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いらっしゃいませ! 6
『おい、原田?』
呼びかけに応える声はない。
ちらりと眼を向けると、大木に背を預けて項垂れる男の横顔が見えた。
髪に隠れて表情までは解らないが、声に反応しないところを見ると、どうやら意識はなさそうだ。
『眠っちまったのか・・・』
そういえばさっき何か言っていたようだが、よく聞き取れなかった。
まあ後で聞けば良いか、と思い直し、不知火は身体の力を抜いて木に凭れ掛かる。
流石に疲れた。
いくら鬼とはいえ、無数の羅刹を相手に夜通し戦い続ければ疲弊する。
ただの人間でしかない原田など、とっくに体力の限界を迎えているだろう。
『けどまあ、これで俺の役割は終わったな。後は風間と天霧の旦那が何とかしてくれんだろ』
これだけ多くの羅刹を作り出した元凶を追う鬼達を思い、にやりと笑う。
彼らなら難なく成し遂げるだろう。
それに今はあの女鬼もそばにいるのだから、元凶である男 雪村網道に逃げ場などない。
原田が目覚めたら教えてやろうか。
お前が捜している雪村の女鬼は、風間達が保護していると。
その後彼がどんな行動に出るか、それは解らないが。
追いかけるというのなら、少しくらいは手伝ってやっても良い。それくらいの情はある。
何度か敵として対峙し、今夜は戦友として共に戦った男。
ただの人間のくせに真っ向から鬼に挑み掛かってきた威勢の良い奴。
その威勢のままに、羅刹の大群相手に槍を振るって共に戦った。
(高杉以来だな。こんな面白い人間に会ったのは)
こいつとなら、久しぶりに美味い酒が飲めるかも知れない。
そんなことを考えながら、眼を閉じた。
■■■■■
時雨秀耶はその夜、祖父母の命令で“その地”に訪れていた。
月明かりだけが頼りの暗い道をひたすら進むと、やがて生い茂る木々によって光さえも届かぬ闇の中に足を踏み入れた。
夜闇に閉ざされた森の中は、色濃い血の匂いが充満している。
怯むことなく歩み続ける彼の行く道には、点々と何かが転がっているのが見えた。
それはかつて、“人間”であった者達の成れの果て。
奥に進むにつれ、その数は増えていく。
『哀れだな・・・』
呟きは静寂の中に溶ける。
それにしても、いったい誰がこんな大量の“紛い物”達を倒したのだろう。
祖父母から言い渡されたのは、西の鬼達によって知らされた“紛い物”の始末だ。
それを作り出した者の情報や、その意図までは教えてもらえなかった。
その点は西の鬼達に任せればいい、との言葉だけ。自分の役目はその手伝いだ。
時雨家で最も鬼の力の強い秀耶にその任務は任されたわけだが、何故だろう、それを伝えた時の祖父母は少し戸惑っているようにも見えた。
何か、他に理由があるのだろうか。
その時、暗闇の中で何かが動く気配がした。
『血・・・血だァ・・・お前の血を寄越せェ・・・っ』
赤い瞳に狂気を宿らせた男が、血に染まった刃をこちらに向ける。
彼の口元はべったりと血に濡れ、足元には別の男が倒れている。
同じ“紛い物”の血を啜っていたのだろう。そして、狂気はより深く彼を狂わせてしまった。
『本当に、いったい誰が何の目的でこんなおぞましい者を作り出したんだ?』
狂った男に対して思うのは憐れみのみ。
純然たる殺気を向けられ、刃を突きつけられても恐怖など感じない。
鬼である自分の方が、“紛い物”などより遥かに強いのだから。
一瞬、闇の中に金色の光が閃いた。
それは“鬼”であることの証。
空を裂いた刃は瞬きの間に男の心臓を深々と貫く。
赤い眼から光が消え、命の終焉と共に虚ろに濁った。
男の胸から刀を抜くと、がくりと崩れ落ちる体。
こびり付いた血を払い、刀を鞘に収めると何事もなかったかのように秀耶は再び歩き出した。
拓けた場所に出ると、そこは血の海だった。
地表を覆い尽くすように、無数に横たわる紛い物達。
どうやら目指す場所は近そうだ。
きょろきょろと辺りを見渡し、この場所には生きる者の気配がないことを確認して更なる森の奥を目指す。
『もうすでに終わっているのか』
江戸を目指して“紛い物”達が集団で移動しているとの報せを受けて急いで来たつもりだったのだが、一足遅かったようだ。
これだけの“紛い物”を片付けたのはいったいどんな“鬼”なのだろうか。
たった一人でこれをやったとは思えないから、複数人で来たに違いない。
『ん?』
一本の巨木の陰に、初めて生きる者の気配を感じた。
紛い物のような禍々しさではなく、人間の弱々しさでもなく、“同族”から感じる独特のそれだ。
そちらに近づこうとした時、バンッと響き渡った音とともに全身を駆け巡る感覚に、咄嗟にその場を飛びのく。
直後、何かが掠めて木の幹に当たった。
『な、何だ!』
衝撃が飛んできた方向を見ると、何かを構えた男が木の陰からこちらを見ているのが薄っすらと確認できた。
『よぉ、どうやら紛い物じゃねえみたいだな。危うくぶっ放すところだったぜ。よくこんな場所に来れたなあ』
『ところだった、じゃなく、すでに撃ってますよね!?』
男が手にしているのは短銃だ。撃った弾の軌跡は見事に秀耶の頭を狙ったもので、人間であれば間違いなく命中していた。
『森中に転がっていた紛い物は貴方が倒したんですか?』
『おう、俺とこの人間の男でやった』
言われて見てみれば、男のすぐそばに男が座り込んでいた。
髪の色が白くないということは紛い物ではない。しかし鬼でもなく、ただの人間。それも・・・。
『そちらの方、すでに亡くなっていますよ』
『ああ、やっぱりか・・・。そうじゃねえかと思った』
男の不敵な笑みが歪む。
共に無数の“紛い物”と戦ったのなら、彼らはそれなりに親しい仲だったのだろう。
『埋葬してあげないのですか?』
『後でな。まだしばらく休みてえんだよ』
先程の攻撃は僅かな気力を振り絞ってのことのようだ。
ずるずると木に凭れたまま座り込む彼の顔は、疲労の色に満ちている。
『ったく、人間の癖して無茶しやがるぜ。大事な女の為とはいえ』
人間の男を横目で見ながら苦笑を浮かべ、男は秀耶に視線を戻す。
『お前さん、鬼か?』
『はい、時雨秀耶といいます。どうやら貴方も鬼の一族のようだ。それも、かなり強い』
『まあな。俺は長州の不知火匡だ。西国じゃ風間家の次くらいには強い鬼の一族だと自負してんぜ』
『私も、かつて東国で最も強かった鬼の一族の血を引いているんですよ』
“風間”の名に、対を成すもう一つの一族を思い浮かべる。
そこには幼い頃の穏やかな幸せの記憶と、突然全てを失ってしまった時の哀しみが込められていた。
『東国? もしかして雪村か? まさかな、姫さんの他に生きてるのは確か双子の兄だ。お前さんはどう見ても年が違うから双子じゃねえし』
『・・・今、何と言いました?』
『ん? ああ、お前も鬼ならそのうち情報が入るだろうな。雪村には生き残りがいるんだよ。俺達も知ったのはほんの数年前だ』
生き残り? 双子? それは、まさか・・・。
『この紛い物共を作ったのも雪村家の関係者でな、そいつは直に風間達が粛清するはずだぜ』
秀耶が時雨家の命令でここに来たことを察しているのだろう。
不知火は『わざわざすまねえな』と労ってくれた。
だが、秀耶は知らされた情報を理解するのに精一杯で、しばらく茫然としたまま声を出すこともできなかった。
雪村家の双子の兄妹が生きていること。
紛い物を作り出したのが雪村家の関係者であること。
どれもが衝撃的で、どうすれば良いのか解らなかった。
『不知火さん、お願いです。詳しく教えて下さい』
ただならぬ秀耶の様子に不知火は驚いた様子で彼を凝視する。
そして、ゆっくりと語って聞かせてくれた。
秀耶が十数年以上存在すら知らずにいた雪村家の生き残りの話を。
それから二年近くの時が流れ。
この日、秀耶は八瀬の里を訪ねた。
そこで出会った若い男女の兄妹からは、幸せな記憶の中にある小さな子供達の面影を感じた。
■■■■■
「とまあ、そういうわけで、不知火が時雨秀耶と出会ったのは俺が死んだ直後らしい」
お千が訪ねて来た日の翌日、朝食を終えた後自分の部屋に仲間達を集めた左之助は、昨夜のうちに不知火から聞いた話を全員に話して聞かせた。
不知火は夏休みの騒動の後頻繁に人里に下りているらしく、いつの間にか携帯電話も所持するようになっていたので連絡が取り易い。
時雨秀耶が千鶴の存在を知ったのは不知火の口からだという話を聞いて、左之助は早速彼に電話を掛けて事実を問い質したのだ。
「あの時死んでなけりゃ、俺はお前と会えてたかも知れないんだな」
話し終えた左之助は苦笑を零しながら千鶴の髪を撫でた。
「原田さんがそんなに必死になって私を捜してくれていたのに、何も知らなくて・・・」
「そりゃ仕方ねえだろ。お前もお前で大変な時だったんだから」
「むしろ左之さんに取られずに済んだお陰で、今があるんだもんね。左之さん、死んでくれてありがとう」
「・・・総司、てめえ・・・」
確かに現代での“今”はとても楽しいが、総司の言葉はいくら何でもあんまりだ。
そう思いつつもどこか同意する部分もあり、歳三達は一様に何とも言えない顔になる。
「とりあえず、千鶴の身辺には気をつけねえとな。俺と左之助と新八は今日には寮に戻らねえとならないし、総司や一は部活が忙しい。となると・・・」
歳三の視線を受けた平助は不敵な笑顔で胸を張った。
「任せとけって! 千鶴のことは俺が守るっつーの!」
「平助だけでは心配ですから、源さんや山崎君にも話を通しておきます」
意気込む平助に水を差すように、淡々とした口調で一が言った。
「どういう意味だよ一君!」と食って掛かる平助を余所に、他の面々は揃ってうんうんと頷く。
誰もが「平助だけでは心配だ」という本音を一欠片も隠す気はなさそうだ。
「あーあ、数時間もすりゃ寮に戻らないといけないんだよな。今は俺が一番お前から遠い気がするぜ」
歳三ほど気軽に寮を出られない左之助が残念そうにため息をつく。
前世で自分が後もう少しで千鶴に手が届いたかも知れない事実を知らされた後では尚更、千鶴と離れるのが辛く感じた。
散々中坊と平助をからかっておきながら、中学生という立場が心底羨ましい。
「私も、皆さんとずっと一緒に居られないのはとても寂しいです。でも今は電話やメールがありますし、皆さんが頑張るのは将来の為なのですから応援したいです」
「お前は本当に良い子だな。少しは我侭言ってもらいてえんだが」
優しく頭を撫でると、嬉しそうに綻ぶ笑顔に癒される。
あの頃この手から零れ落ちてしまった幸せが再び舞い戻ってきた奇跡を実感する。
「ちょ、左之さん! 千鶴から離れろよ!」
「抜け駆け? 左之さんて本当に抜け目ないよね」
「うっせえな。俺はお前らより千鶴を感じる時間が少ねえんだから良いだろうが」
「おい左之、それは俺も同じなんだから千鶴ちゃんを譲れ!」
「千鶴、孕みたくなければ今すぐ左之から離れろ」
「孕・・・っ!?」
いつも通りの賑やかな口論が始まるも、それは「てめえら黙れ!」という鬼の一声によって収束する。
「さてと、このまま何もせず暇を持て余していても仕方ねえ。俺は試衛館を手伝いに行くが、お前らはどうする?」
歳三の言葉にまず千鶴が「私も行きます」と声を上げる。
そうすると必然的に全員が「僕も」「俺も」と手を上げ、全員で試衛館に赴くことが決まった。
休日ということもあって、朝から町は賑わいを見せていた。
昼に近づけばさらに人は増える。
更に今日は試衛館に歳三達が勢揃いしているため、いつもより格段に女性客が増えるだろうと予測できる。
忙しくなる時間に備えて店内を掃除し、源三郎を手伝って仕込みの手伝いなどをしているうちに開店の時間を迎えた。
カランカラン、と店の扉が開く音が響く。
「いらっしゃいませ」
現れたのは男女の二人連れ。
二人は店内を見渡し、千鶴の視線を留めると意を決したかのように彼女に近づいて来た。
「雪村千鶴さんですか?」
硬い声で問う二人の様子に、歳三達にも緊張が走った。
〈次〉
14.1.30up
ようやく次回子孫との対峙です。
それにしても羅刹化した人間多過ぎですね(汗)。
網道さん、よく纏めてたな・・・。
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