羅刹狩り 一





羅刹   幕末の時代、突如として現れた異形の者達をそう呼ぶ。
傷を負ってもすぐに癒える特殊な体質、常人より遥かに優れた身体能力は日本に古くから住む“鬼”と同じ。
決定的に違うのは、羅刹は日の光に弱く、血に狂って理性を失ってしまうこと。

“羅刹”とは、脆弱な人間達が“鬼”の力を求めた末に辿り着いた姿。
故に“鬼”達は憐れみと蔑みを込めて、彼らを“紛いもの”と呼んだ。


時代が明治を迎える頃、西の鬼達が中心となって羅刹を駆逐し、一旦は日本から羅刹が消えたかに思われた。
だが、羅刹を造る薬   “変若水”は元々他国で造られていた。
外国との交流が広がれば、自ずと他国からは様々なものが日本に流れ込んでくる。
人や動物、その国の文化や文明、そして疫病。
その中に羅刹も含まれていたのは、もはや必然である。

再び日本の地に下り立つ羅刹に対し、人間は太刀打ちできる力を持たない。
羅刹を超える力を有し、羅刹を屠る力を持つのは“鬼”達のみ。


そして現代。

鬼達は羅刹を狩る   





■■■■■





五十嵐茜は不機嫌絶頂だった。
頭の上で一つに結んだ髪は動きに合わせてゆらゆらと揺れ、その揺れ幅の大きさからも彼女の機嫌の悪さが見て取れるほどだ。
気の強さをそのまま表したようなきりりとした眼はきつく吊り上がり、眉間には深く皺が刻まれている。
普段は親しみやすさを感じさせる健康的な美少女といった印象なのに、険しい表情がそれを台無しにしているようだ。
こんな状態の少女に声を掛けられるのは、余程親しい者だけだろう。

「待てよ、茜!」

その親しい者の区分に分類される少年の声が、彼女の後ろから名を呼ぶ。

「今は話しかけないで!」

応える声音には抑えようのない怒りが滲む。
しかし少年はそんな言葉に臆すことなく、ずんずん進む少女の腕を掴んで引き止めた。

「いったい何をそんなに怒ってるんだ? 俺が“狩り”を始めるのは決まってたことだろ」

「知ってるよそんなこと! 十五になったら現場に出る。そのために修行してたんだもんね!」

でもね!と勢い良く振り返った茜の眼に溜まる涙に、少年は思わず怯んだ。
一歩下がる少年に、今度は茜の方が詰め寄る。

「何で恵太だけなの!? 私だって“狩り”に出るために今まで剣の稽古頑張ってたんだよ!?」

「いや、だってお前女だから・・・」

「何それ! 昔ならともかく、現代じゃ男とか女とか関係ないでしょ! 私にだって“狩り”をする資格あるよ!!」

悔しさに満ちた叫びを残し、茜は踵を返して走り去る。
その背を、彼は負うことができなかった。


「俺だって茜がいれば心強いよ・・・」

一人残された少年   露原恵太が零した呟きは、誰の耳にも届かずに消えた。





「それで、茜ちゃんは何をそんなに怒ってるのぉ?」

のんびりと間延びする口調で足を抱えて蹲る茜に声を掛けたのは、恵太の姉であり、茜にとっても姉のような存在の露原春奈だ。
気の強さが顔立ちにも表れている茜とは対照的に、おっとりした性格そのままのぽやんとした雰囲気の可愛らしい娘である。

直情的な性格の茜にとって、ゆっくりとしたテンポの春奈とは意外と相性が良いらしく、一緒にいると不思議と安心する。
その為、嫌なことや辛いことがあれば実の兄より彼女を頼ってしまうのは、幼い頃からの癖だった。
今も、恵太を置き去りに走り去った後、彼女の部屋に飛び込んでこうして背を丸めている次第だ。

「茜ちゃんを“狩り”に出さないって決めたのはお爺様達でしょう? 恵ちゃんに当たるのは可哀想よ?」

「解ってるよ。解ってるけど、私は恵太と一緒に戦いたいんだもん」

その為に茜は男子に混じって荒稽古に耐えてきた。
女であれば武器など持たずにしとやかでいろ、と何度も咎められながらも決して剣を捨てなかった彼女の姿を知るため、落ち込む少女を慰める言葉もない。

茜や恵太、春奈の家は“鬼”の血筋と力を継承する一族だ。
明治時代に彼女達の一族の頭領である不知火家から、羅刹を始末せよとの指令を受け、力の強い鬼達による羅刹狩りが行なわれるようになった。
それは現代でも続いており、茜や恵太達の兄もまた、数年前から羅刹狩りをしている。
兄達の戦う姿に、自分達もいつかああなりたいと恵太と共に腕を磨いてきたのに、“狩り”を許される年齢である十五になった今年、女である茜には“狩り”をする許可が下りなかった。


「恵ちゃんもきっと寂しいって思っているわ。一緒に頑張ってきたんだものね」

優しく背を撫でながらそう囁いた時、ふと茜が顔を上げた。

「そうよ」

「え?」

「黙ってれば解らないんだわ」

「え!?」

「お爺ちゃん達には黙って恵太と一緒に行く! そうしたら恵太も寂しくないし、私も“狩り”が出来るよね!」

「ええ!!??」

「じゃあね、春奈ちゃん! 話聞いてくれてありがと!」

先程までの落ち込んだ表情はどこへやら。
何かが吹っ切れたような明るい笑顔を浮かべた茜は、春奈が何かを言う前に元気良く部屋を飛び出して行った。


「ええっと・・・」

走り去っていった茜の後姿を呆然と見送った春奈はその場に佇んだまま、まともな思考が戻ってくるまでしばらくの時を要した。





■■■■■





羅刹を狩る鬼の一族は、茜達だけではない。
決して数は多くないが、今でも日本各地に存在し、それぞれのやり方で羅刹と戦う力を持ち続けている。
そんな彼らの修行の場も各地に存在し、十五の年を迎えた恵太がまず向かわされる場所もその一つだ。

山一つを私有地とし、鬼の一族の数家が共同で管理しているそこには、狩りで捕らえた羅刹から抜き取った血液を薄めたものを飲まされた動物羅刹達が放たれており、それらと戦うことで人型の羅刹とも戦える力を養うのを目的としている。

学校が夏休みとなり、七月中に宿題のほとんどを済ませた恵太は八月の間は修行場であるその山に篭って修行を行う。
もちろん一人では危険なため、同じく夏休みとなった大学生である兄、弘也が同行する。
危険から恵太を守る意味もあるが、何よりの理由は互いを相手に手合わせをするのが主な役目だろう。


そして恵太に遅れること数日後、茜も目的の山がある町に辿り着いた。
何故か隣には春奈の姿もある。

「茜ちゃん、本当に行くの?」

「もちろんだよ。でも春奈ちゃんは来る必要ないと思うけど?」

「だって、心配だもの」

友達の家に泊まりに行く、と言って家を出て来たものの、流石に一ヶ月近く留守にするとやがて家族達も不審に思うだろう。
家に帰る頃には茜の所業がバレて、こってり叱られるのは眼に見えている。
春奈までそれに付き合う必要はないと思うのだが、彼女は茜だけでは心配だと言って譲らない。
心配してくれるのは嬉しいし、傍にいてくれると心強いのは確かなので、強く止められずに結局共にここまで来てしまった。


「とりあえず、恵太達を捜そっか。確か山の中の小屋に泊まるんだっけ」

やがて来たる親達からの叱責地獄よりも、今は自分の望みを叶える方が優先だ。
自然とうきうきと足取りが軽くなる茜の後を、春奈も苦笑しながら続く。



「なあ見ろよ、夏祭りが近いみたいだぜ!」

多くの人で賑わう商店街を歩いていた時、一際大きな声が耳に届いた。
思わずそちらに眼を向けた茜達の目に、やたらとキラキラしい光景が飛び込んでくる。

「祭りといえば焼きそばにいか焼きたこ焼き綿飴にかき氷その他もろもろ、祭りでしか味わえない美味いもんが並ぶんだよなあ」

「何言ってやがる新八、祭りの醍醐味は花火だろ! 夜空にパアッと咲く花火を見ながら飲むビールの美味いことと言ったら」

「結局飲みてえだけじゃねえか」

立ち並ぶ店の壁に貼られた夏祭りのポスターの前で騒ぐ数人の若い男性達。
特に珍しいわけではない光景のはずだが、不思議と眼を引く。
それは彼らの容姿が際立って良いからか、醸し出す雰囲気からしてどこか一線を画しているように感じた。

「千鶴ちゃんはお祭り行ってみたい?」

「はい、何だか楽しそうですね」

「あんたが行きたいなら付き合おう」

男ばかりの集団の中、一人だけ交じる小柄な女性の図は不自然なようで自然に見えた。

彼らは祭りの日時や場所を確認すると、「さあ行くか」と歩き始める。
思わずその姿をじっと見ていた茜だが、やがてはっと我に返った。

イケメン集団に見惚れている場合ではなかった、と隣に立つ春奈を見やる。

「・・・・・・」

「春奈ちゃん?」

「・・・・・・」

呼びかけに応答がない。
春奈は立ち尽くしたまま、ぼーっとどこかを見つめている。
その視線の先にいるのは、先程のイケメン集団の後姿だ。

「素敵・・・」

「え?」

「あんなに格好良い人初めて見たわ・・・」

どうやら集団の誰かに一目惚れでもしてしまったようだ。
一点を見つめたまま、彼女は頬を染め、瞳を潤ませる。

「あ、あの、春奈ちゃん、もう行こうよ」

ふらふらと集団の後を追いかけてしまいそうな彼女の服を掴んで引っ張ると、おぼつかない足取りで引かれながらも視線は集団から離れない。

「ほら、恵太達を捜すよっ」

まともな反応が返るのは早々に諦め、強引に春奈を引きずりながら、茜は集団とは別の方角へと歩きだす。

春奈が夢見る状態を脱するには、まだ時間が掛かりそうだ。



〈次〉

13.4.10up

オリキャラ設定
五十嵐茜(いがらし あかね) 主人公 気が強い性格 十五歳
五十嵐要(いがらし かなめ) 茜の兄 社会人 二十五歳
露原恵太(つゆはら けいた) 茜の親戚で幼馴染 十五歳
露原春奈(つゆはら はるな) 恵太の姉 おっとりした性格 十七歳
露原弘也(つゆはら ひろや) 恵太の兄 大学生 二十歳



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