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桜月夜 〜誓い 二〜
※この話にはオリジナルキャラクターが登場します。
未だに忘れることのできない、夢のような出来事だった。
ほんの僅かな、瞬きのような短い時間だが、彼女にとっては奇跡のようなひととき。
驚きと戸惑いが嬉しさと懐かしさに代わり、そして胸が潰れるほどの切なさに満たされたあの夜、彼女の中で止まっていた時間が再び動き出したような気がした。
柔らかな日差しが障子戸の隙間から差し込む部屋の中、慣れた手つきで布に針を通しながら、千鶴は幾度も“あの日”の記憶を辿る。
もう忘れなければ、と思ってはいても、二度と会うことはないと諦めていた大切な人達の面影を残した幼い子供達の顔が脳裏に焼きついて離れない。
あの頃は見上げるほど大きかった彼らがほとんど同じ目線であったり、千鶴の肩にも届かないほど小さかったり、と新鮮であると同時にとても不思議な気分だった。
縫い終えた後の余った糸を切り取り、出来上がった作品の出来栄えを丁寧に確認する。
最後に組み紐を通すと、可愛らしい巾着が完成した。
ふ、と小さく微笑み、真新しい巾着を傍に置かれた箱の中に入れ、次の布地に手を伸ばす。
鬼達の隠れ里では、穏やかな日々が続いていた。
千姫を中心に皆が仲良く助け合い、ゆったりと充実した時間が流れていく。
雪村の直系である薫や千鶴も、鬼の血統や千姫の客人という立場に甘えることなく皆と共に畑を耕したり、自分が出来る仕事をして過ごしていた。
手先が器用な薫は里で暮らすようになって陶芸に凝りだし、日用品や調度品を作るようになった。
千鶴は裁縫の腕を生かし、着物や残ったはぎれで和小物を作る。
それらは自分達や里の者で使うだけでなく、千姫の眷属が京で営んでいる店にも卸されていた。
時間の流れの違いで、数多くを人の世界に卸すことはできないが、別段金銭に困っているわけではない里の者達にとっては充分すぎる収入となっている。
「千鶴」
縁側からの呼びかけに手を止めて視線を向けると、双子の兄がこちらを見ていた。
京で出会った時は見分けがつかないほどよく似ていた二人だが、年月とともに二人の男女の違いが現れてきたようだ。
背が伸び、幼さが抜けた顔立ちは少々女性的ではあるものの、細身ながら引き締まった肢体の薫は以前ほど女性に間違われることはなくなった。
「どうしたの、薫」
「風間が来た」
「風間さんが?」
千姫と共に外に出ると、風間、天霧、不知火が二人を待っていた。
そしてもう一つ、おかしな物体が彼らの足元に横たわっている。
「何、その大きな箱は?」
人間の身長ほどもあろうかという縦長の大きな箱を指差し、千姫が胡乱げに問う。
地面には箱をここまで引きずってきたと思われる跡がくっきりと刻まれているのを見ると、相当の重さがあるようだ。
「棺桶だ」
「かん・・・!?」
こともなげに答えた風間の言葉に、瞬時に理解が及ばず唖然となる。
いち早く立ち直った千姫はすぐさま風間に食って掛かった。
「まさか死体なんて入ってないでしょうね!?」
「死体ではないが似たようなものが入っている」
「は!?」
動揺する千鶴達を落ち着かせたのは、常に冷静な天霧の声だった。
「とりあえず、中で話しませんか? 彼が目覚めるのは夜ですので」
「彼・・・?」
混乱しながらも、天霧に促されて六人と棺桶はひとまず家の中に入った。
千鶴がお茶を出し、落ち着いたところで風間達の説明が始まる。
事の始まりは数日前だ。
風間達の住む里に近い山の中で偶然彼らはこの棺桶を発見したという。
日の当たらない場所で、それは人目につかないように念入りに隠されていた。
その時は別に気にせず、彼らは山道を下りていつものように羅刹狩りをした後、里に戻ろうとしたのだが・・・。
「棺桶は移動していました」
最初に見つけた場所とは明らかに違う場所に、やはり棺桶は隠されるように横たわっていた。
何か妙だな、と中を確認してみると、棺桶の中には人間が入っていたのだ。
死体かと思ったが、どうも違う。
しかも普通の人間でないことも、彼らの特殊な察知能力で感じ取れた。
不審に思い、とりあえず一日棺桶を監視してみることにした。
その日の夜。
日が落ちて周囲が闇に包まれる頃、重たげな音を立てて棺桶が開き、男が出てきた。
そして彼は自分が寝ていた棺桶を引きずりながら、山の中を徘徊し始めたのだ。
そこまで話を聞いて、千鶴、千姫、薫は何とも言えない表情で風間達と棺桶を見た。
想像すると不気味の一言しかないのだが、彼らは何故そんな得体の知れない棺桶をここに持ち込んだのだろう。
「そいつに話を聞けば、どうやら俺を探していたようだった」
「話聞いたのか・・・」
よく話し掛けようと思ったな、と薫は内心でそう呟く。
自分なら二度と棺桶が開かないように釘を打ち付け、深い穴の奥底に落としてさらに岩を敷き詰めた上にこんもりと土を被せてしまうところだ。
「その者は西洋の鬼だ」
「え!?」
「そいつ、俺達日本の鬼とは違って日の光に弱く、夜にしか動けないそうだ。何かに似てねえか?」
「・・・・・・羅刹?」
千鶴の言葉に不知火は正解だ、と言いたげに口角を上げる。
引き継ぐように天霧も口を開いた。
「西洋では日本以上に羅刹が生み出されているらしいですが、彼は羅刹ではありません。ですが人でもない。本物の“西洋の鬼”のようです」
「それがどうして風間に会いに来るのよ」
「それは、その者の話を聞けばいい。夜になれば目を覚ます」
風間が見やった方に千鶴達も視線を向ける。
六人の視線が注がれる先には、棺桶が静かに横たわっていた。
■■■■■
日が落ち、賑やかに囲んだ夕餉を終えた頃、ガタガタ、と棺桶が揺れた。
物音に驚いて千鶴と千姫が思わず身を竦ませる中、重い音を立てて棺桶の蓋が内側から持ち上がり、青白い腕が見えた。
その手は蓋を開け終えると棺桶の縁を掴み、中からゆっくりと男が身を起こそうとしていた。
一連の動作は何とも不気味で、事前に風間達から話を聞いていなければ悲鳴を上げていたかも知れない。
現れたのは端正な顔立ちの異人の若者だ。
白に近い金色の髪を後ろに撫でつけ、瞳は血のように紅い。
髪や眼の色は風間によく似ているが、怜悧な刃物のような雰囲気を纏う風間に比べ、彼は穏やかで優しげだ。
彼は千鶴達に気付くと表情を明るくし、いそいそと棺桶の中から出ようとして、ハッと何かに気付いたかのようにしゃがみ込んだ。
何やらごそごそしたかと思うと、改めて棺桶から出る。
畳の上に下ろされた足は素足だ。どうやら中で靴を脱いでいたようだ。
そして異人の若者は畳に正座すると、深々と頭を下げた。
「お、おハツにおメモジ、ツカマツリまする」
「「「・・・・・・・・・」」」
たどたどしく発せられたのは、何とも丁寧な挨拶だった。
「ワタシのナマエはクリストフ・ハーゲン・ユーベルヴェークといいます」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
何の呪文だろう。
「ごくフツウの、しがないキュウケツキです」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
もはやどう突っ込んで良いのか解らない。
「こいつ、誰に日本語教わったんだ?」
責めるような薫の視線は風間達に向けられたが、風間は素知らぬ風で薫を無視し、天霧は嘆息しながら軽く首を振り、不知火は「俺らじゃねえよ」と反論する。
「えっと、く、くりと、とうふ、さん?」
クリストフの名を呼ぼうとして、千鶴は悪戦苦闘しているようだ。
何故か食べ物の名前になっているような気がするが・・・。
栗だの豆腐だの言われたクリストフだが、気を悪くすることなく千鶴に微笑む。
「クリスとよんでください」
「くりすさん、ですね。私は雪村千鶴です」
波長が合うのか、二人の間にほんわかと穏やかな空気が漂う。
それを打ち壊したのは、風間の鋭い声だった。
「クリストフとやら、貴様の目的をさっさと話せ」
「ハイ! もうしわけございません!」
一瞬にして顔色を変え、涙目で謝罪するクリストフ。
その様子からも、彼が風間に怯えているらしいことが窺える。
道中、何かあったのだろうか。
クリストフは居住いを正すと、懸命に言葉を選びながら話し始めた。
西洋の鬼である彼ら吸血鬼は、日本の鬼と同じように人を超えた力を有しているものの、太陽の光に弱いという致命的な弱点を持つ。
その弱点を突いて人間達に退治させられる者も少なくはなかった。
そんな人間達がやがて科学や医療を発展させようとしていた時代、特殊な“血”を持つ者達に興味を持った。
それが変若水 エリクサーの誕生へと繋がる。
結果、研究のために吸血鬼狩りが横行し始めるのは当然の成り行きだった。
第二次大戦の頃、一度大きな研究施設が風間達によって破壊された後は研究も吸血鬼狩りも激減したが、無くなることはなかった。
そしてクリストフもまた、数年前についに人間に見つかり、研究対象として人間達に捕らえられたという。
「けれどワタシはニホンにつれてこられたことで、たすけてくれるヒトとであえました」
「助けてくれる人?」
「はい、そのヒトにニホンにも“オニ”というソンザイがあるとおしえられたのです」
東の鬼は滅んでしまったが、西の鬼には運が良ければ巡り合えるかも知れないと助言され、彼は助けを求めて西の鬼である風間を探していたのだ。
「でも、変若水の研究をしている人間が何故そんなことを知っているのよ?」
千姫の問いに、風間達の表情が厳しいものとなる。
「その研究者の名前が“雪村網道”と言うらしい」
「え!?」
思いがけない名前に、千鶴達は驚きの声を上げた。
“雪村網道”の名は、その場の誰もが忘れたくとも忘れられない名前だ。
千鶴の育ての親であり、新選組に“変若水”を持ち込んだ医者であり、恐ろしい野望を抱いて風間に粛清された男。
「その者が私達の知る網道なのかは解りませんが、“鬼”を知っていることは確かです」
「俺は人里に下り、“雪村網道”とやらを探してみるつもりだ。どうする?」
風間の問いは千鶴へと向けられていた。
驚きと困惑に彩られていた千鶴だったが、風間に答えた声は揺ぎ無かった。
「私も共に行かせて下さい」
彼が千鶴達の知る“雪村網道”であるかは解らないし、そうであった場合どうすれば良いのかもまだ解らない。
だが、今はとにかく自分の目で確かめたい。
その一心で、千鶴は決断を下していた。
もしも、また網道が以前と同じ野望を抱いていたら 。
その時は再び父の死を見届けることになるのだろうか。
そんな不安を抱えながら、千鶴は風間達と共に人の世界に再び舞い降りる。
〈次〉
12.4.30up
今回は少し短めになってしまいました。
千鶴ちゃん、風間さん達と共に行動開始です。
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