羅刹狩り 二





町外れの山の中、日に一、二本しかバスも通らないような寂れた場所に、二人の少女が降り立ったのは日暮れ間近の時刻だった。

「この辺で良いんだよね」

「暗くならないうちに行きましょうか」

五十嵐茜と露原春奈は大きなリュックを背に背負うと、“私有地”の看板を横目に山の中へと入って行った。

しばらく奥に進むと、やがて木立の向こうに一軒の家を見つける。
山の中に隠れるようにひっそりと佇む木造のその家は、かなりの年季が感じられ、私有地として立ち入りを禁じられていなければ心霊スポットにでもなりそうだ。

「明かりが着いてない。恵太達いないのかな?」

戸口に手を掛けると扉はあっさりと開いた。
中はしん、と静まり返り、人の気配がない。

「そのうち帰って来るだろうし、中で待ってよっか」

そう言って二人が家の中に入りかけた時、裏手から複数の足音と話し声が聞こえてきた。
二人がそちらに視線を向けると、同時に足音が止まる。
視線を向けた先には、呆気に取られた少年と青年がいた。

「あ、茜!? 何でここに?」

「茜ちゃん、それに春奈まで・・・」

「えへへー、来ちゃった♪」

「うふふ、来ちゃいましたぁ♪」

「「・・・・・・・・・」」

来ちゃった、じゃねえだろ。
能天気に笑う二人の少女に、露原恵太とその兄、弘也は眉間に深い皺を寄せた。


「とにかく家に入ろうか。二人とも、ちゃんと説明しろよ」

逸早く冷静さを取り戻した弘也が疲れたようにそう言い、三人を家の中へと促す。


玄関を入ると土間があり、靴を脱いで座敷に上がる。
六畳ほどの座敷は居間として使われているようで、中央に漆塗りの大きな座卓が配置されていた。

先に部屋の中に入った恵太が四人分の座布団を引っ張り出し、弘也は奥の台所に向かう。
ややあって湯呑みを盆に載せて居間に戻ってきた弘也が腰を下ろしたところで、彼は「で?」と茜と春奈を見やった。

普段、飄々とした態度を崩さない弘也が見せる真剣な眼差しには偽りを許さぬ意思が込められている。
その視線に少し怯みつつも、茜はここに来た事情を二人に話し始めた。


「つまり、親や爺さん達には何も言わずに家出してきたわけか」

話を聞き終えた弘也はどこか愉快げに口元を歪め、そう結論づけた。
後ろめたそうに茜が頷くと、それまで黙っていた恵太が我慢ならんとばかりに声を張り上げる。

「馬鹿、お前何考えてんだよ! すぐに家に帰れ!!」

「何よ、いいじゃない別に! 私だって恵太と一緒に羅刹狩りしたいんだから!」

「許可もらってない奴ができるわけねえだろうが!!」

「そんなのやってみなくちゃ解んないでしょ!!」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

「そうよ、来ちゃったものは仕方ないわ」

「姉貴が言うな!!」

暢気にいつもの調子で宥めようとしてくるが、春奈もここにいるのを許されていない立場だ。
思わず怒鳴り返した恵太は、続いて弘也に食って掛かる。

「兄貴も兄貴だよ、何でそんなに暢気なんだよ!」

「じゃあ二人を追い返すのか? じきに夜になるけど」

「うっ・・・」

気がつけば傾いていた太陽はいつの間にか沈んでしまったらしく、窓の向こうに見える茜色はいつしか藍色に飲み込まれようとしている。
一番近いバス停に着く頃には夜も更けているだろうし、そもそも茜達が乗ってきたバスは今日の最終である。
この場所は電話線も引かれていないし、携帯の電波も届かない。家に連絡する為には電波の届く場所まで行かねばならない。
まさか年若い娘二人に夜道を歩かせるわけにもいかず、今日はここに泊めるしか選択肢はなかった。

「わ、解ったよ。今日はここに泊まっていいよ。でも、明日には絶対帰れよ!」

「恵太のわからずや! 頑固者! 意地っぱり!」

「そのまま返してやんよ!」

二人の間で舌戦第二ラウンドが勃発しかけたが、恵太を羽交い絞めにした弘也が少女達に「奥の部屋一つ使っていいから荷物置いてきなよ」と提案したことで戦いは終わった。
居間に兄弟が二人きりになると、ようやく恵太は解放された。

「兄貴、何考えてるんだよ。茜も姉貴もここにいる許可もらってないんだろ? 早く家に帰さないと、爺さん達に怒られるじゃん」

「まあ二人の気の済むようにしてやればいいんじゃないか? 叱責なら俺達も一緒に受ければいいし」

「何でそんなに甘いわけ? いくら兄貴が女好きって言ったって相手は身内じゃねえか」

弘也は昔から女性に対して優しい。茜や春奈が相手でも、それは変わらない。
だからってこんな時まで二人に甘くすることはないのに。
自分達が怒られることになるのを解っていてまで何故二人を庇おうとするのか、理解できない。
恵太自身、茜達の巻き添えで叱責を受けるのは別に構わないのだが、少しでも罪が軽いうちに家に戻してやりたいとは思わないのだろうか。

しかし弘也の真意は恵太の思いとは別にあったようだ。

「茜ちゃんに解らせるいい機会だと思ったからな」

その言葉にハッとなった恵太は、しばらく考え込む様子を見せたが、やがて苦しげに顔を顰めた。

「どうせ伝えてないんだろ、“本当のこと”」

「だって、それは・・・」

「あの子の性格を考えれば、黙ってるよりも教えてやった方がいいと思うぜ」

返す言葉もなく俯いてしまう恵太に、弘也は尚もそう続ける。

その後、茜と春奈が居間に戻ってくるまで、二人の間に会話はなかった。





■■■■■





翌朝、茜と春奈は恵太達よりも早く起きて朝食の準備に取り掛かった。
押しかけた以上、自分達も彼らのためにできることをしよう、と昨夜二人で決めていた。

そして朝餉の良い匂いが広がる頃、恵太達が起き出してくる。
二人は食卓に並ぶ朝食に驚いたように眼を瞠っていたが、やはり嬉しいのかいそいそと腰を下ろした。

「さて、軽く汗を流すか」

朝食を食べ終わり、弘也の言葉に恵太が頷くと、すかさず茜も「私も行く!」と声を上げた。

「私、絶対に帰らないからね」

「・・・・・・」

強くそう言って睨みつけてくる茜に対し、恵太は無言のままふいと視線を逸らした。
てっきり何か言われるものだと思っていた茜は、昨日と打って変わって沈黙する恵太の態度に拍子抜けしてしまう。
代わって答えたのは弘也だ。

「別に構わないよ。ついでに面白いもの見せてあげようか」

「面白いもの?」

首を傾げる茜に、弘也は見てのお楽しみだとばかりに意味ありげな笑みを返す。

そうして、一人残されるのはつまらないと言う春奈を加え、四人は家を出るのだった。



家の裏手には、広く拓けた広場があった。
普段、恵太と弘也が手合わせに使っている場所だと説明を受ける。

「さて、今日は上手く“変われる”かな?」

茜と春奈が見守る中、互いに木刀を手にして向かい合う恵太に弘也が挑発的に言った。

二人が構えると、静謐な空気が凛と張り詰める。
その切れそうな糸のような緊張感に、少女達は息を呑んだ。

先日まで共に汗を流して稽古していた道場での空気とは違う、もっと鋭いそれに茜は驚愕した。
いつの間に彼らはこんな空気を醸し出せるようになっていたのだろう。

まず動いたのは恵太だ。
空を裂く一閃が弘也に向かい、二度、三度と突きを繰り出す。
その全てを紙一重で避け、今度は弘也の剣が恵太を襲う。

ガッと重い音を響かせ、二人の剣が噛み合った。
身長差と腕力の差から、力勝負では恵太の方が分が悪い。
だが彼は真っ向から弘也と剣を合わせて動かない。

じりじりと恵太が押されていく。
いつもの彼ならすぐに弘也と距離を取ってスピードを生かした攻撃をするはずなのに、どうしたのだろう。
はらはらと見守る茜の目の前で、やがて信じられない“変化”が起きる。

ざわり、と風もないのに恵太の髪が揺れた。
そして彼の黒い髪が一瞬ののちに金色に染まった。

「「!?」」

「でやあっ!!」

愕然とした少女達の視線の先で、恵太は力任せに弘也の剣を弾いた。
間を置かずに踏み出し、上段から振り下ろされる木刀を受け止めた弘也も、一瞬の間に髪を染めていた。

その後の二人の打ち合いは、茜の想像の遥か上を行く速さと迫力を感じさせた。
向かい合わずとも、二人の剣技に自分の腕が敵わないことが解る。
傍で見ているだけで、足が竦んでしまう程なのだから。

茜達が呆然としている間に二人の勝負は着いた。
気付いた時には、弘也の剣に弾き飛ばされた恵太が地面に倒れていたのだ。

「くっそー、掠りもしなかったーっ」

「まだまだだな」

悔しげに吐き出す恵太に、弘也は余裕の表情で笑う。
弘也の手を借りて立ち上がった恵太は、そこで初めて自分達に向けられる茜と春奈の視線に気付いた。

「けい・・・た・・・?」

自信なさげな茜の声に、恵太は思わず苦笑する。
思えば初めて弘也の“変化”を目にした時、自分も同じ状態だった。
未だに、自分の“変化”にも慣れていないのだ。初めて見た茜が驚くのも無理はない。

「この髪と眼、俺達が鬼の末裔であることの証なんだってさ」

言われて、髪と同じように彼の眼も金色に変わっていることに気付き、少女達は言葉を失う。

「髪が金色になるなんて、漫画の世界だよな」

冗談めかした口調に、彼がいつもの恵太であると納得し、茜は安堵した。
突然の彼らの“変化”には心底驚いたが、“鬼”である自分達に秘められた力だと解ると弘也に問いかける。

「私もそうなれる?」

「なれないことはないと思うよ。茜ちゃんにも“鬼”の血が流れているから」

言いながら、弘也は長めの前髪を摘まんで色を確かめるように眺める。

「力の強い鬼ならもっと色が抜けて白銀になるらしいけど、俺達は金色が精一杯だな」

これでも凄いことだけどね、と金色に光る眼を細めた。

「白銀・・・それって羅刹と同じだよね?」

「ああ、だから昔の鬼は羅刹を“鬼の紛いもの”と呼んでいたんだ」

白銀の髪と金色の眼を持つ“鬼”に対し、白銀の髪と紅い眼を持つ“羅刹”。
人を超える力と、すぐに傷の癒える体質を持つのも同じ。
違うのは、羅刹は血に狂うこと。

だから、鬼達は羅刹を狩る。
羅刹より強い力を持ち、羅刹のように血に狂ったりはしないから。


これまで自分が鬼の末裔であると、あまり意識したことはなかった。
しかし、弘也と恵太の“変化”を目の当たりにし、茜は自分が鬼であることを強く感じた。

私も強い鬼になりたい。
恵太や弘也君、お兄ちゃんと一緒に戦える“鬼”になりたい。

強く、強くそう思った。


「弘也君、私にも稽古つけて! 私も“変化”したい!!」

「えー、俺女の子相手に手荒な真似したくないんだよね。というわけで恵太、後頼んだよ」

「え? はあ!?」

言うや否や、弘也は素晴らしいスピードでどこかへ走り去ってしまった。

唖然と立ち尽くす恵太の腕を、茜はがしっと掴む。

「お願い、恵太!」

「・・・・・・え?」

絶対に逃がさない、という強い意志を込めて腕を掴んで離さない茜。
恵太は助けを求めて春奈を見やるが、彼女は先程からぶつぶつと独り言を言っていた。

「お兄ちゃんと恵ちゃんがぐれちゃったのかと思ってびっくりしたけど違うのよね? あれは自然なことなのよね? でもお兄ちゃんはともかく恵ちゃんに金髪は似合わないと思うの。茜ちゃんにも似合わないよね。まだ二人とも中学生なのに、金髪なんて駄目よ絶対。あ、お爺ちゃんやお父さん達も金髪になるのかしら。何か嫌だわあ・・・」

全く頼りになりそうにない。
兄に見捨てられ、姉に放置されてしまった末っ子は、茜にしっかりと腕を掴まれたままどうすることもできず、その場に立ち尽くすしかなかった。





■■■■■





日が沈み、春奈と共に夕飯の支度に取り掛かった茜は浮かない表情で白菜を刻んでいた。

結局、あの後“変化”の解けた恵太と手合わせしたが、それはいつもと同じ程度のものでしかなかった。
茜はもちろんのこと、恵太もあれっきり“変化”は見せず、身体は疲れたものの満たされないまま稽古は終わった。

稽古が終わると頃合を見計らったかのように弘也が戻って来て、恵太は彼に文句を言いながら二人で山奥へと消えてしまった。
弘也との稽古なら、恵太は“変化”するのだろう。

どうすれば二人に追いつけるのだろう。

悶々と考え込みながら大根を切っていると、ふいに隣で鍋を火にかけていた春奈が呟いた。

「ねえ、茜ちゃん。明後日はお祭りの日だよね?」

「ああ、そういえばそうだね」

昨日、町で見かけたポスターを思い出して頷く。

「一緒に行かない? お兄ちゃんや恵ちゃんも一緒に」

こんな娯楽のない山の中で合宿のようなことをしているのだから、恵太達も付き合ってくれるだろう。
しかし、ちら、と見た春奈のほのかに頬を染めた横顔に、先日のイケメン集団のことが頭を過ぎる。
そういえば彼女はあの中の誰かに何やら特別な感情を抱いたように見えた。

「まさか、春奈ちゃん・・・」

茜の言いたいことが解ったのか、春奈の顔が真っ赤になった。

「だ、だって、また会いたいの! 出来ればお話して、お名前を伺って、お友達から始めてもらえたらなあって・・・っ」

ああ、これは完全に恋する乙女モードだ。
ここで頷かなければ、一人で祭りに行きかねない。

「いいけどさ、また会えるとは限らないよ?」

「それでも行きたいの! 数少ないチャンスを生かさなきゃね!」

そんなに上手くいくかなあ。

春奈には悪いが、そう簡単に事が運ぶとは到底思えない。

だがまあ、大事な幼馴染の淡い恋心が叶えられると良いと願うのも本心だ。
彼女の気が済むようにしてやりたい。



その夜、四人で鍋を囲みながら皆で一緒に祭りに行くことが無事に決まった。



〈次〉

13.4.20up

オリキャラ達の変化は金髪と金眼になるだけ。角はないです。
次回、隊士達と出会います。
主人公兄はいつ出るんだろう?



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