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いらっしゃいませ! 5
お千が千鶴を訊ねて来る、と彼女の遣いの者が東雲家に知らせてきたのは数日前だ。
千鶴から歳三達にも報せが届くと、その日が休日ということもあって全員が東雲家に揃うことが決まった。
ただ一日の為に何故わざわざ数時間掛けて家に帰ろうと思ったのかと言うと、彼らはずっとお千に礼が言いたかったからだ。
かつて千鶴を保護してくれたことや、自分達に武器を与えてくれたこと。
そして、千鶴が東雲家に来るのを許してくれたこと。
お千にとって、千鶴は大事な親友だ。
古き鬼の姫という立場に生を受けたお千には、対等の関係を築ける者がいなかった。
千鶴はお千と同等に近い血統を持ち、尚且つ彼女を鬼の姫としてではなく、同年代の友人として接する唯一の存在だ。
そんな大切な友を自分達のもとに送り出すのは、彼女にとっても辛いことだっただろう。
しかし、彼女はいつでも千鶴の味方であり、理解者でいてくれる。
お千は歳三達にとっても、心強い存在だ。
今世では初めて会うお千は記憶にあるよりも少し大人びて、とても美しい女性となっていた。
千鶴同様、緩やかとはいえ確実にあれから年を重ねた証だろう。
玄関先で思わぬ来客と鉢合わせたものの、話もそこそこに千鶴とお千が落ち着ける場所へと誘導する。
歳三達が珍客について言葉を交わす間、居間のソファに並んで座った二人はまず互いの近況を話した後、お千が早速話を切り出していた。
「千鶴ちゃん、雪村秀耶(しゅうや)を覚えてる?」
「!」
「彼の子孫と名乗る人が、先日京都の私の眷属のもとを訪ねて来たのよ」
「え?」
「どうした、千鶴」
お千の言葉は聞き取れなかったが、千鶴の顔色が変わったことに目聡く気づいた歳三達が二人の傍に集まった。
「あ、いえ、その・・・」
「皆さんにも知っておいてもらった方がいいかも。雪村秀耶のことを」
「え?」
「雪村だと? 何者なんだ、そいつは」
「千鶴ちゃん達以外で唯一人生き残った、かつて雪村の里に棲んでいた鬼よ」
「生き残りがいたのか?」
これには全員が驚愕を露とする。
雪村の生き残りは千鶴と薫、網道の三人以外に居ないと思っていたのに。
「雪村の里が滅ぼされた時、その方は偶々遠方に行かれていて難を逃れたそうです」
千鶴の説明によると“雪村秀耶”は千鶴と薫より五つ年上で、雪村の里が滅ぼされた当時は母親の故郷である祖父母の家に滞在していた。
だが里に居た両親は彼を残して命を落とした為、彼はそのまま母方の祖父母のもとで育てられたのだという。
「私達が彼の存在を知ったのは、千鶴ちゃんが八瀬の里に来てしばらく経った頃なの」
千鶴と薫がお千のもとに身を寄せ、隠れ里での生活に少しずつ慣れてきた頃、ふいに里を訪ねてきた鬼の血を持つ青年。
彼の言葉によって初めて千鶴達は“雪村秀耶”を知ったのだ。
「で、そいつは千鶴ちゃんに何の用があったの?」
総司の問いに千鶴は言い難そうに俯き、お千は不快げに眉を寄せた。
「彼は千鶴ちゃんに求婚しに来たのよ」
それは決して意外な言葉ではなく、やはりそうか、というのが歳三達の共通した感想だった。
女の数が少ない“鬼”にとって、雪村家直系の女鬼である千鶴はあまりにも魅力的だ。
かつて風間千景が執拗に彼女にこだわったことからも、それは窺い知れる。
「それで、何と答えたんだ?」
「お断りしました。その頃の私にはまだ考えられないことだったので・・・」
言いながら、千鶴は記憶を追うように軽く目を閉じる。
新選組との日々を思い出とするにはまだ、彼らへの想いが深過ぎて一歩を踏み出せずにいた千鶴の前に、彼は突然現れた。
『再びお二人に生きてお会いできたことを、嬉しく思います』
祖父母に引き取られた為、時雨(しぐれ)秀耶と名を改めていたが、彼は旧姓を雪村と名乗り、千鶴と薫を見て懐かしげに眼を細めた。
いきなり親戚だと言われ、千鶴も薫も戸惑ったのは言うまでもない。
だが彼の語る雪村の里の話は千鶴達の記憶の中にあるものとも合致する上、秀耶と思わしき少年の記憶も微かにあった。数少ない子供故に、大人達よりも記憶に残っていたのだ。
だが、何故彼は十数年も経って自分達を訪ねてきたのだろう。
そう疑問を投げかけると、彼はすぐに答えを返してくる。
『二年近く前に不知火という鬼と知り合いになり、雪村網道の所業と千鶴姫の存在を知らされました。まさかお館様のご息女、そしてご子息が生きておられるとは、すぐには信じられなかった・・・』
雪村の里の鬼達と共に命を落としたとばかり思っていた双子の兄妹が実は生存していると、十年以上の時を経て知らされたのは秀耶も同様だ。
偶然知り合った不知火の話からそれを知った彼は、その後あらゆる伝手を使って千鶴達のことを調べた。
そして、八瀬の里に辿り着いたのだ。
本当はここに来るまでも半信半疑だったのだと言う。
けれど千鶴と薫の顔を見た瞬間、二人が紛れもなく雪村家当主の双子の子供達だと確信した。
『薫様、千鶴様、共に雪村家を再興しましょう。雪村の血を継ぐのはもはや私達三人だけ。ですが、私達ならば必ずや雪村家を蘇らせることができます』
『雪村家の再興・・・?』
困惑する千鶴の手を恭しく両手で包み込み、秀耶は眼に涙すら浮かべながら言い募る。
『どうか雪村家の為にも、私を千鶴様の婿として頂きたい・・・』
真摯に千鶴を見る秀耶の瞳に浮かぶのは、痛いほどの望郷の念。
幼き日に突然奪われた親を、家を、仲間を取り戻したいと願うのは当然の情だ。
千鶴は傍に立つ双子の兄を見やった。
苦しげな表情で唇を噛み締める彼もまた、同じような思いを抱えて生きてきたのだろう。
“雪村家の再興”という言葉に、彼が心を揺さぶられているのが解る。
かつて“父”と呼んだ雪村網道もまた、それを強く望んだ一人だった。
けれど千鶴は 。
『・・・ごめんなさい。私には貴方の望みを叶えることができません・・・』
まさか断られるなどと思いもしなかったのだろう。
秀耶の端正な顔が愕然となる。
『何故ですか? 貴方は雪村の姫なのですよ? 故郷に帰りたいと思わないのですか?』
必死に説き伏せようとしてくる彼に申し訳なく思いながらも、千鶴は静かに首を振る。
そして蒼白な表情で言葉を失くした秀耶に、彼女は己の過去を語った。
今は自分が雪村の鬼の直系であると理解しているが、十年以上の月日を普通の人間として育ったことや新選組との思い出を。
『今の私は“雪村の鬼”としての自覚よりも、大切な人達への想いの方が強いんです。だから彼らとの想い出と共に、兄や友人とここで静かに暮らしていきたい』
『貴方は雪村の姫君だ。薫様が雪村の名を捨てた以上、貴方以外に雪村を再興できる者がいない。それなのに・・・』
『どうか雪村を忘れ、貴方は“時雨家”として穏やかに生きて下さい』
秀耶にはあまりにも残酷な言葉かも知れない。
“雪村家”を再興できる唯一の存在に拒まれるのだから。
けれど、彼にはもう新しい名があり、仲間がいるはずだ。それを大切に生きて欲しかった。
『新選組のことは聞いています。彼らはもう滅んだ。武士の時代は終わりを告げ、二度と蘇ることなどない』
抑揚のない淡々とした口調。
一筋の涙を流した秀耶の顔は、先程までの感情の一切を失くし、能面のように強張っていた。
『新選組とは違い、雪村家は貴方の存在によって蘇ることができるのに貴方は雪村を否定する。そうやって想い出にしがみ付いたまま、これからも生きていかれるのですか?』
静かな声とは裏腹に怒りに燃える眼差しにたじろく。
『ちょっと、あなたね!』
『お、お千ちゃん』
秀耶の物言いに怒りを露にしたお千が声を荒げながら踏み出そうとするのを必死に止めようとする千鶴。
そんな二人の前に薫が立ち、秀耶の目線から千鶴を隠した。
『帰れ。妹を傷つけようとする男に千鶴はやらない』
『・・・残念です。貴方は雪村の跡取りとしての義務を放棄するのですね』
暫く睨み合った後、秀耶はそう言って背を向けた。
薫の肩越しに見た青年から感じられる深い失望に胸が締め付けられる。
彼の姿が視界から消え、薫が心配げに千鶴を振り返った時、気が緩んだ瞬間に溢れ出た涙は堪えようとしても堪えられるものではなかった。
(ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・)
何度も心の中で謝罪する。
彼が味わった痛みはこんなものではないだろう。
しかし千鶴にはどうしようもなく、ただ謝ることしかできなかった。
『千鶴ちゃん、泣かないで・・・』
『・・・私も、解ってるの。このままでは駄目だって・・・。皆のことはもう忘れて、生きていかなきゃって・・・』
でも、まだ無理だ。
彼らとの日々を想い出とするには、心が追いつかない。
そんな自分の弱さが、一人の青年を傷つけてしまった 。
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「その後、彼は時雨家に戻って“時雨秀耶”として生きたの。うちや風間の里のように時間の流れが違うわけではないから、本人はもうとっくに亡くなってるけれど、貴方達のように鬼の血筋は残っているみたいね。うちに訪ねて来た彼の子孫からも鬼の気配がしたわ」
「それで、その子孫は何故千姫を訪ねて来たんだ?」
千鶴とお千の昔話が終わり、問題は現代の話だ。
秀耶との確執を語ってすっかり落ち込んでしまった千鶴を代わる代わる慰めながら、疑問を口にする。
「千鶴ちゃんのことを聞かれたわ。“東雲家が雪村千鶴を迎えたのは事実か”って」
「成程な」
つまり、時雨秀耶の子孫に千鶴が八瀬の里を出たことが知られたということか。
「向こうの思惑は解らないけれど、くれぐれも気をつけてね」
歳三達にそう忠告し、お千は千鶴を心配そうに見やった。
大切な親友が傷つく事態にならなければ良い、と心から願う。
ようやく彼女が取り戻せた幸せな日々が、いつまでも続いて欲しい。
そのためにも、今度こそ彼らには彼女を守ってもらわなければならない。
(千鶴ちゃんを絶対に幸せにしてよね)
心の中で激を飛ばし、お千は東雲家を後にした。
〈次〉
14.1.10up
というわけで新キャラ登場です(現代では故人ですが)。
子孫の名前はまだありません。
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