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いらっしゃいませ! 7
歳三達の雰囲気が強張ったことに気付いた源三郎は、店内に客が入って来ないよう『営業中』のプレートを再び『準備中』に替えた。
静まり返った店の中、若い男女は思いつめた面持ちで千鶴を見つめている。
彼らを取り囲むように歳三達がさりげなく距離を縮め、二人が千鶴に何かしようとすれば、すぐに対処できるよう身構えるのが源三郎の目にも解った。
「あの、東の鬼を束ねていた雪村家の姫君、雪村千鶴様、で合っていますか?」
緊張した声が再び千鶴に問いかける。
何を馬鹿な質問をしているのだと呆れられるのを恐れているのか、何とも情けない表情が整った顔立ちを台無しにしてしまっている。
「はい、そうです」
千鶴が頷くと二人はほっと安堵の息を吐き、すぐに気を引き締めて質問を続けた。
「時雨秀耶を覚えてますか? えっと、旧姓は雪村なんですけど・・・」
「覚えています・・・。あの、子孫の方でしょうか・・・?」
「まさか、本当に存在したなんて・・・」
彼等自身も半信半疑だったのだろう。
百数十年前の鬼の姫が現代に存在するなど、まるでゲームや漫画の世界の話だ。
現代まで鬼の血統を守ってきた東雲家に生まれ育った自分達ですら、千鶴と再会するまで鬼の子孫だなどという話を信じていなかったのだ。疑う気持ちはよく解る。
さて、千鶴が東の鬼の姫“雪村千鶴”であると知って、彼らはどんな行動を起こすのか。
注意深く様子を窺う歳三達の厳しい視線の先で、二人が同時に動いた。
「「不肖の先祖が大変申し訳ありませんでしたーっ!!!」」
叫び声と共に、見事な土下座を披露する男女の二人組。
「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」
店内を凍りついたような沈黙が支配した。
どれくらい時が過ぎただろう。
呆気に取られたまま立ち尽くす千鶴や歳三達と、土下座したまま動かない二人の構図は、しばらくの間時が止まったかのように互いに微動だにしなかった。
「・・・とりあえず顔上げろ、お前ら」
最初に我に返った歳三の声をきっかけに、止まっていた時間が動き出す。
四人掛けのテーブルに二人を誘導し、向き合う形で千鶴と歳三が並んで腰掛け、両隣のテーブルには他の五人が二組に分かれて座った。
源三郎が差し出した水を一口飲んだ客人は、恥ずかしそうに頭を下げる。
「突然すみませんでした。つい、条件反射で・・・」
条件反射で土下座って何だ?
声には出さずとも、全員が同時にそう突っ込んだのが表情で解った。
「で、君達は時雨秀耶の子孫ってことでいいの?」
「はい、そうです。貴方方は東雲家の方ですね?」
千鶴が八瀬の里を出て何処に居るのか、だいたいの事情は把握しているのだろう。
質問というよりも確認の問いに、歳三達は無言で頷いてみせた。
「俺は時雨明人(あきと)。こっちは従姉妹の美紀(みき)。本来なら父や祖父が出てくるべきなのですが、まずは俺達が確認をと思ってお訊ねました。後日、一族郎党勢揃いで東雲本家の方に伺わせて頂きます」
「いや、別に一族郎党で来なくても」
父親や祖父らだけで充分じゃないか。
そう言おうとしたが、二人はとんでもない、と慌てて頭(かぶり)を振った。
「生存する子孫全員で誠心誠意詫びろというのが家訓なんです!」
「どういう家訓だよ」
わけが解らない、と顔を顰める平助。
ごほん、と咳払いした明人はおもむろに取り出した一枚の古ぼけた紙をテーブルに広げてみせた。
それに視線をやった歳三達は、一様に眉を顰めてしまう。
そこには確かに、雪村の姫君に会うことができたなら生存する子孫全てで誠心誠意土下座して詫びろ、と書かれていた。
全文に目を通してみると、それは明治初期に時雨家の誰かが書いたもののようだ。
時雨秀耶が何者であるか、十数年前に死んだと思われていた雪村の双子の兄妹が京の古き鬼のもとで生きていることや、彼女達に再会した時に秀耶が何をしたのかまで、事細かに記されている。
「秀耶は雪村の里が滅んだ後、時雨家に引き取られました。その頃には時雨家の鬼の血はかなり薄くなっており、傍系とはいえ雪村の血筋である彼は、時雨の女達にとって格好の結婚相手でした。秀耶が元服を迎える頃から、凄まじい争奪戦が繰り広げられたそうです」
「それはまた・・・」
明人の痛ましげな表情から想像すると、羨ましいというより気の毒な状況だったのだろう。
「時雨家の女性達はこぞって気が強かったようで、秀耶はいつもびくびくしていたらしいです。元服を過ぎれば争いは更に過熱し、彼はすっかり憔悴しきっていたそうです。そんなある時、西の鬼から何らかの指示を受けた彼は喜々として一人で出掛け、そこで雪村千鶴様の生存の可能性を知って必死にその行方を捜しました」
「成る程。そんな状況に置かれりゃ穏やかな過去が懐かしくもなるな」
少なからず気持ちが解る面々はしみじみと頷いた。
雪村家の再興。それは幼い頃の幸せを取り戻したいという思いと共に、彼を取り巻く時雨家の思惑から逃れたいという思いもあったのだ。
だからこそ、それを叶えられる唯一の存在、千鶴に縋った。
「でもその行為は時雨家の女性達の行動と同じ。それによって千鶴様に多大な心痛を与えてしまったと、後に秀耶は己の行動を深く後悔しました」
■■■■■
どうしよう。
自分の仕出かしたことに、秀耶は頭を抱えた。
何故あんな風に千鶴に迫ってしまったのだろう。
何故彼女を責めるような言葉を放ってしまったのだろう。
自分の言葉に傷ついた彼女の哀しげな表情を思い出す度に胸が痛む。
(千鶴様は何も悪くないのに。すべて私の心が弱いせいなのに・・・)
なのに、千鶴に当たるような真似をしてしまった。
自分だけが傷ついたような思いを抱えて時雨家まで戻って来たが、少し冷静になってみれば自分が如何に理不尽だったのかが徐々に理解できた。
彼女に謝りたいが、もう八瀬の里は自分を受け入れてはくれないだろう。
謝罪をしたいと言い募っても、千鶴に取り次いでくれるとも思えない。
「ああ、どうしよう・・・」
もう何度目か解らない呟きが落ちる。
「秀耶さん、どうしたの?」
「あ、多恵さん・・・」
時雨多恵(たえ)。
三つ年上の彼女は時雨家当主の一人娘で、秀耶にとっては幼い頃から面倒を見てくれる姉のような存在だ。
いつも自分の手を引いてくれたお転婆な少女は、どんな時でも秀耶のそばにいてくれた。
雪村の里が恋しくて泣いていた幼い秀耶を慰めて、孤独を癒してくれたのも彼女。
結婚相手として秀耶に迫ってくる女達の暴走を止めてくれる頼れる存在。
雪村家の血を持つ秀耶を野獣のような目で見ない、数少ない娘でもある。
家に帰ってから、部屋に篭ったまま出て来ない秀耶を心配して様子を見に来てくれたのだろう。
湯飲みの載った盆を手に室内に足を踏み入れた彼女は、秀耶の傍に腰を下ろしてこちらをじっと見つめる。
彼女なら、この思いに何らかの道を見出してくれるだろうか。
そんな縋る思いで、秀耶は自分がしたことを多恵に語った。
「この大馬鹿野郎があああ!!!」
「ごふぅっ!」
怒声と共に光の速さで繰り出された拳が頬にめり込んだ。
衝撃に吹き飛ばされ、壁に激突する秀耶を仁王立ちして睨み下ろす彼女の眼は金色に光っている。
鬼の血が薄いため角はないが、真っ白に染まった髪が鬼の本性を抑えられないほど彼女が怒り狂っていることを物語る。
「どうしようもない馬鹿だねあんたは! 何て情けない男なんだ! それでも由緒正しい雪村の血を引く男か!!」
「ひいっ! ごめんなさい、ごめんなさい〜〜〜っっ!!!」
「あたしに謝ってどうすんだい! 姫様に土下座で詫びて腹切ってきやがれ、このへたれ!!」
「会いたくても会えません〜〜っ!!!」
「っのすっとこどっこい!!!」
さすがは時雨一族当主の娘。誰よりも時雨の女である。
彼女の怒りに比べれば、自分を取り合う女達などまだ可愛いものだと実感できる。
散々殴られ、蹴られ、踏まれた後、落ち着きを取り戻した多恵はしばらく考え込んだ後、秀耶に言い放った。
「よーし、わかった。あんたの失態は時雨家の失態だ。こうなったら子々孫々に渡るまで姫様に謝罪するよう家訓に残すよ。そのためにもあんたは私の婿になりな。文句は聞かないからね」
「はい、仰せのままに従います」
昔から彼女にだけは逆らえない秀耶は即座に頷いた。
こうして、時雨一族の熾烈なる秀耶争奪戦は収束し、子々孫々の代にまで渡る厳しい家訓が生まれたのである。
■■■■■
「で、今に至ります」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
再び重い沈黙に包まれる店内。
全員が何とも言えない表情で明人達を見つめている。
いや、総司だけは笑いを堪えて肩を震わせているが・・・。
「私達は小さい頃から土下座の仕方を徹底的に叩き込まれるんです。どうすれば姫様に謝意が伝わるか、どう詫びれば誠意が伝わるか、練習に練習を重ねてきました。ようやくその努力が報われて、とっても嬉しいですっ」
「それは・・・まあ、何と言っていいか・・・」
それであの見事な土下座というわけか。
小さな頃から謝罪の練習をさせられる一族・・・。嫌過ぎる。
「千鶴様には大変なご心痛を掛けてしまい、本当に申し訳なく思っています。謝罪だけで当時の埋め合わせにはならないと思いますが、もしまだ秀耶のことを気にされているのでしたら、どうかもう忘れて下さい」
そう言って明人と美紀は再び深く頭を下げる。
歳三達の視線は、千鶴に集まった。
「ありがとうございます」
しばらくの沈黙の後、千鶴の口から零れ落ちたのは礼の言葉だった。
顔を上げた二人が目にしたのは、穏やかに微笑む彼女の笑顔。
「あの後、秀耶さんがどうしておられたのか、ずっと気に掛けていました。だから、家族を得て穏やかに生きられたのだと知って、安心しました」
「姫様・・・」
「子孫の方々にはご迷惑な家訓でしょうけれど、こうして会いに来て下さって、秀耶さんのことを知れて私はとても嬉しかったです。だから、ありがとうございました」
千鶴の感謝の言葉に、二人はみるみるうちに瞳を潤ませた。
彼女を取り巻く空気はあたたかくて優しい。
繰り広げられる自分を巡る争いに疲れた秀耶が縋ろうとしたのも無理はないと、雪村千鶴と出会って納得した。
ふと視線を向けると、自分達を鋭い目付きで見ていた東雲家の青年達が優しい目で彼女を見つめているのに気付く。
その中の一人がそっと千鶴の頭を撫で、くすぐったそうに笑う彼女がさらに言葉を続けた。
「秀耶さんが雪村を想う気持ち、とてもよく解りました。私も忘れることのできない大切な想いを抱えていましたから。だから、秀耶さんに応えられなかったことが苦しかった。でも、彼は時雨家で幸せになれたんですよね?」
「はい・・・」
思いっきり女房の尻に敷かれていましたけど、とは心の中だけで呟く。
何人かが苦笑したのは、その無言の部分を察したからだろう。
「でしたら、私は秀耶さんを許します。貴方方も、もう気にしないで下さい」
“許す”の言葉に、胸の奥が熱くなる。
ぽろぽろと頬を伝う涙は秀耶のものか、時雨家の悲願が成されたことへの安堵か。それとも先祖代々受け継がれてきた土下座と謝罪から解放される喜びか。
「ありがとう、ございます・・・」
感極まって声が詰まった。
泣き笑う明人の頭を、隣のテーブルに座る左之助の手が少々乱暴に撫でた。
どうやら東雲の青年達も警戒を解いて自分達を受け入れてくれたのだと感じ、明人と美紀の顔にも笑顔が浮かぶ。
「そ、それじゃあ、今度は一族皆で土下座しに行きますから・・・」
「「「「「「だから来なくていいって」」」」」」
それは、もう何度目か知れない皆の心が一つとなった瞬間だった。
後日、東雲家の玄関先では大勢の老若男女が土下座しながら謝罪の口上を述べるという、異様な光景があったのは言うまでもない。
〈次〉
14.2.20up
家訓を破ろうとすると何らかの祟りがあったりなかったり(笑)。
そんな時雨一族にもようやく平和が戻ってきました。めでたしめでたし。
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