羅刹狩り 五





ぼんやりと月の光が照らす夜道を、茜は恵太に支えられながら歩き続ける。
沈黙が落ちる中、ふと疑問が零れ出た。

「あの人、どうなっちゃうのかな」

東雲家の人達に連れて行かれた羅刹の男の顔を思い浮かべると、心が重く沈む。
しかし答える声はにべもない。

「あいつは羅刹だ。結果なんて解りきってるだろ」

「でも、羅刹だって問い詰めるまでは普通の人間だったよ? 確かに具合は悪そうだったけど、血に狂ってなかったし、私達に襲い掛かったのも血に餓えたわけじゃなかったじゃない」

「それでも、羅刹を救う手立ては一つしかないんだ」

「そんなのって・・・」

殺されそうになった相手ではあるが、彼の礼儀正しさ、必死さを眼にしたためか、不思議と彼への恨みや憎しみの類は湧いてこない。
何かに抗おうとして懸命に逃げようとしていた彼を捕らえ、結局唯一つの道へと追いやってしまうことが果たして正しかったのか。

思い悩む茜に、恵太が不意に問いかけた。

「爺さんから羅刹と戦うことをどう思うって質問されただろ? 茜、何て答えた?」

突然何を言い出すのだろう。
不思議そうに恵太を見やるが、彼は真っ直ぐに前を向いたまま茜の答えを待っている。

“羅刹と戦うことをどう思っている”
そう問われたのは、茜が十五の年を迎えた日。
羅刹狩りに加わることを強く望んでいた茜に祖父達はそう尋ね、彼女は偽らざる本心を告げた。

「一人でも多くの羅刹を狩れるよう全力を尽くすって言ったけど・・・」

「俺は、“怖い”って答えたよ。その後、羅刹狩りの許可を言い渡された」

「え?」

「羅刹は元は普通の人間だ。中には自分が望まないまま羅刹になった奴だっている。俺達はそんな人達の命を狩らなきゃならない」

言葉を切り、恵太の強い瞳が茜に向けられる。

「茜は人間一人の命、背負う覚悟あるか?」

「私、そんなこと考えたことなかった・・・」

茫然と呟いた茜の答えに、だと思った、と恵太は驚きも見せず頷いた。

「だからお前は羅刹狩りを許されなかったんだ。なのにお前はここに来た。だから兄貴も要君も、お前に現実を解らせるいい機会だって言って、一緒に居るのを許したんだ」

自分がどれ程甘い考えでいるのかを。
正義の味方気取りで、しっかりと現実を見ていないことを。
要も弘也もとっくに見抜いていたのだ。
解っていなかったのは自分だけという事実に、茜は消えたくなるほど恥ずかしくなる。

「あの男のように、血に狂う前は羅刹はほとんど普通の人間と同じだ。けれど、ひとたび血に狂えばもとには戻らない。残るのは、人間を襲う化け物だけだ。そうなる前に、人間として死なせてやるのが俺達にできる精一杯だよ。それができないなら、羅刹になんて関わらない方がいい」

「恵太・・・」

「家に帰れ、茜」

何度も言われた言葉。
言われる度、悔しくて反抗してきたけれど、今はその台詞がどれだけ優しいものだったのかが解る。
そんな恵太の気遣いを無にしてきたのは自分だ。
よく彼に見捨てられなかったものだと、今更ながら己の無知さに呆れてしまう。

「ごめん・・・恵太・・・」

心からの謝罪を込めてそう言うと、茜を支える手が慰めるように背を叩く。

「偉そうなこと言ったけどさ、俺だってまだ覚悟足りてないんだ。あの人達のように躊躇い無く刀振るうなんて、俺にはできないよ・・・」

自嘲気味に笑む恵太だが、その精神は茜よりもずっと大人だ。
幼い頃からずっと一緒に育ったのに、いつの間にこれほど差がついたのだろう。
恵太の成長を誇らしく思いながらも、一抹の寂しさと嫉妬が芽生える。



山への入り口では、要や弘也、春奈が二人を待っていた。

「大丈夫だったか?」

問いかける兄の声にも表情にも妹への心配の色が表れている。
自分の無謀さに、彼らにも随分心配を掛けさせてしまったのだろう。

茜が浮かべた諦めたような笑顔に、言葉を交わさずとも彼らは何かを感じてくれたようで、誰も何も訊くことはなかった。
ただ二人を家に迎え入れ、久しぶりの兄妹、幼馴染のひとときを楽しんだ。

心の奥に澱む哀しみを押し隠しながら。





■■■■■





翌日、五人は東雲家の青年達に指定された場所を訪ねた。
そこは東雲家の別荘だという洋館で、通された部屋には数日前に茜と春奈が初めて見かけた時の面々が揃っていた。
その中に新八の姿を見つけるや、春奈は瞳を爛々と輝かせながら、いそいそと彼に駆け寄る。

「昨日ぶりですね、新八さん!」

「お、おう・・・」

対する新八は口元を引き攣らせ、助けを求めるように周囲を見渡すも、薄情な仲間達はにやにやと笑いながら二人を見守っている。
茜は青年達を見渡すと、総司と一に歩み寄った。

「昨夜は助けてくれてありがとうございました」

ぺこ、と頭を下げると、二人は一瞬虚を突かれたように目をしばたかせたが、やがて総司が面白がるように口元を歪めた。

「ちょっと遅い気もするけど、お礼の言える子は嫌いじゃないよ」

昨夜は自分自身のショックが大き過ぎたため、茜は彼らに礼を言うことまで気が回らなかった。
つくづく己が情けなく思え、頬が赤らむ。
そんな茜に、総司とは対照的な平淡な声が言った。

「あんたが無事で何よりだったな」

思いがけない優しい言葉にハッと眼を上げると、昨夜の冴え冴えとした冷たさではなく、どこか懐かしむような優しい眼差しと眼が合った。

「・・・っ」

「俺達もあんたを救えたことは嬉しく思う」

さらに紡がれる言葉に、茜の頬が一気に熱を持つ。

「一君、そんな台詞だと彼女が変な誤解しちゃうよ」

「誤解? 何のことだ」

笑い交じりの総司の言葉に、一が首を傾げる。
ちら、と茜を見やる翡翠の瞳にはからかうような色が見えた。

「君、勘違いしないでね。一君が嬉しいのは君を助けたことじゃなくて、その髪型の女の子を助けられたことだから」

「か、髪型?」

茜の頭の上には、今日もポニーテールにした髪が揺れている。

「昔、君と同じくらいの年だった時の千鶴ちゃんの髪型が、君のそれと似ていたんだよ。まるで千鶴ちゃんとの初めて出会った時のようだったねって、昨夜懐かしんでいたんだ」

だから君のことはどうでもいいんだよ。

にっこりと満面の笑顔で毒を吐かれ、茜は高揚していた気分が一気に降下していくのを感じた。

(この人、すっごく意地が悪い・・・っ)

恨めしげに睨むと、総司は益々笑みを深めた。


話題に出た千鶴と呼ばれる女性はというと、歳三と共に茜達を出迎えてくれた後、二人して奥に引っ込んでいた。
ややあって、盆を手にした二人が部屋に戻ってくる。
どうやら二人でお茶の用意をしてくれていたようだ。

大きなダイニングテーブルに湯呑みと茶菓子を並べ、歳三が「好きに座れ」と言って彼の指定席であろう椅子に座る。
それを皮切りに他の面々が座り、茜達もそれに倣った。

「昨日顔を合わせたな。俺達は東雲家の者だ。俺の名は歳三、そして総司、一、平助、左之助、新八。彼女は千鶴という」

全員が席に着くのを見計らって歳三が簡潔に自己紹介を述べ、名を呼ばれた者達はそれぞれ会釈や手を上げて応えた。
続いて茜達の代表として、年長の要が同じく簡潔に自分達を紹介する。

「俺達は不知火家の傘下の者です。俺は五十嵐要、妹の茜、そちらは露原家の兄弟で弘也、春奈、恵太です」

「さて、早速だが昨夜の話を聞かせてもらおうか」

有無を言わさぬ厳しい声に促され、恵太と茜は自然と背筋が伸びた。
歳三と名乗る青年は要とそう年は変わらないように見えるが、祖父達に匹敵する威厳を感じさせる。

二人は羅刹の青年との経緯を順を追って説明した。
最初の出会いは修行の場となっている山の中。その時の彼の様子に、恵太が疑問を持ったのが始まりだ。
その後要から羅刹が現れたとの報せを受け、恵太は真っ先に彼を疑った。
予感は見事的中し、羅刹との戦闘が始まったところに、総司と一が駆けつけたのだ。


「あの、あの人・・・羅刹はどうなったんですか?」

「何故そんなことを訊く?」

茜の質問に、歳三が胡乱げに問い返す。

「どうしても気になってしまって・・・。あの人、殺されてしまうんですか?」

「自分を殺そうとした相手の心配をするなんて、変な子だね」

「羅刹だって解ってるんですけど、あの人が悪い人だとは思えなくて・・・」

その言葉に、全員が驚きを浮かべて沈黙した。
馬鹿なことを言ってしまったのだろうか、と茜は気まずげに俯く。

「あはは、その変にお人好しなところも千鶴ちゃんに似てるんだね」

「え?」

突然自分の名前を出され、千鶴が眼を丸くする。

「お嬢ちゃんは優しいんだな。普通自分を襲おうとした奴のことなんて、そんな風に気に掛けたりしないと思うんだがな」

優しげな口調で左之助がそう言うが、果たして褒められているのか貶されているのか判断に迷う。
見れば兄や恵太達まで何とも言えない視線を茜に向けていた。
居た堪れない気分で身を縮こまらせていると、明るい声が微妙な空気を吹き飛ばす。

「そんな落ち込まなくていいって。あいつに関してはそう悪いことにはならないからさ」

顔を上げると、同じ年頃の少年、平助が人懐こい笑顔を浮かべて茜を見ている。
どういうことだろう、と戸惑っていると歳三がごほん、と咳払いをした。

「とりあえず、あの羅刹のことを説明する」

「は、はい、お願いします」

再び姿勢を正す茜に、歳三達から彼らの事情が語られた。





■■■■■





それは二週間程前のこと。
歳三達はとある研究施設を襲撃した。

その施設で研究されていたものとは“エリクサー”と呼ばれる劇薬だ。
“エリクサー”のもう一つの呼び名は“変若水”

ただの人間を鬼の紛い物  “羅刹”へと変えてしまう薬である。


彼らは数年間、一人の男を追っていた。
その者は以前から“変若水”の研究を行い、歳三達の住む町の周辺で色々と騒ぎを起こしていた。
一旦は追い詰めたものの、捕らえるには至らず逃げられてしまったという。
その者が、再び“変若水”と関わっていた場所が歳三達が襲撃した研究施設だった。

そこで造られる“変若水”は従来のものと比べると完成度が高く、簡単に狂うこともない。

茜や恵太が出会った青年は、その研究施設にいた被験者だった。


歳三達によって多くの羅刹が眠らされた時、彼が隙を付いて逃げ出したと施設の協力者に知らされ、彼らはその男を捜すためにこの町に訪れた。





「どうして羅刹はこの町に来たんだ?」

「この町がそいつの故郷だからだよ」

恵太の疑問に返された言葉には、何故あの青年があれほどまで必死だったのか。
その答えがあった。



〈次〉

13.5.20up

芽生えかけた想いはあっさり打ち砕かれました。
酷い人です、総司さん・・・。



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