いらっしゃいませ! 1





それはまだ、夏も盛りの八月半ばのこと。
千鶴は歳三達に連れられて、現代の日本を楽しむ日々を過ごしていた。

折々に千姫と共に人里に下りてはいたが、常に進歩していく科学技術の数々にはいつも驚かされる。
幕末の記憶を持つ歳三達も電気などない時代を覚えているだけに、現代が楽しくて仕方ないようだ。
夏の暑さもものともせず、千鶴を様々な場所に連れて行ってくれる彼らもまた、どこか生き生きとしている。

そんなある日のこと。
歳三達に連れられてやって来たのは、とある喫茶店である。
まず看板に書かれていた店名に千鶴は驚いた。
そして中に入り、出迎えてくれた源三郎の姿に眼を丸くした。

「驚いた? ここは源さんのお店なんだよ」

「店名もいいだろ。試衛館だぜ、試衛館!」

千鶴の様子に、悪戯が成功したような笑みを浮かべる総司と平助。
他の面々も楽しげに千鶴を見ている。

源三郎の店だというこの喫茶店の名前は“試衛館”。
その名がとても大切な場所のものだと、遠い昔に彼らが語ってくれた。

「この店名はね、皆がこれがいい、と言って提案してくれたものなんだよ」

前世の記憶のない源三郎は何故全会一致でこれにしろ、と言われたのか、はっきりとは解っていない。
けれど、彼自身もこの名が不思議と懐かしく感じ、気に入っていた。

“試衛館”は、彼らが出会った場所。
近藤、土方、沖田、井上が若い頃を過ごし、やがて山南、永倉、原田、藤堂、斎藤が集った。
彼らの始まりの地。

それを知る千鶴は、歳三達が連れて来てくれたことによって彼らの大切な“試衛館”に迎え入れられたような気がして、胸が温かくなった。

「素敵なお店ですね」

店内を見渡しながらそう言う。
源三郎の人柄が滲み出たかのように、ゆったりとくつろげる雰囲気の空間だ。
内装は和に近い。重厚な木の柱やテーブルには趣があり、板張りの床を歩く音も耳に心地良い。

「ここは家と俺達の学校やらの中間地点にあってな、時々全員でここに集まるんだよ」

長期休暇以外は寮暮らしだという左之助がそう言うと、平助も同意しながら言葉を続けた。

「勇兄や敬兄もよく源さんのコーヒー飲みに来てるしな。夜勤明けにはモーニングも食べてくんだって」

「んでよ、偶に誰かが店手伝ったりしてるわけだ」

自慢げに新八が胸を張ると、総司がにまりと笑う。

「新八さん以外がお店に出ると女性客が増えるんだよね」

「待て総司! どういう意味だ!!」

「え〜? そのまんまの意味ですけどぉ〜?」

激昂する新八とのらりくらりとかわす総司の掛け合いをはらはらと見守っていると、歳三が千鶴の肩を軽く叩いた。

「千鶴、お前源さんを手伝ってみるか?」

「え?」

意味が解らず首を傾げる千鶴に、説明してくれたのは一だ。

「夏休みが明ければ、俺達も学校が始まる。お前も家の手伝いをしてくれるそうだが、それだけでは暇を持て余すだろう。だから週に何日か、昼間ここでアルバイトをしてみてはどうかと思ったのだが」

どうする? と訊ねたのは一だが、他の面々も千鶴に注目している。
どうやら全員で相談して、この話を持ってきたようだ。

「あの、私がお手伝いしても良いんですか?」

内心、喜びと期待に胸が弾んでいた。

やってみたい、と思う。
広い東雲の家に居てもやることは沢山あるだろう。
暇が出来ても裁縫などをして時間を潰せる。
しかし、せっかくなのだからもっと外の世界を見たい。色んな人と触れ合ってみたい。

そんな千鶴に、源三郎はまるで娘を見る父親のような優しい目を向け、頷いた。

「ああ、是非頼むよ」

「よし、決まりだな!」

「じゃあ練習しようか。注文の取り方とかレジの使い方とか、知らなきゃいけないことがたくさんあるからね」

「はい!」

全員の顔に笑顔が広がる。
特に、大学に戻ると家に帰らなければ千鶴に会えない年長三人は、彼女との距離が近くなることに嬉しさを隠し切れない様子だ。
これなら、休日と彼女の勤務日が重なれば会いに来れる。

そんなこんなで、この日は全員で千鶴にウェイトレスのノウハウを伝授したのだった。
いつに無く従業員の多いこの日の試衛館は、美形が勢揃いしていることもあって大繁盛だった。
その多くが若い女性であったのは言うまでもない。


夏休み期間中、部活のある総司と一以外は割と暇人だ。
夏休みが終わるまで週に数回、千鶴は歳三達と共に試衛館を手伝い、少しずつ仕事に慣れていった。


そして九月。
この日から千鶴は源三郎と二人で試衛館に立つ。

いつの間にか用意されていた“試衛館”のロゴ入りの可愛いエプロンを身に着けた千鶴は、来客を知らせる鐘の音にとびっきりの笑顔を浮かべて「いらっしゃいませ!」と言った。





■■■■■





これは遡ること十数日前、とある道場において交わされた会話である。


「で、本日の重要議題」

重々しく発言するのは新八だ。
彼の目の前には稽古の合間の休憩を過ごす仲間達の姿がある。
しかしそこに千鶴はいない。
彼女は東雲家の大事なお姫様である。歳三達ばかりに構っていたら年寄り達が拗ねてしまう為、渋々ながら当主達に預けたのだ。

さて、現在道場では新八が突然真面目な顔で何やら皆に話し始めていた。
背後のホワイトボードには、相棒の左之助がきゅっきゅっと何かを書き込んでいる。
書き上げられた文字は、新八が朗々とした声で読み上げる。

「“千鶴ちゃんのウェイトレスさんルックについて”! さあ、活発に意見を交わそうではないか!」


寝言は寝て言いやがれてめえら!!


瞬時に空を裂いた拳骨は、新八と左之助の頭に等しく振り下ろされた。


「いやいやとしぞーさん、これは実に重要な案件ですよ」

撃沈する新八と左之助に代わって怒れる鬼に物申したのは総司だ。

「このふざけた議題のいったいどこに重要性がありやがる!」

ごもっともな意見である。
ところが、一も平助も至って真剣な顔つきでホワイトボードに書かれた文字を凝視していた。

「まず、露出は控えるべきだ。確かに千鶴の脚は形も良く魅惑的だが、だからこそミニスカートは避けねばならん」

「髪型も大事だよな。千鶴には帽子よりも三角巾が良いんじゃないか? で、色は淡いピンクが似合うと思う」

「エプロンと三角巾はお揃いじゃないといけねえよな。邪魔にならない程度にフリルとか付けて可愛らしくしてやりてえな」

上から一、平助、左之助の台詞である。
三人とも真面目に自分の意見を述べていた。
歳三は思わず脱力し、頭を抱える。阿呆かこいつらは。

「武器を隠し持った方が良いんじゃない? ほら、千鶴ちゃん可愛いし、変な男に好かれる傾向あるしさ」

「そりゃてめえも含めてのことか?」

「そうですねえ、鬼も引っ掛けちゃいましたしねえ」

ちら、と総司の目が歳三を捕らえる。彼の言う“鬼”が風間達はもちろん“鬼副長”も含めてのことだと言わなくても解る。

「露出は少なくお揃いの可愛いエプロンと三角巾、そして武器を隠せる服装か・・・」

うーん、と歳三以外が唸る。
最初のいくつかはまだしも、最後の武器を隠し持つウェイトレスとはどんなだ。

「メイドさんなんてどうかな? スカートはロングで」

「試衛館をメイド喫茶にする気か平助!」

平助の案に一が激昂する。よってメイド喫茶は却下された。

「それなら大正浪漫はどう? 袴なら千鶴ちゃんは以前も着ていたんだし、しっくりくるよね」

「お、いいじゃねえか。大正時代の女学生風かあ」

「でも袴とか袖の裾が邪魔にならねえ? そんな広い店じゃねえし、どこかに引っ掛けそうな気がする」

「いっそ源さんと同じように白シャツと黒のスラックスに蝶ネクタイでどうだ? 男装した千鶴も可愛いだろうなあ」

「確かに彼女の男装は可愛いだろうが、それは前世で散々させただろう。今世では着飾らせてやらねばなるまい」

喧々囂々、様々な意見が繰り出される。千鶴のこととなれば、皆熱くなるようだ。
そんな熱気に溢れた意見交換も、歳三の「いちいち着替えなければならねえ千鶴の手間を考えろ!」という一喝で沈静化した。言われてみればその通りだ、と熱くなり過ぎた自分達を反省する。

結局、着脱の手間があまり掛からないワンピースと、お揃いのエプロン&三角巾という無難な案で纏まった。

もちろん一式オーダーメイドである。


そうして、喫茶“試衛館”に看板娘が誕生したのだった。



〈次〉

13.10.20up

というわけで千鶴ちゃんがアルバイトを始めました。
隊士達がバイトを勧めたのは、世界を広げて欲しいという思いの他に
当主達に昼間千鶴ちゃんを独占されるのが気に食わない、というのが主な理由だったり(笑)。



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