羅刹狩り 三





五十嵐茜と露原家の兄弟達が滞在する町で行われる夏祭り当日。
神社へと続く参道にはたくさんの屋台が立ち並び、行き交う人々で賑わう様子は普段の厳かな雰囲気を一変させていた。

この日は毎日の鍛錬も昼には終わらせ、午後は四人揃って祭り会場に訪れた。
夕方からでも良いじゃないか、と不平を唱える弟の言葉など強引に捩じ伏せ、恋する乙女はおとなしげな表情に似つかわしくない獲物を狙う猛禽類のような視線を人波に向けている。
そんな妹の様子に何事かを悟ったのは、女性の扱いに長けた兄である。

「やれやれ、我が妹はいったいどこの王子様を待ち焦がれているんだろうね」

「ええと、前に町で擦れ違った男の人に一目惚れしたようで、その人達が夏祭りに行く相談していたから会えるんじゃないかと思ったみたい」

「あの子が一目惚れねえ。兄としては応援するべきなのか邪魔するべきなのか」

「向こうは春奈ちゃんのこと知らないから、まずは知り合うことから始めなきゃね」

「そんな来るかどうかも解らない上に、顔も覚えてるかどうか怪しい奴をどうやって見つけるんだよ」

茜と弘也の会話から、自分達が春奈の恋路に巻き込まれたことを知った恵太が呆れたように言う。

「うーん、結構目立つ人達だったから、案外見つけやすそうなんだけど・・・」

茜ですら数日経った今でもはっきり覚えている。
兄や弘也をも凌ぐ美貌を持つ青年達のキラキラしさ。
あの日と同じ人数で来るのかは解らないが、個人で来たとしても思わず振り返らずにはいられないほどの存在感がそれぞれにあった。

「で、俺達は姉貴が王子様見つけるまでここで突っ立ってなきゃなんないわけ?」

こんなことならやっぱり祭りなんか行かずに修行してた方が良かった。
だが、ここで帰ってしまうと春奈にぐちぐちと文句を言い続けられるのが眼に見えているため、我慢するしかない。
せめて祭りを楽しもうと自分を納得させ、香ばしい匂いの漂う屋台に視線をやる。



焼きそばで小腹を満たし、カキ氷で涼を取りながら人波を眺め続けること二時間。
日陰にいてもじりじりとした夏の暑さが身を焦がし、いい加減体中汗だくだ。

「・・・なあ、コンビニにでも避難しねえ?」

涼しげな風の通る山の中での厳しい鍛錬よりもずっと辛い苦行に恵太が音を上げる。
彼の提案にすぐさま飛びつきたくなる程、茜や弘也も疲弊していたが、三人の視線が向けられた先にいる少女だけは真剣な眼差しで通り過ぎていく人達を見つめていた。

「姉貴、暑くないのか?」

「あの子は熱中すると周りが見えなくなるからなあ」

苦笑しながら何とはなしに視線を巡らせた弘也は、通り過ぎる若い女性達の姿にふと眼を細める。

「いいねえ、浴衣姿の女の子達の可憐なことといったら」

「兄貴・・・」

「弘也君・・・」

結局彼も楽しんでいるようだ。

「お、あの子すげー可愛い」

不意に弾んだ弘也の声に、つられてそちらを見た茜は驚きに目を丸くする。

「あの人・・・」

清楚な浴衣姿でこちらに歩いてくる一人の女性。
それは間違いなく、あの日擦れ違ったイケメン集団の中にいた女性だ。
男ばかりの中に一人だけ混じる彼女のことは、色々な意味で目立っていた。

彼女の周囲を見渡すと、どうやら今日は一人しか傍にいないようだ。
集団の中でも特に際立った美貌を持つ、黒髪の青年。
隣を歩く彼女に歩調を合わせ、すぐに手を差し伸べられるように常に彼女に気を配りながら歩く彼は、周囲の女性達から向けられる視線など気にも留めない。

「春奈ちゃん、あの人、あの日見た人達の一人だよね」

茜の言葉に春奈の鋭い眼が瞬時にそちらに向けられ、しかしそれはすぐに鋭さを失う。

「そうね。でも私の捜してる人じゃないわ」

「あ、そうなんだ」

「でも、あの人達を尾行すれば彼に会えるかしら?」

「え〜?」

その通りかも知れないが、それはどうなんだろう。
助けを求めて恵太と弘也を振り向くが、二人はぼんやりとした表情でどこか一点を見つめていた。

「恵太、弘也君、どうしたの?」

「恵太、あの子可愛いと思わないか?」

「うん、なんかすごく惹きつけられる」

そう言いながら二人が一心に見つめる先にいるのは、あの女性だ。

「えっ、二人とも、あの人のこと好きになっちゃったの!?」

「そ、そんなんじゃねえよ!」

真っ赤な顔で否定しながらも、恵太はやはり彼女が気になるのかすぐに視線が吸い寄せられていく。

そんな四人から注目される二人はというと、仲睦まじい様子ながらも何やらきょろきょろと辺りを見渡しているようだ。

「ったく、あいつらどこに行きやがった」

「人が多いので、捜すのが大変ですね」

「はぐれるなよ、千鶴」

「はい、ひじ・・・歳三さん」

まるで新婚夫婦のような甘く優しい雰囲気だ。
ああ、これは恵太も弘也も失恋だな、と二人が“千鶴”と呼ばれた女性に一目惚れしたのだと確信する茜は兄弟に同情を寄せた。


しばらく二人の後ろに続いて人ごみの中を歩いていると、どこからともなく賑やかな声が上がった。

「よっしゃあ! くまのぬいぐるみゲットー!!」

「甘ぇな平助。俺は豚の貯金箱落としてやったぜ!」

「いや、千鶴にやるもんだろが。豚って何だよ豚って」


「あ、この声・・・」

先日を思い出させるようなやり取りに茜が声を漏らした瞬間、春奈が普段のおっとりした彼女からは想像もつかないような勢いで駆け出した。

「あ、姉貴!?」

慌てて三人も後を追い、辿り着いたのは射的屋だった。

玩具の銃を手に盛り上がっているのは、茜や恵太と同い年くらいの少年と、端正な顔立ちの美青年、大柄な青年の三人だ。
ずっとあの調子で騒いでいたのか、彼らは随分と周囲の注目を集めている。
中でも多いのは女性達の熱い視線だ。それは当然、長身の美青年に向けられていた。


「お前らこんな所にいやがったのか」

彼らに向かって険しい声を上げたのは“歳三”だ。
新たな美形の登場に、女性達がきゃあっと色めき立つ。

「あ、歳兄と千鶴。遅いじゃん!」

「総司と一はどうしたんだ?」

「そのことでお前らを捜してたんだよ。携帯にも出ずに何してやがる!」

「携帯? ああ、こんな賑やかな場所じゃ聞こえねえって」

「場所じゃなく、お前らが騒いでいたから聞こえねえんだろが。さっさと来い」

「「「へ〜い」」」

獲得した商品を受け取り、歳三達のもとに歩み寄った彼らは千鶴の姿を見ると一様に笑顔を浮かべた。

「浴衣よく似合ってるぜ、千鶴」

「うん、すげーいい。か、かわ、可愛いしっ」

「昔を思い出すよなあ」

「ありがとうございます」

楽しげに歩き去っていく五人の後を、いくつもの名残惜しげな視線が見送る。
しかし春奈は見送るどころか追いかけることを選び、茜達も続かざるを得ない。


五人は祭り会場から離れ、神社の敷地内からも出ようとしているようだ。

「どこまで追いかけるんだ?」

「俺達で声を掛けた方が良いかなあ」

走れば彼らに追いつけそうな距離なのに行動を起こせずにいる春奈の姿に、恵太と弘也がそんな会話を交わす。

だが、兄弟がお節介を焼く必要もなく、彼らの方が不意にこちらを振り向いた。

「あんたら、いつまで俺達を尾けてくるつもりだ?」

警戒心も露に、歳三が険しい声音で問う。
とっくに尾行に気付かれていたようだ。

ただでさえ近寄り難い美麗な顔立ちが剣呑さを帯び、刃のような鋭い視線は見る者を凍りつかせる。
彼ほど美しく、厳しい男を茜は見たことがなかった。

春奈や恵太も歳三達の威圧感に怯む中、前に進み出たのは弘也だ。

「すみません、怪しい者じゃないんです。えーと、この子は俺の妹なんですが・・・」

そう言って弘也が春奈を紹介しようとした時、彼女は青年達に向かって駆け出した。
そして一人の青年を真っ直ぐに見つめて声を張り上げる。

「あ、あの、お名前を伺ってもよろしいですか!?」

「・・・へ?」


「「「・・・・・・え?」」」


驚きの声を漏らしたのは、名を問われた青年だけでなく茜達も同様だった。
見れば他の面々も目を丸くして春奈を見ている。

「えーと、お嬢ちゃんは・・・?」

「あ、すみません、私露原春奈と申します。貴方に一目惚れしちゃいました! お付き合いを前提に結婚して下さい!!」


「「「「「はあっ!!??」」」」」


歳三と千鶴、そして春奈を除く全員の声が重なった。
ただ、春奈以外の二人は驚きの余り声も出せないでいるようだ。

「順番逆・・・」と思わず零した弟の声など気にも留めず、春奈は白い頬を薔薇色に染めて潤んだ瞳で愛しい男を見上げる。
対する男はぽかんと口を開けたまま、石のように固まってしまっていた。
いきなり見ず知らずの娘にプロポーズされたのだから無理もないが。

「いや、すごいお嬢さんだなあ・・・」

「新八っつあんに一目惚れするなんて、奇特だよな」

やがて、告白された青年の傍に立つ二人が呆然と呟いた。

「新八さんと仰るんですね。素敵な名前です!」

「え、あ、そりゃどうも・・・」

顔を引き攣らせながら新八が答えると、春奈は一層うっとりと表情をとろけさせた。
彼女の周りにはハートマークが乱舞する幻影すら見えそうだ。


「じゃあ新八、お前はゆっくりしてろ」

「はあ!?」

歳三の言葉に弾かれたように視線をそちらに向けた新八は、いつの間にやら自分達から遠ざかっている仲間達の姿に愕然とする。

「生涯に一度あるかないかの機会だ。存分に楽しめや」

「じゃあ後でな、新八っつあん!」

「ちょ、待っ、左之に平助まで・・・っ!?」

咄嗟に彼らを追いかけようとした新八は、自分の手が握られる感触にハッと振り返る。

「もしよろしければ、ご一緒にお茶でも飲みませんか?」

「あ、いや、俺は今ちょっと忙しくて・・・」

「お前一人抜けてもどうってことねえよ」

必死に言い訳する新八を、歳三の無情な言葉が斬って捨てる。

「あの、新八さん、ごゆっくり」

とどめとばかりに千鶴の声が聞こえ、新八の蒼白な顔が絶望に染まる。

そうして手を取り合う男女を残し、新八の仲間達はどこへともなく去って行った。


「「「・・・・・・・・・」」」

茜も恵太も弘也も、新八に掛ける言葉もなく立ち尽くす。
あそこまで堂々とはっきりきっぱり見捨てられてしまった男に、何と声を掛けて良いのかなど解らない。
ただ同情と申し訳なさを込めた視線を向けるしかなかった。


居た堪れない沈黙の中、弘也がわざとらしく咳をした。

「えー、新八さんと言いましたっけ。よろしければこれから俺達と祭り見物でもしませんか? もちろん全て俺が奢りますので」

「わあ、嬉しい! 是非一緒にお祭りに参りましょう、新八さん!」

はしゃぐ春奈に手を引かれ、新八は背中に哀愁を背負いながら彼女に引っ張られていく。
その後ろを追いながら、弘也は茜と恵太を振り返った。

「あの二人のことは俺に任せて、お前達はお前達で好きにしていいよ」


最後にその場に残った二人は、まるで嵐が通り過ぎた後のような疲労を感じつつ、互いの眼を合わせた。





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強烈な夏の太陽が西の空に沈み、夕焼けの赤と夜の訪れの藍の色が混ざり合う頃、茜と恵太はバス停に降り立った。
屋台で買った食べ物や玩具の入った袋をそれぞれ抱えながら帰途に着く。

「山の中に入ると一気に暗くなったね」

「この辺は街灯もないし、街の明かりも届かないからな」

だから弘也は春奈の傍に残ったのか、と納得する。
生い茂る木々や重なり合う葉が陽射しを遮る山の中は、町よりもずっと夜が早い。
そんな暗い夜道を春奈一人で歩かせるような真似は、彼はしない。
恵太が茜と共にいるのもその為だろう。


「それにしても、姉貴の好みってああいう男だったんだな」

祭りでの騒動を思い出し、しみじみと恵太が言った。

「うん、私も驚いた。てっきりあの長身の格好良い人だとばかり」

「俺もだ」

あの賑やかな三人組に眼を輝かせた春奈。
彼女の恋の相手が彼らの中の誰かだということはすぐに解った。

一番背の低い少年は春奈よりも年下のようだから除外し、残るは赤味を帯びた髪の美青年と逞しい青年の二択だ。
騎士のような男と、野獣のような男。のんびりおっとりした春奈なら、てっきり前者を選ぶものだと思い込んでいた。
だが、実際彼女が恋をしたのは、野獣のような男。しかも、彼に迫った勢いからして野獣は春奈の方だった。
産まれた時から傍にいた少女の意外な一面を眼にしてしまった気がする。

「そういえば、恵太は良かったの? 千鶴さんとお話できず仕舞だったけど」

春奈の恋心が強烈だったためうっかり忘れていたが、恵太と弘也もまた“千鶴”に惹かれていた。
しかし彼女は四人の男達にしっかりと護られ、恵太達とは一言も言葉を交わすことはなかったのだ。

「だから別に俺は惚れたとかいうわけじゃないから」

「でもすごく気にしてたよね」

「それは、まあ、そうだけど・・・。でも恋愛とかじゃなくてさ、何か、すごく気になるっていうか、胸が苦しくなるっていうか」

「だから恋じゃないの?」

「違うって! いや、ある意味そうなのか? けど何か違うし・・・」

頭を抱えて苦悩し始めた恵太の様子に、茜はやはり彼が恋したようにしか思えず首を傾げる。
何故そんなに頑なに認めようとしないのかが解らない。

「恋、かあ。私も素敵な恋がしてみたいなあ」

「だから・・・」

茜に反論しようとした恵太の声が不意に途切れる。
見れば、彼は真剣な表情で忙しなく辺りを見回していた。

「どうしたの?」

「しっ! 何かいる」

「え?」

抑えた声音に宿る厳しさに、彼が決してふざけているわけではないと感じ取る。
けれど、自分でも周囲を見渡してみるも、茜には普段と変わらぬ森の中の風景にしか見えない。
ただ恵太の張り詰めた様子に、不安が募る。

同時に、自分には解らない何かを感じ取ろうとする恵太を、羨ましく思った。


カサッと、何かが動く微かな音を捉える。
どこから、と視線を彷徨わせる茜に対し、恵太はただ一点に狙いを定めて睨み付けた。

「誰だ?」

鋭く問う。
木の陰で、蹲る影があった。
恵太の声に反応し、ゆっくりと立ち上がったそれは、人間の輪郭を描く。

「・・・すみません、気分が悪くてここで休ませてもらっていました・・・」

聞こえたのはか細い男の声。
薄闇の中、こちらに近づいてきたのは若い男だ。

「ここ、私有地だぜ? あんたどこから来たんだ?」

「あ、そうだったんですか・・・」

恵太の肩越しに男を見やった茜は、彼の顔色の悪さにハッとする。
動きも緩慢で足取りが重い。
具合が悪いのは事実のようだ。夏の暑さにやられたのだろうか。

「すぐに出て行きます。すみませんでした」

深々と頭を下げ、男はよろよろと出口に向かう。

「あの、大丈夫ですか?」

思わず声を掛けた茜の肩を、恵太が強く掴む。
まるで彼に絶対に近づけさせない、とでも言いたげに。

男は肩越しに振り返り、自分を見つめる二対の眼差しを見てゆっくりと微笑んだ。

「心配してくれて、ありがとうごさいます」

そう言って、彼は歩き去って行った。


「大丈夫なのかな・・・」

心配そうな茜の声に、恵太は唇を引き結んだまま何も答えなかった。



〈次〉

13.4.30up

というわけで、オリキャラが恋した相手は新八さんでした(笑)。
さて、またもや新キャラ登場ですが、名前はまだないです。



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