていた面々は己の浅慮を恥じた。
特に新選組幹部達は、以前山南が同じ方法で氷漬け羅刹の研究をしていたのを知るから尚更だ。
まさかあの歩く取り扱い注意な危険人物の方が平和的な解決法を逸早く実行していたとは。・・・不覚。


氷の上から余す所なく降り注ぐ水によって、端から徐々に氷の形が変わっていく。
それを見た斎藤は、良かった、と内心で安堵した。この方法は間違っていなかったようだ。

かつては忌み嫌い、長年封じ込めていた力。
しかし千鶴との出会いで、斎藤は真摯にその力と向き合うことができた。
今では誰に恥じることなく、誇れる力だ。

こうして千鶴を救う唯一つの手段であれば一層のこと、この力を持って生まれて良かったと心から思う。

(もう大丈夫だ。出て来てくれ、千鶴)

ピシピシと亀裂が走る音が鳴り響き、斎藤の水が少しずつ氷に染み込んでゆく。



異変はやがて氷の中の千鶴に伝わった。

(誰?)

外から干渉してくる力の流れを感じる。
この力には覚えがあった。
千鶴を襲った者達の暴力的な力ではなく、力強くもあたたかな力。

(斎藤さん?)

間違えるはずがない。
それは寒い冬の日、共に雪を降らして遊んだ彼の力と同じものだ。

斎藤が来てくれたということは、きっともう外に出ても大丈夫。
そんな千鶴の思いが伝わったかのように、氷は小さな粒子となって光に融ける。
さあっと光に撫でられて煽られた髪が元の色に戻っていく。

取り囲んでいた防壁が消えると、千鶴の足が確かな土の感触を踏んだ。
外界の風を感じると同時に、大雨の只中に放り出された千鶴は頭から水を被ってしまった。

「きゃっ」

「す、すまない」

慌てたような声とともに水が止まる。

「千鶴!」

「千鶴ちゃん」

いくつもの声が名を呼ぶ。
閉じていた目を開けると、見慣れた姿を捉えて安堵のあまり足が崩れそうになった。

一番近くに斎藤がいて、その後ろには土方、沖田、原田。
風間や薫、天霧も不知火も千姫もいる。

(来て・・・くれた・・・)

込み上げる涙で揺れる視界の中、斎藤がこちらに駆け寄ってくる。
彼は自分の隊服を脱ぐと、その浅葱色の羽織で千鶴をすっぽりと包み込んだ。
そのまま羽織ごと斎藤の腕に強く抱きしめられた。

「無事か、千鶴」

耳元で囁かれた声が震えている。
随分と心配を掛けたのだと、抱きしめる腕の強さと声の震えから伝わってくる。
胸が詰まり、千鶴は斎藤の肩口で必死に頷いた。
今口を開けば、泣いてしまうと確信できるから。

「良かった・・・」

深いため息が耳朶を擽る。

守りきれなくてすまなかった。

小さな声で紡がれた言葉に、今度はぶんぶんと首を横に振る。

「ありがとう、ございま・・・っ」

助けに来てくれた。その事実が何よりも嬉しいのだ。


「ちょっと一君、それ以上千鶴ちゃんを独占してると鬼さん達に殺されちゃうよ」

割り込んできた沖田の声に、渋々千鶴から身を離す。
確かに先程からビシビシと突き刺さる殺気を孕んだ視線は気になっていた。

「千鶴ちゃん、随分と着物が肌蹴てない?」

「え? あ・・・っ」

指摘されて自分の姿を見下ろした千鶴は、慌てて身嗜みを整える。

解け掛けた腰帯。
無理に乱された着物の合わせ。
千鶴に何があったのか、何故氷の中に閉じこもったのか。
その場の全員が瞬時にすべてを理解した。

瞬間、凄まじいまでの殺気が立ち昇った。

「落ち着け斎藤! 抵抗できねえ相手を殺すんじゃねえ!」

咄嗟に土方が斎藤の腕を掴む。
まさか土方の手を振り解くことはできず、縛り上げた浪士達の方へ駆け出そうとした足が止まる。

とりあえず斎藤は止められた。
土方は視線を周囲に巡らせる。
殺気を纏ったのは斎藤だけではなかったのだ。

「左之さん、罪人になるからここではやめた方がいいよ。後でこっそり暗殺すればいいんだからさ」

止めてるのか煽っているのか判断が付かない台詞は沖田のものだ。
言葉の割りに、しっかりと原田を足止めしている。

少し離れた所では風間と薫が天霧と不知火にそれぞれ取り押さえられていた。こちらも一触即発だったようだ。

ちなみに千姫は冷気を纏った手を翳していた。
どうやら四人が斬りかかる前にまとめて凍らせるつもりだったらしい。


着物を整えた千鶴は改めて周りを見渡し、羅刹の死体や縛られた浪士達に気付いて身を強張らせる。

「あの、父様達はどうなるのでしょう?」

「これから屯所に連れて帰って詮議する。雪村網道はうちでも千姫達の方でも尋問を受けさせる」

「そうですか・・・」

酷く複雑な気分だ。
十数年間、父として慕った男が秘めていたあまりに身勝手な欲を知ってしまった。
彼の雪村の里にした仕打ちや、今現在も人々を苦しませている所業は決して許されるものではない。

家族としての情はまだあるが、減刑を望むつもりはなかった。
彼には自分が仕出かした罪を償って欲しい。

「井上さんと山崎さんはご無事ですか?」

屯所から連れ去られる時に見た血塗れの姿を思い出し、土方を縋るように見る。
問いに、土方は表情を険しくした。

「源さんは軽傷だ。山崎は、今松本先生の手当てを受けている。・・・かなりの深手らしい」

「あ・・・」

斎藤達が来てくれたことで緩みかけていた心が、再び軋む。





■■■■■





西本願寺の境内を風が通り過ぎた。

突如そこに現れた副長以下数名の幹部と小姓、数人の見知らぬ者達の姿に、瓦礫を片付けていた平隊士達はぽかんと口を開けて固まった。
いったいどうやって現れたんだ?

疑問を投げかける間もなく、慌しく彼らは屯所の方に駆けていく。
隊士達は茫然とそれを見送るしかなかった。


「松本先生!」

「雪村君?」

診療所として使用している部屋に飛び込んだ千鶴を迎えたのは松本良順ではなく、山南だった。
頭に包帯を巻いた痛々しい姿。あの騒動で、彼も負傷したのだろうか。

ぞろぞろと部屋に入ってくる土方達の姿に、山南の表情が少しだけ和らぐ。

「皆さん、無事で何よりです」

「山南さん、山崎はどうだ」

山南は無言で首を振る。
襖の向こうの様子は未だ彼にも解らない。

すると、土方達の声に答えるかのような間合いで襖が開き、松本良順が現れた。
彼の白衣は夥しい血に真っ赤に染まっている。

「千鶴君、良かった。無事に帰ってきたんだな」

「松本先生、山崎さんの容態は?」

「手は尽くした。後は彼自身の生命力に賭けるしかないよ」

それはもう、彼にもどうしようもないということ。

傷はすべて縫合し終えたが、流した血が多過ぎた。
このまま目を覚まさず、命の火が尽きてしまう可能性もある。

そう告げられ、重苦しい沈黙が落ちた。

「山崎さん・・・」

どうしよう。
自分を助けようとした人が、死んでしまうかも知れない。
耐え難い現実がひたひたと迫り来る。

強張った表情で俯く新選組の人達は、誰も千鶴を責めるような言葉は言わない。
むしろ千鶴が「私のせい」などと零せば、彼らは烈火の如く怒るだろう。
山崎を侮辱するつもりか、と。
ここで山崎が死んだとしても、彼らは静かにその事実を受け入れてしまう。

(でも、私は・・・)

部屋の入り口に立ってこちらを見つめる紅玉の目と視線が交錯する。
風間、千姫、薫の顔を順に見つめ、意を決して口を開く。

「風間さん、お願いします」

“一族”を思うなら、言葉にするべきではない。それはよく解っていた。
けれど・・・。

「今回だけ・・・。今回だけですから」

千鶴が何を言いたいのか解らない風間ではなかった。
同胞達の視線が風間と千鶴を交互に見るのを感じる。

「山崎さんを、助けたいです・・・っ」

息を呑んだのは新選組の面々だ。
いったい何を言っているんだ?
そう言いたげに千鶴を凝視している。

暫し無言の時が流れ、風間は呆れたように息を吐いた。

「確かに、その者の怪我の要因には鬼が関わっている」

彼が助けようとしたのは鬼の娘。
彼を傷つけた力は鬼の末端が要因。
特例を認める要素はあった。

人間を信用するわけではないが、この場にいる者達はそう簡単に欲に狂うこともなさそうだ。
若干一名、おかしな研究意欲を持ちそうではあるが。

「今回だけだ」

一言だけそう言うと、千鶴の顔がパッと輝いた。

「ありがとうございます!」

風間に深く頭を下げ、千鶴は奥の部屋に向かう。
その部屋には布団に寝かされた山崎と、彼の汗を拭う井上がいた。

「雪村君、無事だったんだね」

ずっと松本の手伝いをしていたのだろう。
疲労の色の濃い顔の井上は、千鶴を見ると嬉しげな笑みを浮かべた。

拭っても拭っても追いつかぬほど、山崎から脂汗が滲み出る。
苦しげな呼吸は、聞くだけで辛かった。

千鶴は山崎を挟んで井上と向き合うような位置に腰を下ろし、右手を翳す。

風の異能を持つ沖田は、その右手にいくつもの力が集まるのを感じて驚いた。
風、水、火、地、雷。
千鶴が多異能者であることも、一度に複数の力を使えるのも知っていたが、まさかいくつもの異能を同時に発動できるほどとは思わなかった。

千鶴の手に集まった力は、やがてその下の山崎の身体に降りていく。

「これは・・・っ」

みるみるうちに、山崎の身体に無数に奔る傷跡が消えていくのが見て取れた。

「この力こそ、鬼が人間と関わらぬことを定めた最たる理由だ」

ぽつりと風間が呟きを落とす。

言われて、確かにと納得せざるを得なかった。

“治癒”の力。
傷を負ってもすぐに治るという鬼には必要のない力だが、人間はそうはいかない。
この力の存在を知れば、誰もが血眼になって欲するに違いない。

「男鬼に比べ、力の弱い女鬼はこの“癒し”の異能に特化する。故に人間に狙われやすく、その女鬼を守るために男鬼は強くあらねばならぬ」

風間は殺意を宿した厳しい目で土方達を見据える。

「千鶴を私利私欲のために利用することは断じて許さぬ。それだけは覚えていろ」

この癒しの力の恩恵を受けるのも、これが最初で最後だ。

対する土方達もまた、怒りも露に風間を睨んだ。

「元よりそのつもりはねえ。俺達を見縊るんじゃねえよ」

千鶴がこんな力まで持ってると知られれば、欲に駆られる人間は後を断たないだろう。
今回だけは山崎のために力を貸してもらうが、二度とその力を使わせるつもりはない。
それはこの場の全員の総意だった。


「・・・っ」

呻き声が漏れた。

苦しげに歪んでいた山崎の表情が徐々に落ち着き、ゆっくりと切れ長の目が開く。

「雪村君・・・?」

自分を見下ろしている人物の顔を認識すると、思わず笑みが零れた。

「無事だったんだな・・・」

良かった、と囁きを落とし、山崎は穏やかな眠りに落ちていった。



〈次〉

16.3.30up

第四十話です。
ちょっとはカップリングらしくなりましたでしょうか(汗)
次回でラストです♪



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