いらっしゃいませ! 3





『もういない人間達の想い出を後生大事に抱えたまま生きていくつもりですか?』


声を荒げるでもなく、憐れみの色さえ感じる声が、まるで糾弾しているかのように胸を抉る。
反論の言葉は声となる前に喉の奥に引っ掛かったまま、形とはならなかった。

何を言ったとしても、その人物には理解してもらえないだろう。

哀しくて、遣る瀬無くて。
何も言い返せない自分が情けなかった。







「おはよう、千鶴ちゃん」

「おはよう、千鶴」

「千鶴、おはよ!」

「おはようございます、総司さん、一さん、平助君」

食卓に朝食を並べていると、制服姿の三人が千鶴に挨拶をしながら食堂に入ってきた。

全員が席に着いて「いただきます」と口を揃え、和やかな朝餉が始まる。
歳三や新八等が一緒の時のような騒がしさはないが、偏食家の総司が美味しいと言ってくれたり、一が今朝の味噌汁も絶品だと褒めてくれたり、平助がおかわり!と茶碗を差し出す様子に、見ているだけで心があたたかくなった。
楽しい朝のひとときは、胸の奥に滲み出ていた不安の影を払拭し、今日の活力を与えてくれる。

「そういえば千鶴、今日は試衛館に行く日だよな。学校帰りに寄るから、一緒に帰ろうな!」

「うん」

千鶴が試衛館を手伝うのは週に三日ほどで、朝は源三郎と共に出かけ、夕方学校帰りの平助と共に帰宅するのが決まりごとのようになっていた。
それも千鶴を一人にしないようにとの彼らの配慮だ。

他のメンバー達より長く千鶴との時間を取れる平助は、彼女をこの時代に馴染ませるために様々なことを教えてくれる。
先日はゲームセンターなる所に連れて行かれ、そのあまりの賑やかさにしばらく耳鳴りが治まらなかった。
スポーツセンターでは見たことのない器具に驚き、ファーストフード店では油っこい食べ物に胃がもたれた。
楽しかったのは図書館や本屋だ。東雲邸にも大きな書庫があり、毎日少しずつ借りて読んでいる。

日本の歴史は本当に興味深い。
千鶴自身が動乱の只中にいた幕末ですら、様々な場所で色々な人達による思惑が幾重にも交差していた。
彼女にとっては十年にも満たない過去だが、本という形であらゆる観点から見ると色んなことが繋がっていたのだ。

それだけに強く思った。
そんな時代を、彼らは不器用なまでに真っ直ぐに武士として戦ったのだと。

今、こうして現代に生まれ変わった彼らと再び出会えたのは、本当に奇跡の出来事なのだ。


「どうしたの、千鶴ちゃん」

千鶴の箸が止まっていることに気づいた総司が問う。

「あ、いえ、何でもありませんっ」

慌てて味噌汁に口をつけた千鶴は、三人が心配そうに自分を見ていたことには気付かなかった。





「よう、今日は俺も手伝うぜ」

そう言ってひょっこりと歳三が現れたのは、試衛館のランチタイムが始まる頃だ。

「おや歳三君、大学の方はいいのかい?」

「午前中で終わりだ」

源三郎に答え、歳三は千鶴に笑みを向ける。

「仕事は慣れたか?」

「はい、源三郎さんに助けて頂いて何とかやってます」

声が嬉しげに弾んだ。
家ではしばらく会えない歳三が目の前にいる事実が素直に嬉しい。
メールのやり取りは毎日欠かさないが、やはり本物が目の前にいるといないでは大違いだった。

それは歳三も同様で、数日振りにすぐそばにいる大切な女に触れずにはいられぬとばかりに、伸ばした手でそっと彼女の頭を撫でた。



正午を回ると、昼食に訪れる客が徐々に増えた。
若い女性達は歳三に気付くと途端に色めき立つ。

注文を取りに来たのが千鶴だとあからさまに落胆し、食事中も歓談中も絶えず視線は歳三を捕らえて離さない。
同時に、鈍い千鶴でも解るほど、女性達は彼女に嫉妬の視線を注いでいた。
歳三が千鶴に話しかける度、肩や頭に触れる度にきつくなるそれに思わず背筋が凍る。

(歳三さん、格好良いものね)

睨まれるのは怖いが、仕方ないことだと諦めてもいる。
以前全員揃って試衛館を手伝った時などは、この比ではなかった。

今も昔も、彼らは無意識に人を惹きつける。
それは容姿であり、生き方であり、立ち振る舞いからでもあり。
自分もまた、彼らに惹かれた女の一人であることに変わりなく、特別扱いされているのを妬まれても仕方ないのだろう。

とはいえ、彼女達の攻撃を甘んじて受ける気はない。
自分が傷つけば、それ以上に彼らが辛い思いをするのだから。

(せっかく皆さんにまた会えたんだもの。ずっと一緒にいられるように私も頑張らないと)

気を奮い立たせ、睨みつけてくる女性達にも毅然と微笑んでみせる。

いつ殺されるのか解らない状況を何年も生き抜いた千鶴にとって、彼女達の悪意などたいしたものではないのだ。





■■■■■



(※これよりオリキャラ視点になります)



私の通う大学には、とても有名な人がいる。
別に何か特別なことをしたわけではないが、そこに居るだけですごく目立つのだ。

顔はかなりの美形だ。アイドルとか軽い感じではなく、役者という言葉の方が似合う、独特の雰囲気を持つ人。
良い家の生まれらしいけれど、それをひけらかしたりはしない。
口調は顔に似合わず少し乱暴だけど、所作に品があり、一本芯が通った性格は男女問わず惹き付けられる。

当然、すごくもてる人だけど、彼と噂になった女の子はいない。
告白して振られた人ならたくさん知っているし、めげずに何度も告白する子もいる。
彼は一つ一つに丁寧に返事を返し、分け隔てない態度で接するけれど、あまりに度が過ぎるとかなり厳しいことを言われるみたい。
詳細は知らないが、何人か物凄い落ち込みようだったらしい。


ちなみに私はといえば、彼とは割と仲が良い方だと思っている。
この大学で比較的彼と交流のあるグループの一人だからだ。

彼の名は霧谷歳三さん。
同い年なのに、何故か“君”ではなく“さん”付けしなきゃいけないと思わせる彼は、私の数年来の片想いの相手でもある。

グループ内では私以外にも霧谷さんを密かに想っている子もいて、互いに牽制したり情報交換するのは結構楽しかったりする。
もちろん、自分に振り向いて欲しいって気持ちはあるけど、だからって友達を蔑ろにするのは違うと思うから、私達は恋敵であると同時に片想いの同士でもあるのだ。


「霧谷さん、今日は試衛館だってさ」

グループの一人の男子が言った言葉に、私達は講義の後喜び勇んで試衛館に向かった。

試衛館は霧谷さんの親戚の人が経営している喫茶店だ。
時々彼も手伝っており、私達も何度か行ったことがある。
ウェイターをしている霧谷さんは本当に格好良かった。

忙しいランチタイムが終わる頃、私達は試衛館に着いた。
カランカラン、と音を立てて扉を開くと、「いらっしゃいませ」と女性の声が聞こえる。
あれ? 従業員に女性っていたっけ?

「いらっしゃい・・・って、何だ、お前らかよ」

「何だってひでーっ」

客が私達だと知ると、営業用の顔が少し意地悪なものに変わる。
他の客とは違うんだって言ってるみたいで、ちょっと優越感を感じた。その時。

「歳三さんのお知り合いの方々ですか?」

「ああ、同じ大学の奴等だ」

「「「「「・・・・・・・・・」」」」」

思わず全員が呆気に取られた。
だって、ウェイトレス姿の女性が霧谷さんのことを名前で呼んでいたから。

霧谷さんは親族以外の人に名前呼びを許さない。
以前、彼に好意を持っていた女性達が名前を読んだら、厳しい顔で「名前で呼ぶな」と言い放っていた。
親しい部類の私達すら例外ではなく、「親族以外に名前を呼ばれるのはちょっとな」と苦笑混じりに言われた。

ということは、親族の女性かな。
期待を込めてそう思い込もうとしたのに。
女性陣の空気を読めない男が余計なことを訊いた。

「も、もしかして彼女?」

「似たようなもんだな」

そう言って彼女を見る霧谷さんの眼は、見たことがないほど優しい。
あんな顔で見つめられたら、誰だって好きになるだろう。

驚きに言葉を失くす私達の視線の先で女性は「彼女?」と首を傾げ、やがて頬を赤くした。

「あの、歳三さん、彼女ってまさか・・・」

「ん? 恋人って意味だな」

「〜〜〜っ、ちが、私、あのっ」

真っ赤になって私達に向かって何か説明しようとするが、霧谷さんがさらに「というか、俺が千鶴の婿候補だな」と追い討ちを掛けるように言い、彼女は「し、知りません〜っ」と源三郎さんの方に逃げて行った。

「歳さん、千鶴さんをからかっちゃ駄目だよ」

「からかってねえよ。事実だろ」

源三郎さんにそう返し、私達の方に向き直った霧谷さんはとても上機嫌な様子で「注文は?」と訊いた。


私達は微妙な雰囲気の中で食事した。
いつもは美味しさに舌鼓を打っているのだけど、さっきの衝撃が強すぎて上手く喉を通らない。

カウンターの方を見ると、霧谷さんと彼女が楽しげに雑談している。
何を話しているのかは解らないけど、二人ともとても親密な雰囲気だ。

ああ、これはもう決定的かなあ。
ずぶずぶと気分が落ち込む私に、友人であり片想い仲間の一人が耳打ちする。

「ね、あの子達、不味くない?」

言われて彼女の視線を追った先には、二人の女性客の姿。
派手な格好の彼女達は、霧谷さん達の方を睨みながら何か囁きあっていた。
何だか嫌な感じだ。

「彼女さんに何かしそうだよね。霧谷さんに言っておいた方がいいかな」

落ち込んでいた私とは違って、周りに眼を向けて突然現れた恋敵の心配のできる友人の優しさに胸を打たれた。
彼女だけでなく、友人にも負けてるなあ私。


そうこうしているうちに、二人の女性客が席を立つ。
何かする気だろうかと注意深く見ていたけど、彼女達は霧谷さんに「会計お願いします〜」と猫撫で声で言い、支払いを済ませるとそのまま店を出て行った。

「気のせいだったのかな」

何事もなかったことに拍子抜けし、同時に安堵した。

とりあえず後で霧谷さんに彼女達のことを言っておくことにして、私は失恋の切なさを噛み締めながら食事を再開するのだった。



〈次〉

13.12.10up

不穏な影がちらつき始めました。
今回のオリキャラは害のない子です。



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