桜月夜 〜誓い 三〜


※この話にはオリジナルキャラクターが登場します。




東雲家の者の身体は特殊である。
身体能力はもちろんのこと、その身に流れる血液も普通の人間とは違う。

現代の医学ならばその特異性に気付かれ、大きな話題を呼ぶだろう。
それを見越した数代前の当主は、東雲に連なる者や鬼の血を継ぐ者達のために病院を作った。

永い年月の中、人と交じり合った鬼の血はかなり薄まっているが、東雲家のように多少なりとも強い鬼の血を残そうとしている者達は存在するため、その病院は良い隠れ蓑ともいえる。
当然、病院の医師や技師達も“鬼”に関わる者か、事情を知る信頼できる者達で占められている。

その病院で、医科大学を卒業した敬助が白衣を纏うようになって二年目を迎えようとしていた。

昔から、総司の付き添いで何度も訪れたことのある病院には慣れ親しんでいる。
お陰で病院のスタッフ達とも顔見知りで、人間関係も良好だ。


「松本先生」

同僚であり、良き先輩医師の松本良順の姿を見かけ、声を掛けた。

「ああ、君か」

敬助を見るや、松本はほっとしたような困ったような表情を浮かべる。
豪胆で物事に動じない彼にしては珍しく疲労の色が濃い。

「何かありましたか?」

問いに、松本は周囲に人がいないことを確認した上で、さらに声を落とす。

「前に、言っていただろう? 人間の能力を飛躍的に上げる薬があると」

「・・・っ!?」

表情を強張らせ、敬助は松本と共に無人の部屋に移動する。

彼に変若水のことを知らせたのは、歳三達の判断だ。
松本が医師としてこの病院に配属された時から、仲間達は彼のことを信頼していた。
記憶を持たずとも松本もまた“前世”で歳三達と関わりの深い人物だったらしく、今世でも尊敬できる人柄であった為、事情を話して協力を求めたのだ。

“変若水”について半信半疑の彼だったが、頭から否定することもせず、彼自身の伝手も使って調べてくれていたようだ。


「それで、あの薬について何か情報でも?」

「思い出したことがあってね」

彼にしては珍しく歯切れの悪い口調だ。
それが余計に不穏な空気を醸し出す。

敬助はただ静かに、松本の言葉を待った。





■■■■■





大学二年生となった左之助と新八は夏季休暇に入ると、実家に帰省する前に友人達と共にキャンプに出掛けていた。

学校や寮生活で培った知識や経験を生かし、尚且つ厳しい規制のない開放感を味わいながら若者達だけで騒ぐのは楽しいものだ。
大学生活はまるで新選組の屯所時代を思い出すようで、規則や教官がどれだけ厳しくとも左之助や新八は然程苦痛には感じなかったが、まだ若い友人達にはやはり負担だったようで、思う存分自由を満喫している。
今時の若者達とはいえ厳しい校風の学校に望んで入ってくるだけあって、皆常識的で理性的な青年ばかりなので、羽目を外して他人に迷惑を掛けるということもない。

そんな賑やかなキャンプ最終日の夜。
テントの中では左之助、新八、島田魁の寝息だけが聞こえる。

闇と沈黙が支配する中、ふと左之助と新八は同時に目を覚ました。
起き上がった二人は互いに目線を交わし、傍で眠る島田を起こさないよう静かにテントを出る。
友人達も寝静まり、周囲のテントからは物音一つない。

月と星の明りが照らす夜の川辺を見渡した二人の目線は、雑木林へと吸い寄せられる。

夜陰に紛れてこちらを窺う気配。
木立の合間に、赤い光を捉える。

「羅刹か?」

「だな、こんな所にも出やがったか」

不敵な笑みを浮かべ、二人は雑木林の方へと走った。

寮生活を始める時はもちろん、定期的に持ち物チェックをされるため木刀も小太刀も実家に置いて来ざるを得なかったが、今はキャンプで使用したナイフがある。彼らにとって武器はそれだけで良かった。

こちらに駆け寄ってくる二人の姿に、自分の存在が気付かれたのだと悟った“羅刹”は奇声を上げて刃物を振り翳す。
だが、左之助達に飛び掛ろうとする姿勢のまま、“羅刹”は動きを止めた。

「何だ?」

驚愕を浮かべたまま硬直する“羅刹”に、二人も何かがおかしいことに気付く。
胸元からどくどくと血が溢れ出し、“羅刹”が崩れ落ちた。

その後ろから近づいてくるもう一つの気配を感じ、左之助達は身構えた。
土を踏みしめる足音が近づくにつれ、緊張感も高まる。
人影が夜闇に色濃い影を象った時、二人のものではない声が発せられた。

「よう、お前らか」

「!?」

聞き覚えのある声だ。
月光でその人物の姿がぼんやりと照らし出される。

「お前、不知火か?」

こちらに向けていた銃口を下ろしながら、不知火はニヤリと笑んで羅刹を見下ろす。
どうやら“羅刹”の胸を貫いたのはその銃のようだ。
銃声は消音機付きの上、羅刹の奇声に掻き消されたのだろうか。

「紛い物を追って来た先でお前らに会うとは思わなかったな。随分でかくなったじゃねえか」

「お陰さんでな。お前は変わんねえな」

一年前の風間の言葉によれば少なくとも七年の年月が彼らの間で経過しているはずだが、彼らの容姿は前世で初めて会った頃とまったく変わらない。
ついでに性格の方もまた何の変化もないようで、皮肉を含んだ左之助の言葉に不知火は「まあな」と何故か得意気に胸を張った。


「ところでお前ら、網道のこと知らねえか?」

「「は?」」

思いがけない問いに、左之助と新八はぽかんと不知火を凝視した。





■■■■■





強烈な陽射しを齎す真夏の太陽が沈めば、幾分涼しい風が吹く。
山の中ともなれば蒸し暑さも軽減され、先程まで道場で竹刀を振り回していた身体には心地よく感じる。

剣道着のまま夜風を楽しみながら歩いているのは、総司、一、平助だ。
学校はすでに夏休みとなって部活は昼間だけなのだが、それだけでは暴れ足りないとばかりに家の道場でも稽古に励んでいた。

この日もいつものように稽古を終えて家路に着こうとしていた。


「「「・・・・・・・・・」」」

三人の足が同時に止まる。
話し声も止み、油断のない視線を周囲に巡らせる。
何やら非常に覚えのある状況に、八年前の忘れられない夜が頭を過ぎった。

だが、不意に静寂を破ったのは不可解な物音だった。


ズ・・・ズズズ・・・


「な、何だよ、この音」

顔を顰めながら、平助が誰にともなく呟いた。

「何か重いものを引きずっているかのような音だな」

「誰かが死体でも運んでいるのかもね」

冗談めかした総司の言葉だが、笑えない。

ズズ・・・ズズズ・・・

後ろから近づいてくる音に、三人はいつでも抜けるようにと木刀の柄を握る。

闇の先に、蠢く影を捉える。人間のようだ。
ぼんやりと浮かぶ赤い光を眼にした瞬間、総司と平助はスラリと刀を抜いた。

月の光を反射して鋭い光を帯びる刀身に人影が気付いたのか、足が止まる。同時に引きずるような音も途絶えた。

「・・・こ、こんばんは〜」

妙に弱弱しい声が聞こえた。
前方の人影が発したものだろうか。

「お前、泥棒か? それとも羅刹か?」

警戒心を露にした平助の尖った声に、人影は慌てたようにぶんぶんと首を振る。

「わ、ワタシはアヤシイものじゃありません〜っ!」

「怪しい奴は皆そう言うんだよ!」

「怪しいから斬っちゃってもいいよね」

怪しい男は情けなく悲鳴を上げた後、涙声で叫んだ。


ワタシは、風間千景さまのゲボクです!!


「「「・・・・・・・・・・・・」」」


すべての時が止まったかのような深い沈黙が落ちた。

凍りつく三人の様子に、怪しい男は困ったように彼らをきょろきょろと見渡す。

「あ、あれ? ダメでしたか? 不知火さんが、こういえばアイテはドウジョウしてハナシをきいてくれるって・・・」

「いや、まあ、確かに心から同情するけどよ・・・」

「それが真実なら気の毒だ」

「うん、可哀想だね」

しみじみと同意を口にした後、三人はふと気付いた。
この男、聞き覚えのある名前を口にしたような・・・。

「お前、風間や不知火の知り合いかよ」

「ハイ、そうです!」

ようやく話を聞いてもらえそうだ、と男の声に安堵が滲んだ。





■■■■■





大学生活最後の夏期休暇に入り、すでに就職先も決まっている歳三は実家で悠々と休暇を楽しむつもりだった。

昨夜、敬助から連絡が入るまでは    

『“変若水”について聞かせたい話がある』

真剣な口調が言葉に一層の重みを与え、歳三の胸に焦燥感を齎した。


病院に辿り着くや、歳三は敬助との待ち合わせ場所に向かう。
そこには敬助と松本良順が彼を待っていた。

「話を聞かせてくれ」

挨拶もそこそこに、歳三は二人にそう切り出した。



話は、松本とかつて同じ医科大学に通っていた友人についてだった。
彼と共にドイツに留学していた頃、他国からの留学生がとある薬について語ったのだという。

それが“エリクサー”。
効能は、歳三達から聞いた“変若水”そのものだった。

当時の松本は彼の話を信じず、留学生自体もあまり評判の良い人間ではなかったため無視していたが、松本の友人はそうではなかった。
留学中、何度もその留学生と言葉を交わしていたのを目撃したこともあった。

その友人とは帰国してからも交流を続けていたが、“エリクサー”のことは忘れ去っていた。
しかし“変若水”の話を聞いて昔のことを思い出し、先日友人に連絡を取ってみたのだ。

すると彼は、今もその薬と関わっていると松本に言った。
しかも“エリクサー”ではなく、“変若水”と称して。


「君達の言う“変若水”かは解らんが、どうも気になってね。友人がそんな恐ろしい薬と関わっているとは考えたくないが・・・」

「その友人の名は何と言うんですか?」

「雪村網道   だよ」

その名を聞いた瞬間、歳三の顔色が変わった。

やはりか、と敬助は目を伏せる。
松本から名を聞かされた時、もしやと思っていたが、的中したようだ。

“雪村”の姓は彼らにとって重要な意味を持つ。
それに関わりのある人物ならば、自分達も動かなければならないだろう。

「どうします、歳三君」

厳しい表情で黙り込んだ歳三は、ややあって口を開いた。

「とりあえず、皆と話し合おう。今日には新八達も帰って来るはずだからな」

全てはそれからだ。

逸る気持ちを抑え、歳三は松本に礼を述べてその場を後にした。



そして実家に戻った歳三はちょうど同時に帰省した左之助や新八と共に、総司達が部活を終えて戻るまでの間、自室に堂々と放置された棺桶の前で立ち尽くすこととなるのだった。



〈次〉

12.5.20up

何故棺桶が歳三さんの部屋にあったかというと、純粋な嫌がらせです(笑)。
左之さん達の大学は防A大学をイメージしました。



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