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いらっしゃいませ! 2
カランカラン、と音を立てて店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
笑顔で振り返った千鶴だが、入ってきた男の厳つい顔に一瞬笑みが強張った。
「おや芹沢さんですか」
慣れている源三郎は流石というべきか、常と変わらぬ態度で男に接している。
芹沢鴨。
彼はこの試衛館の常連だ。
千鶴がここで働き始めてからも何度か客として訪れているが、彼の醸し出す雰囲気には未だ慣れない。
別に不機嫌なわけではないらしいのだが、彼の鋭い眼光と厳しい表情は黙っていても威圧感がある。
まるで出会って間もない頃の土方達を思わせる近寄り難さに、悪い人ではないと解っていても気後れしてしまうのだ。
井上はいつもの笑顔で卒なく相手をしているが、どうやら歳三達も彼のことを苦手に思っているらしいことは幾度か彼らのやり取りを見て感じ取った。
ただそれは、千鶴とは違う理由のようだ。
千鶴にとっては思わず萎縮してしまうほどの威圧感も、歳三達には通用しない。
言うなれば、相性が悪い、ということだろうか。
歳三や総司は彼を見るとあからさまに顔を歪め、平助や新八はいつもの明るい表情が引きつる。一や左之助は歳三達ほど顔には出ないものの、口調が固くなる。
そして当の芹沢は、そんな彼らの様子にさも愉快だとばかりに凶悪な笑みを浮かべるのだ。
彼らの間に漂う殺伐とした空気には、いつもはらはらさせられる。
芹沢は店内に入ると、いつもの指定席に腰を下ろし、コーヒーを注文した。
本来は酒好きのようだが、源三郎の淹れるコーヒーは彼も気に入っているらしい。
そしていつも芹沢は持ち込んだ英字の新聞を広げて読み始めるのだが、今日は何かのカタログを難しい顔で読み耽っているようだ。
「お待たせしました」
唸りながら考え込む彼に話しかけるのは正直腰が引けるが、勇気を出して近づく。
ふと、芹沢の目線がカタログから千鶴に向けられた。
ジロッと睨まれ、体が竦む。
話しかけてはいけなかったのだろうか。
「娘」
「は、はい」
「若い女がもらって喜ぶものとは何だ」
「え?」
「ついでに男のガキの好むものを教えろ」
「えっと・・・」
何だろう、この質問は。
至極真剣な眼差しには冗談を言っている色は見えない。
つまりは真面目に問うているのだろう。
「どなたかに贈り物をされるんですか?」
「ふん、偶には飴をくれてやらねば躾にならんからな」
「? あの、贈り物をされる方の好みなどは?」
「知らん」
「・・・・・・」
何も一言で切り捨てなくても・・・。
これは自分や歳三達の例を挙げるべきなのか。
「私はお花や文を頂くと嬉しいです」
「俺が花や文だと・・・?」
眉間に深く皺が刻まれる。
どうやらこの案は駄目のようだ。
でも自分がもらって嬉しいのは彼等からのメールだし、綺麗に咲いていたからと野の花を渡された時も嬉しかったのだが。
「若い男性でしたら食べ物が喜ばれるかも知れませんよ」
「確かに。しかし、夕飯抜きを言い渡している」
「え・・・?」
さらっと何か怖いことを言われた気がする。
いったい彼が贈り物をしたい相手はどんな人達なのか、と考えたところで思い当たる人物の顔が浮かぶ。
一人は彼の奥方である梅という名の女性だ。
彼女も試衛館の常連で、夫婦連れ添って来る時もあれば一人の時もある。
もう一人は平助の友人であり、千鶴とも面識のある少年だ。
ふと、千鶴は芹沢が広げているカタログに視線を落とした。
紙面には煌びやかな装飾品の写真が載っている。
「自分のことを想って選んで下さったものなら、何だって嬉しいですよ」
彼女に似合うのは何か、考えて悩んでくれた上で選んでくれたのなら。
そんな思いを込めて返した言葉に、芹沢は無言のままカップに口を付けた。
カランカラン
来客を告げる鐘の音が鳴り、入ってきた人物を見た途端、芹沢はバサバサッと音を立ててカタログを閉じて鞄の中に押し込んだ。
「いらっしゃませ、梅さん」
入って来たのは芹沢の妻、梅だ。
彼女は井上に会釈すると、芹沢を見つけて笑顔で歩み寄ってくる。
「お待たせしました。龍ちゃんへのプレゼント、決まりました?」
「あの犬には適当に餌でも与えてやれば良かろう」
「でも、今朝は夕飯抜きだって怒っていらっしゃいませんでした?」
「・・・ふん」
くすくす、と笑いを漏らした梅は首を傾げている千鶴にふわりと笑った。
「今日は私達と龍ちゃんが家族になった日なんです。それで何かお祝いをしようと思って」
「そうなんですか」
“龍ちゃん”とは芹沢夫妻の養子であり、平助の友人の芹沢龍之介のことだ。
彼の複雑な生い立ちは歳三達から聞いている。
今日はこの家族にとって大切な日なのだろう。
先程の芹沢の様子を思い出し、小さく笑いが零れる。
結局、梅が腕によりをかけてご馳走を作ることで落ち着き、二人はコーヒーを飲みながら暫く談笑した後、席を立った。
「では私は買い物をして帰りますけど、貴方はどうされます?」
「俺にはまだ行く処がある」
言いながら視線が泳ぐ。
きっと彼もこれから買い物に出掛けるのだろうと思うと、何とも微笑ましくなった。
支払いを済ませた芹沢は、千鶴の傍を通り過ぎようとしたところで不意に足を止めた。
「娘、身辺には気を付けろ」
「え?」
「東雲家のガキ共がこぞって大事にしている存在を、周囲が放っておくとは思わんことだ」
そう言うと、彼は先に店を出た梅を追った。
残された千鶴は茫然とその後姿を見送る。
「今のって・・・」
「芹沢さんのもとにも何か情報が入っているのかも知れないね」
「芹沢さんが仰ったこと、解るんですか?」
振り返ると、いつになく難しげな表情の源三郎がいた。
「東雲家にとっては雪村の姫という存在は特別だが、東雲家の外の人間にとっては理解できないことだからね。東雲家が大切にしている貴方を狙う者がこれから現れるかも知れないんだ」
東雲家は政界や財界にも影響力のある一族だ。
その後継者や、それに近い立場にいる歳三達には是非うちの娘を嫁に、という声が後を絶たない。
そんな超優良物件達が大事にする千鶴の存在は、彼らにとって脅威になり得るのだと言う。
東雲家を敵に回すような愚かな者はそう居ないだろうが、万が一ということもある。
家を抜きにしても、歳三達は非常にもてる為、嫉妬に狂っておかしな真似をする者が出る恐れもある。
「ここでのアルバイトの話を持ちかけた時も、当主達は貴方が東雲の家の外に出ることを渋っていたのだけど、歳三君達が言ったんだよ。“あいつを閉じ込めるような真似はするな”ってね」
千鶴を危険に近づけないようにするなら、東雲の家に居てもらった方がずっと安全だし、守る側も楽だ。
けれど、歳三達がそれを良しとしなかった。
彼らは前世で何年もの間千鶴の自由を奪ったことを、今も悔やんでいるのだ。
「だから、決して一人にならないようにして欲しい」
「はい、解りました」
千鶴の為に何が出来るか。
真剣に色々と考えてくれたのだろう歳三達の気遣いが嬉しかった。
彼らの厚意を無駄にしない為にも、決して軽はずみな真似はしない。それをしっかりと心に刻む。
翌日の夕方、学校から帰ってきた平助の口から昨夜の芹沢家の様子を伝えられた。
夕飯抜きを言い渡されていた龍之介だが、その夜芹沢に「夕飯は食わしてやらんが犬の餌なら恵んでやる」と言われ、いつもより格段に豪華なご馳走を出されたらしい。
あの人の考えることはよく解らん、という龍之介の言葉に、千鶴は笑いを堪え切れなかった。
■■■■■
それは、夏休み最後の日の出来事。
千鶴は開店前の試衛館で源三郎から一枚の封筒を手渡された。
何だろう、と不思議に思っていると、歳三達から開けてみろ、と促される。
封筒の中に入っていたのは、現金だった。
「今月のお給料だよ。来月もまたよろしくお願いするよ」
眼を丸くする千鶴に、源三郎がにこにことした笑顔でそう言った。
「良かったな、千鶴」
「何でも好きな物を買うと良い」
「あ、ありがとうございます・・・っ」
「いやいや、私もお給料を渡せて嬉しいよ。何せ歳三君達は何度言っても受け取ってくれないからね」
「え?」
ふと見れば、封筒を渡されたのは千鶴だけだった。
歳三達も一緒に働いていたのに、どうしてだろう。
「俺達に払う必要はねえよ。身内の手伝いをしてるだけなんだから」
「そうは言ってもねえ」
「歳三さん達はお給料受け取ってないんですか? なら私も受け取るわけには・・・」
「そりゃ駄目だろ。千鶴、お前はもらっとけ」
「そうだよ。僕達が源さんを手伝ってるのは単なる暇潰しで、千鶴ちゃんはお仕事なんだから」
「ですが・・・」
千鶴よりも長い間源三郎を手伝っている歳三達がお金を受け取っていないのに、自分が受け取っていいものか。
おろおろする千鶴に、歳三達は揃ってもらっておけ、と言葉を重ねる。
頑として譲らない彼らを説得するのは無理だと、経験で知る千鶴は困惑しながらもそれ以上何も言えなくなった。
(でも、誰も受け取ってないのに私だけ・・・)
ほとんど重さなどないはずの封筒が、ずっしりと腕に圧し掛かる。
どうしよう。
ぐるぐると考え込んだ千鶴の頭の中に、ぴこーんと何かが閃いた。
「じゃあ、皆さんに食事をご馳走します!」
「「「「「「は?」」」」」」
突然何だ?
一斉に注目された千鶴は、封筒をきつく握り締めて強く主張した。
「私のお給料ですから好きに使って良いんですよね? でしたら皆さんに食事を奢らせて下さい。ここで!」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
しん、と落ちた沈黙。
ぶはっ、と誰かが噴出したのを切っ掛けに、明るい笑い声が響き渡った。
「千鶴ちゃん、君、本当に面白いね!」
「千鶴らしいっちゃ、らしいけどな!」
涙まで浮かべて笑い転げながら、総司と左之助が声を震わせる。
「やれやれ、それじゃあお給料を渡した意味がないと思うんだけどねえ」
「意味ならあります! 初めてのお給料を皆さんのために使えますし、それは試衛館の売り上げにも繋がるんですから」
苦笑交じりに零した源三郎の言葉に懸命に反論すると、ますます笑いが大きくなった。
普段笑い声など上げない斎藤すら、口元を手で覆って肩を震わせている。
そんなに笑わなくても、と恨めしげな視線を向けるが、効果はまったくなさそうだ。
一頻り笑い転げた後、気を取り直した歳三が優しく千鶴の頭を撫でた。
「ありがとな、千鶴。今日はお前の奢りで食わせてもらうことにする。皆もそれでいいな?」
「おう! ありがとよ、千鶴!」
「千鶴ちゃんの奢りだ。味わって食おうぜ」
「源さん、今日のお勧めメニューよろしくな!」
「はいはい」
試衛館は午後二時にランチが終わると、ディナーが始まる午後五時までの間一旦店を閉める。
その数時間は彼らだけの楽しい時間。
今日が終われば、学校が始まる彼らとはもうずっと一緒に居られなくなってしまう。
だから、精一杯皆で居られる時間を楽しみたい。
初めての給料の入った封筒を大切に仕舞い、千鶴は来たるひとときを楽しみに、開店と共に訪れる客を笑顔で出迎えた。
〈次〉
13.11.20up
芹沢さん書くのが楽しかった(笑)。
後半は少し時間を遡って、千鶴ちゃんの初めてのお給料の話でした♪
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